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第2部・第8話:女神の使徒
第5章
同じ頃、ルカもまた聖堂地下の別室において、テロ計画の全容を知らされていた。
コーネリアス神父は、町長ら町の要人に状況を説明しにいくと出て行ったきり、戻っていない。物置らしき道具類の詰まれた部屋に押し込められ、どう見ても非力なルカに付けられた見張りは、若い男が二人。体力を考慮した末のことなのだろうが、それは同時に、血気盛んであることの裏返しでもある。
古びた椅子に座らされた状態で、背凭れに両手を縛り付けられたまま、ルカは何とか情報を引き出そうと奮闘していた。目論み通り、長年に渡る怨嗟を晴らし、同志を苦痛から解放するという使命に燃える青年達は、既に勝利を確信したかのように、誇らしげに白ヒイラギの毒を散布する計画を明かしてみせたのである。
「そんなの間違ってるよ!」
堪りかねて叫んだルカを見る、男達の目に怒りの炎が灯る。誇りを傷付けられたとでも感じたのか、「うるせぇ!!」と声を荒げた一人が、ルカの固定された椅子を蹴り上げた。体重の軽いルカは椅子ごと地面に倒れ込み、右の頬を強く床に擦り付けてしまう。
「――ッ」
不自然な体勢になったことで、自由の効かない身体に更なる負荷が掛かり、節々が痛む。
しかしルカは、毅然と顔を上げた。事情を聴いても、自分がおかしいとは思わない。彼らがどんな高尚な意思を持って声を上げたとしても、手段を間違え、無関係な人々を巻き込むというなら、それはただの無差別テロだ。
ルカの右頬に滲んだ血を見て、男達がハッとしたように唇を震わせた。
こんなことは辞めて欲しいと訴えるべく、ルカがもう一度口を開こうとした、その時。
ガン、と物騒な音を立てて、部屋のドアノブが破壊された。続いて勢いよく扉が開け放たれる。
用を為さなくなった開口部に姿を現したのは、ネイトだった。誰よりも早く飛び出したことは事実だが、教会建築や構造に詳しいということも、彼の有利に働いたと見える。
「ネイト!」
「――ルカ……ッ!」
自ら申し出たとはいえ、救援の到着に、ルカは安堵の声を上げた。対するネイトはというと、ルカの体勢と頬の傷を目に、スッと顔色をなくす。「え、なんでベイリー神父が!?」「え、鍵は!?」と狼狽える男達へ送った視線は、空気も凍らんばかりの冷たさだ。
先程までの威勢はどこへやら、震え上がる男達に向かって、ネイトは鍵を壊すのに使ったらしい手斧を放り投げた。重たい音が響くのと同時に、ス、と掲げられた掌は、二人の男達に向けられている。彼は癒し系の補助魔法を得意としているが、攻撃魔法が使えない訳ではないのだ。
「待って待って、ネイト、大丈夫だから!」
ルカは必死で声を張り上げた。彼らを庇うつもりはないが、決して殴られた訳ではなく、結果的に負ってしまった傷である。必要以上に事を荒立てたくはないし、何より、神職にあるネイトが(テロリスト予備軍とはいえ)無抵抗の一般人に傷を負わせたとなると、色々と難しい問題に発展しかねない。
「それより解いて~!」
情けない懇願に、ネイトは我に返った様子で、慌ててルカに駆け寄った。後ろ手に椅子に固定されていた両腕を解放され、ホッと息をつく間もなく、キャソックの胸にしっかりと抱き締められる。
『ルカ!』
「大丈夫か!」
そこへ、一足遅れて仲間達が続々と駆け付けてきた。ぬいぐるみ体でいるように指示されていたレフを肩に載せたフィンレーに続いて、ユージーンとジェイク、ベリンダの姿を確認して、ルカは笑顔で頷いて見せる。
その背後から、更にコーネリアス神父と町長一派がなだれ込んできて、狭い物置部屋は一気に人口密度を増した。カロッサの町民側が揃って肩で息をついているのは、斥候隊の怒涛の進軍に押されたためなのだろう。
町長親子とコーネリアス神父、狂信的なエインデル派の面々が揃ったところで、ネイトは抱え込んだルカの頭頂部から顔を上げた。キロリと周囲を見据えて、静かに口を開く。
「――あなた方が無謀なテロを起こして国から粛清されようと、私には興味はありません」
それは、酷く冷徹な口調だった。曲がりなりにも同志に対して発される内容としては、あまりにも不穏である。抱き締められたままのルカですら、思わずネイトの顔を見上げてしまったほどだ。
視線の集中砲火の中、ネイトはわずかに眉間を寄せて続ける。
「だがこれ以上、私の女神と師の名を汚されることには我慢がならない」
「何だと!?」
辛辣に断定され、エインデル派の町民達、殊に若年者から不満の声が上がった。信仰の自由を守るために立ち上がろうとしているつもりの彼らには、謂れのない悪口としか思えないのだろう。
しかしネイトは、反論を許さず吐き捨てた。
「あの方は確かに、エインデルの使徒であられた。しかし、それはあくまで亡きご家族への加護を願ってのこと。本来のハイドフェルト神父は、和を重んじる温厚な方だ。信仰を理由に、無差別殺人を正当化するような者達に、あの方の名を掲げる資格はない……!」
それは、ハイドフェルト神父の最後の弟子であるネイトの、魂からの叫びだった。
エインデル信仰が露見し、教義を手放すことなく貫いて国外追放となったハイドフェルト神父は、カロッサの信徒達の象徴としての旗頭である。しかし、彼はあくまで穏健派だった。亡き家族の魂の安寧のために、エインデルに祈りを捧げることを認めて欲しかっただけなのだ。国が信仰を許さないからといって、無関係の人々の命を盾に取るような者達に担がれることを、弟子であるネイトが認める訳にはいかない。
「……」
ネイトの切実な想いに触れ、ルカは思わず、キャソックの胸元に縋り付く。
「……我々に、どうしろというんですか……」
コーネリアス神父がぽつりと呟いた。口調は静かだが、眼鏡の奥の瞳には、涙がいっぱいに浮かんでいる。迫害や逃亡生活に疲れ切った、憐れな信徒の姿がそこにあった。
堰を切ったように、信徒達から嘆きや憤懣が溢れ出した。特定の宗教を持たず、あちらの世界の歴史の授業でキリシタンの弾圧について学んだだけのルカにも、彼らの真の願いがどこにあるのか、わかったような気がする。
――普通に生きていければそれでいい。信じる神の違いによって糾弾されることなく、ただ平穏に。
考えるよりも先に、口が動いていた。
「ずっと思ってたんだけど……僕も、アデルバート様に頼んでみる」
ルカの発言に、居合わせた者達はそれぞれ、ハッとしたように表情を強張らせた。町の要人達に至っては、「あの苛烈な王に意見できるほど、この子供には力があるのか」とでも言いたげな様子で、目を見開いている。
ネイトは小柄な身体を引き剥がすようにして、ルカの両腕を掴んだ。
「ルカ、それは……いくら君が陛下のお気に入りとはいえ、危険だ」
瞳を覗き込むようにしての説得に、しかしルカは、首を横に振った。チラリと視線を送ると、祖母は困ったような表情で、それでも優しく微笑んでいる。
「でも、僕もおばあちゃんと同じように、エインデル派の人達だけが迫害されるのはおかしいと思ってるよ。それに、これ以上ネイトがつらい思いをするのを、見てるだけなのは嫌だ」
「ルカ……!」
言い募るルカに、ネイトは言葉を詰まらせた。
ルカとしても、常日頃から考えていたことではあったのだ。アデルバートの先祖が制定した法に、ネイトが苦しめられているのを知りながら、その二人から同じように可愛がって貰っているというのは、何かが違う気がする。
「僕も一緒に戦うよ。もちろん、『抗議』って意味だけどさ」
ルカは照れ隠しにエヘヘと声を上げて笑った。その途端、傷を負ったままの右頬にピリリと痛みが走り、顔を歪める。
ネイトの左手が白味を帯びた緑色に淡く光って、治癒魔法が発動された。痛みが引いていくのを感じながら、ルカは自分の提案について、考えを巡らす。
それほど長い付き合いではないとはいえ、アデルバートは魔王への敵意は口にしても、エインデル信仰に対する偏見に関しては、ルカは聞いたことがない。祖母のベリンダともそういった議論を交わしたこともないようだ。もしかしたら、彼の王はそもそも、それほど宗教に関心がないのではないだろうか。だからこそ、先祖が作った法を順守する形で、結果的に放置してきたというだけなのかもしれない。――ならば、改正の余地はあるはず。
光明を見出し、ルカは満面の笑みを浮かべた。
治癒を終え、感謝の言葉を受け取りながらもネイトは、そんな甘いものではない、とでも言いたげに眉根を寄せた。しかし、ルカの心遣いは純粋に嬉しいようで、口元がじわじわと緩んでくる。ルカが真剣にネイトを思い遣っていることが、しっかりと伝わったためだろう。
微苦笑を浮かべて、ネイトは周りを取り囲み、あわよくば自分からルカを奪還しようと画策している仲間達を見遣った。彼らも、少々呆れながら、しかしルカならば或いは、と考えているのは明らかだ。
薄く息を吐いて、ネイトは町長と、その奥に控えたコーネリアス神父に向き直った。
「……『予言の子供』が、こうまで言ってくれているんです。彼のために、北の魔境のバリアを解くことに協力しておいた方が、国や陛下に対して恩を売れるのでは?」
「しかし……!」
ネイトのやや強引な提案に、信徒達からは即座に反論の声が上がる。そんな都合の良い話は信用できない、という彼らの気持ちは理解できた。それは翻せば、彼らが受けてきた迫害の激しさのゆえだろう。救いの手が差し伸べられても、おいそれとは信じられないというのは、ネイトにも経験がある。
――だが、ネイトは本当の意味で救われたのだ。
「見てのとおり、ルカには人を動かす力がある。密告するどころか、見捨てるような真似も絶対にしませんよ」
愛おしげにルカの柔らかい髪を撫でながら、ネイトは言葉を重ねた。彼自身も同じくエインデル派であるという事実が、ここへ来て多大な説得力を発揮したのは言うまでもない。
「……本当に?」
幸せそうなネイトの表情に心を揺さぶられ、視線を交わし合う町民達の中から、小さな呟きが上がった。コーネリアス神父は真っ直ぐにルカとネイトを見詰めて、立ち竦んでいる。
「本当に、他に私達が救われる道が、あるんでしょうか……」
問いを投げ掛けながらも、コーネリアス神父はその場に膝を着いた。堪えきれずに泣き崩れる様子からは、聖職者である彼こそが、誰よりもルカ達斥候隊を信じたいと願っている様子が窺える。
――神学を志す者に、好んで人を害したいなどと考える者がいるだろうか。
町長の息子が腰を落とし、宥めるように神父の肩を抱いてやっている。
その光景を見て、ルカは目蓋が熱くなるのをグッと堪えた。
コーネリアス神父は、町長ら町の要人に状況を説明しにいくと出て行ったきり、戻っていない。物置らしき道具類の詰まれた部屋に押し込められ、どう見ても非力なルカに付けられた見張りは、若い男が二人。体力を考慮した末のことなのだろうが、それは同時に、血気盛んであることの裏返しでもある。
古びた椅子に座らされた状態で、背凭れに両手を縛り付けられたまま、ルカは何とか情報を引き出そうと奮闘していた。目論み通り、長年に渡る怨嗟を晴らし、同志を苦痛から解放するという使命に燃える青年達は、既に勝利を確信したかのように、誇らしげに白ヒイラギの毒を散布する計画を明かしてみせたのである。
「そんなの間違ってるよ!」
堪りかねて叫んだルカを見る、男達の目に怒りの炎が灯る。誇りを傷付けられたとでも感じたのか、「うるせぇ!!」と声を荒げた一人が、ルカの固定された椅子を蹴り上げた。体重の軽いルカは椅子ごと地面に倒れ込み、右の頬を強く床に擦り付けてしまう。
「――ッ」
不自然な体勢になったことで、自由の効かない身体に更なる負荷が掛かり、節々が痛む。
しかしルカは、毅然と顔を上げた。事情を聴いても、自分がおかしいとは思わない。彼らがどんな高尚な意思を持って声を上げたとしても、手段を間違え、無関係な人々を巻き込むというなら、それはただの無差別テロだ。
ルカの右頬に滲んだ血を見て、男達がハッとしたように唇を震わせた。
こんなことは辞めて欲しいと訴えるべく、ルカがもう一度口を開こうとした、その時。
ガン、と物騒な音を立てて、部屋のドアノブが破壊された。続いて勢いよく扉が開け放たれる。
用を為さなくなった開口部に姿を現したのは、ネイトだった。誰よりも早く飛び出したことは事実だが、教会建築や構造に詳しいということも、彼の有利に働いたと見える。
「ネイト!」
「――ルカ……ッ!」
自ら申し出たとはいえ、救援の到着に、ルカは安堵の声を上げた。対するネイトはというと、ルカの体勢と頬の傷を目に、スッと顔色をなくす。「え、なんでベイリー神父が!?」「え、鍵は!?」と狼狽える男達へ送った視線は、空気も凍らんばかりの冷たさだ。
先程までの威勢はどこへやら、震え上がる男達に向かって、ネイトは鍵を壊すのに使ったらしい手斧を放り投げた。重たい音が響くのと同時に、ス、と掲げられた掌は、二人の男達に向けられている。彼は癒し系の補助魔法を得意としているが、攻撃魔法が使えない訳ではないのだ。
「待って待って、ネイト、大丈夫だから!」
ルカは必死で声を張り上げた。彼らを庇うつもりはないが、決して殴られた訳ではなく、結果的に負ってしまった傷である。必要以上に事を荒立てたくはないし、何より、神職にあるネイトが(テロリスト予備軍とはいえ)無抵抗の一般人に傷を負わせたとなると、色々と難しい問題に発展しかねない。
「それより解いて~!」
情けない懇願に、ネイトは我に返った様子で、慌ててルカに駆け寄った。後ろ手に椅子に固定されていた両腕を解放され、ホッと息をつく間もなく、キャソックの胸にしっかりと抱き締められる。
『ルカ!』
「大丈夫か!」
そこへ、一足遅れて仲間達が続々と駆け付けてきた。ぬいぐるみ体でいるように指示されていたレフを肩に載せたフィンレーに続いて、ユージーンとジェイク、ベリンダの姿を確認して、ルカは笑顔で頷いて見せる。
その背後から、更にコーネリアス神父と町長一派がなだれ込んできて、狭い物置部屋は一気に人口密度を増した。カロッサの町民側が揃って肩で息をついているのは、斥候隊の怒涛の進軍に押されたためなのだろう。
町長親子とコーネリアス神父、狂信的なエインデル派の面々が揃ったところで、ネイトは抱え込んだルカの頭頂部から顔を上げた。キロリと周囲を見据えて、静かに口を開く。
「――あなた方が無謀なテロを起こして国から粛清されようと、私には興味はありません」
それは、酷く冷徹な口調だった。曲がりなりにも同志に対して発される内容としては、あまりにも不穏である。抱き締められたままのルカですら、思わずネイトの顔を見上げてしまったほどだ。
視線の集中砲火の中、ネイトはわずかに眉間を寄せて続ける。
「だがこれ以上、私の女神と師の名を汚されることには我慢がならない」
「何だと!?」
辛辣に断定され、エインデル派の町民達、殊に若年者から不満の声が上がった。信仰の自由を守るために立ち上がろうとしているつもりの彼らには、謂れのない悪口としか思えないのだろう。
しかしネイトは、反論を許さず吐き捨てた。
「あの方は確かに、エインデルの使徒であられた。しかし、それはあくまで亡きご家族への加護を願ってのこと。本来のハイドフェルト神父は、和を重んじる温厚な方だ。信仰を理由に、無差別殺人を正当化するような者達に、あの方の名を掲げる資格はない……!」
それは、ハイドフェルト神父の最後の弟子であるネイトの、魂からの叫びだった。
エインデル信仰が露見し、教義を手放すことなく貫いて国外追放となったハイドフェルト神父は、カロッサの信徒達の象徴としての旗頭である。しかし、彼はあくまで穏健派だった。亡き家族の魂の安寧のために、エインデルに祈りを捧げることを認めて欲しかっただけなのだ。国が信仰を許さないからといって、無関係の人々の命を盾に取るような者達に担がれることを、弟子であるネイトが認める訳にはいかない。
「……」
ネイトの切実な想いに触れ、ルカは思わず、キャソックの胸元に縋り付く。
「……我々に、どうしろというんですか……」
コーネリアス神父がぽつりと呟いた。口調は静かだが、眼鏡の奥の瞳には、涙がいっぱいに浮かんでいる。迫害や逃亡生活に疲れ切った、憐れな信徒の姿がそこにあった。
堰を切ったように、信徒達から嘆きや憤懣が溢れ出した。特定の宗教を持たず、あちらの世界の歴史の授業でキリシタンの弾圧について学んだだけのルカにも、彼らの真の願いがどこにあるのか、わかったような気がする。
――普通に生きていければそれでいい。信じる神の違いによって糾弾されることなく、ただ平穏に。
考えるよりも先に、口が動いていた。
「ずっと思ってたんだけど……僕も、アデルバート様に頼んでみる」
ルカの発言に、居合わせた者達はそれぞれ、ハッとしたように表情を強張らせた。町の要人達に至っては、「あの苛烈な王に意見できるほど、この子供には力があるのか」とでも言いたげな様子で、目を見開いている。
ネイトは小柄な身体を引き剥がすようにして、ルカの両腕を掴んだ。
「ルカ、それは……いくら君が陛下のお気に入りとはいえ、危険だ」
瞳を覗き込むようにしての説得に、しかしルカは、首を横に振った。チラリと視線を送ると、祖母は困ったような表情で、それでも優しく微笑んでいる。
「でも、僕もおばあちゃんと同じように、エインデル派の人達だけが迫害されるのはおかしいと思ってるよ。それに、これ以上ネイトがつらい思いをするのを、見てるだけなのは嫌だ」
「ルカ……!」
言い募るルカに、ネイトは言葉を詰まらせた。
ルカとしても、常日頃から考えていたことではあったのだ。アデルバートの先祖が制定した法に、ネイトが苦しめられているのを知りながら、その二人から同じように可愛がって貰っているというのは、何かが違う気がする。
「僕も一緒に戦うよ。もちろん、『抗議』って意味だけどさ」
ルカは照れ隠しにエヘヘと声を上げて笑った。その途端、傷を負ったままの右頬にピリリと痛みが走り、顔を歪める。
ネイトの左手が白味を帯びた緑色に淡く光って、治癒魔法が発動された。痛みが引いていくのを感じながら、ルカは自分の提案について、考えを巡らす。
それほど長い付き合いではないとはいえ、アデルバートは魔王への敵意は口にしても、エインデル信仰に対する偏見に関しては、ルカは聞いたことがない。祖母のベリンダともそういった議論を交わしたこともないようだ。もしかしたら、彼の王はそもそも、それほど宗教に関心がないのではないだろうか。だからこそ、先祖が作った法を順守する形で、結果的に放置してきたというだけなのかもしれない。――ならば、改正の余地はあるはず。
光明を見出し、ルカは満面の笑みを浮かべた。
治癒を終え、感謝の言葉を受け取りながらもネイトは、そんな甘いものではない、とでも言いたげに眉根を寄せた。しかし、ルカの心遣いは純粋に嬉しいようで、口元がじわじわと緩んでくる。ルカが真剣にネイトを思い遣っていることが、しっかりと伝わったためだろう。
微苦笑を浮かべて、ネイトは周りを取り囲み、あわよくば自分からルカを奪還しようと画策している仲間達を見遣った。彼らも、少々呆れながら、しかしルカならば或いは、と考えているのは明らかだ。
薄く息を吐いて、ネイトは町長と、その奥に控えたコーネリアス神父に向き直った。
「……『予言の子供』が、こうまで言ってくれているんです。彼のために、北の魔境のバリアを解くことに協力しておいた方が、国や陛下に対して恩を売れるのでは?」
「しかし……!」
ネイトのやや強引な提案に、信徒達からは即座に反論の声が上がる。そんな都合の良い話は信用できない、という彼らの気持ちは理解できた。それは翻せば、彼らが受けてきた迫害の激しさのゆえだろう。救いの手が差し伸べられても、おいそれとは信じられないというのは、ネイトにも経験がある。
――だが、ネイトは本当の意味で救われたのだ。
「見てのとおり、ルカには人を動かす力がある。密告するどころか、見捨てるような真似も絶対にしませんよ」
愛おしげにルカの柔らかい髪を撫でながら、ネイトは言葉を重ねた。彼自身も同じくエインデル派であるという事実が、ここへ来て多大な説得力を発揮したのは言うまでもない。
「……本当に?」
幸せそうなネイトの表情に心を揺さぶられ、視線を交わし合う町民達の中から、小さな呟きが上がった。コーネリアス神父は真っ直ぐにルカとネイトを見詰めて、立ち竦んでいる。
「本当に、他に私達が救われる道が、あるんでしょうか……」
問いを投げ掛けながらも、コーネリアス神父はその場に膝を着いた。堪えきれずに泣き崩れる様子からは、聖職者である彼こそが、誰よりもルカ達斥候隊を信じたいと願っている様子が窺える。
――神学を志す者に、好んで人を害したいなどと考える者がいるだろうか。
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