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プロローグ

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『――やるじゃない。やるじゃないかぁ貴様!! 全界を手中に収めた魔王ガルガディア・ニーヴァがこのような無様を晒しているぞ……!!』

 既に崩壊が始まっている魔王の居城。
 その最頂点たる広場には、膝をつく大柄な体躯を持つ人間に似た異形と、何の変哲もない剣で辛うじて頽れそうな身体を支える一人の男の姿が見受けられた。
 異形は既に四肢を保っているのがやっとの状態であり、事切れる寸前。それに対峙する男も全身が血だらけで、いつその意識を手放してもおかしくはなかった。

「……辛うじて俺の方が強かった。それだけの、……ことだ」
『ハッ! んな、ちいせぇ事言うたかが人間が、この俺をぶっ殺すまで至るとはな……』

 魔王が再び立ち上がろうとしている。
 だが、それは不可能なのだ。それを許さぬだけ、既に男は切り刻んでいる。
 超再生能力を持つ魔王と言えど、その命に届くだけの攻撃は見舞ったつもりだ。
 あとは滅びるのを見届けるだけ。
 それも、あと僅か。

『だがなぁ……俺は蘇る。俺という悪と力を求める限り、この世界、いやどこの世界になろうが俺は蘇る。蘇ってみせる』
「なら俺は、貴様を殺す。いつどこの世界に現れようが、貴様を殺してやる」
『……忘れんなよその言葉ァ。その時は、また殺し合おうじゃないか……!』

 それを最後に、魔王は一言も発しなくなった。
 感覚で分かる。

 ――とうとう魔王を殺した。

 感覚では分かる、だが実感しろというには男の体力は些か限界に近づいていた。
 声も出せず、男は思わず倒れ込んだ。体勢を維持するだけの力がとうとう尽きてしまった。
 呼吸すらままならない。血の気が引いていく。

(ああ……死ぬのか)

 死。
 今、この瞬間にその全てを理解した。口ではいくらでも恐れてはいなかったが、いざ迎えるとやはり、少しだけ――。

(死ねない……。でも、死ねないんだ俺は……)

 とんだ呪いである。
 魔王の最後の言葉。


 ――俺という悪を求める限り、この世界、いやどこの世界になろうが俺は蘇る。蘇ってみせる。


 あの言葉には色濃い真実が込められていた。
 必ずあの魔王は蘇ると、そんな確信があった男はだからこそ、憤る。もう動けない。気力はそのままに、体力が尽きようとしているのだ。


『――今までよく、頑張ってくれましたね』


 男に語りかける女性の声があった。だが、男は既に満身創痍。周りの音なんてもう耳には入っていない。
 なのに、これほどまでに鮮明に声なんて聞こえる訳が無いのだ。
 そんな疑問を、他でもない女性が解決してくれた。

『今、私は思念を飛ばして語り掛けています。貴方も言葉を念じる事で私に届くはずです』
(……まさか)
『いいえ、ちゃんと聞こえましたよ?』

 今度は一段と鮮明に聞こえた。
 そして、消えゆく五感ですらはっきりと感じ取れた、気配。もはや視えているのか、感じているのか、分からないが、男には傍らに立つ美しい女性を認識していた。

(……誰だ)
『私はこの世界を守護する役割を賜った者、サクシリアと申します』

 守護女神サクシリア。
 生まれてこの方戦うことにしか興味がない男ですら知っているその名前。
 男の世界を大いなる災厄から護る事を絶対の使命としているこの世界の神と呼んで差し支えない存在。
 そんなモノが今、男の元に現れていることはもはや夢とすら思わなかった。命の灯が消える寸前の、最期の幻覚としか思えなかった。

『この世界のほぼ全てを闇に包んだ魔王ガルガディアをよくぞ単身で打倒しました』
(たまたまあいつに向かえる奴が俺だけだった。それだけのことだ。何も、誇るつもりはない)

 その言葉に女神はくすりと笑った。まるで初めからそう言うのが分かっていたと言いたげに。

(それで、俺になんの用だ? 死にゆく俺を見届けに来たのならいらない世話だ。帰ってくれ)

 本題に移った途端、サクシリアの声色が一段階重苦しいものとなった。

『守護女神の立場で話すには余りにもお恥ずかしい話ですが……』

 そう一言置き、彼女は語った。
 この世界には様々な種族がいた。人間、魔族、天使、亜人など多岐に渡る種類がいる。
 魔王ガルガディアとは、その内の一つ、魔族が産んだ呪いとでもいうべき存在であった。

 ――最強を。ただただ最強の力が欲しい。

 この願いは、全ての魔族の願いであった。
 力を至上としている魔族らは常に同族で殺し合い、頂点を求めすぎた余り、その数は激減し、存続すら危ぶまれていた。
 そんな時に魔王が現れた。
 全ての魔族の願いでその身を構成した魔王の力は凄烈の一言に尽きた。たったの一日で魔族を統率し、次の日には天使族へ壊滅的被害を与え、また次の日には亜人達全てを傘下に加え、そして次の日には人間へ宣戦布告をした。

『度が過ぎた力はもはや災厄です。ともなれば、この世界を守護する役目を担った者として、当然魔王ガルガディアを排除しなければなりませんでした。……そのつもり、でした』
(抑えきれなかったか)
『ええ……彼の強さは既にこの私ですら凌駕していました。私では……あの魔王に脅威とすら認識されなかったのです』

 強靭な願いはそれだけで力となる。それがましてや幾多もの魔族の願いともなれば、その強靭さは推して知るべし。
 守護女神も一度は立ち向かったが、一蹴されてしまえば、己の在り方に疑問を抱くことすら不思議ではない。
 手も足も出ない。そんな言葉が似あうほどにどうしようもない状況に――男が現れたのだ。

『――あの魔王を打倒した貴方に、お願いがあります』

 体力がもう底を尽きる。もうそんな末期の状態にそんなことを言われた男は返事もせず、ただ次の言葉を待つだけ。


『異世界に転生し、今度こそ魔王を完全に倒していただけないでしょうか?』


 転生。
 禁術中の禁術。おとぎ話でしか聞いた事の無い魔法に、男は耳を疑った。
 経験と記憶をそのままに、新たな命を迎えるという内容しか、この術について分かっていることが無い。それもそうだろう、為せる人物がいる訳がないのだから。

(俺が……魔王を……?)
『こことは違う世界で、微弱ですが魔王の力を感じ取りました。命懸けで、ようやく魔王を倒した貴方には酷なお願いなのは重々承知しております。ですが――』
(良いだろう。倒してやるから早い所、その転生に必要な事をしてくれ)
『えっ!?』

 あまりの即答に思わず守護女神は聞き返してしまった。

『その、本当に良いのでしょうか? あの魔王とまた戦うことになるのですよ?』
(むしろ、丁度良かった。奴を完全に殺しきれなかったことだけが心残りだったのだから。良いから、さっさとやってくれ。流石にもう意識が遠のいてきた)

 揺るがぬ決意を見た。ならばもうこれ以上の念押しは野暮。
 守護女神が片手を挙げると、男の周辺に大きな幾何学模様の魔法陣が形成された。二重三重、いやすでにその数は百を超えている。


『ありがとうございます。この世界を救った勇者よ。次の世界でもご武運をお祈りしております。――――魂魄転生、『リライフ』』


 男の視界が濃厚な白で塗りつぶされた。眩しさは感じない。ただ白く、心地いい。
 気づいたら自分はそこに立っていた。血だらけだった身体には何一つその痕跡がなく、気力も体力も元に戻っている。
 誰に言われるともなく、男は白の向こうへと歩いていく。
 この世界に未練が無いわけではない。しかし、本来ならば自分はあの戦いの後に消えていた命なのだ。


「――今度こそ、あの魔王を完全に殺しきる」


 男は白の向こう側へと消えていった。
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