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3)琴葉と『姉』と旦那様
しおりを挟む琴葉は旦那様の反対を押し切って玄関を出たところに広がる庭園を掃除していた。手間のかかる作業も4年も仕事をしていれば慣れたもので無駄な作業も減った。
落ち葉をひとまとめにして、草を抜き、水やりをする。実言うと琴葉はこういう地道な作業は嫌いではない。むしろ夢中になってしてしまう方で、座り込みながら真剣に草花一つひとつを確認しながらいらない草を抜いている。
「・・・これはハーブ、こっちはミントの葉・・・あ、これは雑草ね。」
せっせと草抜きをしていたところに影ができたのを疑問に思い、顔を見上げると、そこには瓜二つの顔。まったく同じ顔を持った姉にため息をつき、立ち上がった。
琴葉と同じ顔とはいえ、趣味や好みは全く異なっている。シンプルなのを好む琴葉と違い、琴華の服装は化粧も服装も派手だった。
「相変わらず、庶民臭いわね~あんたは。」
「・・・どうやってこちらにいらしたのです、琴華様。」
「ふん、執事を買収すれば簡単なことよ。それより、巽はどこにいるの?」
「・・・今のお時間ですと、執務室にいらっしゃるかと思います。どうぞお入りくださいませ。」
「言われなくてもそうするわ。そうそう、琴葉・・・いい気になるんじゃないわよ?」
鼻息荒く、ヒールの音を鳴らしながら玄関に消えていった琴華を見た後、琴葉はぽつりとつぶやいた。
「自分と同じ顔でもあれだから…。そういう意味じゃ、私をあの人の身代わりにしようと思える旦那様はやっぱりおかしいけれど、ある意味ではすごいです・・・もうあれでいいのなら、さっさと私と離縁してくれたらよいのに。」
当の旦那がそれを聞いたらどう思うかすらまったく気にした様子もなく再び草取りにせっせと励みだした。草取りに夢中になっている琴葉をよそに、執務室では・・・巽が顔をひきつらせていた。
「琴華、その恰好は・・・」
「ふん、今まで琴葉の地味な歌に合わせて地味な格好をしていただけよ。」
「・・・・ほっんとうに、過去の俺を叩いて眼科へ行けと言いたい。」
「そんなことより、琴葉と入籍したって聞いたんだけれど?あたしと結婚したいんじゃなかったの?」
「本性を知った今、誰がお前と結婚したいと思うのか。というか・・・三ヶ月前にはっきりと弁護士まで入れて話し合いをしたことを忘れたのか?」
がっくりと肩を落として呻く巽をよそに琴華はソファーに座り、足を組んでテーブルへとのせている。その様子に、傍にいた黒川が眉を顰めるが、彼女は気に求めず、それどころかタバコを吸い出した。
「・・・・・・ここは禁煙だ。」
「別にいいでしょ。ねぇ、子どものことならもうおろしたわ。だからもう怒らないでよ、跡取りの子どもはこれからいくらでも作れるのだから問題なんて全くないわ。」
タバコの煙を吐きながら言う琴華にますます黒川の眉がひきつる。そして巽の顔もどんどん冷めた様子に変わっていく。当然ながら当の琴華が気づくはずもなく。
「さっさと帰れ。お前はこの家に相応しくない。」
「何よ、あんだけあたしに愛を囁いておいて、よくもまぁそんなことが言えるわね。そもそも、あたしを選んだのは巽でしょう?」
「せめてお前に貞操という概念があればまだマシだったものを。お前は男をひっかえとっかえと・・・報告書を視た時、よくもまぁ、俺を騙せたもんだと感心したぞ。」
「・・・・何よ。琴葉とあたしじゃ何が違うっていうのよ。大体、あの子は昔から可愛げがなかったわ。あたしと同じ顔のくせに地味子気取りであたしまでダサく思われて大変だったわ。でも、噂で、イケメンなあんたが、歌を聞きに家の近くまで来ているっていうから~」
「・・・・なるほど、最初から計画的だったわけだ。」
気づけば、黒川が巽の方をじっと見つめていた。それに気づいた巽だが、その視線の意味は考えたくもない。
(黒川の視線が痛い。そんな冷たい目で見るな。それからドアがわずかに開いているじゃないか。隙間からのぞいているのがバレバレだ・・・メイド達どもめ。こりゃ、今日中に広まりそうだ・・・。)
巽自身の汚点とともにね。
残念ながら巽の不幸は琴華様の発言によってまだまだ続くことになりそうだ。
「そうよーまさか天下の城野宮だなんて思わなかったからラッキーだったわ。幸い、椛屋ということで家柄も釣り合うから結婚できる~って嬉しかったのに。」
「・・・・その嬉しかったというのは、金持ちだからだろうが。」
「あら、あなたみたいなイケメンと一緒ということも嬉しかったわ、自慢できるもの。あなただって私との体の相性がとてもいいって言ってくれたじゃない。」
「・・・・・・・・過去に戻ったら真っ先に俺を探して頭をぶち割ってやりたい。」
「巽様、そんなことよりもさっさと・・・」
「ああ。すでに連絡はしたな?」
「もちろんでございますとも。」
よくできた執事長のお蔭で我に返った巽は、琴華に向き直り、指を鳴らしながら口を開く。それと同時に扉から執事が3人ほど出てきて琴華を拘束して立ちあがらせた。
「椛家から迎えが来るまで、大人しくしてもらおうか、コレを客間に閉じ込めておけ。」
嫌がる琴華だが、男性3人の力ではかなわない。ギャーギャーと喚きながらも連れていかれた。
扉が閉まったのと同時に、黒川がため息をついて巽に向き直った。
「旦那様、何故気づかなかったのです、はぁ…ここは真剣に眼科へ行かれては如何です?」
「いやすまん・・・あの頃の俺は頭がどうかしていたんだ。」
「あんな女と同じだと4年間も誤解されていた琴葉様のことを思うと不憫でなりません。」
ポケットからハンカチを出し、眼鏡をはずして泣く黒川に巽は何も言えず、黙ったままだ。
しかし、ふと思い出したのか、巽は窓を眺めた後、玄関の方へ向かった。それに慌てて黒川もついていく。玄関を開けると、庭園の隅の方で琴葉が薔薇の近くの草を抜いているのが見えた。
「・・・琴葉!」
「はい・・・旦那様に黒川執事長、どうかなされましたか?」
「琴華に会わなかったか?」
「ええ、お会いしました。旦那様は執務室にいるとご案内しましたが、会われなかったのですか?」
「・・・・・・・・何故、案内を?」
「姉のことですから、どうせ、そう簡単には引き下がらないだろうと思っておりましたので。」
「・・・ああ、だから、お前は聞き流していたのか。言っておくが本当にあの女とは関係を切っているからな?本当だからな?」
思わず、琴葉の肩を両手で掴んで揺さぶる巽に黒川は慌てるが、琴葉は慣れた様子で揺られながらも平然と返事していた。
「姉は昔からああなんですわ。私に好意を持ちそうな人を見つけては自分の方に目を向けさせる悪癖がありまして。だから、最初は私とよく似た雰囲気で騙すのが常套手段なのです。」
「・・・それに旦那様も騙されたというわけですか。」
「黒川!」
「遠慮無用です。旦那様だけじゃなく、家のみんなも騙されておりますので。姉は家族に対しても私の好みそうな服装で、甘え上手といった性格で対応しておりましたので、姉の方を可愛がる方が多いのですわ。あ、でも、美琴様だけは騙されませんでした!」
「あの、それは慰めになっておりません・・・。」
琴葉の発言にどんよりと何度目になるかわからない肩を落としながら巽は呻き、黒川は顔を蒼褪めて恐る恐る琴葉に話しかけた。しかし、その黒川の発言にツッコミを入れたのは琴葉ではなくー別の女性の声だった。
「本当にね。うちの馬鹿どもも、あの子に騙されて情けないったらありませんでしたわ。」
その声に思わず驚いた面々は女性の方に向き直った。その現れた女性に琴葉は思わずといったように一筋の涙を流し、口元を両手で抑えていた。それもそのはず、仁王立ちで立っていたのは、つい前日に会いたいとさえ思った姉だったのだから。
「琴葉、久しぶりね」
「・・・っ・・・・美琴様!!」
「まぁ、何を言っているのかしら、この子は。私はずっと貴方の姉であるつもりなのだけれど?」
「・・・姉さま、美琴姉様!」
にっこりと薔薇の花のような美しい笑みを浮かべ、よく似あう華やかなワンピースを着こなして扇を手に持って立っていた彼女は両手を広げて、琴葉を抱きしめる。しばらくそのまま抱きしめあったことで満足した美琴は琴葉を離した後、巽の方に向き直った。
「お久しゅうございますわね、城野宮様。」
「・・・久しぶりです、美琴さん。」
「うふふふ、この4年間・・・ほっんとうに長く感じましてよ。私、申し上げましたわね、琴葉を傷つけた時は、例え家柄が上であろうと、目上の方であろうとも、容赦いたしませんと。」
「う・・・・。」
ようやく、泣き止んだ琴葉を抱きしめるのを止め、持っていた扇を巽の方に向ける美琴のなんと凛々しい姿か。琴葉は変わりない姉の優しさに胸を打たれたのか目を潤ませている。
余りにも不利な立場に内心で冷や汗をかいていた巽だが、今回だけは天は巽に味方したようだ。
美琴は巽に向けていた扇を広げ、琴葉の方に優しく語りかけた後、黒川の方に向かって力強く微笑んだ。
「本当なら、琴葉を連れていきたいところなのですが・・・今日は愚妹が迷惑をかけたようなので、引いて差し上げますわ。でも、次に来たときはきっちり説明していただきますわね。琴葉、今日は時間がなくてごめんなさい。今度ゆっくりとお話ししましょうね。黒川さん、愚妹を引っ張って帰りたいのですが。あのバカのいる部屋に、今すぐ案内していただけまして?」
「も、もちろんでございます!!す、すぐにご案内をいたしましてでございます!」
・・・もちろん、黒川が身を竦ませ、直立不動に立った後すぐに動き出したのはいうまでもなく。・・・黒川の言葉遣いがおかしいのは、美琴の迫力に押されてのことだろう。あれだけの眼力ならどんな敵でもひるませることが出来そうだ。
黒川の後を追う美琴は玄関の方へさっそうと歩いて行った。
突然現れた嵐が去ったことにようやく落ち着いた巽だが、さっきまで近くにいた琴葉がいないことに気づいた。慌てて探すと、今度は落ち葉を袋に入れてせっせと庭仕事に勤しんでいる姿が見えた。
ため息をつき、少し傍に近寄ろうと歩き出す。
近くまで来た時にふと聞こえてきたのは琴葉の珍しい鼻歌。よくよく見てみれば、口元がわずかに緩んで、目もキラキラと嬉しそうに輝いていた。琴葉の表情の変化に気づいた巽は目を丸くさせた。
「・・・・もしかして、庭仕事が楽しいのか?」
「・・・・・っ!!!!」
巽の声が聞こえたのだろう、琴葉はおそるおそる振り返る。笑顔が見れるかもと期待していた巽だったが、琴葉の顔はすでに無表情に戻っていた。
・・・・・解ってはいた。解ってはいたが、一体どうやったらあのにこにことした笑顔を一瞬にして無表情にできるのか。
思わず逆切れしてしまった巽は叫んだ。
「ザ・無表情・・・なんで一瞬で表情を消せるんだ!?」
「・・・旦那様の前ではそういう風になる仕組みになっております。」
「ちきしょう。・・・今度、ビデオ買ってくるわ。で、作業しているところを撮らせろ。」
「・・・・嫌でございますっ!!」
「じゃ、庭仕事を止めるか? ビデオに撮らせてくれるなら、花植えたっていいし、庭をいじろうが、草取りだろうとなにしようと構わないぞ?」
「・・・っ・・・!!」
心が揺れ動いたのだろう、珍しく目が泳ぎ、何かを考える様に腕を組み始めた。こういう琴葉の様子も珍しいので、巽としてはもうひと押しとばかりに呟いた。
「今だったら、お前が続けたがっていた洗濯やミシンも許すけれどな~?」
「・・・っ、解りました。でも、ビデオは遠目で私の視界に入らない範囲でお願いします。今のビデオは高性能なので、別にそこまで近寄らなくても大丈夫でございましょう?」
「・・・そこが妥協点というわけだな。わかった。・・・これで取引成立だ・・・いいな?」
「承知しました。その代り、明日から絶対にやらせてくださいませ。」
「ああ、庭いじりと洗濯とミシンは許可したと全員に伝えてやる。」
「・・・珍しく、旦那様がいいことしたと思いましたわ。これも琴華様のお蔭ですわね。」
「や、それは全然関係ないからな?」
念を押してほっとしたのか、再び庭仕事に戻ろうと琴葉はせっせと袋を結び始めた。
もう一度嬉しそうな様子を見れないかなと思い、近くに座って観察していたが、巽が傍にいるせいか、表情はちっとも動かなかった。巽はつまらなそうにしていたが、玄関の方から煩い声が聞こえだした。
「・・・まったく・・・・・・ああ、琴華の声がするな?」
「ええ、確かに姉の声ですね。」
巽のつぶやきが聞こえたのだろう、琴葉も玄関の方をみやった。すると、美琴が何やら鎖みたいなものを持っている。それが気になった巽は鎖の先を辿ると・・・ドアに見苦しくしがみついている琴華の首に繋がっているのが見えた。
「あの鎖は・・・・・って、首輪をつけられているのでは!?」
「美琴姉様は昔からああやって姉をシメていらしたので、姉も最終的には逆らえなくなるのですわ。琥一様も晃次様もああいう風に捕まって説教されているのを見たことがございます。」
「・・・・泣いているせいか化粧がめちゃくちゃひどく落ちて見苦しいな。」
「それは姉に言ってくださいませ。私に言われても対処しかねます。」
思わず拍手がでてしまう。呆然と見ている間にも、美琴は素晴らしい腕前で琴華を引きずり車に乗り去ってしまった。気づけば、車が消えていった後も巽は拍手を続けていた。
「・・・・すごいな、あの子。」
「ええ、本当に私の一番自慢で大好きなお姉様です。」
珍しく嬉しそうに微笑んだ琴葉を見た瞬間、巽は思わず持っていた携帯でシャッターを切っていた。それに気づいた琴葉は携帯を握りしめ奪い取ろうとするが、巽はダッシュで玄関の方へ走って行ってしまった。珍しくその時ばかりは琴葉の叫び声が響いた。
「・・・っ・・・不意打ちだなんて卑怯です!」
・・・数日後、執務室の机には琴葉の写真が飾られ、ビデオカメラもたまに置かれるようになった。そして、琴葉が深めの帽子をかぶって作業するようになったのもこの頃からである。
「・・・最初からそうやって防護するつもりだったな?」
「帽子をかぶるなとは言われておりませんもの。それとも、日射病や日焼けを気にするな、帽子をかぶるなとでもおっしゃるつもりですか?」
「・・・・・・・・・・。」
・・・今回も若干ではあるが、琴葉の方に軍配が挙がったようである。(合掌)
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