3 / 10
3)のぞき見する社員達
しおりを挟む「うふふ、美理ってば、待ち合わせ場所でそわそわしちゃって可愛い~」
双眼鏡を持って呟いているのは、隠れて二人のデートを見守ろうとしている鞠子。その隣でこれまた双眼鏡を持って辺りを探しているのは景。
「んー、長狭野さんが30分以上前に来ているってのに、アイツの方が遅いって・・・あ、来た!」
景があっと声をかけると、景の隣でしゃがんでいた男がスマホでゲームしつつ、時間を見て呟いた。
「それでも、待ち合わせの時間には15分早いよ」
眼鏡をかけたこの男もまた社員の一人で、野田 納多といい、名前に苦労する仲間の一人である。そして、納多の腕を掴みながら、カメラを構えている間崎 綾 (本人曰く、性別は中性☆だそうだ)も社員の一人だ。
「やーん、社長が可愛いわっ!」
「「「いや、それ、絶対錯覚だから!」」」
綾は変可愛いものが好きで、ピカソが可愛いと言い出すほど社員の中でもセンスの悪さを誇る。性別的には男である彼女(←強調)が可愛いというと大概が変なものに当てはまるので、全員でツッコんだ。呑気に言いあっている外野を他所に、当の美理と芽都留はというと・・・
「よし、行くか」
「はい。はっ、これは買い物ですよね?」
さりげに芽都留が手をつなぐが、きょとんとした美理の天然さに負けてそっと外してしまった。
「お、おう、そ、そうだったな」
しどろもどろになりながらも、照れから急ごうと速足でいく芽都留と、それを慌てて追いかける美理。
「あちゃー!せっかくいいところだったのにぃ」
「長狭野さんは後で後悔してそうだよねぇ」
「絶対内心ではチャンスだったのに!とか自分を責めてそうだわ」
大当たりです、鞠子様。こちら、デパートに着いた美理は我に返り、ずーんっと落ち込んでいました。ただし、表面上では・・・ずっと料理器具の説明を続けていた。
(うぅ・・・私のばかぁ。さっきのはどう考えてもチャンスだったよね。)
「・・・・・・ということでこれがおすすめのフライパンです♪」
「お、おう、なんかわからんが、これ買うわ」
「お買い上げありがとうございます♪」
「説明もうまいな。そういえば、美理はいろんなバイトをしていたんだっけか」
「デパートで働いていたこともありますし、スーパーの裏方で刺身を切ったりしたり、料理の実演販売もしたことがありますっ!」
(あれ、これ威張れることじゃないよね?うう、私の馬鹿-!もうちょっとマトモなこと言えっつーの!)
フライパンをもって威張る美理を見た芽都留は拍手しているが、恐らく美理本人は悶々としていて気づいていなかった。そして、その2人を見ていた社員達はバラバラになって、あちこちの売り場で商品を見ながら傍観していた。
「ん、もう、可愛いったらないわっ。あの2人ってばいつになったらくっつくのかしらねーあ、このスカートとても可愛いわぁ」
スカート売り場にいた綾が可愛いスカートを眺めて呟けば、景がしれっとツッコみながら返した。確かに似合うことは似合う。事実、ロリータ服がよく似合う30代後半の童顔ではあった。
残念ながら、身体的には男というおまけがつくが。つまり、世間一般的に分類するなら、悲しいことに『男娘』『バイ』『女装好きのおっさん』という称号がつく。
「とりあえず、芽都留から動かないと付き合えないのは確かだよなー。それから、そのスカートを買うのはいいけれど、ちゃんと毛を剃ってくださいよ」
「現実を見ないで頂戴~!鞠子ちゃんだったら似合う―っていってくれるのに。まぁ、買うけれどっ、毛も剃るけれどっ!」
泣きながらも、白いストッキングをまとった足を見せつける様に体をくねらせていた綾から離れるべく、景は200m程横へ移動しつつ、周りを確認する。
鞠子はというと、真剣に食器売り場でコップ選びに悩んでいた。もはや二人などそっちのけだ。そんな鞠子の様子に呆れながら、納多の方を見ると・・・レジ売り場のお兄さんに化けていた。
今時ありえないだろうというグルグル眼鏡をかけながら、どこからか入手した制服をきっちりと着こなしている様子だ。
一体どうやったんだと思わないでもないが、コスプレが大得意だと公言するだけのことはあると、納得してしまった景は脱力した。そこへ食器を買い終えた鞠子が合流してくる。芽都留と美理が商品をレジの方へ持っていこうとしていたから、自分たちも後を追おうという算段だろう。
「おまたー。あら、あれって納多君じゃない」
「あいつ、本当にどうやって変装道具を入手しているんだろうな」
「美理たち、納多君にまったく気づいていないわね」
「いつもの芽都留なら気づくだろうが、今日はさすがに気づかないだろうなぁ」
「好きな子と一緒ですものぉ、当然よねぇ~(ハート)」
「・・・・・・・・・・・・」
とりあえず、景と鞠子は綾の言葉をさらっと流しながら清算を終えた二人の後をついていった。時間的に昼食を取ろうとしているのか、芽都留と美理はフードコーナーに向かっていた。
席を取った2人はしばらく何かを話し合った後、芽都留がナニガシハンバーガー店を選んだのだろう、注文を取りに向かっている。
「うーん、この様子だと進展なしで終わりそうだな。つまらねぇ」
そう呟いたのはラーメンを食べている納多。しかし、そこで首を振るのが芽都留の幼馴染である景だ。芽都留の性格など把握済みといわんばかりにニヤリと笑う。
「いや、あいつのことだから、荷物を一緒に整理してほしいと家まで誘導すると思う」
「そう簡単に上手くいかないと思うわよ、美理だしねぇ」
「ええ~両想いなのに、本人が壁になるのねぇ。さすが天然最強だわぁって、あら?」
たこ焼きを食べていた綾が、席に座っていた美理の方を向く。鞠子達も気づいてその方向を見やると、美理が柄の悪いおっさんに絡まれていた。嫌がっている様子からして、ろくなもんじゃない。
「ありゃりゃ、絡まれているよ。どうする?」
「芽都留は丁度注文をしていて気づいてないな。仕方がない、綾さん!」
「ま・か・せ・て~♪」
景の言いたいことに気づいたのだろう、ソースがついた口元をきっちりと綺麗にした綾はうきうきと美理のいる方向へと向かった・・・景たちが食べ終えたラーメンの器をおぼんにのせたままで。
「離してくださいっ。今、連れが来るのを待っているんですから」
「いやいや、この席は俺が目を付けていたんだ。その席に座るなら、料金払ってもらわんと。もちろん、身体でな」
「嫌です!それ以上しつこくしな・・・」
腕を振り払おうとした美理だが、それより先におっさんに悲鳴をあげた。突然の悲鳴に驚いている美理の前では、汁の熱さにのげぞっていたおっさんの横で、かわいらしいロリータ服の女性がてへっと舌をペロだししながら立っていた。
「ああっ、すみませぇん~、私ってばドジでぇ、手が滑ってこぼしちゃいましたぁ☆そちらは大丈夫ですかぁ?」
「え、あ?、あた・・・わたしは大丈夫です・・・・・・」
「おぃ、こらぁ、俺の火傷はどうしてくれ・・・げふっ!!」
「うふふ、無事でよかったですぅ。このバカは責任をもって私が手当しまぁすっ☆」
そう言いながら、美理の前でロリータ服を着た女性は軽々とおっさんの腹に拳を打ち込んだ上で、軽々と持ち上げて肩にのせて去っていった。
余りの強さに唖然としながらも、美理はどことなくロリータ服を着た女性に違和感があったのか首を傾げている。
「どこかで会ったような気がするんだけれど。でも、あんな強い女性なんていたかな~ううん、思い出せない」
「美理、大丈夫なのかっ?ごめん、騒ぎには気づいていたけれど、受け取りが遅くて」
考え込んでいた美理の前にようやく芽都留が駆けつけてくる。美理は、慌てる芽都留に大丈夫だと首を振り、食事にしようと話を切り替えた。
ようやく落ち着いたのか、食事をし始めた二人の様子を見た景達はほっとした。
「ああ、よかった。芽都留が直接その場にいたら確実に100倍は大変なことになっていたよ」
「そうね、綾さんでまだ良かったと思うべきよね。あの丸尾三郎も哀れなこと」
「もう調べたのかよ、早いな」
「うふふ。」
「さすが元興信所勤務なだけのことはある」
「あら、今回は自動車免許証を確認しただけよ☆まぁ、後で社長に情報を売るつもりでいるけれど」
てへっと笑う鞠子に蒼褪めた景だが、敢えて何も言わなかった。
余談だが、しばらくして戻ってきた綾がにこにこと微笑んでいたことからしても、丸尾三郎の末路はろくなものではなかろうとは予想できる。そして哀れなことに、後で芽都留からもさらなる鉄槌が待ち受けているであろうことも予測できた景は内心で名前を特定されてしまった先ほどのおっさんに合掌した。
と、予想外のことはあったものの、この後の2人の様子はありきたりそれも、デートらしいデートというより単なる買い物・・・・にしか思えなかった。そうこうしている内に夕方となり、再び待ち合わせの場所へ戻ろうと歩き出す2人の後を追っていた社員達はため息をついた。
「はぁ、こりゃもう今日は進展なし決定」
「あら、昼間に家に連れ込むはずだと言ってなかったかしら?」
「おっさんに絡まれた後の長狭野さんに対して芽都留が言えるとは思えないからな」
「ああ、そういうことね、あ!」
景と鞠子の会話を聞きながらスマホでゲームをしていた納多が慌てる様に前を指さしながら茂みに逃げようとしていた。それに続いた面々がこっそりと茂みからのぞくと、目の前で、なぜか美理が芽都留に抱きついていた。芽都留の方はというとなぜか焦っている姿が見えた。
「おいおい、そこは抱きしめてやるところだろう!なんで固まったままなんだよ!」
「そういえば、ボスも女づきあいあまりなかったんだっけ、浮いた話も聞かないし」
「モテるのに、名前のせいでなかなか進展しなかったらしいからなぁ」
「あらあら、硬直が解けたのか、美理が逃げたのにがっくりとしているわね」
「チャンスを逃したわけだからな、残念☆」
「会ったら詳しく話を聞かないと!」
すでに消えた美理に続き、のろのろと帰っていった芽都留を見送るように茂みから出た四人は並び立った。
「とりあえず、今日のミッションは終了。今回は進展なしということで、成果ナシ」
「ただし、美理が抱き着いた経緯については疑問が残るので調査が必要と思われます。それは私が担当しましょう」
「ラジャー、鞠子に任せます」
「じゃ、俺は、いつものようにスマホで撮った映像をいつものようにボス恋路記録のフォルダに振り込んでおくんで」
「任せる」
「じゃあ、景くんと私は普段通りに過ごすってことでぇ。つまんないなぁ」
「そう思うならその姿をさらせばいいと思うんだけれど」
「ええーそれじゃ、面白くないじゃないっ!!どうせなら驚かせたいじゃぁん?」
職場ではまったく違う綾の姿を思い出したのか、全員がそっと綾から目をそらした。それに気づいていながらもスルーしてくるくると3回転した後ポーズを取りながら言い放った綾も強かだ。
とりあえずは、景がやる気がない様子で解散を命じた。もちろん、綾の言動については全員スルー、追いかけてくる綾をよそに無言でさっさと帰っていく。
そうしてその日はバカップルを見守る会は解散、今後も静観の構えと相成った。
社員達が苦労して見守った日の翌日、芽都留達はいつものように仕事をこなしていた。そして、昼食の時、鞠子は美理と食事をしながら、さりげに買い物の様子を聞いた。実際に見て知っていたが、敢えて突っ込まなかった部分も多くあるが、何も知らない美理にわざわざ言うことはしない。
「で、買い物はどうだったのよ?確かボスに頼まれたって言ってなかった?」
「うん・・・いろいろあったけれど、まぁ普通に終わったよ」
「いろいろって?」
「うん、食事の前にへんなおじさんに絡まれて」
「(丸尾三郎のことね)それ、危ないじゃない。ボスは助けてくれなかったの?」
「それが注文中でね。でも、ロリータ服を着たお姉さんが助けてくれたよ。すっごい可愛かったんだけれど、力持ちで、おじさんを軽々と持ち上げていてびっくりした」
「(そりゃ、綾さんなら当然できるわ。)凄いわね」
「でしょ?!すごいびっくりしたなぁ」
「ってことは、ボスとは進展なし?つまらないわね」
「うん。だから、デートかなっと浮かれていた自分が恥ずかしいなって。思ったら、つい・・・あ、ううん、何でもないっ!!」
突然真っ赤になって首を振り出した美理に怪しいと踏んだ鞠子は思わず、いろいろとツッコんでいた。
どういうことかなーとにやにやする鞠子に首を振って逃げようとする美理だが、逃げられるはずもない。
「もうっ、鞠子さんってば酷いっ!あ、間崎さん、外回り終わったんですか?」
逃げている最中に、部屋に入ってきた綾に気づいたのだろう、挨拶すると、ビシッとしたスーツ姿で眼鏡をかけている綾も気づいて爽やかに微笑んでくれた。
「ああ、たった今終わった。今からお弁当を食べるつもりだよ。鞠子さんもあまり長狭野をからかいすぎないほうがいい」
「もー綾さんは美理に甘いですよ」
「はは、なんといっても、長狭野は一番新しい社員だからね。じゃ、また後で」
爽やかに去っていく綾の後ろ姿を眺めていた美理ははあとため息をついた。
「相変わらず爽やかな人だなぁ。この会社って気楽な服装を認めているのに、ビシッとした背広を着こなしているんだから」
「・・・・・・・・ソウデスネ」
いや、あれは仮の姿で、休日に見せているアレが本性なんだがと言いたいのを堪え、棒読みで答えた鞠子は偉いと思う。
この爽やかだーかっこいいーと新参者の美理に尊敬されている男がまさか美理を助けたロリータ服の女性だとは気づくまい。
いずれはバレるかもしれないが当分先の方が美理のためには幸せだろうなと、思い直した鞠子は静かにパンを食べ終えた後、美理に宣言した。
「とりあえず、仕事上がりに飲みに行って話を聞くわよ、覚悟なさいな」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる