【R18】距離を縮めて

巴月のん

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2)美理と芽都留の現状

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初めての出会いから1年経った今、美理はというと、芽都留の会社(事務所)で順調に働いていた。

男女合わせて4人の仲間達とも交流が深まり、今では気心の知れた同僚たちとなっている。
やってくるお客様も好意的な人が多く、美理としては今までで一番やりやすい仕事だった。
しかし、たまに困った人もいるわけで・・・それが、今まさに美理の目の前に立っている近藤武男こんどうたけおのことである。
この男、向かい側の会社で働いているのだが、なぜか暇をみつけてはやってきて、しつこいほどに美理に絡んできているのだ。

「長狭野さん、今晩食事に行こうよ?んでもって、ホテルへ行こうぜ~!!」
「近藤さん、お断りですってば」
「ええーいいじゃん、いいじゃん、俺だったら、いろいろと君を楽しませ…いた、いたったた!!」

美理に手を伸ばそうとした男が後ろから伸びてきた腕にいきなり腕ひしぎ十字固めを浴びせられ、悲鳴をあげた。それに驚いた美理は武男の後ろに立っている彼・・・いや、芽都留に口を開いた。

「あの、近藤さんが泡吹いているけれど大丈夫?」
「全く問題ない。近藤、いい加減お前も職場へ戻れ。そして、毎回毎回懲りずに彼女にちょっかい出すのはやめろ。いい加減俺も我慢の限界だ。場合とことによっては裁判で訴えるぞ」
「ぐぇええええ、わ、わかった、わかった、今日はひくからよ!」
「今日は、じゃねぇよ。二度と来るな!」
「ぐ・・・はっ・・・ま、またね~みりちゃ・・・・・・げふxがあああああ!!」

へらっとしながらも、最後に強く締めつけてきたのであろう芽都留の腕に悲鳴をあげながら、降参の意を示すようにタップしている武男。
だが、芽都留は、武男の言葉に耳を貸さずに玄関へと引きずっていった。それに唖然とし、しばらく立ったままだった美理に傍にいた化野鞠子かのまりこが笑いながら話しかけた。

「相変わらずね、ボスと近藤のやり取りも。いい加減ボスの彼女に手を出すのに懲りたらいいのに」
「か、彼女って!ち、違うよ!!」
「あんたら、見ていてもどかしいわーどう見たって両想いでしょ。なんでさっさと付き合わないの?さっきのボスなんてどう見たって嫉妬していたでしょうが」

鞠子は美理の隣の席ということもあり、一番腹を割って話せる同僚になっていた。彼女のみならず、ここの社員は全員が芽都留のことをボスと呼ぶ。
事実、いつもは温和だが怒った時の芽都留はかなり怖い。ボスと呼ばれる理由にも納得だ。
美理もボスと呼ぶかどうか迷ったが、当の四百が渋い顔をするので、仕事中は名字呼びということで収まった。年上ということで、仕事中はさん付けをしているが、帰る時は気さくな呼び方に戻している。

「だって、なんというか。本当に両想いっていう確証がないんだもん」

すらっとした長い脚を組んでいる鞠子は、真っ赤になってぼそぼそと言う美理に呆れていたが、真理子を含めた仕事仲間の4人から見れば、美理と芽都留はどう見方を変えても両想いにしか見えなかった。遠い目をしながら鞠子はため息をつきながら指摘した。

「ねぇ、なんとも思っていない男がわざわざ毎日好きでもない女を待って家まで送るなんてことしないからね」
「そーそー」

美理に対して指を差してくる鞠子に同意を示すように、向かい側のデスクの方から田村景たむらけいが声をかけてきた。この男も同僚だが、同時に芽都留の幼馴染であり、鞠子の彼氏でもある。
なので会話に割ってきても問題なし。
ようやく自分の席に座った美理は芽都留に聞こえないように声を潜めて2人と会話を続けた。

「俺も男だからボスの気持ちがよくわかるよ」
「でも近藤さんのように胸を見て判断する男もいるし」
「ああ、近藤の馬鹿は外見だけで判断しているからね。あれを基準にしたらダメだ」
「個人的にこの胸はないと思っているんだけど」

美理はがっくりとうなだれた。確かに平均より少し低い身長とは裏腹に胸は少し大きめ。多分、男がよくいう巨乳という言葉が当てはまるぐらいのサイズであろう。
むーと唸る美理だが、鞠子と景は首を振っている。

「名前のせいで身長と胸をからかわれた身としては、ちょっと」
「えーそんな目でボスを見たらかわいそうだわ。見た目はあれだけれど真面目なのよ」
「そーそー。確かにタバコを吸いすぎてるせいか、匂いは酷いけれど、髪は地毛で茶色だし、チャラい見た目とは違うぜ」
「でもあの見た目、かなりイケメンな方だし、今まで、告白もされているんじゃあない?」
「ないない。どんなにモテても、名前のせいでドン引きされて逃げられてるよ」
「芸能人は名前が多少変でも愛されますよね?」
「それ、絶対“芸能人”という肩書のせいよ?まぁ、中には本当に性格を知っていて好きだっていう人もいるかもしれないけれど、そういう人は芸能人の身近な人ぐらいじゃない」
「そういうもんかなぁ?」

首を傾げる美理だが、鞠子を必死にフォローしている景の顔がいつの間にか青くなっている。なぜか指を口に当て、まるで黙ってというように身振りをしている。
何故だろうと思った時、鞠子が後ろを振り返ってゲッと声を出すのが聞こえた。それに驚いた美理も後ろを見るが、そこにいたのは笑っていないボスこと芽都留だった。

「お前ら、呑気に会話していないで、さっさと仕事な」
「「「は、はーい~!!」」」

慌てて仕事を再開する3人に拒否権はない。美理もまた、慌ててパソコンに向かうが、芽都留が思い出したように美理達に向かって話し出した。

「近藤の馬鹿についてはもうちょっと待ってくれ。来れないように早めにカタをつけるから。それから、長狭野、今作っているそのCGはそこにいる景にデータを預けろ。景、明日の打ち合わせまでにプレゼンの準備をしておけよ」
「ええ~ちょ、ちょっとまさか、明日のプレゼンの発表担当のこと?突然言われても!」
「余計なことを話していた罰だ。フォローのセンスも何気にひでぇし」
「横暴!自分が混ざれなかったからって心が狭いよ!!!」
「それ以上言うなら、さらに仕事を増やしてやってもいいが?」
「うう、ぅう・・・ひどぃ!」
「お前の嘘泣きは見飽きている」
「ちょっ!それこそ酷いよ~」

酷いといいながらも、増やすことを嫌がったのか、すごすごと引き下がった景に鞠子は合掌するように手を合わせるが、美理は全く気付いていない。このぶんだと、鞠子はともかくも、景が芽都留に頼まれてフォローしていたことにも気づいていないだろう。彼女は呑気に返事をして再び仕事に戻っているが、景は遠い目になっていた。
その景に鈍感だと内心で思われていることにも気づいていない美理は、当の芽都留が密かに服の臭いを嗅いで悩んでいたことにも気づいていなかった。

「そんなに臭いか。帰りにでもタバコの臭い消しスプレーでも買うか・・・はぁ」

ここで禁煙が無理な辺りが、芽都留らしい。しかし、当の美理は鈍感すぎて気づいていないことが哀れでならない。
終業時間になった時、ようやく美理は背伸びをして帰る準備を始めた。そのタイミングを見計らったように、芽都留が車に乗せるから帰るぞと声をかけてきた。

「ふー、帰ろう・・・って、芽都留も今終わったんだ?」
「おう、美理もお疲れ。とりあえず、車に乗れよ」
「いつもいつも送ってもらっているけれど本当にいいの?大丈夫?無理してない?」
「俺の家までの道のりに美理の家があるんだから問題ない」

仕事が終われば、敬語は関係ないとばかりに名前呼びに戻る。この瞬間が実言えば、お互いに両想いであることに気づいていない2人が一番長く会話できる時で一時の楽しみであった。
むろん、このことを他の仲間が知ればゲロ甘だの、ボスの優しさは惚れた女に対してだだの、いろいろと言いたい放題言うであろうことは言わずもがな。
そんな仲間たちがじれったい!さっさとくっつけと内心で思っていることをよそに、今日も2人は車の中でぼのぼのと会話をしていた。そして美理のマンションについた時、芽都留は何かを決意したように、美理に相談を持ち掛けた。

「なぁ、美理。今度の水曜日、一緒に買い物に付き合ってくれないか?」
「えっ、なんであたし?なんで私なの?え?ええ?」

時々美理は一人称が変わる。特に、仕事中でもかなりせっつぱっていて酷い時は、他人称の呼び方も変わるほどだ。
以前に慌てて芽都留に対して「殿様!」と叫んだことは未だに話のネタとして有名だ。
気分次第で変わるとのことだが、こういう風に心情がわかりやすいのは助かると思いながらも、芽都留は言い訳をいろいろと加えつけた。

「いや、俺さ、料理が苦手なんだが、まったくやらないのは身体に悪いなーと最近思っていたワケ。で、まずは器具を揃えることから始めようと思ってよ。美理は料理が得意だって、化野から聞いたから、アドバイスが欲しくてな」
「ああ、そういうこと!びっくりした。あ、うん。それなら付き合うよ!」
「うん、頼むわ。また詳しい待ち合わせ場所とか時間はまたメールで連絡するから」
「はーい」

内心で、つきあうという響きに嬉しさを噛み締めたせいで笑顔になっている芽都留は車を降りる美理に対して手を振ってから消えていった。そして当の美理もまた火照ほてっている顔に手を当てながらいろいろと考えていた。

「うー、笑顔が眩しい。あーあたしの顔が真っ赤になっているの、気づかれなかったかな?それに、これってある意味デートのお誘いになるのかなぁ。あーどうしよう!!」

美理は火照った顔を覚まそうと、手で仰ぎながら部屋の中へ入っていった。
いつものように、夕食後、風呂へ入り、パジャマを着てベッドへと身体を沈めた美理はちらっとスマホを眺めながら寝転がっていた。


美理が芽都留を意識し始めたのは、入社して半年後のことだった。


うっかり自分のミスで、みんなで頑張って作り上げたデータを入れたUSBを無くしてしまったのだ。
涙目になって項垂れていた美理に対して周りはそれを責めなかった。むしろまた作ればいいよ、大丈夫だよと励ましてきたので余計に美理はいたたまれなかった。
周りに優しく扱われると自分が情けないと感じる。机に伏して涙を流していた時、芽都留が紅茶を私の前に置いてくれた。

「誰にでも失敗はある。気にせず、頭を切り替えて仕事に励め。できないというなら、それが俺達からの罰だと思え」

その時、なぜか、芽都留の顔を見てキュンっと胸が高鳴ったのだ。まるでウェンディングベルが鳴ったような響きのイメージで。


(一番怒っていいはずの立場である芽都留が一番優しかったなぁ。)


今思えば、アレが好きになったきっかけだったのかも知れないと、美理は再び真っ赤になりながら悶えていた。



そんな風に美理が家で悶えていた頃、芽都留も家で持ち帰った仕事をしながらパソコンを前に悩んでいた。

「とりあえず、デートには持ち込めたけれど、この後が問題だな。あの子のことだから本当に買い物に誘っただけだとか思われていそうだ。あわよくば、彼女に料理を作ってもらえたらいいんだけれど、そう簡単にはいかないだろう」

ひとまず、雇い主と社員もしくは、名前に悩む友人関係から脱皮したいと思う。とりあえずは水曜日までに何か考えないと・・・と思考している間に、気づけば、インターネットの検索歴はデートスポット、女性が好む料理器具などなどいろんなワードで埋まっていた。
我に返り、慌てて仕事に戻るが、ついつい思いふけるとまた再び検索してしまっているという状況で、結局一晩仕事にならなかったようだ。


次の日、芽都留は目元にクマを作り、机に項垂れていた。その一方、美理の方は少し楽しそうに浮かれていた。

そんな2人の様子を眺めながら、鞠子も景もため息をついている。
そのため息はいわずもがな、あの2人は一体いつになったらくっつくのだろうという意訳だ。
しかし、そんな2人の目線を横に、2人はそれぞれ、次の水曜日に思いを馳せていた。


(今日が終われば、水曜日♪そうしたら、芽都留とデート!きゃー!楽しみ!今夜は寝れるのかなぁ、ドキドキして寝れなかったらどうしよう?そうだ、噴水前に11時待ち合わせだよね?服装考えておかないと~🎶)

(明日はとりあえず年上の余裕見せておかないとなー。あ、でも、タバコの臭いはどうするべきか?さすがに一日じゃ消えねぇよな。もっと早く臭い消しを買っとけばよかった!くそ、帰りにでも買うべきか?いやそれより、服を新しく用意した方がいいかもしれない。)


鞠子と景は生暖かい目を2人に向けた後、お互い顔を見合わせた。

「この2人、いつになったらそれぞれが呟いていることがただ漏れだということに気づくんだろうな。幸いにして机が離れているからお互い気づいていないみたいだけれど」
「このぶんだと一生気づかなさそうね」
「とりあえず、俺達も明日は噴水前に集合だ。今外に行っている他の2人にも話しておくよ」
「そうね。あのバカップルを見守る会としては、是非にもいかねばならないし」

・・・2人のやり取りからして、表情と裏腹に声は楽しそうだ。なんだかんだ言って、楽しんでいるだけのような気がしないでもない。とりあえず、2人に頑張れと内心でエールを送りながら、鞠子も景も仕事に戻っていった。



さてはて、運命の水曜日、2人は距離を少しでも縮められるのだろうか?


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