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3)聖女の力で結界を直しましょう

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ドレスを着るのも久しぶり。
皇帝との対面に臨むのも久しぶりなら、貴族の好奇心ある視線にさらされるのも久しぶりだ。
・・・・・・ついでに、下半身の慣れない違和感と痛みも久しぶりである。
あのバカ、手加減しろ、激しく突きやがって。(察してください)


「久しいな、聖女アリア殿」
「お久しゅうございます。まずは、謝罪を。昨日到着しておきながら、疲労から顔見せできなかったことをお許しください」
「疲れておるのも無理なからぬこと。それで、第二王子から聞いたとは思うが、早速結界の補修を頼みたいのだが、可能かね?」
「もちろんでございます。そのために私は戻ってまいりましたので」


この国の最高位に立つ皇帝陛下を前にアリアは臣下の礼をとる。聖女は女神の使いなので、本来ならば皇帝と平等の地位にいる立場だ。しかし、生活面での補助を貰っている身としては事実上皇帝の方が上であると思っている。その皇帝の頼みであれば命令も当然。何より、この国を気に入っているアリアとしては断れるはずがない。
アリアの返事に皇帝も傍にいた宰相や皇太子も結界が直るという安堵からほっとした様子を見せていた。
皇帝は満足そうに頷いた後、少し表情を曇らせながら、ザンの方を見た。ザンはというと(特大の猫をかぶったまま)臣下席に座っている。アリア曰く、黙っていれば、美男子、女性の理想の王子様というのだから、素とはかなりの違いがある。
宰相はザンを見たとたん、顔を真っ青にしながら恐る恐るというように、アリアの方を向いた。


「そ、それはそうと、別件でございますが、アリア様に確認したきことが・・・」
「私に・・・でしょうか?」
「ええ、その、三ヶ月前にいただきました離縁届ですが、その、差戻しさせていただきたく・・・いえ、アリア様の気持ちを優先すべきなのは重々じゅうじゅう!なれど、その、ユナ様・・・ごほん、偽の聖女が逮捕された今、真の聖女であせられるアリア様を正妃とすべきだという声もございまして・・・」


正妃ーーといっても、この国の皇族の結婚は少々特異な点がある。
この国の皇族の場合、正式な結婚までは複数の異性を後宮に入れることが可能。その際は入れられた順に、第一妃、第二妃という扱いになる。そして、最終的には一人に絞り、その選ばれた人間が正妃として、皇籍に入ることができるという流れだ。
ただ、ここ数百年間、恋愛結婚が増えたこともあり、皇族も後宮に入れるのは一人だけという流れができていた。
そのため、世間一般では、第一妃=正妃という扱いが通常である。
極まれに、政略結婚を目的として、貴族たちが第二妃、第三妃を入れようと画策することもある。


「・・・貴族の皆様はユナを聖女とみなし、正妃にするべきだという声を挙げられていたと思いますが」
「いえいえいえいえいえ、その、ユナ様は確かに候補ではありましたが、後宮には一歩たりとも入っておりません。ご存知のように、正妃となるためには正式に婚礼を挙げることが条件にありましてな。それまではいかなる理由があろうとも、婚姻関係は認められておりませぬ。従いまして、差し戻しとなれば第一妃であせられるアリア様が正妃となってもなんら問題はありませぬ」


しどろもどろになる宰相を見て、アリアは直感した。これは絶対ザンが裏で手をまわしたな、と。
現に皇帝も目をそらし、皇太子もこっちを見ないようにしているではないか。そういえば、いつもは喧しい貴族たちも珍しく何も言わず大人しく座ったままだということにも気づいた。


(これは・・・どんな手を使ったかわからないけれど、ザンが根回ししたわね。)


「・・・皇族の事情はこちらもよく存じております。しかしながら貴族の皆様がおっしゃるように私は凡庸かつ平凡。聖女に見えぬ小娘。聖女でなければ平民とされてもおかしくない身でございます故、遠慮したく」


宰相が貴族たちを見やれば、慌てて一斉に首を振った。皇族は・・・というと、皇帝が眉間に皺を抱え、皇太子が疲れたようにため息をついていた。アリアは見回しながら最後にザンを目に据えて微笑んだ。

「幸いにして、皇太子殿下に第一子がお生まれになる予定だとか。もともと第二王子殿下は聖女との結婚には乗り気ではなかったと聞いております。これを機に私も平民の身に戻るのが一番よかろうと存じますが、いかがでしょうか、ザン・トーリャ王子殿下」
「はは、相変わらず、我が妃は面白いことを言ってくれるね。でも、誤解は訂正しておこうかな。最初乗り気でなかったことは認めよう。だが、今の俺は君を気に入っているし、そこにいる貴族たちのような愚かな考えは持っていない。第一、謙遜しているようだけれど、君は五大元素の精霊の力を借りて魔法を使えるし、女神の加護をもってこの国全部に結界を張れるだけの力がある。悪いけれど、皇族としても君の力が欲しいし、俺個人としても君が欲しい。だから、アリア・トーリャ=タカハラ・ブラパーラジュのままでいてもらいたいのだけれど」

どう考えたって似非笑みだよね、ソレ!とつっこみたかったのを我慢したアリアは、宰相の方に向きなおった。ザンの言い分は敢えてスルーすることにする。後から文句を言われるだろうが、気にしない。


「・・・本当に、ザン・トーリャ王子殿下はお優しいお方。ですが、正妃についての件はあまりにも突然のことですぐにはお返事できかねます。申し訳ございませんが、今少し時間を頂きたく思います」
「し、しかし、差戻しとなれば期間が決まっております、今のままですと我が身が!!」


(あなたはザンの制裁が怖いだけでしょうがっ!!!)


本音をただ漏れさせて慌てる宰相を制止するように皇帝が手を振った。それに宰相をはじめとしたすべての人間が一斉に皇帝に注目する。ザンやアリアもまた皇帝の方を見つめていた。

「アリア殿の言い分も解る。だが、第二王子の言うことももっともである。事実、そなたが騎士団にいた頃の活躍も素晴らしい手腕だったと聞き及んでおる」
「身に余るお言葉でございます」
「アリア殿よ、正妃うんぬんはひとまず差し置いて、一度妃に戻るという形でどうであろう。それならば、差し戻しも問題ない。そなたも知っているように、王子は正妃ができるとその時点で複数の妃を持てなくなる。だからこそ、正妃にはかなりの重圧がかかる。王子を支え、王子の片腕となる力を求められる。それに加え、次代の皇族を育てるのも正妃の仕事ぞ。それほどのプレッシャーのかかる正妃の役割を受け容れるのに躊躇ちゅうちょするのも無理なからぬこと。第二王子よ、少しアリア殿に正妃となるかどうかの時間を与えてみてはどうか?」
「それが皇帝陛下のお考えであれば従いますが、期間はいかほど・・・」
「うむ・・・アリア殿の思考期間を考えるに、一ヶ月が妥当だと思うのだが、如何だろうか」
「皇帝陛下の心遣い誠にいたみいります。恐れながら、私の悩みは、まさに陛下がおっしゃられる通り。この平凡なる身でそのような大役をこなせるかどうかでございます。ですが必要とあれば、私も一ヶ月で覚悟を決めたく思います」
「・・・そ、それでは!!」
「はい、ひとまず、第二王子殿下の妃に戻るという形でお願いいたします」

アリアが一礼すると、宰相はほっとした顔を見せ、皇帝も満足そうに頷いた。その場の雰囲気の緊張が解けたように何人ものの貴族が安堵した表情を見せているのは、きっといろいろあったのだろう・・・主にザンがらみで。
アリアの言葉を聞いた皇帝が決定を下し、正妃問題はひとまず保留という形になった。
皇帝が退出したのをきっかけに全ての人間がその場を離れて行く。アリア達も例にもれず、部屋を退出した。ようやく肩から力を抜いて息を吐いていたアリアの目の前に現れたのは、苦々しい顔をしたザンだった。

「あー終わった・・・ってぎゃあっ!」
「ほっんとうに忌々しい。相変わらず、見た目はぼんやりしている癖に頭の回転だけは速いヤツだな」
「ほんと、もったいない。その王子様姿で悪態つかなきゃ、格好いいのに」
「お前も黙ってればそれなりなものを・・・何故余計な一言ばかり口にするんだ?」

ザンの口調はさっきと打って変わってぶっきらぼうな言い方になっていた。
ザン曰く、こっちが素というのだからたちが悪い。アリアも最初は王子様仕様の口調をされていたが、たまたま二人きりになったときに、違和感があって気持ち悪いと言ってしまった時から今の口調になってしまったのだ。


(あれ・・・?じゃ、もしあの時に違和感を持たなかったら今でも王子様口調で話していたかもしれないってこと?うわ、もったいないことを。でもそれはそれで気持ち悪いよなぁ。ザンはこっちがデフォってやつだからねぇ。)


「おい、アリア、聞いているのか?」
「それより、結界を見に行きたいんだけれど」
「無視かよ。お前一人だと迷いそうだから俺も一緒に行く」
「失礼ね。何度も行っているから道ぐらい解るわよ」
「・・・俺も気になるからな」


アリアの言葉を聞いたザンは頷いて、手を差し伸べてきた。これからまた人目がつくところを通るから、エスコートをということだろう。その意図に気づいたアリアは、ザンの手をとって歩き出した。


「・・・相変わらず素直じゃないやつ」
「ザンに言われたくない」


暫くすると、城の中庭に出た。少し歩くと中央に噴水があり、その真上に巨大な水晶がある。噴水の周りにはその水晶から放たれた光で水晶のような輝きを持った花・・・水晶花が無数に咲いていた。


(相変わらず神秘的で綺麗だなぁ。初めて見た時から気に入って、何度もここへ通ったぐらいだもん。)


そっと近寄ると、噴水には、水晶の欠片がわずかに入っていた。すぐに真上にある大きな水晶を見て眉間に皺を寄せた。以前はピンク色だった光も今は白い光になっていることに気づいた。


「・・・力が弱くなって白い光になっているわね。水晶も少しかけていたり、ヒビが入っているし」
「ああ。以前はその噴水の中にいくつかボロボロになった水晶が浮かんでいた」
「そう・・・」


ザンの言葉を聞いたアリアは痛ましいという顔をしながら、水晶に向かって両手をそっと翳した。すると、ピンク色に輝く魔方陣が現れ、眩いピンク色の光が包み込むように水晶へと向かっていった。
ザンはというと、少し離れた場所で木にもたれながら、アリアが呪文を唱える様子を見ていた。


アリア本人は気づいていないが、今の彼女は女神の加護を解放しているため、髪も目もピンク色になっている。体中から漂う不思議な花の香りも相まって神々しさすら感じられるほどだ。
今のアリアに平凡さなどどこにもない。
ピンク色の光が絹のような形で巨大な水晶を丁寧に包み込んで活性化させているのも、アリアの力によるもの。
しばらくすると修復が終わったのか、ピンク色の光が薄れ、白色へと変化していった。それにつれて魔方陣の光も消え、アリアの髪や目の色も元の色に戻っていく。だが、水晶は見事なピンク色に染まったまま色褪せることなく輝いていた。


「ふう・・・これで大丈夫なはず」
「ああ、そうみたいだな。先ほどより色づきがとても良いし、白い光もピンクに戻っている」
「ええ。後はもう少し様子を見た方がいいわね。これでもっと水晶花が咲くとよいのだけれど」
「・・・咲くに決まっている。あのバカが一人でやってもこんなに光はあふれていなかったからな」


この世界では、水晶花は女神から与えられる守護がこもっているため『女神の結界石』とも呼ばれており、持っているだけで結界となる花として有名だ。
小さい花は1回で使い切りの形だが、大きい花や水晶であれば、巨大な結界を長期的に作ることが出来る。
この国は魔法大国ということで、魔力持ちの人間が多数おり、彼らが魔法を極めて研究を続けている。
その中でももっとも強い魔力を持つ者が皇族であり、その皇族が女神から与えられたという巨大な水晶を守ることによって、国に巨大な結界がはられていた。だが、皇族はその水晶を守ることはできても、修復する力や維持する力はない。故に、結晶の力が弱まっていると感じると、何百年か一度に召喚の儀式を行い、女神の使いとされる聖女を呼び出し、修復する必要があった。
そして今回、その皇族の召喚に応えてやってきたのが、アリアというわけだ。

中庭を出て、大廊下を抜け、玄関に向かうと見知った兵士が立っているのが見えた。アリアは思わずザンの手を放し、階段を下りていた。


「ラティス、ラティスだよね!?」
「おぃ、アリア!?」


声が聞こえたのか、ラティスが振り向く。ぎょとした顔だったが、すぐに表情が固まった。それはそうだろう、アリア・・・正式には、第二王子の妃である彼女と、その隣には良く知る第二王子まで立っていたのだから。それに緊張しない兵士などいない。


「あ、アリア・・・じゃない、アリア妃殿下、それに、ザン王子殿下まで。これはご無礼をっ!」


慌てる様にラティスが臣下の礼を取り、座り込んだ。
それを見たアリアが呆れる様に座った。ラティスと視線を合わせるためだろう。それを内心呆れながら(仮面という名の)笑顔を張り付けて見ていたザンのやりとりがラティスの前でかわされている。


「アリアでいいのに。ね、ザン?」
「今の君は妃だからね、いくら仲が良くてもそこはわきまえた方がいいと思うよ・・・君もそう思うでしょう、ラティス・ポール副隊長?」
「は、はひ・・・(な、なぜか冷たい風が・・・悪寒が・・・!)」


むーと納得いかない表情をしているアリアをよそに、特大の猫を張り付けたザンはラティスに笑顔を向けていた。・・・当のラティスは笑顔の裏に忍び寄る禍々しさも感じていたが、相手が皇族とあっては何も言えないのか口を噤んでいた。


「ところで、アリア、彼とはどういう仲なのかな?」
「初めて私がお世話になった人で、いろいろわからないところも教えてくれたの」
「そう、それはそれは。・・・俺のが大変お世話になったようだね」
「い、いえぇ、いいいええええ!」
「ラティスは凄いの。一度手合わせをしてもらったんだけれど、かなり剣技が上手で思わず見惚れちゃった。また見たいぐらいなの、ザンも一辺手合わせをしてみるとよいと思う!」


にこにこと笑うアリアにザンもにっこりと微笑んで聞いていた。たが、ラティスは見逃さなかった。その影に悪魔の角が生えているのを。なぜかこっちを見て微笑んでいるだけで怖いと感じるのは気のせいだろうか。


「・・・そう、俺もソレを見てみたいな、いずれ俺とも手合わせしてもらえるかな?」
「い、いえ!めっそうもありません!!王騎士兵団を束ねる総団長であらせられる第二王子殿下がわざわざ手合わせするほどの腕は持ち合わせておりませんので!」
「遠慮しなくとも良いよ・・・俺が得意なのは魔法だけだしね。ほら、世間一般じゃ、魔力が高いだけのひ弱な王子って言われてるぐらいだから」
「お、王子は魔法がスバ抜けて得意なだけで、実際は剣技も上手だと父から聞き及んでおりますっ!」
「・・・父?ああ、そうか、君はトング団長の息子だったね?」


こくこくと頷くと、ザンは何かを考え込んだ様子を見せた。と、そこへ執事が現れてザンの耳元に何かを告げている。その間にもアリアとラティスは何やら話し合っていた。


「・・・そう。ご苦労様。アリア、お茶の用意が出来たそうだから、行こうか?」
「えっ、でも・・・」
「お、俺・・じゃない、私のことはどうぞお気遣いなく!!」
「うん・・・じゃ、またね、ラティス」
「・・・ラティス副隊長、また手合わせができる日を楽しみにしているよ」
「ひぃいいいい、めっそうもございませ・・・ん・・・。(俺何かしたーっ!?)」


名残惜し気に、それでもザンの手を自ら握って歩き出したアリアにザンはため息をついた。


「勝手に走るな。準備もなく、いきなり口調を変えるのも面倒なんだぞ」
「ザンはそれぐらいで手こずる人じゃないでしょ・・・特大の猫を飼っているし」


・・・ココで何か言ったら負けだと悟ったザンは何も言わなかった。そのかわり、アリアの腰を引き寄せて深く口づけしたことで矛を収めた。


「・・・っ、不意打ちのキスなんて卑怯!」
「何とでも言え。・・・ラティスとはどっちが勝った?」
「え、あ、ああ、んっ・・・魔法を使ってなかったから、ラティスが勝ったよ」
「ふーん。今夜は風呂でセックスな」
「なんでいきなりそんな話になるのっっ!!このドスケベっ!」


ぎゃあぎゃあ言い合いながら部屋まで戻った2人はやっぱりこの後はお楽しみへとなだれ込むのであって。
結局アリアもアリアで逃げる気がないという矛盾は誰からも突っ込まれなかった。







<余談>
三日後、ザンは鎧をまとい、兵団の訓練場に乗り込んで直々にラティスを指名して手合わせを行った。
その実力の差は歴然で、ラティスは疲労困憊。それでもザン直々の訓練が止まることはなく、周りが必死に宥めて説得を行って、ようやく10回目の手合わせを経た末にボロボロになった状態で解放された。


「な、何故俺が・・・」
「クスクス、なんででしょうねぇ。あれですよ、アリアがお世話になったということで」
「もしかしなくとも、殿下はやきもち焼きですか・・・ぎゃ、ぎゃああああああ!?」
「余計な一言を言わなければ、まだ見逃したものを」



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