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6)偽の聖女確保確保!

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精霊の住まう地として名を馳せる魔法大国ブラパーラジュ。



 この聖地の中央に位置する王都リートットにある王城を中心に、魔法を防ぐ巨大な結界がドーム状に展開されており、その結界の反射で、雲や空が時折、薄桃色に輝いている。
国民たちは、これこそが女神が遣わしたとされている聖女が与えた影響だと喜び、その聖女がこの国の人気ある第二王子の妃となったことを誇りにしている。当然ながら、聖女が与えた影響はこの結界だけにとどまらないということも世間では有名な話。

 魔法大国と言うこともあって、数々の魔法が開発されている反面、魔法を必要としない機械や作業については疎かになっている一面があった。その疎かになっている部分を異世界からの知識で引き上げた功績者こそが聖女であった。これはアリアに限らず、代々の聖女が成してきたことでもある。
 魔法は便利な反面、魔力を必要とするため節約が必要な面もある。だが、面倒がってなんでも魔法を使って行動する傾向にあった国民の精神を一転させたのが、アリアが開発したという便利な機器や道具の類だった。
 特に、指先の指紋に反応し、魔力を感知することで水を1分も経たずに沸かせることができるポットは苦くない『紅茶』とともにあっという間に国土すべてに広まるほどのブームを見せた。
それから、新しく王都にできるランジェリー専門のブランドである『レディー・ランジェリー』は、下着の概念を覆し、今や、貴婦人を中心に女性達の心を虜とりこにしている。(余談だが、密かに奥様や彼女に強請られ、ギフトとして購入する男性もいる模様。)
こちらは最初は試しに通販で広めていたのだが、思いのほか人気があり、城下町に第一号ができる予定で、今日からオープン予定だ。
 特に、最近では魔力で火力を調整できるコンロが開発された影響で、次々と新しい料理が普及している。

とにかく、結界が正常化されてから1年も経たずにあっという間に偉業を次々と成し遂げた聖女を国民たちは愛し、誇りに思い、誰もが、正式に第二王子の正妃となることを願っていた。
だからこそ、民衆たちは、アリアの第一夫人という立場にもかかわらず『妃』という称号を用いて話している。
そんな民衆の期待をよそに、アリアは自分がなしたことがそこまで大それたものとは思っておらず、呑気に窓際で外を眺めながら寝そべっていた。
横では、赤い髪を団子状に束ねたメイドがケーキと紅茶を用意している。

 「・・・うーん、シャラ、どうやったら正妃になるのを回避できると思う?」
 「アリア様・・・また、そのようなことをおっしゃる。殿下はアリア様を正妃に望んでおいでですので、回避は事実上不可能だと思うのですけれども・・・」

シャラと呼ばれたメイドが微笑みながら紅茶を差し出す。
差し出された紅茶を受け取ったアリアは眉間に皺をよせて、何かを考え込んでいた。一拍の間をおき、すぐに寒気を感じたように首を横に振った。

 「あのザンが私を利用することはあっても、正妃にしたがるとは思えないんだけれど。私より利用価値のあるお嬢様を選ぶ方がよほど利益になると思うよ」
 「お言葉ですが、殿下の二面性をご存じの方でも、アリア様の返事には否と答えると思いますわ」
 「うーん、私にそこまでの利用価値があるとは思わないんだけれどなぁ」

・・・シャラは遠い目をしながら、アリアから空になったティーカップを受け取り、おかわりを注いだ。アリアが妃になるあたり、ザンは己が信用できる人間を徹底的に傍に配置することを指示した。故に、ザンの本性を知っている人間も何人かいる。シャラもザンの本性を知る一人で、母親が皇后陛下に仕えていた関係で、幼い頃から遊び相手として傍にいた。そういう仲間が他にも何人かアリアやザン本人の傍に存在していることはある意味幸運だったといえる。

それはともかくも、アリアはこのように、ザンの中で自分がどれほど重要な位置にいるかすらわかっていない。それどころか、自分の価値すら徹底的にスルーするほどだ。しかも、何が哀れって、ザンがアリアをそばにおいているのは政略結婚に伴う契約のためだけだと最初に話があったこともあって、一ミクロンも本気だと信じられていないことだ。

 「・・・・うーん?ランジェリーショップは女性だけを対象にしているからそんなに経済効果ないし」
 「そのランジェリーの普及、利用の向上に伴ともなって、性的対象となる避妊具や大人の道具も爆発的に人気が向上し、女性の出産率も高まっておいでなのですが。ついでに言えば、女性の就職の雇用率も高まっているとのことでございますよ」
 「そんなバカな。私の世界じゃそこまでの経済効果がでるとは思えないんだけれど・・・」
 「・・・その反応を見るとアリア様のいた世界が怖く感じられますね・・・それだけ当たり前のことということでございましょう?」
 「ああ、そういうこと・・・。そうか、この世界ならでの事情とかも鑑みてってことだね」

 納得したように紅茶を飲み干し、ケーキを食べ終えたアリアは背伸びして立ちあがった。

 「さて、そろそろ城下町へランジェリーショップを見に行こうかな♪」
 「オープン日をいまかいまかと楽しみになされておられましたものね。・・・護衛は後から参りますので、気を付けて行っていらっしゃいませ」
 「はぁい」

アリアは根っからの庶民のため、護衛を傍に置くのを嫌っていた。しかし、自分の立場も考えろとザンから煩く言われているので、せめて、出来るだけ目立たない形で!とお願いしている。それを受けて、護衛達もいろいろと工夫してくれていたので、身の危険はあまり心配していない。心配するとしたら、相手の命ぐらいものだろうか。

アリアは黒のフードを被り、ザンが作った転移装置から玄関へと転移していく。それを見届けたシャラはすぐさま、アリアを守りに行くように護衛チームへと伝達した。


 「んー相変わらず活気があるね!」


 黒いフードのお蔭で、自分が聖女と言うことは気づかれていない。久々に来た街を、背伸びしながら楽しもうと歩き出す。以前にザンと一緒にケーキを食べに来た時はあまりゆっくりできなかったが、今回はゆっくりできそうだとアリアは喜んだ。

 「さて、レディ・ランジェリーショップはっと・・・あ、あそこだね」

 自分が一から企画書を出してから設立するまでにかなりの2年ほどの時間を要しただけに、ようやくできたランジェリー専門ショップにはかなりの思い入れがある。

 「ここに来たばっかりの時と比べればかなりマシだよね!!」

 何しろ、一般的にショーツとかパンツと呼ばれるものがあれだもん。ブラにいたっては、腹巻のような形でゴムで止めるというなんともお粗末なモノ。それも真っ白の何の柄もないザ・無地☆ってカンジのやつを初めて見た時に真っ白になった記憶が未だにある。
あれから躍起になって、ようやく今がある。今じゃ、皇太子妃に自信をもって献上できるほどのランジェリーが増えているので、楽しみがいがある。

(・・・ま、間違ってもザンを喜ばせるためではない。自分のため、だ。うん、そういうことにしておかないと自分がもたない・・・!)

 「と、とりあえず、入ってみよう」

お店はアリアのいた世界で言うと、英国風になっていた。音をたてないようにそっと入ると、オープン初日ということもあって、大繁盛していた。貴族からわりと余裕のある平民までと階級は様々だが、いずれも女性が多い。もちろん、対応している店員も女性なので、気楽に話が出来る状態になっている。

 「うんうん、やっぱり下着は楽しみながら選びたいよね」

ランジェリーを楽しんでいる客たちを眺めながらアリアはほっとしていた。だが、そこに水をさす人間が一人。

 「・・・なっ・・・なんであんたがここにいるわけ?」
 「えっ・・・なんでユナがここに?確か逃亡したんじゃ」
 「ふん、こそこそと逃亡なんてするわけないでしょ。第一、あたしのアビリティがあれば敵なしだもの!」

 思わぬ出会いに驚いているが、ユナの方はそれどころではないらしくキーキーと喚いている。ユナの横にいる男性をみるに、貴族っぽいので、恐らくユナの魅了によってに洗脳されている可能性がある。
しかし、このような人がたくさんいる状態でよく喚くことが出来るなと感心する。とりあえず、アリアは、なけなしの優しさを持って指摘してやった。あの日のように。

 「・・・鼻の穴がでっかくなってるよ。とりあえずここを出て?」
 「あんた・・・あっいかわらず、むかつくわ!!何よ、地味ぶってるくせに生意気!」
 「とりあえず、お店の邪魔だからさ」

 相変わらず人の話を聞かないなーと思いながら、アリアは指差して、緑色の輝きと共に、魔方陣を展開させ、呪文を唱えた。

 『緑の属性を基盤に生えよ、草花よ。蔦を用いてかの敵を外へ放り出せ』

 床から無数の蔦が生え、ユナを一緒にいた貴族もろとともに拘束し、外へと放り出した。唖然としていた店員や客に頭を下げつつ、外へと向かう。
ドアから現れたアリアをみたとたん、蔦から抜け出したのか、ボロボロになっていたユナが怒りに震えて叫んだ。

 「いい加減になさいよ!くっ、魅了アビリティ発動!『メーディアル・パラシュ、アリアを狙いなさいっ!』」

ユナの真下に魔方陣が現れたのを機に、傍にいた貴族がふらふらと前へと進み、アリアを狙おうと剣を抜いた。

 「・・・相変わらずというかなんというか・・・姑息だなぁ」

ボソリと呟いた後、アリアは再び魔方陣を展開させ、赤い光を発動させた。

 『赤の属性を基盤に燃えよ、かの敵を対象に炎攻撃!』

アリアの呪文に合わせたように、ユナと貴族の周りに火玉が現れ、炎が命中していく。それに悲鳴をあげるユナ達だが、アリアは容赦しなかった。これぐらいの炎なら死にはしないだろうという程度には弱くしてあるのだ。お礼こそ言われても文句を言われる筋合いはないな・・・とアリアは遠い目をしていた。

 「むかっつくーーーーーー!!・・・・あら、そうよ、なんだ、最っ初から、あんたを操ればよかったんじゃないの!魅了アビリティ発動、『高原有亜、あたしの言うことに従いなさい!』」

アリアはユナの馬鹿加減を微笑ましく見守っていた。最初に来たばかりならまだしも、その呪文に効果がないことは明白なのだ。慌てる必要すらない。指を差してもアリアの目に変化がないのを見て取ったユナは首を傾げた。
 美女ゆえ、よく似合っていたしぐさだが、この公衆の面前ではミスマッチだな・・・と思いつつ、アリアはため息をついて指摘した。

 「ユナ・・・あんたのアビリティは制限があるの忘れたの?魅了する際には一人にしか効果がない。そしてもう一つ、本名を呼ばなければ意味がないのよ?あんた自身が忘れてどうするのかしら?」
 「どっ、どういう意味よ!!!!!大体、あんたはこの世界の人間じゃなんだから高原有亜であってるでしょうが!」

あ、頭が痛いとぐったりしたアリアは肩を落とすが、未だに解っていないユナはキーキー喚いている。何事だとランジェリーショップの前で対峙する2人を見守る野次やじ馬うまも増えてきている。いい加減終わりたいと思った時、天の助けが現れた・・・アリアにとってもユナにとっても最悪の助けだったが。

 「・・・くっ・・・もういいわ!『メーディアル・パラシュ、そこにいるアリアを捕まえてっ!』」
 「そうはさせん。『我が魔力を糧に、雷の守護の下、このバカ女を対象に電撃を与えん』」
 「えっっ・・・っぎゃああああ!!」
 「ザン、どうしてここに?」
 「護衛の方から連絡をもらったんですよ」

 目を丸くしたアリアの前には、ローブ姿でフードを外したザンが立っていた。彼はあきれたようにユナに対して雷の攻撃を続けている。

(なんで。なんで、この人は、立っているだけなのに、ポーズがいちいちかっこいいのよぅうう!!!)

内心で理不尽だっ!と叫びつつも、声に出せないアリアは静かに緊急的な対処を考えていた。ただ、ザンのほうが一枚上手で、彼はユナに対してあの似非笑みを見せた。


 「やれやれ・・・アリアがあなたに魅了されないのは当たり前ですよ、とっくに俺の妻になっているのですしね。籍こそは入れていませんが、当然ながら、アリアは俺の姓を名乗っていますよ」
「あ。そ、そういうことなの! アリア、あなたはわかっていたのね?なんて酷い女なの!」
「・・・・いや、酷い云々の前に、ここまでわかってなかったのはユナだけだよ?」

・・・ザンの言う通り、ユナは忘れていたのだろう、アリアがとっくにザンの第一夫人の立場でいることを。


アリアはザンが公衆の面前ということもあり、口調を変えていることに遠い目をしていた。アリアはなんだかんだ言って、ザンの本性に慣れてしまっているので、改まった口調を見ると違和感を感じる。
 突然登場した第二王子に対し、周りにいた野次馬をはじめとした民衆が一斉に騒ぎ出した。その騒ぎに飲み込まれまいと、ザンは連れてきていた兵士たちにユナを転移魔法で連れて行くように命じる。それと同時に、アリアを抱き寄せ、自身も転移魔法陣を展開させた。もちろん、民衆に対しての一礼も笑顔も忘れることはない。


 「皆様、大変お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」
 「・・・・・申し訳ございませんでした」


アリアにできたことはザンの腕に抱かれて棒読みで挨拶することのみ。


 「・・・なんで、なんでよ・・・なんで、『魅了アビリティ』が効かないのよ!」
 「宰相、なんでこんな人を俺の正妃にしようと目論んでいたんですか?まさかこの程度が俺にふさわしいと感じたのでしょうか」


ザンが、ユナ対策として魅了封じの魔法を全員にかけていたおかげで、全員が冷静にユナをみることができていた。
ユナは貴族と共に拘束され、アビリティ封じの腕輪をはめられている。憮然とした顔だが、アリアを睨みつけているあたりどう見ても反省はしていない模様。
アリアはユナを見た後、ため息をついた。そして、ザンの方を見やると、・・・彼はここぞとばかりにネチネチと宰相にいろいろと話しかけていた。宰相に対して何か恨みでもあるのかと思うぐらいだ。まぁ、アリアには関係ない事なので、放っておくが、心なしか宰相の顔色が悪いような気がしないでもない。


 「ざ、ザン王子殿下、どうかお許しください・・・・」
 「ええ、何を言っているのかさっぱりわかりません。ええ、こんな女を正妃にと言われたことぐらいで怒るわけがないでしょう。ただただひたすら疑問なだけです」
 「ザン、そのぐらいにしておきなさい。罪人はともかくも、このままでは彼らが困るだけだろう?」
 「皇太子殿下・・・わしはわしは、一生あなたについていきますぞ!!」
 「・・・皇太子殿下がそうおっしゃるのであれば」


どう聞いても怒っていると言いたげなザンの執拗な愚痴を止めたのはこの国の皇太子だ。宰相は皇太子を崇めんばかりの視線を向け、ザンはしぶしぶと(皮肉の)矛を収めた。
アリアはこのカオス状態を遠くから眺め、現実逃避していたが、ユナが再び喚きだしたことで現実に引き戻された。

 「第一、なんで皇太子とか、第二王子に魅了が効かないのよ!!」
 「・・・ユナ、皇族は操作系の魔法防止対策として本名を隠しているのよ・・・皇族が魅了にかかって国を好き勝手にできるなんてことがあってはならないように、ね。だから、ザンの名前も、皇太子殿下の名前も公開しているのは全て略称なのよ。もちろん、ザンの妃になった私も例にもれず、略称を使っていて、名前全てを公開しているわけではないわ」
 「なっなんで・・・そんなこと・・・は・・・」
 「ユナ、忘れたの?最初に来た時の勉強で聖女の心得のために真っ先に習ったことよ」

 呆れ果てるのも当然だ。皇族の略称については、この国に来たばかりの時、聖女として皇族との付き合いを知るためにと学んだ知識の中にあった内の一つというのに。アリアとユナの掛け合いを見たザンは宰相に向かってそれはもう爽やかに微笑んだ。

 「・・・やっぱり宰相の目は節穴であることが証明されましたね」

 何も言い返せない宰相は慌ててその場を取り繕うように、ユナを刑務所へ連行するようにと兵士たちに命じた。それを見送った皇太子はついでとばかりにユナの傍にいた貴族を連れてどこかへ行ってしまってすでにいない。恐らく、尋問でもするのだろうとはザンのお言葉である。アリアはその場を離れて、ザンと一緒にお茶を取るべくザンの部屋へと赴いた。


 「あーあ、ランジェリーショップで買い物したかったのに」
 「仕方がないだろう、お前がオーナーなんだし。まぁ、いくらでも買えるんだから、またの機会にしておけ。しかし・・・まさかランジェリーショップであの女が釣れるとは」
 「ユナも私と同じでこの世界の下着に絶望していたから、なんとしても異世界のと同じようなヤツを買いたかったんでしょうね。まぁ、ランジェリーショップを作ったのが私だとは知らなくてびっくりしていたようだけれど」
 「づくづく、あんな女の肩を持っていた奴らが情けなく感じるぜ。今度は魅了封じの腕輪もあるし、もう逃げられないことを祈る。さすがに何度も会いたくない、あんな馬鹿と」


 呆れ果てたようにドアを開けて、アリアを部屋へ誘導したザンの顔には珍しく疲れが出ていた。そんなザンを哀れに思ってか、アリアはその日の晩だけは、ザンの好きなようにさせたとかさせなかったとか。



メイドのシャラ曰く、「アリア様も結局ザン王子殿下に甘いので」ということだそうな。

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