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35)前にもこんなことなかったですか?
しおりを挟む嫌な予感は得てして、当たるものである。
ラティスもアリアも頭を痛めていた。そして、ザンも冷たい視線を中央に向けている。
この日は貴族のパーティーの一環で、いやいやながらもアリアも参加していた。ザンが記憶喪失ということでサポートが必要という名目で・・・多分この理由がなければ、アリアもこのようなパーティーに参加しなかったと思われる。
アリアを護衛しているラティスが、ザンについて貴族の名前をいろいろと教えている間、アリアは猫をかぶってザンの記憶喪失をつっこまれないようにいろいろと裏から動いていた。
「あの、困ります。その手を放していただけますでしょうか?」
「いいじゃないか、まぁ、お前の顔は平凡だし、あまり華やかではない。だが、なかなかにそそられる体をしている。どうだ、我がもとに来ぬか?妾とはいえ、そこそこいい生活をさせてやろうぞ。」
「私は既婚者ですっ!」
そんな時、アリアはとある貴族に絡まれて困っていた。しかし、酔っぱらっているのか、話を聞かない貴族はここぞとばかりにべたべたとしていた。
それに気づいたザンが貴族の手を振り払う。
「・・・なるほど。貴族はちょっとしたことでも隙をついてあれこれ言ってくるから油断するなと言われたが、確かに油断も隙もあったものではないですね。」
完全に棒読みでザンが冷笑を浮かべている。
アリアは珍しいザンの皮肉に唖然としていたが、ラティスとしては当然とばかりに何度も縦に頷いている。
「わが妃の悪口をいいながら、下品にも妾にしようというその根性も気に入らない。・・・しかも、このような場で平然と卑しい行動を行えるとは。貴方の品位は一体どこに置いてきたのしょうか?」
少なくとも、「我が父も母もお前の行動の卑しさを見ているぞ?」と、暗に含めて話しているザンの手は静かに魔方陣を形作ろうと動いていた。腰を抜かしていた男はそれに気づいたのか、慌てふためいて言い訳を並べ立てている。
しかし、今のブチ切れたザンには逆効果だった。
驚いているアリアの視界に見えたのは、腹を痛めている宰相と、なぜか何度も縦に頷いて「いいぞ、もっとやれ」とばかりに拳を突き上げている夫婦だった。
(いいのか、この国の最高位にいる夫婦があれで!!)
・・・懸命にも、アリアは言葉を飲み込んだ。そもそも、アリアがうっかり馬鹿を釣り上げてしまったことが原因である。ザンがそれをかばって、双方のためにとフォローに立ってくれたが男は見事に悪化させた。そして、ザンが静かに切れたというこの悪循環。
「何これ、私どうしたら良いの?」と内心うろたえていると、ザンの流暢な言葉が耳に届いた。
「そもそも、アリアはわが妃。それに手を出そうとするぐらいですからよほど俺に不満があるのだと受け止めます。よいでしょう、俺に対する不満を存分にぶつけてくるが良い。それに応え、全力で相手して差し上げましょう。」
ザンの言葉を聞いたアリアは、首を傾げてラティスのほうを見た。心得たとばかりにラティスはそっとアリアの耳に向かって情報を伝えた。
(えーと、ラティス?)
(はい、訳しますと、我が妃に手を出すなら、俺に不満があると見なす。不満を言ってきた場合、ぼろっかすにするが、それでもいいならかかってこい・・・ですね。)
(・・・・あれ、あまり変わってないわね。)
(元があれですからね。第一、過去のザン殿下ですよ。寧ろ・・・・・あれ?)
いきなり固まったラティスだが、その視線の先を追うと・・・・なぜかザンがじっとラティスを見て微笑んでいた。すぐに、貴族のほうに目を向けたので、一体何だろうとアリアは思っていたが、ラティスは何を思ったのか、汗びっしょりになっていた。
「ありゃ・・・?」
「あああああ、違う、違います、情報をお伝えしただけで!!それに、アリア妃が俺の服を握っているのは、たんなる呼びかけでぇええ!!」
「ラティス、うるさいよ。」
「アリア妃、お願いです、手を、離してくださいぃいいい!!!」
いきなり離れようとしたラティスにため息をついたアリアは、状況を思い出し、ザンに声をかけた。
「・・・ザン様、もうその辺で終わらせてくださいませ。さすがに注目されるのはあまりよろしくありませんわ。そうでなくとも、お祝いの場でございます。」
「しかし、妃への侮辱は許せません。」
「あなた様は常に言っていました。その場では矛を収めた上で陰で情報戦を行い、裏で叩き潰しあうのが貴族の戦い方であり、流儀だと。それをよく知っている貴族だけが生き延び、高位に立てるのだと。」
「・・・・い、・・ひぃっ!!」
「私の言葉は間違っておられまして?」
「いいえ、間違っていません。そう、その通りですね。少なくとも、俺はそういう風にわが兄から教わりました。」
アリアの言いたいことを汲み取ったザンは先ほどと違い、柔らかな笑みを浮かべている。とある人間を見据えて。
ザンの兄といえばたった一人しかいない。そう、この国の皇太子だ。周りがおそるおそるとばかりに、皇太子のほうに目を向ける。だが、注目されている彼は気にした様子もなくにこにこと笑っていた。
「え、私の教え方に何か問題でもございますか?・・・・私は当然のことを叩き込みましたよ。ザンにはこれからもずっと、私を支えてもらわなければ困りますのでね。」
(あ、これ、皇太子殿下の牽制だわ・・・。ガタガタ言うなら、俺からもヤルぞ?ってやつね。)
これはさすがに鈍いアリアでも気づいた。皇太子の隣にいる、マリーゴールド妃も微笑を浮かべていることから、彼女も戦闘態勢の模様。怖気ついたのか、座りこんでいた貴族が必死に頭を下げ出した。
「お、お許しください。私の・・・心得違いでございました。」
「・・・言葉で済ませられるなら、魔法機関なんぞできていません。だが、我が妃が言うのももっとも。ここはおとなしく引きましょう・・・裏での戦いも楽しそうだ。記憶喪失のない俺にはきっと予想もつかないことが起こるのだと期待していますよ。」
魔方陣が少しずつ薄れていくのは、ザンが呪文を解除したからだ。アリアの言うように、この場では矛を収め、裏で叩きのめすことにしたらしい。
アリアはうんうんと頷いていたが、この場にいる誰もが慄いていた。たった一言で、ザンの怒りを抑え込んでしまったのだ。聖女うんうんという問題ではない。
(お見事です、アリア様。)
(ラティス、正気に戻ったのね。ちょうどいいわ、私はこの後抜けるから、あとは任せます。)
(ああ・・・情報交換の時間ですか。了解です。嫌ですが、しょうがないですね。)
ひそひそと会話を終えた後、アリアは皇帝夫婦に目を向けた。彼らも心得たもので、その場をさっさと進行させて、あっという間に二次会の宣言まで終えてしまった。
「・・・・・そういえば、あの貴族はどこへ?」
「とっくに兵士がつまみ出しましたよ。彼の奥様については皇后様が憐れんで保護せよと指示をお出しになっておられます。」
「あ、それは良かったわ・・・ザン様?」
ラティスと会話をしていると、ザンが中央を遮る形で隣に立った。
「なんだか、しっくりきません。アリア妃、その呼び方はいつもと違うのでは?」
「ええ。でも、今のあなたにはちょっとしっくりこないので、この呼び方で言わせていただいております。」
「なるほど。それにしても、我が妃はかなり人気者のようだ。次から次へと会話が止まることがない。」
「ザン様から教わったことです。この社交界では何よりも情報が武器だと。」
「・・・本当に何から何までよくできた妻ですね。」
(よく言うよーーーっ、私をつぶした奴が言うなぁああああ!!)
心がこもってないっ!!と感じたアリアは、ザンをにらみつけようとしたが、当のザンが眉間にしわを寄せているので、何も言えなくなった。
ラティスは・・・と思って振り返ると、なぜかザンの後ろで小さくなっていた。
「俺は空気、空気になるんだ・・・空気で誰にも存在を知られないぐらいちっぽけな・・・」
「ラティスは大丈夫なのかしら?あなたと最初にあったばかりの頃の顔をしているから、もしかして、彼も・・・」
「大丈夫でしょう。少なくとも、俺は困りません。本当に危険な時は医者に見せるので心配無用です。」
「ああ、それもそうですね・・・・それはそうと、ザン様。」
「はい?」
「・・・助けてくださってありがとうございます、わが君。」
深いお辞儀をみせたアリアは今度こそとばかりに、女性の集まりのほうへと向かっていった。固まりつつ、見送ったザンは、ラティスのほうを振り返った。
「・・・ラティス、なぜか俺は君にこう言いたくなった・・・一度あの世へ行ってみるか?」
「ひぃいいいっ!!!」
「ということで、手合わせを頼む。最近、どうも体力がないように感じるしね。こればかりは盛大に発散・・・いや、特訓をしないといけないと思うんだ。ああ、そうだ・・・」
「うう・・・・やっぱりか・・・・・わかっております。あの貴族のほうもすぐに手配を。」
「なんで、お前にと思ったが・・・・なるほど、こうなってわかった。兵士の中にも駒がいると便利だな。」
「うう・・・・・やっぱりこうなるんスねっ!!!!!」
見えない涙を流しながら、ラティスはザンの言うことを実行するための準備を考え始めた。なんだかなんだいって有能なラティスの姿を眺めながら、ザンは目を瞑った。
「・・・・なるほど。兄上が言ったように俺はアリアに溺れているらしいな。・・・とりあえず、今夜はいろいろと楽しめそうだ。」
つぶやいた後、ザンは楽しげな表情でその場の空気に合わせて動き出した。
ザンが物騒なことを考えていることもつゆしらず、アリアは情報交換に努めていた。
「そういえば、ご存じ?あのピエール親子が何やらこそこそと動いているらしいですわ。」
「・・・・・まぁ、それは恐ろしい・・・(ピエール?聞いたことがあるような・・・・・・まぁいいか)。」
「アリア様もお気をつけてくださいませね。そういえば、あの時は・・・・」
たわいのない会話の中に埋もれていった重要なキーワード。
アリアは後にこの会話を思い出さなかったことを後悔することになる。
この日の夜、どこからか、豚の悲鳴とラティスの叫び声が木霊したとかしなかったとか。
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