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9)ディアの正体
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ディアは目の前の光景に頭を痛めた。思いもよらない姉の来訪で客間に通されたのだが、やはりというかやはり彼女だったかとため息をつく。
隣に座っているスピカの視線が痛い。ついでに後ろに控えている従者(アメジスとパル)2人の目もちくちくと刺さってくる。スピカに挨拶を終えた姉はディアの方に目を向けてお決まりの言葉を放った。相変わらずの姉だと思いながらもディアはうつろな目になった。
「本当に我が妹は相変わらず無表情なのね。もう少しマシな顔を作ったらどうなの」
「……何の用でいらしたのですか、フレイア姉様」
「あなたが結婚するためにここに来たと聞いてびっくりしましたのよ」
「――両親も反対しなかったのだから問題はないはずです」
「本当にびっくりですわ。昔から本の虫でパーティーにも出ず化粧にも服にも興味のないあなたが何故見初められたのか不思議でなりません。しかもこの大国の王太子様にですわよ。だから、わたくしが品定めに参りましたの」
「―――アテナ姉さまやお父様の許可は?」
「・・・・・・ちゃんと書置きは残してきましてよ!」
これは無許可できたのかとさらにため息をついたディアは改めて姉を眺めた。
2つ上の姉は燃えるような紅い髪と目をしている。お父様譲りの色はとても気高く、男性を取り巻きに連れ歩くほどモテている。そして昔からそうなのだが、身定めと言ってはディアの周りにいる男友達に必ずといっていいほど近寄っている。まぁ、スピカと姉はパーティーを通しての知り合いだと聞いているから、そこまでの心配は不要だろうけれど。
スピカはというと張り付けた笑みでフレイアと会話していたが、二人とも目の奥が笑っていないことは明白だった。
「わざわざ我が国に来るとはご苦労様なことですね」
「我が妹を手籠めにしておいて何をおっしゃっていらっしゃるのか。デリカシーのなさは相変わらずですわね」
「――妹を貶める言い方しかできない誰かよりは遥かにマシですよ」
「それとこれは別でございましょう」
うふふふ、あはははと笑いあう二人の周りの温度が低くなっていると全く気付いていないディアはひたすらかんエごとをしていたが、
「パル、気付きましたね?」
「はい…‥なんでしょうか、このカオスな会話は」
「――どうやら、フレイア様はディア様を心配してお越しになったご様子ですが、ディア様はあまりうれしくなさそうですね」
「それはそうだと思います」
パルの言い方に何かを知っていると見たアメジスはそっとパルの口元に耳を寄せた。その意図に気付いたパルは小声で伝えた。
「――ディア様に仕えるにあたっていろいろと情報を集めたのですが、その中に、ディア様がパーティーに出たがらないのはフレイア様とその取り巻き達にいろいろと言われたからだという噂を聞きました」
―確かに主人であるスピカ様がモーント国のパーティーに参加した時もフレイア達をみることはあってもディア様を見掛けたことは一度もないなと思い当たる。なるほどと眉間に皺を寄せたアメジスは思案顔になった。
そして、ようやく会話を終えたのか、フレイアが退出していく。それを見送ったスピカはため息をつきつつ、隣に座っていたディアを引き寄せて自分の股の間に座らせた。
「で、無表情ってどういうことだ」
ディアの頭にあごをのせ、ディアを抱きかかえているとディアが唸るように返事を返した。
「顎が重いです。なんというか、ああいう姉なんで黙っていた方が楽というか、なんというか」
「そういえば、国王夫妻も言っていたな。基本静かであまり笑わない性格だって。その割に…‥俺の前では表情豊かだが」
「貴方には取り繕っても仕方がないですし」
「そうだな、肌も重ねた仲だしな」
「ちょ、キスを落とさないでください…‥」
「あ、照れてるな。かーわーいい♪」
思わず黙りこんだディアだが、頬と耳が真っ赤になっているのを見逃さなかったスピカは上機嫌にディアを抱き込んだ。嫌がるディアを抱え込みながらも、スピカはフレイアがわざわざ来たことに疑問を持った。
(――妹が心配だからという理由で来た? 本当にそうなのか?)
ディアをからかいながらも脳内で必死に考え込んでいたスピカの元に手紙が届く。印籠を見るとこれまたモーント王国からだった。ディアが覗き込む中、便せんを開けると、やはりフレイアが迷惑をかけるかもしれないうんぬんという謝罪と迎えをよこすという連絡だった。
「アテナ様がいらっしゃるか。ディアにとっては?」
「一番上の姉であり、次期女王となられる方ですかね。すごく優しいです」
「そうか、何度か合同訓練で話したことがある。たしか乗馬が得意だったと記憶しているが」
「はい。すごくかっこいい自慢の姉様です。フレイア姉様は逃げるほど苦手な様だけれど私は好きです」
「よし、彼女には黙っておこう。アメジス、解っているな」
「もちろんでございます」
ディアが言わずとも理解したスピカは迷わず便せんを破り捨て、アメジスに視線を向ける。主人の言いたいことを正しく理解したアメジスは心得たと頷いてすぐに部屋を退出していった。これから城全体に伝達が届くことになるのだろう。もちろん、ディアがアテナを頼りにしていることも確認できたのでアテナに対しては丁重にもてなすようにという厳命も併せて伝えられた。
そしてやはりというか、次の日アテナもまたディアとスピカの前に現れた。ディアはと言うと、相変わらずの無表情ではあるものの、目の輝きが違うことに気付いていたスピカは最大限の敬意を払った。
「姉様!」
「久しいね、ディア。そして、スピカ王太子殿下も。突然の訪問で申し訳ないが元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。ディアが歓迎するほどの方ならば喜んで歓迎しますよ」
「感謝する。――アレはどこに?」
「彼女なら庭で貴族の子息達とおしゃべりを。――大した方ですよ。僅か三日で彼らの心に入り込んでしまった」
「申し訳ないがそれぐらいならまだいい方で良かったと言わざるを得ない。彼女は外交面では優秀でね。特にパーティーや舞踏会での手腕は見事なんだよ。少々言い方と性格に難はあるが」
「姉様、そこまでおっしゃっていいのでしょうか」
「ディアが気にすることじゃないよ。情報共有は大事だ…君の夫となる人間なら尚更ね」
「……であれば、ディアの他の姉妹についても情報を教えていただきたいです」
ディアは困惑しているが、スピカはアテナの意図を理解した上で会話にのった。――フレイアが来たのには何らかの思惑があると踏んでいただけにやはりという気持ちが大きかったのも理由の一つ。
「ディア、父上から頼まれたお土産をたくさん持ってきたよ。君が読みたがっていた新作の本もあるから見ておいで」
「―――スピカ様!」
「もちろん、構わない。部屋に届けさせるから待っていてくれ。パル、お前もだ」
「ありがとう、お言葉に甘えて失礼させていただきます。パル!」
心得ましたとばかりにパルが恭しく扉を開ける。嬉しさを隠すことなく出ていったディアの後ろ姿を見送ったアテナはほっとしながら姿勢を正した。
「――感謝する」
「いえ。俺としても助かりました」
「あなたは相変わらず聡明だな。会議で初めて会った時には敵に回したくないと思ったぐらいだが、まさかこのような形で縁を持つことになるとは思わなかった」
「ははは。そうでしょうね。俺もまさかの出会いがなければ彼女と関わることはなかったと思います」
「あなたがディアを手籠めにしたと聞いた時、城どころか国全体が揺れたといったらびっくりするだろうな」
「ディアが喋ったのでしょうか」
「ディアが当時つけていたピアスには我が国の英知がこれでもかと埋め込まれている。ゆえにあの子が何をいわずとも我が国には筒抜けですよ」
ぴくと反応を示したスピカに満足したのだろう、アテナは本題とばかりに前のめりになった。知的な眼鏡がきらりと光ったのにスピカは目を細める。ここからが本題だというわけだ。
「もうお気づきのことと思われるが、ディアは我が国にとって最上の宝です。スピカ様はその宝に手を出す勇気がおありか」
「――なかったら彼女をここに連れ出していませんよ」
「まぁ、わたしとしてはあの子が嫌がったら即座に連れ戻すだけですが」
「そうならないように最善を尽くしましょう」
「我が国について相当調べたそうで。父や母からも驚いたと報告を受けましたよ」
「妻となる人間の故郷についてですから」
「その中で疑問に思ったことも幾つかあるのでは? 内容によるが答えられることには答えよう」
――敢えてこう来るかと思いながらスピカは腕を組みながら慎重に口を開いた。
「なればお聞きしたい。あれほど物流の中心となっていた国が一体なぜ一気に縮小を決めたのですか。父も予想外であれこれと調査していたようですよ」
「君の見解としては?」
「…‥丁度彼女が生まれた年と重なるのは偶然でしょうか」
「やはり君は聡明だな」
「それに彼女はモーント国の王系にしては珍しい髪と目の色を持って生まれたそうですね。俺は夜空に浮かぶ月のようで気に入っていますが、彼女はあまり気にいってなさそうだ」
パーティーで容姿をバカにされたという噂も聞いていると添えてきたスピカの目に怒りが透けて見えた。――彼の様子からして思惑から結婚しただけではなさそうだと踏んだアテナはふっと顔を綻ばせた。口調が一気に変わった様子からしてそれなりに信頼は得られたようだとスピカは幾分か緊張を解いた。
「ほっとしました。あなたは妹をそれなりに気に入ってくれているのですね」
「最初の動機が政治的な理由だったこととやり方が卑劣だったことは認めますよ」
「全てを話すことはできません。ですが、想いに免じてあの子の秘密を少しだけ話しましょう。まず、ディアの目の色は銀色に見えているだけで実際は真っ黒です」
「偽っているということですか」
「意図的にコントロールしているようですね。それからすでに交わったあなたなら予想はつくと思いますが、あれは我が国でも珍しい例です」
「やはりですか。あれは一体?」
「我が世界で有名な三大女神をご存知ですね」
「もちろんだ。ブラパーラジュなんかは女神の加護で有名ですから」
「あの国は精霊とも友好的ですからね。わが国はその女神の一人であるセイレーンの恩恵を受けています。そのうちの一つが我々の特異体質なのですが」
「我々――つまり、あなた方も特異体質だと?」
「ええ。王族に生まれし姫は必ず何らかの能力を持って生まれてくるのが定めですから。私も解毒の力を持っていますしね。ただ、ディアのような能力は歴史の中でもかなり稀というかーー歴史の中でも初めての例です」
「そんな能力がああることをよく確認できましたね?」
「あの子から出る液体を全て分析して調べましたからね」
「―――まさか」
「全て反応しました。ですから私としては父が縮小を決めたことを英断だと心の底から思っているのですよ。ただ、フレイアは愚かにもその重要性に気付いていない。だからこそ心配でここに来たわけです」
「狙われるのを避けてのことでしたか。そうなると本当に僥倖だったわけですね、彼女との出会いは」
思わず両手を組む。トントンとかかとを鳴らしながらアメジスともう一度ディアの身の回りを固めるべく思案する。彼女が強いとはいえ、それほどまでならより警護を強化するべきだ。俺自身の安寧のためにも。
「ありがとうございます」
「――スピカ王太子殿下、本当に気を付けてくださいませね」
「はい?」
「ディアの言動一つ一つにどうか細心の注意を払ってくださいませ。貴方の国のためにも我が国のためにもそしてこの世界のためにも。どうか、あの子をよろしくお願いいたします」
深くお辞儀して頭を下げたアテナの様子を思い返して深くソファーに沈む。すでにアテナは退出し、今頃フレイアに雷を落としていることだろう。しかし、スピカはそれを見届ける気にはなれなかった。どうしてもアテナの言うことが気になったのだ。
アテナの言葉を聞いてまっさきに脳裏に浮かんだのはかの国の皇子の妃であるアリア妃。
「――ディアが黒目に黒髪だとしたら、アリア妃と同じになる。アリア妃は召喚されて異世界から来たというが、ディアはどう聞いてもモーント国で生まれている。ならば転生者の可能性が高い」
そして、アリア妃は女神の加護を受けているという。ならば、ディアも女神の加護を受けてるということだ。そして、アテナの言い方を聞くに、かなり珍しい例であると。
「それって、セイレーン様が直接加護を与えているとかじゃないよな。アリア妃もそれでかなり強い力を持っているし」
実際、ザン皇子から聖女を召喚するのにリスクがあるということも聞いている。詳しいことはちっともおしえてくれなかったが、何事にもリスクがつくということだろう。そして、アリアもまた女神に気に入られているため、彼女の言動が国を左右することもあるとも聞いた。もし、ディアがアリア妃と同じ存在であるなら、アテナ様が言っていたことにも納得がいく。
「機嫌を損ねるなと言われなかっただけ幸いだが、やっぱりそういうことだよな。アリア妃と同じ聖女である可能性もあるってわけだ」
この結論にたどり着いたせいか、この世界のためにもという言葉が未だに頭から離れない。
「というか、このことをディアは知っているのかっていう話だよ!」
スピカはあまりの衝撃でアテナに一番大事なことを聞くことをすっかり忘れていることに気付いた。知っているならまだ切り出しやすい。知らなかった場合これがどういう方向につくのかとてもじゃないが予想がつかない。
「……アテナ様は今晩にでもフレイアを連れ帰ると言っているが、少しだけ時間を作ってもらった方がいいかも知れないな」
机をトントン叩きながら頭を整理していると突然扉が開いた。思わず扉の方を見やるとアメジスが慌てた様子で息を切らしていた。アンドロイドも息を吐くんだったかと首を傾げているとフレイアとディアの名前がでたことでそんな疑問は吹っ飛んだ。
「ディア!」
「あ、スピカ様」
「すまない、王太子」
彼女の名前を呼びながら客間に入ると目に入ったのはディアとアテナとーー目の前に広がったとんでもない部屋の様子だった。
「なんだ、この燃え散らかった残骸は」
「すまん。フレイアの発火能力のせいだ」
頭を下げたアテナに首を振るも、ディアに近寄ると、彼女の目じりに涙がたまっていた。大丈夫かとそっと拭ってやるとディアも涙が出ていることに気付いたのだろう、慌ててなんでもないふりをしていた。と、その時鳴き声がするのに気づいて振り向くとフレイアが絨毯に座り込んで泣いていた。
「うわぁあああああん、なんでよう、なんでわたくしが怒られなきゃいけないの!」
つまり、このソファーと思しき残骸はフレイアの力で燃えたものの名残というわけか・・・・・。これは請求できるのだろうかと唸っているとフレイアがディアにきっと鋭い視線を向けた。
「――そもそもあなたがここにいるのが悪いのよ! どうせあの時みたいに傷つくだけなんだから大人しく国で引っ込んでいればよかったのに」
「フレイア!」
「事実でしょう、姉様!」
なんなんだ、こいつの言い方は。こいつが素直じゃないことはよくわかっているがそれの言い方はあんまりだろう。
立場上、声を荒げることができない代わりに拳を握り締め、彼女を見下ろしてできる限りオブラートにくるんで制止の言葉を投げる。
「フレイア様、それ以上はよしていただこうか。いくら貴方が妃となる人間の姉とはいえ、我が宝を傷つける言葉を言っていいことにはならないのだから」
言外にそれ以上言うなら強制退場させると告げると怒りくるったフレイアが指に炎をともし、スピカ目掛けて攻撃してきた。
――――――危ない!
スピカの前にアメジスが立つより早くディアがフレイアの前に立った。―――アテナもスピカも思いもしないディアの動きに思わず硬直した。
「ディア!」
「ディア、ダメよ!」
声をあげた2人を他所にディアは目を閉じていた。その瞬間、彼女の身体から青い光が放たれ、彼女を守るように渦巻いた。そしてディアの髪も黒い髪からどんどん水色に変化していく。ディアの見開いた目も銀色から深い青に変わっていた。まるで深海のように深い深い青。
後ろにいたスピカと違い、目の前でその変化を見ていたアテさっきナが思わずといったように声を漏らした。
「―――セイレーン様の加護・・・・・!」
静かな部屋に響いたその声を聞いたスピカはさっきまで考えていたことが当たっていると確信を強く持ったのと同時に深く目を瞑った。
――――ああ、間違いない。この色に姿を見てしまった今、もう否定することなどできない。否が応でも断定しなければならないだろう。たとえ彼女が不本意であったとしても確定せざるを得ない。
間違いなくディアは聖女だ
隣に座っているスピカの視線が痛い。ついでに後ろに控えている従者(アメジスとパル)2人の目もちくちくと刺さってくる。スピカに挨拶を終えた姉はディアの方に目を向けてお決まりの言葉を放った。相変わらずの姉だと思いながらもディアはうつろな目になった。
「本当に我が妹は相変わらず無表情なのね。もう少しマシな顔を作ったらどうなの」
「……何の用でいらしたのですか、フレイア姉様」
「あなたが結婚するためにここに来たと聞いてびっくりしましたのよ」
「――両親も反対しなかったのだから問題はないはずです」
「本当にびっくりですわ。昔から本の虫でパーティーにも出ず化粧にも服にも興味のないあなたが何故見初められたのか不思議でなりません。しかもこの大国の王太子様にですわよ。だから、わたくしが品定めに参りましたの」
「―――アテナ姉さまやお父様の許可は?」
「・・・・・・ちゃんと書置きは残してきましてよ!」
これは無許可できたのかとさらにため息をついたディアは改めて姉を眺めた。
2つ上の姉は燃えるような紅い髪と目をしている。お父様譲りの色はとても気高く、男性を取り巻きに連れ歩くほどモテている。そして昔からそうなのだが、身定めと言ってはディアの周りにいる男友達に必ずといっていいほど近寄っている。まぁ、スピカと姉はパーティーを通しての知り合いだと聞いているから、そこまでの心配は不要だろうけれど。
スピカはというと張り付けた笑みでフレイアと会話していたが、二人とも目の奥が笑っていないことは明白だった。
「わざわざ我が国に来るとはご苦労様なことですね」
「我が妹を手籠めにしておいて何をおっしゃっていらっしゃるのか。デリカシーのなさは相変わらずですわね」
「――妹を貶める言い方しかできない誰かよりは遥かにマシですよ」
「それとこれは別でございましょう」
うふふふ、あはははと笑いあう二人の周りの温度が低くなっていると全く気付いていないディアはひたすらかんエごとをしていたが、
「パル、気付きましたね?」
「はい…‥なんでしょうか、このカオスな会話は」
「――どうやら、フレイア様はディア様を心配してお越しになったご様子ですが、ディア様はあまりうれしくなさそうですね」
「それはそうだと思います」
パルの言い方に何かを知っていると見たアメジスはそっとパルの口元に耳を寄せた。その意図に気付いたパルは小声で伝えた。
「――ディア様に仕えるにあたっていろいろと情報を集めたのですが、その中に、ディア様がパーティーに出たがらないのはフレイア様とその取り巻き達にいろいろと言われたからだという噂を聞きました」
―確かに主人であるスピカ様がモーント国のパーティーに参加した時もフレイア達をみることはあってもディア様を見掛けたことは一度もないなと思い当たる。なるほどと眉間に皺を寄せたアメジスは思案顔になった。
そして、ようやく会話を終えたのか、フレイアが退出していく。それを見送ったスピカはため息をつきつつ、隣に座っていたディアを引き寄せて自分の股の間に座らせた。
「で、無表情ってどういうことだ」
ディアの頭にあごをのせ、ディアを抱きかかえているとディアが唸るように返事を返した。
「顎が重いです。なんというか、ああいう姉なんで黙っていた方が楽というか、なんというか」
「そういえば、国王夫妻も言っていたな。基本静かであまり笑わない性格だって。その割に…‥俺の前では表情豊かだが」
「貴方には取り繕っても仕方がないですし」
「そうだな、肌も重ねた仲だしな」
「ちょ、キスを落とさないでください…‥」
「あ、照れてるな。かーわーいい♪」
思わず黙りこんだディアだが、頬と耳が真っ赤になっているのを見逃さなかったスピカは上機嫌にディアを抱き込んだ。嫌がるディアを抱え込みながらも、スピカはフレイアがわざわざ来たことに疑問を持った。
(――妹が心配だからという理由で来た? 本当にそうなのか?)
ディアをからかいながらも脳内で必死に考え込んでいたスピカの元に手紙が届く。印籠を見るとこれまたモーント王国からだった。ディアが覗き込む中、便せんを開けると、やはりフレイアが迷惑をかけるかもしれないうんぬんという謝罪と迎えをよこすという連絡だった。
「アテナ様がいらっしゃるか。ディアにとっては?」
「一番上の姉であり、次期女王となられる方ですかね。すごく優しいです」
「そうか、何度か合同訓練で話したことがある。たしか乗馬が得意だったと記憶しているが」
「はい。すごくかっこいい自慢の姉様です。フレイア姉様は逃げるほど苦手な様だけれど私は好きです」
「よし、彼女には黙っておこう。アメジス、解っているな」
「もちろんでございます」
ディアが言わずとも理解したスピカは迷わず便せんを破り捨て、アメジスに視線を向ける。主人の言いたいことを正しく理解したアメジスは心得たと頷いてすぐに部屋を退出していった。これから城全体に伝達が届くことになるのだろう。もちろん、ディアがアテナを頼りにしていることも確認できたのでアテナに対しては丁重にもてなすようにという厳命も併せて伝えられた。
そしてやはりというか、次の日アテナもまたディアとスピカの前に現れた。ディアはと言うと、相変わらずの無表情ではあるものの、目の輝きが違うことに気付いていたスピカは最大限の敬意を払った。
「姉様!」
「久しいね、ディア。そして、スピカ王太子殿下も。突然の訪問で申し訳ないが元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。ディアが歓迎するほどの方ならば喜んで歓迎しますよ」
「感謝する。――アレはどこに?」
「彼女なら庭で貴族の子息達とおしゃべりを。――大した方ですよ。僅か三日で彼らの心に入り込んでしまった」
「申し訳ないがそれぐらいならまだいい方で良かったと言わざるを得ない。彼女は外交面では優秀でね。特にパーティーや舞踏会での手腕は見事なんだよ。少々言い方と性格に難はあるが」
「姉様、そこまでおっしゃっていいのでしょうか」
「ディアが気にすることじゃないよ。情報共有は大事だ…君の夫となる人間なら尚更ね」
「……であれば、ディアの他の姉妹についても情報を教えていただきたいです」
ディアは困惑しているが、スピカはアテナの意図を理解した上で会話にのった。――フレイアが来たのには何らかの思惑があると踏んでいただけにやはりという気持ちが大きかったのも理由の一つ。
「ディア、父上から頼まれたお土産をたくさん持ってきたよ。君が読みたがっていた新作の本もあるから見ておいで」
「―――スピカ様!」
「もちろん、構わない。部屋に届けさせるから待っていてくれ。パル、お前もだ」
「ありがとう、お言葉に甘えて失礼させていただきます。パル!」
心得ましたとばかりにパルが恭しく扉を開ける。嬉しさを隠すことなく出ていったディアの後ろ姿を見送ったアテナはほっとしながら姿勢を正した。
「――感謝する」
「いえ。俺としても助かりました」
「あなたは相変わらず聡明だな。会議で初めて会った時には敵に回したくないと思ったぐらいだが、まさかこのような形で縁を持つことになるとは思わなかった」
「ははは。そうでしょうね。俺もまさかの出会いがなければ彼女と関わることはなかったと思います」
「あなたがディアを手籠めにしたと聞いた時、城どころか国全体が揺れたといったらびっくりするだろうな」
「ディアが喋ったのでしょうか」
「ディアが当時つけていたピアスには我が国の英知がこれでもかと埋め込まれている。ゆえにあの子が何をいわずとも我が国には筒抜けですよ」
ぴくと反応を示したスピカに満足したのだろう、アテナは本題とばかりに前のめりになった。知的な眼鏡がきらりと光ったのにスピカは目を細める。ここからが本題だというわけだ。
「もうお気づきのことと思われるが、ディアは我が国にとって最上の宝です。スピカ様はその宝に手を出す勇気がおありか」
「――なかったら彼女をここに連れ出していませんよ」
「まぁ、わたしとしてはあの子が嫌がったら即座に連れ戻すだけですが」
「そうならないように最善を尽くしましょう」
「我が国について相当調べたそうで。父や母からも驚いたと報告を受けましたよ」
「妻となる人間の故郷についてですから」
「その中で疑問に思ったことも幾つかあるのでは? 内容によるが答えられることには答えよう」
――敢えてこう来るかと思いながらスピカは腕を組みながら慎重に口を開いた。
「なればお聞きしたい。あれほど物流の中心となっていた国が一体なぜ一気に縮小を決めたのですか。父も予想外であれこれと調査していたようですよ」
「君の見解としては?」
「…‥丁度彼女が生まれた年と重なるのは偶然でしょうか」
「やはり君は聡明だな」
「それに彼女はモーント国の王系にしては珍しい髪と目の色を持って生まれたそうですね。俺は夜空に浮かぶ月のようで気に入っていますが、彼女はあまり気にいってなさそうだ」
パーティーで容姿をバカにされたという噂も聞いていると添えてきたスピカの目に怒りが透けて見えた。――彼の様子からして思惑から結婚しただけではなさそうだと踏んだアテナはふっと顔を綻ばせた。口調が一気に変わった様子からしてそれなりに信頼は得られたようだとスピカは幾分か緊張を解いた。
「ほっとしました。あなたは妹をそれなりに気に入ってくれているのですね」
「最初の動機が政治的な理由だったこととやり方が卑劣だったことは認めますよ」
「全てを話すことはできません。ですが、想いに免じてあの子の秘密を少しだけ話しましょう。まず、ディアの目の色は銀色に見えているだけで実際は真っ黒です」
「偽っているということですか」
「意図的にコントロールしているようですね。それからすでに交わったあなたなら予想はつくと思いますが、あれは我が国でも珍しい例です」
「やはりですか。あれは一体?」
「我が世界で有名な三大女神をご存知ですね」
「もちろんだ。ブラパーラジュなんかは女神の加護で有名ですから」
「あの国は精霊とも友好的ですからね。わが国はその女神の一人であるセイレーンの恩恵を受けています。そのうちの一つが我々の特異体質なのですが」
「我々――つまり、あなた方も特異体質だと?」
「ええ。王族に生まれし姫は必ず何らかの能力を持って生まれてくるのが定めですから。私も解毒の力を持っていますしね。ただ、ディアのような能力は歴史の中でもかなり稀というかーー歴史の中でも初めての例です」
「そんな能力がああることをよく確認できましたね?」
「あの子から出る液体を全て分析して調べましたからね」
「―――まさか」
「全て反応しました。ですから私としては父が縮小を決めたことを英断だと心の底から思っているのですよ。ただ、フレイアは愚かにもその重要性に気付いていない。だからこそ心配でここに来たわけです」
「狙われるのを避けてのことでしたか。そうなると本当に僥倖だったわけですね、彼女との出会いは」
思わず両手を組む。トントンとかかとを鳴らしながらアメジスともう一度ディアの身の回りを固めるべく思案する。彼女が強いとはいえ、それほどまでならより警護を強化するべきだ。俺自身の安寧のためにも。
「ありがとうございます」
「――スピカ王太子殿下、本当に気を付けてくださいませね」
「はい?」
「ディアの言動一つ一つにどうか細心の注意を払ってくださいませ。貴方の国のためにも我が国のためにもそしてこの世界のためにも。どうか、あの子をよろしくお願いいたします」
深くお辞儀して頭を下げたアテナの様子を思い返して深くソファーに沈む。すでにアテナは退出し、今頃フレイアに雷を落としていることだろう。しかし、スピカはそれを見届ける気にはなれなかった。どうしてもアテナの言うことが気になったのだ。
アテナの言葉を聞いてまっさきに脳裏に浮かんだのはかの国の皇子の妃であるアリア妃。
「――ディアが黒目に黒髪だとしたら、アリア妃と同じになる。アリア妃は召喚されて異世界から来たというが、ディアはどう聞いてもモーント国で生まれている。ならば転生者の可能性が高い」
そして、アリア妃は女神の加護を受けているという。ならば、ディアも女神の加護を受けてるということだ。そして、アテナの言い方を聞くに、かなり珍しい例であると。
「それって、セイレーン様が直接加護を与えているとかじゃないよな。アリア妃もそれでかなり強い力を持っているし」
実際、ザン皇子から聖女を召喚するのにリスクがあるということも聞いている。詳しいことはちっともおしえてくれなかったが、何事にもリスクがつくということだろう。そして、アリアもまた女神に気に入られているため、彼女の言動が国を左右することもあるとも聞いた。もし、ディアがアリア妃と同じ存在であるなら、アテナ様が言っていたことにも納得がいく。
「機嫌を損ねるなと言われなかっただけ幸いだが、やっぱりそういうことだよな。アリア妃と同じ聖女である可能性もあるってわけだ」
この結論にたどり着いたせいか、この世界のためにもという言葉が未だに頭から離れない。
「というか、このことをディアは知っているのかっていう話だよ!」
スピカはあまりの衝撃でアテナに一番大事なことを聞くことをすっかり忘れていることに気付いた。知っているならまだ切り出しやすい。知らなかった場合これがどういう方向につくのかとてもじゃないが予想がつかない。
「……アテナ様は今晩にでもフレイアを連れ帰ると言っているが、少しだけ時間を作ってもらった方がいいかも知れないな」
机をトントン叩きながら頭を整理していると突然扉が開いた。思わず扉の方を見やるとアメジスが慌てた様子で息を切らしていた。アンドロイドも息を吐くんだったかと首を傾げているとフレイアとディアの名前がでたことでそんな疑問は吹っ飛んだ。
「ディア!」
「あ、スピカ様」
「すまない、王太子」
彼女の名前を呼びながら客間に入ると目に入ったのはディアとアテナとーー目の前に広がったとんでもない部屋の様子だった。
「なんだ、この燃え散らかった残骸は」
「すまん。フレイアの発火能力のせいだ」
頭を下げたアテナに首を振るも、ディアに近寄ると、彼女の目じりに涙がたまっていた。大丈夫かとそっと拭ってやるとディアも涙が出ていることに気付いたのだろう、慌ててなんでもないふりをしていた。と、その時鳴き声がするのに気づいて振り向くとフレイアが絨毯に座り込んで泣いていた。
「うわぁあああああん、なんでよう、なんでわたくしが怒られなきゃいけないの!」
つまり、このソファーと思しき残骸はフレイアの力で燃えたものの名残というわけか・・・・・。これは請求できるのだろうかと唸っているとフレイアがディアにきっと鋭い視線を向けた。
「――そもそもあなたがここにいるのが悪いのよ! どうせあの時みたいに傷つくだけなんだから大人しく国で引っ込んでいればよかったのに」
「フレイア!」
「事実でしょう、姉様!」
なんなんだ、こいつの言い方は。こいつが素直じゃないことはよくわかっているがそれの言い方はあんまりだろう。
立場上、声を荒げることができない代わりに拳を握り締め、彼女を見下ろしてできる限りオブラートにくるんで制止の言葉を投げる。
「フレイア様、それ以上はよしていただこうか。いくら貴方が妃となる人間の姉とはいえ、我が宝を傷つける言葉を言っていいことにはならないのだから」
言外にそれ以上言うなら強制退場させると告げると怒りくるったフレイアが指に炎をともし、スピカ目掛けて攻撃してきた。
――――――危ない!
スピカの前にアメジスが立つより早くディアがフレイアの前に立った。―――アテナもスピカも思いもしないディアの動きに思わず硬直した。
「ディア!」
「ディア、ダメよ!」
声をあげた2人を他所にディアは目を閉じていた。その瞬間、彼女の身体から青い光が放たれ、彼女を守るように渦巻いた。そしてディアの髪も黒い髪からどんどん水色に変化していく。ディアの見開いた目も銀色から深い青に変わっていた。まるで深海のように深い深い青。
後ろにいたスピカと違い、目の前でその変化を見ていたアテさっきナが思わずといったように声を漏らした。
「―――セイレーン様の加護・・・・・!」
静かな部屋に響いたその声を聞いたスピカはさっきまで考えていたことが当たっていると確信を強く持ったのと同時に深く目を瞑った。
――――ああ、間違いない。この色に姿を見てしまった今、もう否定することなどできない。否が応でも断定しなければならないだろう。たとえ彼女が不本意であったとしても確定せざるを得ない。
間違いなくディアは聖女だ
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担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
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飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
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