【R18】王太子と月の末娘の結婚事情

巴月のん

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18)アメジスとの別れ

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力が失われていく。


もうこの身体を動かせるのもあとわずか。
本体に戻らなければ。でも、その本体も浸食されてしまっている。


‥‥‥もう、無理、なところまで、きていますね。


――スピカ様の傍にいられて本当に良かった。
これで我が主も安心されることでしょう。彼女との約束のために、ずっと彼の成長を見守ってきました。そして、叶うならば最後までお傍にいたかった。
ですが、そろそろ私も限界が来ています。でも、スピカ様のことは心配いらないでしょう。
貴方の跡を継ぐ聖女様がスピカ様のお傍にいてくださるのですから。


どうか、我が主のためにも、スピカ様をお願いいたします、ディア様。



***




「マスター、ここでお待ちしておりますので」


父の執務室の前の廊下でそう言ってきたアメジスに頷いたスピカはそのまま扉の奥へと入った。
ディアの必死の説得により、渋々と自国戻ってきたスピカは真っ先に父親である国王との面会を願い出たのである。机を挟んで向かい合っていたスピカは執務机の上に封筒をおいた。

「父上、まずはこれを見てください」

封筒の中身はディアから預かった検査結果だ。それを手にしてざっと確認した国王は顔を上げてスピカに口を開いた。

「それで?」
「否定しないことということはその結果が正しいと受けとめてもいいのですね?」
「―――お前が自分の出自に興味を持つとは思わなかったぞ」
「実際、持っていませんでしたよ」
「あの娘か。なるほどな」

どちらかというとディアが率先して調べていましたからとスピカが言えば、王は立ち上がり、窓の方へと近づいた。彼の視線は窓に映る湖に向いている。

「本当の母親についてはもうわかっているようだな」
「ネイティフェラ正妃でしょう」
「うむ。このことを知っているのはほんの一握りゆえ、お前も明かしてはならぬぞ」
「貴族たちに狙われるからですか」
「貴族どもがネイティフェラを煙たがった理由、今ならわかるであろう?」
「ええ、“異世界の知識”を持っていたからですね。実際、ディアも襲われています」
「その通りだ。お前も今ならわかるだろうが、ネイティフェラは転生者でもあったのだ」
「しかし、そうだとしたら何故、王妃は俺を狙ったのですか」
「かつて正妃も何度か狙われた。そのたびに王妃は邪魔をするなと貴族たちを叩き落してきた」
「‥‥‥敵のふりをして守ってきたと?」

―――双子ということもあり、彼女達はとても仲が良かったぞ。

「現に、わしと正妃が結婚するときなぞ、あれに何度も恨み言を言われたものよ。もっと異世界のことを聞きたかったのに、ずっと一緒にいたかったのにとな」
「まさか、父上に対する態度も演技とかいいませんよね?」
「演技だぞ。王妃との関係ははっきりいえば同志に近い。王妃も俺と同じでネイティフェラを愛していたからな。だからこそ、あれはお前を見るたびに複雑だと口にしていた」

執務室を出たスピカは無言で自室へと戻るために廊下を歩いていた。廊下で待機していたアメジスはその後ろをついていく。扉が閉まったのを見たスピカはアメジスに目を向けた。

「――何故、俺に言わなかった」
「何をでしょうか」
「知っていただろう、俺の出自を」

お前は父上から譲り受けたアンドロイドで、それをさらに改良した。そういう意味ではずっと俺の傍にいたことになる。前のプログラムデータは処理できても、それをAIが自分の意思でソレを止めていたならば復元できる。つまり、アメジスは自分の出自を知っていたことになる。

「マスターには言わないようにと口止めされておりましたので」
「‥‥‥誰に?」
「それはお答えしかねます」

スピカは眉間にしわを寄せるが、アメジスはそれを気にした様子もない。――それを見たスピカは質問を変えた。

「父上もお前に正妃の死の原因を聞いたが一切答えなかったと聞いたが、それは本当だな?」
「はい、おっしゃるとおりでございます」
「何故?」
「それが我が主の望みでしたから」

スピカは瞬時に気付いた。父上からの命令でさえ答えなかったこのアメジスが主と呼ぶ者がいることに。そして、それと同時に、アメジスの目の奥の紫色に白色が混じるのが見えた。

「アメジス、どうした。その目は…‥」
「すみません、マスター。もう自分もそろそろ限界のようです。やはりパルを作るように進言したことは正解でしたね。叶うなら、もう少しだけ見て居たかったのですが」
「アメジス?」
「データのバグ発見。本体の損傷率82%に向上したため、危険と判断し、本体との接続を解除。その後、再起動を試みます。これにより初期化されるため、新たにデータ入力が必要となります…‥‥接続解除開始……」

スピカの目の前で、アメジスの目が白に染まったのと同時に突然数字の羅列が並んだ。身体が硬直したかと思うと痙攣し、目の中に浮かび上がった羅列がスロットのように激しく回りだす。

「アメジス!?」
「ディア様を‥‥‥どうか、手放、され、ませんように…‥」

彼の目に数字とメモリが表示されるのを確認したスピカは思わず慟哭した。

赤ん坊のころからずっと傍にいた。悲しい時も悔しい時も楽しい時もすべてを共有してきた相棒のような存在。

その彼が本当に最後なのだ。アメジスとの思い出をもう共有することが叶わなくなるのだと実感したスピカの目から涙が零れ落ちた。

「なぜだ、答えろ、アメジス!」
「…‥‥‥ほん、体の、あん、ごう…は、パル、に、託し‥‥マ‥‥ガガガ……あり、ガ、トウ・‥‥」


―――アメジスの声が小さくなったかと思うと、彼の口から無機質な放送が流れ出る。


呆然とするスピカの耳にこびりつくアンドロイドの声はそれまでのアメジスの声と全く違っていた。



『――本体との接続解除成功、確認OK、これより初期化を開始……』




***




申し訳ありませんが、どうやら、ここまで、のようです。

―――『アメジスト、この子をお願い。どうか、私の分までこの子の成長を見届けて。私はもう同じ間違いを犯したくないの』

はい、なんとか自我が残る限りお仕えさせていただきました。
我が主、私は貴方の傍にはいけませんが、ここから城を見守りましょう。
もう、自我も消えますし、遠隔操作できる力も、ないですが、それでも、ずっとここにいます。


―――パル、後は任せましたよ。
私が先代の聖女にお仕えしたように、今度は貴方が聖女にお仕えするのです。
それが我らが女神の本来の望みなのですから。
今は、女神さまが壊れてしまって、本来の役割を果たすことはかなわない。
それでも、聖女を守ることこそが女神さまのためになる。
女神さまが壊れたことによって力を失った我々は人間たちを助ける見返りに器を要求した。
聖女を守れるだけの城とアンドロイドを、そして文明の機器を発明させた。


我らは人間が作りし機械やアンドロイドに憑依することで生き永らえたモノ。


遥か昔は精霊と呼ばれていた我々の仲間もほとんどいなくなってしまった。



ディア様‥‥どうか、我々の女神を、そして、仲間を、助けてください。



そして、スピカ様を      。



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