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19)私ではだめなの
しおりを挟むディアが帰った時にはもうすでにアメジスの記憶は失われていて、自分が良く知っているアメジスではなくなっていた。コトの経緯を全てパル経由で聞いて愕然とした。
思わず、スピカはどうしているのかと聞いたぐらいである。今は仕事にいっているという彼の心情を思うと何とも言えない。
(だって、スピカ様にとって、アメジスは特別な存在のはず)
そうでなきゃずっと傍に置かないだろうし、赤ん坊の時からずっと一緒だったとも聞いている。
「ディア様」
「パル、あなたもいずれはアメジスのようになるのかしら」
「いいえ。アメジスの場合は恐らく本体が別にあったからだと思います」
―――本体って?
アンドロイドの身体はパーツ一つひとつの総合体でできています。機械とコードの綿密な接続による融合。そこにAIを組み合わせることで人格が形成されます。
「ですが、もう一つ例外があるのだとアメジスは言っていました」
パルはアメジスが言っていたことを思いだしながら口にした。
『それが、力を失った「精霊の成れの果て」の憑依によるものです。すなわち、精霊だったモノが脳の役割を果たし、アンドロイドを動かしているというものですね』
「―――じゃあ、アメジスは…‥‥」
精霊だってこと?
ディアの呟きに肯定の意味で深く頷いたパルは補足を付け足した。
「とはいえ、アメジスがいうには力を失っているので精霊とも言い難いとか。この機械大国においては精霊は無力なのだとか」
なので、詳しいことまでは解らないと口にしたパルにお礼を言ったディアは立ち上がった。行先はもちろん、かの君のところだ。執務室の扉を開くと、机に脚を投げ出して書類を顏にかぶせている様子が見えた。きゅっと唇を嚙んだ後、そっと中へ入って声をかけると、彼の方も気付いたようで書類を取って顔を見せてきた。
「スピカ様」
「―――ディアか。おかえり」
「ただいま戻りました。 パルから大まかなことは聞いています……大丈夫ですか」
――大丈夫だと言えたらどれだけ楽なんだろうな。
自嘲的に笑ったスピカの表情は明らかに疲れていた。ディアは恐る恐るスピカの髪に手を伸ばした。さらさらな髪の毛が揺れるのに合わせてピアスもシャラシャラと揺れている。そのピアスに一瞬既視感を感じたディアだったが、スピカの声掛けですぐに我に返った。
「どうした、ディア?」
「あ・・・・・ううん、それより休んだ方がいいわよ」
思いつめても身体に悪いし。
そう口にしたディアにスピカは少し唸った後、ソファーへと座ることにしたようで放り投げていた足を地へと下ろすのが見えた。スピカがソファーに座ってディアにも隣に座るようにと言ってきたので、言葉に甘えて腰を下ろすことにした。すると、スピカの頭が太ももに降りてきた。いわゆる膝枕というやつである。
「スピカ様!?」
「ん、少し休ませてくれるんだろ」
(―――確かに休んでとは言ったけれど、これは想定してなかったよ!)
とはいえ、すっかりリラックスした様子で横になっているスピカに何を言っても無駄だと判断したディアは意趣返しとばかりにスピカの髪をくしゃくしゃに混ぜた。それにスピカが悲鳴を上げたのはこの後すぐのこと。
「んっ・・・もう、やっ・・・・んんっ・・・!」
夕暮れから夜になり、一日も終わろうとしている頃、ディアはスピカに与えられる熱で浮かされていた。何度も角度を変えては深くなる口づけで唇も唾液の絡んだ舌もすでに真っ赤になっている。服を脱がされるたびに、小さな音が零れ落ちる。お互い一糸纏わぬ姿になり、身体を重ねる頃にはディアの声もカラカラになっていた。
散々身体を重ねたことで満足したのか、スピカは髪をかき上げて座り込んだ。
「大丈夫か、ディア」
「じゃないぃいい」
「そういえばさ、すっかり忘れていたけれど、パルに話を聞かないとな」
「どういうことなの?」
べたべたになった身体を気にしながらも、腰の痛みで動けないディアはわずかに身体をずらして、スピカの顔が見やすいように角度を変えた。
「アメジスが最後に言い残したんだ。本体のデータの暗号はパルに預けたみたいなことをな」
「本体‥‥‥」
「そうだ。とはいえ、父に聞いても解らないというし、他に手がかりもないし、どうしたもんかな」
「あるわ」
「え?」
スピカの言葉でもしかしたらと感じたディアは思わず声を出さずにいられなかった。
もしかしたら、繋がっているのかもしれない。
「どういうことだ?」
「図書館のあの木…‥‥」
「あ!」
スピカの方も気付いたようで、ディアの言いたい意図をくみ取ってくれた。
「そうか、あれがもしかしたら本体かもしれないってことだな。たしかにあの木なら、父よりも長生きだし、何か知っていてもおかしくない」
「うん、それに生きている木と機械の融合だから‥‥‥精霊でもおかしくないんだよね」
「――仕事の合間にまた時間を作るから一緒に確認しに行こうぜ」
「はい!」
スピカの言葉は願ってもない話。ディアにとってもアメジスの死は衝撃的なものだった。だからこそ、何故アメジスが消えたのかという謎を解明しなければならない。
ディアは気を引き締めなければならないと改めて決意した。そんなディアの耳に降りてきたのはスピカの真摯な言葉。
「――アメジスは最後に、お前を絶対に手放すなと言った。もちろん俺だって手放すつもりはない」
「‥‥‥うん、今更手放されても困るし」
「ああ。お前は俺の唯一の妃となるもの。そう簡単に死なせるつもりはないし、俺の命をかけてでも守り抜いてみせる。だから」
どうか、ずっと俺の傍にいてくれ。
嬉しい言葉におもわず、差し出された手を取りそうになる。でもディアはその手を取ることが怖くてできなかった。
―――スピカ様、言わなきゃならないことがあるの。
「スピカ、ごめんなさい。私がいうのもおかしいの解ってる。でもお願い、私を正妃にはしないで」
嗚咽が漏れる。涙がぼろぼろと零れ落ちてシーツにシミが広がっていく。
「何故だ、お前だって浮気されるのはいやだっていっていただろう?」
それに、オレも今更お前以外を娶るつもりはない。
納得いかないとばかりにスピカが言葉をさらに重ねてくる。ディアは言葉を詰まらせながらも、スピカの顔をまっすぐ見つめた。震える唇に涙声をのせて、スピカにどうしても言いたくなかった言葉を告げた。
「こどもができない身体なの。 だから、私じゃ正妃になれない」
ごめんなさい。もう一度きちんとした検査と思ってやってみたけれどやっぱりだめだった。
父様も母様も結果に愕然としていたけれど、私にはやっぱりとしか思えなかった。
スピカ様のことだから、子どもができなくてもいいって言うかもしれないけれど、それは私が嫌なの。
だって、私以外を抱くってことでしょう?
「スピカが子どもがいなくてもいいって言っても、周りはそうはいかないでしょう?」
だって、スピカはこの国の継承者なんだから。
今はまだ婚約者の立場だから傍にいられる。でも、結婚となれば話は違う。
「それに、私はスピカが他の人を娶るのを見たくない。だから、ごめんなさい」
スピカ、私では無理なの。
「ごめんなさい…‥‥」
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