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24)ツニャルの愚王の覚悟
しおりを挟む「何をぼけっとしているんだ、この愚王が!」
「そうよ、こうなるとわかっていたなら動いたら良かったのに!」
「はやく何とかしてくれ! わしらはまだ死ねぬ!」
悲鳴と怒号が飛び交う。貴族も平民も関係なく多くの民衆が説明を求めて城へと集まってきた。これらを鎮めるために兵士達は必死になっていたが、暴動が起きようとしている寸前で、再び錫杖が振り下ろされる音が聞こえた。それに悲鳴が上がるのと同時に、水流が激しくなり、飛沫が飛び、地面を濡らしていった。次々と上がる悲鳴、少しずつ増えていく水量に民が慌てふためき、顔を青くした。
「このままでは沈む前に死ぬぞ!」
「どうすればいいんだ!」
「逃げろ、高いところへ!」
一番高いところは城と図書館だ!
誰かが叫んだのか、あっという間に民衆が混み合いながらも逃げ惑う姿を見た時、ツニャル国王は父のことを思い返していた。この国において王族は他の国と比べて弱い立場にある。貴族をどれだけ味方につけられるかで王としての技量が問われるのだ。
愚王となるか、賢王となるかもそれで決まると言っていい。そのため、愚王と揶揄された王は名前すら刻まれず、何代目の王として歴史に残るだけ。
(我が父はその愚王の部類に入ってしまったが、わしは……誰よりも尊敬していた。)
貴族に挟まれるたびにぺこぺこと頭を下げていた先代王に威厳などまったくなかった。ひたすら優しく甘い人で、母が呆れ果てるほどに王に向いてないわねと何度も口にしていたのを聞いた。父は地学を研究していたこともあり、このツニャル国の土に海水の成分が含まれることを突き止めて歴史は正しいのだと提唱し続けている稀有な人だった。
歴史を正しく認識していることもあり、この国がいつか海に沈むかもしれないと誰よりも必死に叫びながら研究を続けていたが、国民も貴族もそんなわけがなかろうと馬鹿にし続けていた。
そんな父にどうしてそこまでして頑張るのかと聞いたことがある。
「それはもちろん、君やこの国の子どもたちの未来を守るためだよ」
父はこうなることを解っていて対策に取り組んでいたが、それを誰にも言わないようにと口止めしてきた。貴族たちにバレたら軍事利用される可能性があるからだと。
「お前など王に値しない!」
誰かが騒いだのか、その一言で思わず声をあげて笑った。
「……本当に愚かしい民どもよな」
ついに城壁を破った水がうねり、あちこちの道路が浸水していく様子に王は杖を構え、声を張り上げた。空の上にいたネイティフェラはこうなることを解っていたようで黙って見守っていた。
「我が父であった先代王は何度も訴えていたではないか。この国はいずれ女神の加護を失い、海に再び沈むであろうと。歴代の王とて何度も口にしたと記録に残っている。だが、お前たちはそれをありえぬと鼻で笑い飛ばした」
国王はそのまま小言を続けながら、杖を掲げた。文句や怒号を飛ばしていた民衆が思わずたじろぐほど静かな怒り。それを無意識に感じ取ったのだろう。
何か重大なことを王は告げようとしているのだと気付いた国民達は静かになった。
―――海底国だった我が故郷がセイレーンの加護を望んだのにはちゃんとした理由があった。それは聖女の力をもとに精霊の力をかり、魔法を駆使して『移動できる国』を作ることを目標にしたいと願い出た時、女神様が喜んで力を貸すと言ったことが加護の始まり。
ガタンと大きく音が響く中、水流が一気に流れ込み、腰まであふれでた水が王都を襲う。
さっきまで聞こえていた怒号も今では悲鳴に変わっている。そんな民衆たちを見回しながら、再び国王はため息を吐きながら言葉を紡いだ。
「我らが先祖は女神の加護を得て精霊たちと協力しあい、魔法と機械を融合させて使うことでこの国を潜水艦と変えた。この潜水艦を発見して動けるように改良してきたのはお前たちがずっと愚王だと鼻で笑い、傀儡だと見下し続けてきた王族たちである」
おそらく優しい父上であればきっと許すのだろう。だが、わしは父上が受けてきた仕打ちを見てきただけに寛容になれぬ。おそらく父上は悲しむであろうが……
希望はここで打ち砕かねばなるまい。
「だが、王族としてその潜水艦を動かす気にはなれぬ」
「おい、何故だ!」
「国民を見捨てて逃げる気か!」
「そうよ。ありえないわ!」
「我ら王族を蔑ろにしてきたお前たちを誰が守りたいと思えるのか!」
「そ、それは……」
「思い返すがよい。お前たちがこれまでわしらに浴びせてきた文句と怒号を」
「う、うう…」
「そ、それは役目を果たしてくれないから…」
「貴族共よ、そなたたちが我が妻やスピカに対して何をしてきたか忘れてはいまいな?」
「し、しかしですね、この国は機械によって豊かになったのですぞ」
「そうであるな。機械文明に溢れたかわりに空気は重苦しく、魔獣を生み出し続けているではないか。貴族たちの腐敗で格差が進んだことで、民は、子どもたちは、どうなった?」
「そ、それは……」
「貴族たちの中には子どもをロボットに改造しようとしているバカどももいると聞いている。愚かしいことに金で同調している貴族たちも多くいるらしいな。身分格差のせいで子どもも生まれにくく、学校に行ける子も少なく、売りに出される子も多い。違うかね」
「う、それは、その……」
「機械による利益を優先し、己の欲のままに動き、子どもらを蔑ろにする国が永らえていいとは思わぬ」
この国の王となったあの日にわしは絶望を感じたのだ。その日暮らしで油の匂いにまみれて死ぬ子どもたちを横目に拍手喝采を浴びせるお前たちを見たあの時にな。
子どもたちが安心して暮らせる未来を作りたいと望んでいた王族たちの意に反し、自分たちの利益だけを求めて生きてきた民達を守りたいなどと…思えようか。
(父上…わしはこの国最後の王として、愚王となる道を選びます。あなたが言っていた未来を次代に繋げるために。あなたがわしの未来を守ってくれたように息子の未来を守らねば。)
「まさか、王よ…」
「お待ち下さい、それだけはなりませぬ!」
「そんな…こんな形で…」
「ちがう、そんなつもりはなかったんだ、頼む、やめてくれ、王様!」
「そ、そうですぞ。そこまで王様が強く考えていらっしゃるのであれば我々もその態度を改めます。ですからどうぞ我らをお守りいただけませぬか」
これまでも幾度も叫んだ王の言葉は、女神の加護を失い、自分たちの命に危機が迫った時になってようやく国民達に届いた。だが、それは今まで軽く考えてきた代償なのだろう。
「お前たちがわしを愚王というのならば、望み通り歴史に残る愚王となってやろう。この愚かしい腐敗しきった愚民どもを海に捨てることこそがわしの最後の仕事じゃ!」
これまでないがしろにしてきた王族達の怒りであり、訴えでもあり、望みでもあった王の張り上げた言葉は今まで以上に重い決断を迫った。
これまで我ら王族の声を蔑ろにしてきた我が民たちよ、これはお前たちが招いたことだ。
精一杯の叫びを吐いた国王は天を見上げ、大きく両手を広げた。
「これで我がツニャルが歴史から消え去ると思うと非常に喜ばしい」
絶望という言葉が正しく国民達に広がる中、久々に満ち足りた気分だと笑顔を浮かべている国王の後ろ姿を部屋の中から見ていたスピカは隣にいたディアに振り返った。
「これで父上の役目も終わりか」
「スピカも王族を降りることになるけど…いいの?」
「俺の命を狙い続けてきた貴族たちを後ろから撃ちとれるなら本望だ」
立場上、生かしておかねばならなかったが…これでもう好きなように動けるからな。
「うん、スピカはそうやって笑っている方がずっといいと思うし」
「……し?」
「国王様に似ているなって思う」
「父からは絶対に似てくれるなと言われて育ったが、育て方が悪かったから無駄だったな」
そういい切ったスピカの表情は珍しく、かの国王と同じような微笑みを浮かべていた。
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