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25)別れは新たな再生のため
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バルコニーから外を眺めていたディアはスピカの隣で一人の女性を発見した。
「あ、あれって、ネイティフェラ様じゃない?」
「ああ、こうしてみるとよく似ているな」
「スピカは会いに行かなくていいの?」
「ずっと会っていなかったんでしょう」と聞いたが、スピカは首を振った。「それは君の方」だと逆に指を差されてしまったディアはこてんと首を傾げた。
「どういうこと?」
「俺はこれからも家族で話し合う時間はいっぱいある。だけれど、君は違うだろう」
「どういう意味ですか」
「この国民は未来を選び取ろうとしている。そこに外部が立ち会うのは好ましくない」
「……うん、たしかに」
スピカの言葉にそのとおりだと頷いたデイアは無言で頷いた。一方、外では新たな変化が起ころうとしていた。王の言葉に言葉を失っていた大人たちの中、おそるおそる手を上げたのはこの国の未来を担う子どもたちだった。一人の子どもが声をあげるとわたしも、ぼくも、と次々と声が広がっていく動きに国王は目を細めた。
「あたしね、前の国はきらい! だってけむりがもくもくしていて呼吸が苦しかったもん! だから、この海の中の方がいい。だって、陽もあたるし、キラキラしてきれいだし、苦しくないもの」
「そうか」
「機械は便利だけれど、その分、父ちゃんも母ちゃんもいそがしそうだ」
「うむ。働かねば生きて行けぬからの…」
「みらいってなんなのかわからないけど、みんなで仲良くくらせるほうがいいなぁ」
「それでよい。それもまた未来の一つの形じゃ」
「階級っていうやつのせいで学校に行けないから、今度はみんなで一緒に通えるほうがいい」
「学校のあり方もかえねばならぬな」
「わ、私は貴族の娘です。機械は便利をもたらしてくれる素晴らしいものかもしれませんが、かわりに何をやるにも価値を値踏みされてしまうことがとても辛いです」
「……わしら大人よりもそなたたちのほうがよほどこの国を解っておるわ」
王は子どもたちの声一つ一つ漏らすことなく丁寧に聞き取った。その様子を見ていた一人の老人がおそるおそる手をあげたことでさらに声が大きくなった。
「いま、声をあげたこの子たちはわしが死んだ後に国を背負う大人になって次の子どもたちを守る立場になるはず。ならば、わしらはその未来を支えて守るために立ち上がらねばならないのではないか」
「せ、僭越ながら私もそう思います! 貴族たちの腐敗で腐りきったこの国は息苦しい。また同じことを繰り返すくらいならば、新たな国を…!」
「わ、私達もこの子たちのためにいくらでも働きます。だから、どうかもう一度導いてくださいませぬか……王様!」
兵士の言葉にはっとした大人たちが王に視線を向け始めた。声を張り上げた兵士が老人に続くように王に向かって臣下の礼をとる。それを見て共感した大人たちが次々とならうように王に向けて頭を垂れてかしずいた。子どもたちも女性も老婆もはては貴族たちも全員。
(ここまで声が届かなくとも臣下の礼をとった民達を見ればこの国の方針はもはや明らかだ。)
王の前でその場にいた全員が一斉に頭を下げたのをバルコニーから見届けたスピカは覚悟を決めた。国民が未来に生きると決めたのならば、我ら王族もまたあり方を変えなければならないと解っていたから。だから、スピカはディアの頬を両手で挟みながら笑った。
「ディア、俺はもうすぐ王太子じゃなくなるけど、モーント国で待っていてくれるか」
「え、ど、どういうこと?」
「この国は女神の加護を失っている。そんな国に聖女たる君を迎えられるわけないだろ。だから代わりに俺がそっちに行くよ」
「それって……お婿さんとしてうちに来てくれるってこと?」
「けじめをつけてからになるから、いつになるかはわからないけれど」
スピカが明るい声で誤魔化そうとしているが、内心でそれがどれほどの決断かを読み取れないほどディアは愚かではない。何かを言おうとしても出てくる言葉はどれも軽く思える。それぐらいなら黙っていたほうがいいだろう。そのかわりにとディアはスピカに抱きついた。
「うん、ずっとずっと待っているから、絶対迎えに来てよね!」
「ああ、必ず。だから、俺は大丈夫。今のうちに母上と話してこいよ」
「じゃあ、言葉に甘えてそうさせてもらう……!」
今度は背伸びしてスピカの頬にちゅっとキスを落としてからディアは走って消えた。最後のは不意打ちだろと叫んだスピカの声は果たして彼女の耳に届いたのだろうか。
おそらくまだ王様の近くにいるだろうと踏んだディアは階段を降りて一階へ向かっていた。そして、大広間へ足を踏み入れた時、玄関から入ってきたネイティフェラと目があった。その瞬間、お互いが駆け寄り抱き合ったのは言葉で語るまでもなく、解っていたからだ。
「…あ、逢子、逢子……もう一度あなたに会えるだなんて思っていなかったわ」
「その呼び方は……反則でしょ、お母さん」
私、昔と顔が違うのによくわかったね。
「当然よ、だって母親ですもの。貴方の方こそよく解ったわね」
「……わかるよ、だって、ずっとずっと会いたかったもん」
ポロポロと涙をこぼしながら抱きしめ合う腕を放せないのはお互いに懐かしい温もりを感じていたからだろう。
「セイレーン様が教えてくださったわ。今はモーント王家の末姫として生まれているのね」
「うん。とっても優しい家族に恵まれたよ」
「良かった、本当に」
「あのね、お母さん。私ね、ずっと謝りたかったの。あの日に大嫌いって言ってしまったの嘘だから。本当は大好きだから……!」
「ええ、解っているわ。私ね、あの時に車で事故ってしまったの。気づいたらこんな顔で生まれていたものだからビックリしたわ」
ほら昔の私ってアレだったでしょう?
日本人って顔じゃないし、言葉もまったく違うし、ファンタジーだしで本当に驚きっぱなしだった。でも、双子の妹のフェルがいたし、幼馴染の陛下がいたから安心して過ごせていたの。
「それでもあなたを忘れたことなんてたった一度としてなかったわ。だから、セイレーン様に聖女になって欲しいって言われた時に逢子に会いたいって思わずお願いしたぐらいよ」
「……じゃあ、私が聖女に選ばれたことは偶然じゃないってこと?」
「多分、私があなたを見つけやすいようにしてくださったのだと思うわ」
そっと頬を撫でてくるネイティフェラ様に母の面影がよぎる。ああ、本当にこの人は私のお母さんで、今はスピカ様のお母様。
「……ありがとう。もう充分だよ。これでやっとディアとして前を向いていける」
「ええ、私もよ。お互いにもう守るべきものがあるものね。あなたに会ってやっと私も前を向いていけるわ」
にっこりと微笑んだネイティフェラを前にディアは無言で立ち上がり、スカートの裾を叩いた後、一歩下がった。それを見ていたネイティフェラや後ろにいた王達もまた首を傾げた。それを見回したディアはすぅと深呼吸してから、スカートの裾をつまんで頭を下げた。
「このたびはお目通りが叶ったことを嬉しく思います。私はモーント王国の末娘となるディア。海の女神たるセイレーン様の加護を受けて聖女となりましたが、まだまだ至らぬ身のため無礼のほどご容赦ください」
先程の親子の抱擁と違った王家としての挨拶を終えたディアと妹であるフェルを見比べたネイティフェラも笑いながら立ち上がり、王妃としてのお辞儀を示した。
「…お初にお目にかかる。妾は元ツニェル王国の妃のネイティフェラじゃ。かつてセイレーン様の加護を受けし聖女であったが今は役目を終えたゆえ、そなたのほうの立場が上であろう。こちらこそ非礼があったらすまぬな」
聖女様相手に王妃と呼ばれるのもむず痒い。フェラとよんでたもれ。
そう加えつけた王妃にディアは首を振った。
「いいえ。今は宙ぶらりんとなっておりますが、私はいずれスピカ様との婚姻を考えています。そうなればネイティフェラ様は事実上私の母の立場になる身となりましょう。どうかこのままでお願い申し上げます」
「陛下よ、まことなのか」
「ああ、そう言えばまだ話していなかったな。実際はツニェル王太子とモーントの姫の結婚を考えていたが…今の状況ではな」
「心配無用です。先程、スピカ様が婿養子としてモーント王国に来てくださるといってくださいましたので結婚はそのままになりましょう」
「……そうか、スピカもわかっておったか」
安堵のため息を付いた王にディアはにこっと微笑んだ。
「バルコニーで王様をキラキラとした目で見つめておられましたよ」
「……想像できぬ。あれはそなたの前では表情が豊かになるようだな」
「家族にはなかなかみせられないんですよね。私も同じなのでよくわかります」
「……ディアは逢子の時と変わっておらぬのか」
「そう簡単には割り切れないんですわ、お母様」
「フェル、陛下、聞いたか。妾に娘ができたぞ!」
「良かったですわね、姉様」
「うむ、娘もいいものだな」
わいわいと盛り上がっている様子だったので何を話しているかと思えば…とため息を付いたスピカに気づいたディアが真っ先に近寄った。突進してきたディアを抱きしめたスピカはそのまま、王妃の横に並んだ。
「…こうしてみると良く似ておいでなんですね、母上達は」
「双子ゆえ当然のことじゃな」
「そうですか。では俺も改めて母上と叔母上と…未来の嫁に自己紹介を。我が名はスピカマルフェディフェラ・エメラルド・ツニャル。いずれモーント王家に婿入りする予定なので覚えておいて頂けるとありがたいです」
「特に未来の嫁さんには」と加えつけたスピカの意図に気づかぬディアではない。わざわざ真名を口にした意味に気付いて頬を真っ赤に染めたのは羞恥心からだったが、周りからは温かい目で見られていた。
「ず、ずるい。そんなの……!」
「ああ、ディアの真名は今度会う時に教えてもらうからさ」
「もう! 聞きました? 王様、王妃様、あなた方の息子はこれが本性ですからね!」
「……ああ、うむ、そなた達がとても仲がいいことはよくわかった」
「それだけで終わらせないでくださいよ! 勝手に真名を名乗りながら私にツバをつけやがったんですよ!?」
「ディア、言葉遣いが悪くなっているから慎もう? 俺はマーキングしただけなんだから」
けらけらと腹を抱えながら笑ったスピカにディアは安堵を覚えるのと同時にスピカの覚悟を汲み取った。この人は本気だと態度で示してくれた。ならば、それに応えなければ私もこの人の隣に並び立てないし、その資格もない。
ぎゅっと拳を握りしめた時、脳裏に浮かんだのは、かのやんちゃな聖女様の御姿。
『ごめんなさいね、私そこまで崇高な人間じゃないの。最初の頃は帰れないと割り切っていてもやっぱり寂しくて何度も泣いたわ。でもね、ザンが私を必要としてくれたから今の私がいる』
(ああ、アリア様……どうやら私もあなたと同じ道を選ぶことになりそうです)
はぁああと呆れるようにため息をついたディアはジト目でスピカを睨みつけてから、ビシッと指さした。指さされたスピカもまたディアが口にしたことに笑いながら頷き返した。
「断っておきますけど、ちゃんと我が国に求婚に来ない限りは受け入れませんからね!」
「……必ず行くからそれまで誰にもなびかないでくれよ、我が唯一の月の姫」
「国民総出でお待ちしておりますわ、元ツニャル大国の王太子様」
――その日の夕方、ディアはスピカ達に見送られて密かに自国へと帰った。星空に輝くスピカを見上げながら、かのツニャル大国を思い出して目を瞑った。これから再生に向けて色々と忙しくなるだろうけれど……スピカやお母様達がいるなら大丈夫だよね。いつか、スピカが会いに来てくれるまで、私もこのモーント王国で頑張るよ。
「次に会う時までに私も強くなってみせるよ。聖女としても、この国の人間としてもね」
「あ、あれって、ネイティフェラ様じゃない?」
「ああ、こうしてみるとよく似ているな」
「スピカは会いに行かなくていいの?」
「ずっと会っていなかったんでしょう」と聞いたが、スピカは首を振った。「それは君の方」だと逆に指を差されてしまったディアはこてんと首を傾げた。
「どういうこと?」
「俺はこれからも家族で話し合う時間はいっぱいある。だけれど、君は違うだろう」
「どういう意味ですか」
「この国民は未来を選び取ろうとしている。そこに外部が立ち会うのは好ましくない」
「……うん、たしかに」
スピカの言葉にそのとおりだと頷いたデイアは無言で頷いた。一方、外では新たな変化が起ころうとしていた。王の言葉に言葉を失っていた大人たちの中、おそるおそる手を上げたのはこの国の未来を担う子どもたちだった。一人の子どもが声をあげるとわたしも、ぼくも、と次々と声が広がっていく動きに国王は目を細めた。
「あたしね、前の国はきらい! だってけむりがもくもくしていて呼吸が苦しかったもん! だから、この海の中の方がいい。だって、陽もあたるし、キラキラしてきれいだし、苦しくないもの」
「そうか」
「機械は便利だけれど、その分、父ちゃんも母ちゃんもいそがしそうだ」
「うむ。働かねば生きて行けぬからの…」
「みらいってなんなのかわからないけど、みんなで仲良くくらせるほうがいいなぁ」
「それでよい。それもまた未来の一つの形じゃ」
「階級っていうやつのせいで学校に行けないから、今度はみんなで一緒に通えるほうがいい」
「学校のあり方もかえねばならぬな」
「わ、私は貴族の娘です。機械は便利をもたらしてくれる素晴らしいものかもしれませんが、かわりに何をやるにも価値を値踏みされてしまうことがとても辛いです」
「……わしら大人よりもそなたたちのほうがよほどこの国を解っておるわ」
王は子どもたちの声一つ一つ漏らすことなく丁寧に聞き取った。その様子を見ていた一人の老人がおそるおそる手をあげたことでさらに声が大きくなった。
「いま、声をあげたこの子たちはわしが死んだ後に国を背負う大人になって次の子どもたちを守る立場になるはず。ならば、わしらはその未来を支えて守るために立ち上がらねばならないのではないか」
「せ、僭越ながら私もそう思います! 貴族たちの腐敗で腐りきったこの国は息苦しい。また同じことを繰り返すくらいならば、新たな国を…!」
「わ、私達もこの子たちのためにいくらでも働きます。だから、どうかもう一度導いてくださいませぬか……王様!」
兵士の言葉にはっとした大人たちが王に視線を向け始めた。声を張り上げた兵士が老人に続くように王に向かって臣下の礼をとる。それを見て共感した大人たちが次々とならうように王に向けて頭を垂れてかしずいた。子どもたちも女性も老婆もはては貴族たちも全員。
(ここまで声が届かなくとも臣下の礼をとった民達を見ればこの国の方針はもはや明らかだ。)
王の前でその場にいた全員が一斉に頭を下げたのをバルコニーから見届けたスピカは覚悟を決めた。国民が未来に生きると決めたのならば、我ら王族もまたあり方を変えなければならないと解っていたから。だから、スピカはディアの頬を両手で挟みながら笑った。
「ディア、俺はもうすぐ王太子じゃなくなるけど、モーント国で待っていてくれるか」
「え、ど、どういうこと?」
「この国は女神の加護を失っている。そんな国に聖女たる君を迎えられるわけないだろ。だから代わりに俺がそっちに行くよ」
「それって……お婿さんとしてうちに来てくれるってこと?」
「けじめをつけてからになるから、いつになるかはわからないけれど」
スピカが明るい声で誤魔化そうとしているが、内心でそれがどれほどの決断かを読み取れないほどディアは愚かではない。何かを言おうとしても出てくる言葉はどれも軽く思える。それぐらいなら黙っていたほうがいいだろう。そのかわりにとディアはスピカに抱きついた。
「うん、ずっとずっと待っているから、絶対迎えに来てよね!」
「ああ、必ず。だから、俺は大丈夫。今のうちに母上と話してこいよ」
「じゃあ、言葉に甘えてそうさせてもらう……!」
今度は背伸びしてスピカの頬にちゅっとキスを落としてからディアは走って消えた。最後のは不意打ちだろと叫んだスピカの声は果たして彼女の耳に届いたのだろうか。
おそらくまだ王様の近くにいるだろうと踏んだディアは階段を降りて一階へ向かっていた。そして、大広間へ足を踏み入れた時、玄関から入ってきたネイティフェラと目があった。その瞬間、お互いが駆け寄り抱き合ったのは言葉で語るまでもなく、解っていたからだ。
「…あ、逢子、逢子……もう一度あなたに会えるだなんて思っていなかったわ」
「その呼び方は……反則でしょ、お母さん」
私、昔と顔が違うのによくわかったね。
「当然よ、だって母親ですもの。貴方の方こそよく解ったわね」
「……わかるよ、だって、ずっとずっと会いたかったもん」
ポロポロと涙をこぼしながら抱きしめ合う腕を放せないのはお互いに懐かしい温もりを感じていたからだろう。
「セイレーン様が教えてくださったわ。今はモーント王家の末姫として生まれているのね」
「うん。とっても優しい家族に恵まれたよ」
「良かった、本当に」
「あのね、お母さん。私ね、ずっと謝りたかったの。あの日に大嫌いって言ってしまったの嘘だから。本当は大好きだから……!」
「ええ、解っているわ。私ね、あの時に車で事故ってしまったの。気づいたらこんな顔で生まれていたものだからビックリしたわ」
ほら昔の私ってアレだったでしょう?
日本人って顔じゃないし、言葉もまったく違うし、ファンタジーだしで本当に驚きっぱなしだった。でも、双子の妹のフェルがいたし、幼馴染の陛下がいたから安心して過ごせていたの。
「それでもあなたを忘れたことなんてたった一度としてなかったわ。だから、セイレーン様に聖女になって欲しいって言われた時に逢子に会いたいって思わずお願いしたぐらいよ」
「……じゃあ、私が聖女に選ばれたことは偶然じゃないってこと?」
「多分、私があなたを見つけやすいようにしてくださったのだと思うわ」
そっと頬を撫でてくるネイティフェラ様に母の面影がよぎる。ああ、本当にこの人は私のお母さんで、今はスピカ様のお母様。
「……ありがとう。もう充分だよ。これでやっとディアとして前を向いていける」
「ええ、私もよ。お互いにもう守るべきものがあるものね。あなたに会ってやっと私も前を向いていけるわ」
にっこりと微笑んだネイティフェラを前にディアは無言で立ち上がり、スカートの裾を叩いた後、一歩下がった。それを見ていたネイティフェラや後ろにいた王達もまた首を傾げた。それを見回したディアはすぅと深呼吸してから、スカートの裾をつまんで頭を下げた。
「このたびはお目通りが叶ったことを嬉しく思います。私はモーント王国の末娘となるディア。海の女神たるセイレーン様の加護を受けて聖女となりましたが、まだまだ至らぬ身のため無礼のほどご容赦ください」
先程の親子の抱擁と違った王家としての挨拶を終えたディアと妹であるフェルを見比べたネイティフェラも笑いながら立ち上がり、王妃としてのお辞儀を示した。
「…お初にお目にかかる。妾は元ツニェル王国の妃のネイティフェラじゃ。かつてセイレーン様の加護を受けし聖女であったが今は役目を終えたゆえ、そなたのほうの立場が上であろう。こちらこそ非礼があったらすまぬな」
聖女様相手に王妃と呼ばれるのもむず痒い。フェラとよんでたもれ。
そう加えつけた王妃にディアは首を振った。
「いいえ。今は宙ぶらりんとなっておりますが、私はいずれスピカ様との婚姻を考えています。そうなればネイティフェラ様は事実上私の母の立場になる身となりましょう。どうかこのままでお願い申し上げます」
「陛下よ、まことなのか」
「ああ、そう言えばまだ話していなかったな。実際はツニェル王太子とモーントの姫の結婚を考えていたが…今の状況ではな」
「心配無用です。先程、スピカ様が婿養子としてモーント王国に来てくださるといってくださいましたので結婚はそのままになりましょう」
「……そうか、スピカもわかっておったか」
安堵のため息を付いた王にディアはにこっと微笑んだ。
「バルコニーで王様をキラキラとした目で見つめておられましたよ」
「……想像できぬ。あれはそなたの前では表情が豊かになるようだな」
「家族にはなかなかみせられないんですよね。私も同じなのでよくわかります」
「……ディアは逢子の時と変わっておらぬのか」
「そう簡単には割り切れないんですわ、お母様」
「フェル、陛下、聞いたか。妾に娘ができたぞ!」
「良かったですわね、姉様」
「うむ、娘もいいものだな」
わいわいと盛り上がっている様子だったので何を話しているかと思えば…とため息を付いたスピカに気づいたディアが真っ先に近寄った。突進してきたディアを抱きしめたスピカはそのまま、王妃の横に並んだ。
「…こうしてみると良く似ておいでなんですね、母上達は」
「双子ゆえ当然のことじゃな」
「そうですか。では俺も改めて母上と叔母上と…未来の嫁に自己紹介を。我が名はスピカマルフェディフェラ・エメラルド・ツニャル。いずれモーント王家に婿入りする予定なので覚えておいて頂けるとありがたいです」
「特に未来の嫁さんには」と加えつけたスピカの意図に気づかぬディアではない。わざわざ真名を口にした意味に気付いて頬を真っ赤に染めたのは羞恥心からだったが、周りからは温かい目で見られていた。
「ず、ずるい。そんなの……!」
「ああ、ディアの真名は今度会う時に教えてもらうからさ」
「もう! 聞きました? 王様、王妃様、あなた方の息子はこれが本性ですからね!」
「……ああ、うむ、そなた達がとても仲がいいことはよくわかった」
「それだけで終わらせないでくださいよ! 勝手に真名を名乗りながら私にツバをつけやがったんですよ!?」
「ディア、言葉遣いが悪くなっているから慎もう? 俺はマーキングしただけなんだから」
けらけらと腹を抱えながら笑ったスピカにディアは安堵を覚えるのと同時にスピカの覚悟を汲み取った。この人は本気だと態度で示してくれた。ならば、それに応えなければ私もこの人の隣に並び立てないし、その資格もない。
ぎゅっと拳を握りしめた時、脳裏に浮かんだのは、かのやんちゃな聖女様の御姿。
『ごめんなさいね、私そこまで崇高な人間じゃないの。最初の頃は帰れないと割り切っていてもやっぱり寂しくて何度も泣いたわ。でもね、ザンが私を必要としてくれたから今の私がいる』
(ああ、アリア様……どうやら私もあなたと同じ道を選ぶことになりそうです)
はぁああと呆れるようにため息をついたディアはジト目でスピカを睨みつけてから、ビシッと指さした。指さされたスピカもまたディアが口にしたことに笑いながら頷き返した。
「断っておきますけど、ちゃんと我が国に求婚に来ない限りは受け入れませんからね!」
「……必ず行くからそれまで誰にもなびかないでくれよ、我が唯一の月の姫」
「国民総出でお待ちしておりますわ、元ツニャル大国の王太子様」
――その日の夕方、ディアはスピカ達に見送られて密かに自国へと帰った。星空に輝くスピカを見上げながら、かのツニャル大国を思い出して目を瞑った。これから再生に向けて色々と忙しくなるだろうけれど……スピカやお母様達がいるなら大丈夫だよね。いつか、スピカが会いに来てくれるまで、私もこのモーント王国で頑張るよ。
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更新ありがとうございました(*´ω`*)
気になる展開に、妹ラブのお姉さんかな
次も楽しみにしてます
いつもありがとうございます(´;ω;`)
さてはてどうなるのか。しかし、たくさんのお姉さんだと賑やかですよね。
果たしてスピカの運命は!?(笑)