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幕間 様々なイフ

もしも葉奈が朔良をからかったら

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「そういや、今日瑠衣が風邪引いたんだってさ」
「そうなんすか。珍しいっすね。瑠衣が風邪引くなんて」
「だよなー。馬鹿は風邪引かないって言うのにな」
「何気にひどいっすね」

 今日は朔良の家で遊ぶ予定だったのだが、当日になって瑠衣が風邪を引いたらしい。
 葉奈と瑠衣と三人で遊ぶはずが、二人になってしまった。

「何する?」
「そりゃ、ロリショタゲームっすよ」
「何だそれ」

 ロリショタゲームとは、画面に出てくる人物が「ロリ」か「ショタ」か当てるだけ。
 一部のマニアの間で大人気なスマホゲームなのだ。
 だが、当然朔良は知らない。

「朔良がやりたくないなら別にいいっすよ」
「いや、あたし知らないだけなんだけど」

 葉奈は面白くなさそうに拗ねる。
 元々やるつもりもなかったのか、朔良にどんなゲームなのか説明しない。

「あ、そうっす。二次創作の小説の方は順調っすか?」
「それがさー、あんまいい構想が浮かばないんだよなー」

 葉奈の問いかけに、一瞬ドキリとする朔良。
 いい構想が浮かばないのは本当である。
 ただ、その……なんと言うか……朔良は小説を書くことをサボっていたのだ。

「まあ、その、なんて言うかさ、リアリティーってのがどうにも苦手でさ」
「リアリティーっすか?」
「そうそう。共感とかも大事だと思うし……あんまかけ離れた設定だと読者がついていけないだろうし……」
「まあ、大変っすよね。物語を作るのは」

 そう言うと、葉奈は何を思ったのか。
 葉奈の目の前まで歩いて、いつものふざけた顔のまま頬を赤らめた。

「リアリティーが欲しいなら、うちを利用してみるっすか?」
「……は?」

 朔良の口から、間の抜けた声が出る。
 葉奈が何を言い出すかと思えば――『うちを利用してみるか』?
 わけがわからない。

「な、何言ってんだよ……葉奈」
「嫌なら別にいいっすよ」
「いや、別に嫌ってわけじゃないけど……」

 むしろ小説のネタとなるならありがたいことこの上ないのだが……

「けどさ、あたしと葉奈で何しようって――うおっ!」

 朔良が言い終わらないうちに、葉奈が朔良を押し倒した。
 朔良は何がなんだかわからず狼狽えている。
 当の葉奈はというと……表情が読めない。

「“体験”してみれば、リアリティー出るんじゃないっすか?」
「た、体験って……具体的に何すんだよ……」
「例えばこんな……」

 そう言い、葉奈は朔良に近づく。
 運動神経のいい朔良は、その気になれば運動音痴の葉奈のことを払いのけられるはずだ。
 それなのに、されるがままになっている。
 これの意味することは――

「なーんて、冗談っす☆」
「……はへぁ?」

 葉奈はすごくいい笑顔を浮かべている。
 この顔は、いたずらが成功した時の満足そうなものだ。
 ……朔良はからかわれたらしい。

「な、なんだよ……! タチ悪すぎだろ……」

 本気で何かされると思っていた朔良は、顔を赤くしながら抗議する。
 葉奈はすごくいい笑顔を崩さないまま、「ごめんっす」と謝った。

「……本当は冗談じゃなかったんすけどね」

 そんな意味深な声は、顔の赤い朔良には届かなかった。
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