社会復帰日記

社会復帰中

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19.06.29

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 誰と比べても所詮人は人に過ぎないのだが、年齢や権力の高低差により、立場は変わってしまうものだ。そんな当たり前のことを、オフィスにいることにより考えてしまう。組織など関係なく出会っていれば、全く異なった振る舞いをするだろうに同じ組織にいて、自分の方が偉いと言うだけで、横暴な態度を取る人。今、慣らし労働をしている部署の上長が作成した資料について、重箱の隅をつつくような指摘を受けて、定時を過ぎてから関係各所との調整に駆り出されていた。おそらく、土曜日だが今日も出勤をしているだろう。このシチュエーションに依って異なる人格に変わってしまうことは小説家の平野啓一郎が「分人」と呼んだ状況に似ているように思えるが、あれはもう少し都合の良いもの言うか分人という概念を利用して生きることが推奨されていて、釣りバカ日誌みたいなことが分人の成功例で、現実は失敗例みたいな。ボス猿、という言葉があるが、権力を用いて人を操るような真似は猿と同等ということだろう。私たちが人間である以上、ボスであっても人として、猿化をしては決してならない、はずなのだが、現実は全くそんなことはない。猿に似た権力者ばかり。そんなことを考えているのだが、部署の上長や先輩から指示を受けると、私は過度に卑屈になってしまい、権力を強化する方向に立ってしまっている気がする。古い企業体質なだけだろうか。

 昨日からの続き。内定を出してくれた出版社に辞退の連絡をしたところ、数日後に電話が入った。いつも通り、あの受付の女性からだった。

「社長がどうしても弊社に来て頂きたいと申しておりまして」

 そのまま電話口で報酬の話をされた。当初聞いていた報酬よりもかなり良くなっていた覚えがある。基本給のところも、賞与のところも。そこまで私を必要としてくれる人がいることが、私を喜ばせるが、こんなものを喜びとして状況に酔っていることが、私の今までの恋愛観みたく、どことなくメンヘラ的と言うか、成熟し切っていない人格に思えて情けなくなる。ここで一旦受け取るだけ受け取り、持ち帰る形を演出してもよかったのだが、もう決めた心は金銭で動いていないことがわかっていたので、その場で改めて断った。本当に申し訳ございません。もし、直接謝罪に来いと言われれば、当然伺いますので、どうかお願い致します。

「そうですか。かしこまりました」と結論は既にわかっていたかのように、受付の女性は言って、電話はそれで切れた。

 そして、もう電話がかかってくることはなかった。退路は断たれた。いや、この時点が退路の行きつく先だったのかもしれない。経営計画から逃げ出してきたのだから。それでも戻ってくる場所は、同じ会社だった。終身雇用を信じているわけではない。単に勇気が無かっただけな気もする。職場で慣らしの労働が始まった今になっても、転職をしていたら全く違う未来が待っていたのかもしれないとよく考える。実際、別の未来になっていただろう。ただ、それが良いか悪いかは、別の問題だ。その失われた可能性はもう誰にもわからない。少なくとも、今の私は久しぶりに会った人たちが表面上だけだとしても、回復と再会を祝してくれているので、明るい未来にいるような気もする。先は不明。

 ちなみに、辞退をしたのお盆を過ぎてのことで、まだ暑かった。ベタに蝉が鳴いていた。しかし、復帰のための施設に通い始めたのは、冬から春にかけてのことなのである。つまり、あと半年程、時間が経たなければならない。もう少しだけ、トラブルが続く。

 細かい話は明日以降に続ける。
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