いつか、クラブ・キャヴァーンで。

黑咲 梛絺

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#1

シンデレラ

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青紫の雲が薄くかかった、新宿・歌舞伎町。
夜は賑わいを見せるこの街も、間もなく日の出を迎えるこの時間は人の気配をほとんど感じない。
静かな空間に、スーツケースを引く音だけが響く。
工藤奏多は1つのビルの前で足を止めた。
しばらく見つめた後、右手に抱えていた花束を入り口付近にそっと手向ける。

「奏多、来てたの。」
背後からの声に驚き振り向く。

「樹弥…。」

「そんなに驚かなくても」
ふっと笑った樹弥は、奏多が手向けた花束の横に少し小さな花束を並べた。

「胡蝶蘭か…。奏多らしいね。」

「好きだったんでしょう。いつも身につけていたの知ってるから。」
薄い雲の隙間から朝日が顔を覗かせ、2人を照らした。

「そろそろ行かないと。」
スーツケースを持ち歩き出そうとした奏多に、樹弥は優しく声をかける。

「少し付き合ってよ。お茶でもしよう?」


案内されたお店はとてもおしゃれで、樹弥のセンスを改めて尊敬した。
景色が見える窓側の席がいいと言ったが、“大事な話がある”と奥の個室のような席へ通された。

「大事な話って何?」
さげていたショルダーバックをおろしながら問う奏多に、

「そんなに焦らないでよ。俺まで焦るから。
 ここのお店はフルーツジュースが美味しくてね。1度来てみたかったんだよ。」
樹弥は落ち着いた様子でメニュー表を渡す。
やけに冷静な樹弥に少し戸惑いながら、メニュー表の1番左上のオレンジジュースを指した。
樹弥は店員を呼び、オレンジジュースとイチゴ・オレを注文した。
店員がガラスの靴が描かれたコースターをテーブルに置く。
とても可愛いデザインで手に取って眺めていると、

「それは食べれないよ。」
と、樹弥が冗談ぽく笑った。
普段ならすぐ言い返せるのに、“大事な話”が気になり何も言えなかった。

店内にはほのかにフルーツの匂いが漂っている。
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