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勝算故の盲目
しおりを挟む水中で蠢く小さな影。それはクトゥルプスの身体から切断された触手の一部が形を変え、モンスターへと変貌したものだった。毒牙を持つワーム状のそのモンスターはツクヨの足に噛みつき、彼の体内に毒を注ぎ込む。
あまりにも小さな反応に、ツクヨの見ている景色にはそのモンスターは映らない。だが、足に僅かに伝わる痛みと何かの気配に、彼は振り解くように足を振る。すると気配は消え痛みもなくなる。
現実の景色で何が起きていたのかは分からないが、今起きている問題は払拭出来た。ツクヨは再びクトゥルプスの懐に飛び込んでいく。それを見ていた彼女は、一切の言葉を漏らさず、その様子を淡々と伺う。
クトゥルプスの攻防のパターンが変わり、突如防戦一方となる。しかし、付かず離れずの距離を保ち、決して遠距離の間合いには入らない。彼の振るう斬撃を避け、時に弾き戦闘を先延ばしにしているようだった。
それもその筈。彼女は、ツクヨが触手のモンスターに気がついていないことを見抜いていたのだ。最初は何故剣で払わぬのかと不思議に思っていたが、漠然とした払方を見て直感した。
瞼を閉じ、何か特別な力でクトゥルプスの攻撃や水球を避けていたが、如何やらその力では強い殺意の篭った攻撃こそ感知出来るのだろうが、ダメージ自体が小さい小型モンスターの攻撃は感知出来ないようだ。
だが、クトゥルプスの狙いはダメージではない。小型モンスターの小さなダメージにオマケのように付いている毒の効果、それこそが本命。
毒はやがて精神に異常をきたし、幻覚と共に身体能力を奪う。海賊船の中でチン・シー海賊団の船員が毒に侵され、錯乱し始めたことで戦況を更に悪化させられた。彼女はツクヨに同じことをしようとしている。
仲間がいない分、幻覚幻聴による錯乱の効果は然程得られないだろうが、身体能力が失われれば苦しみの中で溺れ死ぬことになる。派手な技で華々しく散らすのも良いが、彼女の苛立ちを晴らすにはツクヨの屈辱的な敗北で彩るのが最もしっくりくる。
毒は動けば動くほど、強力な技を放てば放つほど浸食を早める。彼女の思惑通りツクヨは一気にたたみ掛けてくる。動けなくなるのは時間の問題。後は待つだけで勝利の方から彼女の元へやって来る。
・・・・・筈だった。
しかし、いくら待とうと彼の攻撃の手が緩むことはなく、寧ろ彼女の方がその猛攻に押され始めてしまう。ツクヨの攻撃のギアが上がった訳ではない。クトゥルプスも人間と同じ生命体。怪我もすれば疲労もする。
度重なる回避と防御で、彼女自身気づかぬうちに疲弊していたのだ。勝利を目前に、自身の状態を把握し切れていなかった。触手のモンスターによる毒の浸食を待ったことが仇となってしまった。
「何故・・・!?何故、まだ動けるのッ!?」
毒は確実に盛られている。それは彼女も確認したことであり、ツクヨ自身に毒に対する特別な抵抗力がある訳でもないのは確か。だが彼の動きを見る限り、確実に毒は打ち消されている。アイテムや魔法で治すようなことは一度もしていない。
勝ったと思っていたクトゥルプスの表情が徐々に蒼白としていき、焦りとも自分が負けることに対する拒絶とも取れるものへと変わる。
“小細工は通用しない。私がさせない“
何と、ツクヨの中にだけ現れていた文字は、クトゥルプスの前にも現れたのだ。その様子をツクヨが知ることはないが、何かに驚く彼女の様子だけは伺えた。何故自分にも文字が見えるのだと困惑する彼女に、文字は敵意を向けて語りかけるように現れた。
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