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夢か幻か、不確かな存在
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リザードの頭部から手を離し、その場を離れるように飛び去るシン。彼も少女も、リザードが力尽きたかどうかを確かめるため、その後の反応を注意深く観察する。
その場に立ち止まり、立っているのがやっとといった様子で上半身を揺らしている。少女によって跳ね飛ばされた頭部は、血を撒きながら宙を舞い、そしてまるで木から落ちた果実のようにぼとりと地面に落ちて転がる。
「モット・・・タベネバ・・・。モット・・・ヒト・・・ヲ・・・」
不気味なことを口にしながら、頭部の方は動きを止め、その目からは光が失われた。後を追うように、頭部のリザードの意思が事切れると同時に、地面へとうつ伏せに倒れる。
大きな身体は土煙を舞いあげ、漸くしぶとく動き続けていた動作を終了し、静止する。
頭部と身体、双方の動きが完全に止まると、変異種のリザードは他のリザード兵と同じように光の粒子となって消えていった。
「倒したか・・・」
「みたいだね・・・」
初めての現実世界での戦闘による緊張から解き放たれた安心感からか、少女はその場にへたり込んでしまった。WoFをプレイしている時のように、カッコ良くスマートで楽しいものではなかった。
戦闘後の達成感よりも、生き延びられたという安堵の方が強かったのだ。これはシンも同じだった。
現実世界での戦闘は初めてではないが、自分以外の者と共にモンスターを倒すのはこれが初めてだった。
ステータスによる補正があるとはいえ、実際にある痛みがより生死のやり取りをしていることを実感させる。多くの者はその痛みに恐怖を抱くのだが、彼らには同じ境遇の仲間が側にいて、恐怖を感じている間もなかった。
もし一人だったら、こうはいかなかっただろう。シンとにぃなは、計らずして少女の命を救っていたのだ。
唯一起きた不測の事態と言えば、リザードのボスがWoFで見かけるような通常の個体ではなかったということだ。シンの動きやスキルを観察し、対策を講じてくるというAIらしからぬ行動を見せた。
本来であれば、数多あるクラスのそれぞれ全てに対応できるほど、賢く設定されてはいない筈。そんなことになっていれば、クエストをクリアできない者が続出してしまうからだ。
座り込んで呆然とする少女の元へと歩み寄り、手を差し伸べるシン。彼女も最初は力無くその手を取るが、足腰に力が入ると彼の引き上げる力に呼応して足に力が入る。
「無事で良かった・・・。そういえば夢中になってて、自己紹介してなかった。俺は“シン“っていう名前だ。勿論、WoFのキャラクターネームだけど」
「私はRIZAリザ・・・」
「それともう一人がっ・・・」
シンがにぃなの方を向いてその名を口にしようとしたところで、RIZAが得意げに彼女の名前を当てて見せた。
「“にぃな“さんでしょ?」
「何で知って・・・?彼女から聞いたのか?」
「貴方が言ってたんじゃん。にぃなぁーって」
戦闘に夢中で、神奈川に来てから一度も口にしていなかった彼女の名を思わず叫んでいたことを思い出し、シンは咄嗟にRIZAから視線を逸らし頬を赤らめた。
彼は現実で女性の名を誰かがいる前で叫んだことなどなかった。故にそれをRIZAに聞かれたことが恥ずかしくなったのだ。
「そっ・・・そんなこと言ってたかなぁ?」
「そりゃぁもう、必死な形相で」
「そういう揶揄うところ、彼女にそっくりだ・・・」
少し不貞腐れたようにそっぽを向くシンを、子供っぽいなと笑うRIZA。そこへ自身の回復を終えて歩み寄っていたにぃなが合流する。
「あんだけ叫んだんだから、もう名前で呼んだっていいんじゃない?」
「そんなッ・・・。にぃなまでそんな事言うなよ・・・」
生死の境を共にした仲間同士、緊張から解き放たれ和気藹々とした雰囲気に包まれる。シンは自分への攻撃を逸らそうと、別の話題を振って真面目なことを口にし始める。
「それより、にぃなはあぁ言うモンスターと戦ったことないのか?俺よりこの事態に詳しそうだけど・・・」
「詳しいって言っても、ちょっと先輩なだけだよ、私にもこれが何なのか分からないし、おかしくなったのは私達なのか世界なのかも分からないもん・・・」
突然、理解できぬ話を始める二人にRIZAが素朴な疑問を投げかける。彼らが体験しているこの異変に目覚めた者なら当然のような質問だ。
「ちょっと待ってよ。え?これ現実なの?何かのアトラクションとか、夢とかじゃなくて?」
シンとにぃなは思わず顔を見合わせる。彼女にとっては当然の疑問だろう。まだ夢なのか現実なのかさえ分からず、自分達の姿やさっきまでの戦闘が、プレジャーフォレストに来ている人達の目に写っていないことにも気づいていない。
それこそ、WoFの街にいるような一般人としてのNPCくらいにしか思っていない筈。いや、まだそう実感できていない筈だろう。
「今、俺達は誰にも見えていない。周りの人達を見てみて、どこも騒ぎになってないだろ?あれだけ暴れてたのに・・・」
ふと我に帰り、周囲の様子を見渡すRIZA。そのあまりに異様で当たり前の光景が、彼女の中に自分は異質なものになってしまったのだという恐怖と焦燥感を与えた。
「・・・嘘でしょ?私、普通に戻れるんだよね・・・?」
少女の問いに、言葉を詰まらせる二人。
確かにキャラクターデータの投影を解けば、これまでの日常には戻れる。だが、そこはもう今までの日常ではない。
一度“異変“に巻き込まれて仕舞えば、先程のようなモンスターや別のユーザー、そして異世界からやって来たアサシンギルドやフィアーズのような者達に目をつけられ兼ねない。
特にモンスターは、こちらの事情などお構いなしに襲撃してくることだろう。シンはそう言った光景を、東京で何度も見てきた。
そして、それと同時に見ず知らずの人や友人、家族や大切な人を巻き込みかねない存在になってしまったのだ。
その場に立ち止まり、立っているのがやっとといった様子で上半身を揺らしている。少女によって跳ね飛ばされた頭部は、血を撒きながら宙を舞い、そしてまるで木から落ちた果実のようにぼとりと地面に落ちて転がる。
「モット・・・タベネバ・・・。モット・・・ヒト・・・ヲ・・・」
不気味なことを口にしながら、頭部の方は動きを止め、その目からは光が失われた。後を追うように、頭部のリザードの意思が事切れると同時に、地面へとうつ伏せに倒れる。
大きな身体は土煙を舞いあげ、漸くしぶとく動き続けていた動作を終了し、静止する。
頭部と身体、双方の動きが完全に止まると、変異種のリザードは他のリザード兵と同じように光の粒子となって消えていった。
「倒したか・・・」
「みたいだね・・・」
初めての現実世界での戦闘による緊張から解き放たれた安心感からか、少女はその場にへたり込んでしまった。WoFをプレイしている時のように、カッコ良くスマートで楽しいものではなかった。
戦闘後の達成感よりも、生き延びられたという安堵の方が強かったのだ。これはシンも同じだった。
現実世界での戦闘は初めてではないが、自分以外の者と共にモンスターを倒すのはこれが初めてだった。
ステータスによる補正があるとはいえ、実際にある痛みがより生死のやり取りをしていることを実感させる。多くの者はその痛みに恐怖を抱くのだが、彼らには同じ境遇の仲間が側にいて、恐怖を感じている間もなかった。
もし一人だったら、こうはいかなかっただろう。シンとにぃなは、計らずして少女の命を救っていたのだ。
唯一起きた不測の事態と言えば、リザードのボスがWoFで見かけるような通常の個体ではなかったということだ。シンの動きやスキルを観察し、対策を講じてくるというAIらしからぬ行動を見せた。
本来であれば、数多あるクラスのそれぞれ全てに対応できるほど、賢く設定されてはいない筈。そんなことになっていれば、クエストをクリアできない者が続出してしまうからだ。
座り込んで呆然とする少女の元へと歩み寄り、手を差し伸べるシン。彼女も最初は力無くその手を取るが、足腰に力が入ると彼の引き上げる力に呼応して足に力が入る。
「無事で良かった・・・。そういえば夢中になってて、自己紹介してなかった。俺は“シン“っていう名前だ。勿論、WoFのキャラクターネームだけど」
「私はRIZAリザ・・・」
「それともう一人がっ・・・」
シンがにぃなの方を向いてその名を口にしようとしたところで、RIZAが得意げに彼女の名前を当てて見せた。
「“にぃな“さんでしょ?」
「何で知って・・・?彼女から聞いたのか?」
「貴方が言ってたんじゃん。にぃなぁーって」
戦闘に夢中で、神奈川に来てから一度も口にしていなかった彼女の名を思わず叫んでいたことを思い出し、シンは咄嗟にRIZAから視線を逸らし頬を赤らめた。
彼は現実で女性の名を誰かがいる前で叫んだことなどなかった。故にそれをRIZAに聞かれたことが恥ずかしくなったのだ。
「そっ・・・そんなこと言ってたかなぁ?」
「そりゃぁもう、必死な形相で」
「そういう揶揄うところ、彼女にそっくりだ・・・」
少し不貞腐れたようにそっぽを向くシンを、子供っぽいなと笑うRIZA。そこへ自身の回復を終えて歩み寄っていたにぃなが合流する。
「あんだけ叫んだんだから、もう名前で呼んだっていいんじゃない?」
「そんなッ・・・。にぃなまでそんな事言うなよ・・・」
生死の境を共にした仲間同士、緊張から解き放たれ和気藹々とした雰囲気に包まれる。シンは自分への攻撃を逸らそうと、別の話題を振って真面目なことを口にし始める。
「それより、にぃなはあぁ言うモンスターと戦ったことないのか?俺よりこの事態に詳しそうだけど・・・」
「詳しいって言っても、ちょっと先輩なだけだよ、私にもこれが何なのか分からないし、おかしくなったのは私達なのか世界なのかも分からないもん・・・」
突然、理解できぬ話を始める二人にRIZAが素朴な疑問を投げかける。彼らが体験しているこの異変に目覚めた者なら当然のような質問だ。
「ちょっと待ってよ。え?これ現実なの?何かのアトラクションとか、夢とかじゃなくて?」
シンとにぃなは思わず顔を見合わせる。彼女にとっては当然の疑問だろう。まだ夢なのか現実なのかさえ分からず、自分達の姿やさっきまでの戦闘が、プレジャーフォレストに来ている人達の目に写っていないことにも気づいていない。
それこそ、WoFの街にいるような一般人としてのNPCくらいにしか思っていない筈。いや、まだそう実感できていない筈だろう。
「今、俺達は誰にも見えていない。周りの人達を見てみて、どこも騒ぎになってないだろ?あれだけ暴れてたのに・・・」
ふと我に帰り、周囲の様子を見渡すRIZA。そのあまりに異様で当たり前の光景が、彼女の中に自分は異質なものになってしまったのだという恐怖と焦燥感を与えた。
「・・・嘘でしょ?私、普通に戻れるんだよね・・・?」
少女の問いに、言葉を詰まらせる二人。
確かにキャラクターデータの投影を解けば、これまでの日常には戻れる。だが、そこはもう今までの日常ではない。
一度“異変“に巻き込まれて仕舞えば、先程のようなモンスターや別のユーザー、そして異世界からやって来たアサシンギルドやフィアーズのような者達に目をつけられ兼ねない。
特にモンスターは、こちらの事情などお構いなしに襲撃してくることだろう。シンはそう言った光景を、東京で何度も見てきた。
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