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神代 コウ

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偽りの記憶と事実

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 目が覚めた時には、硬いベッドの上だった。朦朧とする意識の中目覚めた彼の身体に掛けられた布は、毛布にしては質素だったが仮設の寝床にしては十分な代物だった。

 未だはっきりしない意識の中周囲を見渡すと、既に目覚めていたルーカスというオルレラのギルドマスターをしている人物が、ここの仮設テントにいた人物らしき者と話をしていた。

 その内容については聞こえてこなかったが、身体を起こした彼の様子を見た男の反応によって、ルーカスもベッドに横たわっていた彼の方を振り返る。

 「おぅ、目が覚めたか」

 「ここは・・・?」

 「仮設の調査施設だよ。君達は、オルレラ近郊に空いた大穴を“埋める“作業を防衛するというクエストで、近くにまで来ていたんだ。そこまでは覚えているかい?」

 ベッドから足を下ろし座るツクヨに話掛けて来た男。彼はゆっくりツクヨの方へ歩いてくると、手にしていたコップを手渡す。中には透明な液体が入っていた。

 「冷たい水はどうだい?きっと目が覚める」

 「あぁ・・・ありがとう、ございます」

 ツクヨは手渡された水を口に含む。特に変わった香りもしなければ、味もない至って普通の水のようだった。冷たい水が喉を伝い、身体の中へ流れ込んでくるのを感じながら、その刺激で彼の身体も目を覚ましたかのように気怠さが抜けていった。

 「君達にはお礼を言わなければならない。もう少し君達がここへ来るのが遅れていたら、我々の調査施設は修復出来ないほどに破壊されてしまっていた事だろう」

 男の話の内容に、未だついて行けていない様子のツクヨ。その様子を見たルーカスが、彼にもわかるように事情を説明してくれた。

 「俺達は、ここに訪れた時に偶然、この仮設調査施設で暴れ回るモンスターと出会した。何とか倒したところで、如何やら俺達は気を失っちまったらしい。そこへ戻って来た調査団の研究員であり、修復士でもあるこのニコラが俺達の面倒を見てくれていたって話だ」

 「そう・・・だったんですか。ありがとうございます」

 「なんのなんの。俺にできる事といえばこれくらいの事しか・・・。あぁそれと!君が倒れた時に手にしていたこの“剣“、お返ししょう。また随分と変わった物をお持ちのようだ」

 ルーカスが語るこの男は、ニコラ・アズナヴールといい、ツクヨ達が受けていた防衛クエストの対象エリアである、大穴に埋められていた物を調査し、修復するという別の任務を授かっていた別働隊のようだった。

 ニコラから手渡された剣は、ツクヨがグラン・ヴァーグという海を渡る大規模なレースが開催されるスタート地点となる港街で出会った、グレイスという海賊から譲り受けた貴重な剣だった。

 本来起きていた事態と、些か変わってしまった事実。だがここで、ツクヨがニコラから手渡された布都御魂剣に触れることで、ある予想していなかった事態が起こる。

 渡された剣に触れた際、ツクヨの脳裏に再び耳鳴りのようなものが発生した。しかしそれは、彼らを気絶に追いやった時のそれとは違い、誰にでも起きる何ら変わらない普通の耳鳴りだった。

 僅かに眉を潜ませるツクヨに、その様子に気づいたニコラが声をかける。

 「まだ、痛むかい?」

 「いえ、大丈夫です。少し寝過ぎてしまっただけかも・・・?」

 「それならよかった。もし時間があるなら、ゆっくりしていくと良い。・・・とはいえ、見て楽しい物なんかないけどね」

 ツクヨ達が目を覚ましてから出会ったニコラは、ツクヨ達が意識を失う前に出会った彼とは少し違った人物である印象がある。これはニコラが意図的に、そういった対応をしていたからだった。

 本当にあった出来事を知るのは、この場においてニコラしかいない。彼が意識を失う前のツクヨ達に話した事は、紛れもない事実であり彼らが意識を失うという事を知った上での行動だったようだ。

 しかし、ここで起きた予想していなかった事態とは、ツクヨがニコラに手渡された布都御魂剣に触れた事により生じた、ツクヨだけに起こった耳鳴りにあった。

 彼はその耳鳴りの中で、混濁とする記憶の中に別の記憶が流れ込んで来たように感じた。ツクヨの脳裏に過ぎったのは、神妙な面持ちをしたニコラが語るとある風景と、その話の内容だった。

 全ての記憶を思い出した訳ではなかったが、ツクヨは如何やらニコラという人物が、二人に何かを隠しているであろうということだけは分かった。

 だがその場でニコラを追求することはしなかった。そうすることで、何か良くない事が起きるかもしれないと、ツクヨの中の勘がそうさせていた。

 実際、その勘は冴え渡っていた。彼がその事を黙っていたおかげで、記憶が戻りつつあることをニコラに悟られずに済んでいたからだ。

 彼が何の目的でそれを隠し、大穴を“埋めている“という別の情報を与えたのかは分からない。だが、このニコラという男が只者ではない事だけは、どんなに朦朧とした記憶の中でもはっきりと理解できていた。

 「いえ、私達はすぐに戻ります。まだやる事もありますし・・・。ね?ルーカスさん」

 「あぁ、そうだな。あまり遅くなると、彼らを心配させてしまうかもしれん」

 なるべく早くこの場を立ち去ろうとしたツクヨに促され、ルーカスもこの仮設調査施設を離れる準備を始める。

 残念そうに彼らの主張を尊重するニコラは、白々しく出立の準備の手伝いを行いながら、テントを後にする二人を見送った。

 「君達のおかげで本当に助かった、ありがとう!任務、頑張ってくれ!」

 「あぁ!こちらこそ世話になった。アンタも調査、頑張ってくれ」

 別れの挨拶を交わしながら手を振るルーカスとニコラ。その中でツクヨだけが、関係性の距離を置きながら会釈だけで済ませる。

 そして案の定、テントを離れていく二人の背中を見つめながら、ニコラは不敵な笑みを浮かべていた。

 「何もかも忘れ、“繰り返す日常“へ戻るがいい。俺の用事も済んだ。あとはコイツを持ち帰るだけだ。それに、思わぬ収穫もあったことだしな・・・」

 ニコラの調査施設を発ったツクヨは、その帰りの道すがらルーカスにとある事を尋ねた。

 「あの・・・私達は如何やって気を失ったと聞きました?」

 「ん?ニコラにか?そうだなぁ、あそこにいたモンスターがえらく強い奴だったのは覚えている。命懸けの戦闘になったのも確かだ。恐らく、死闘による疲労と危機を脱した安堵から、緊張の糸が切れちまったんだと思う。彼らが現場に戻ってきた時には、俺達は既に調査隊の護衛の者達に運ばれていたんだとか・・・。何故そんなことを聞く?」

 「あぁ・・・いえ、ちょっと気になっただけです」

 「そうか」

 ルーカスの言葉から、彼が嘘をついていたり何かを隠そうとしている様子は見受けられない。恐らくルーカスも耳鳴りの被害に遭い、記憶の中の情報が別のものとすげ替えられてしまっているのだろう。

 この事を彼に話したところで、信用してくれるとも思えなかったツクヨは、その日の出来事を胸にしまったまま、その日の大穴を“埋める‘作業を行う者達の護衛のクエストへと戻って行った。
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