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式典への出席
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アルバの街を赤く染めていた陽の光は、遠い彼方の水平線へと沈んでいき、代わりに街を照らすのは今を生きる者達の先祖によって作られた、文明の力だった。
点々と光を灯したそれは、さながら夜空に煌めく星のようにアルバの街を、温かな歴史と叡智の光が照らし出す。
幾つかの露店は閉まってしまったものの、食事処や宿屋を中心にまだ多くの店が街の人々や観光客を迎え入れている。時間にして午後七時程、ルーカス司祭の計らいによって用意された衣装を見に纏い、シン達は同じく正装に身を包んだ人々が多く集まる式典の場、グーゲル教会の前にやって来ていた。
「すげぇ~人だなぁ・・・グラン・ヴァーグとそんな変わらねぇのに、こりゃ大会の時と同じくらいの量だぜ」
「あぁ、思ってたよりも教団関係者やそれに興味のある人間は多かったようだな。まぁ偶然やって来たアタシらみたいな奴もいるだろうがな」
入り口では幾つか仮設の受付が設けられており、そこで証明書や招待状、そして各要人によって出された推薦状の提示を求めているようだ。中にはそれを知らずに訪れた者達もいて、折り返してくる人達もちらほら見える。
「何も無しに入れるものじゃなかったのは本当みたいだな」
「だね、ルーカスさんに会えてよかったよ。私はこういうの久しぶりでね。あぁ、勿論現実の方のね」
「ツクヨはこういう音楽に興味が?」
「ははは、まさか。仕事でチケットをもらった事があってね。捨てるのも勿体無いから家族でどうだいって。折角だし言われた通り家族で行ってみたら、案外心に響いたっていうか。合唱やオーケストラってネットとかで見たり聞いたりする程度で、実際に聞く機会ってなかったからさ」
シンも音楽に興味がない訳ではない。実際ツクヨが言うように、ダウンロードした音楽を通勤通学中によく聞いていた。行きたくない気持ちや様々な不安を忘れる為に、音楽で自分を奮い立たせ少しでも気持ちを前向きにしようとしていたのだ。
それでもオーケストラというものを、好んで自身のプレイリストに入れるということはなかった。故にあまり触れたことのなかったジャンルに、シンも実際にそれを目の当たりにする機会を得て、内心ドキドキしていた。
「それにさ・・・教会で見た子供達。きっと彼らが歌うんだろ?・・・子供の歌声ってさ、なんかこう・・・大人みたいにあまり思惑がこもっていないっていうか。純粋な歌声で響いてくるっていうのかな。妙に感傷に浸っちゃうんだよね・・・」
ツクヨは現実の世界で愛娘を失っている。詳しい話は聞かされていないが、シンも彼が現実の世界で辛い思いをしていることは知っている。それも子供関連のこととなれば、彼が少年合唱団の歌声に感傷するのも無理もないだろう。
「目的はこの後にあるパーティーの方だ。今はゆっくり、招待客として式典を楽しもう」
「・・・そうだね」
明るい表情を浮かべたツクヨは、シンの言葉に顔を上げる。入場の列に並んでいた一行は、暫く待った後に漸く受付にまで到達する。徐々に近づく中で、前の者達が何かを提出しているのが目に入る。
受付の者に紙のようなものを提示する者や、カードを提示してスムーズに入って行く者。そして中には何も見せずとも顔と名前だけで入っていく者達もいた。
入り口で必要となるのは、ルーカスから受け取っていた推薦状。順番が近づく中で一行はそれぞれ渡された推薦状を手に持ちその時を待った。
「招待状や紹介状はお持ちですか?」
「ルーカス司祭の推薦状があります」
「お見せ頂けますか?」
列の先頭に並んでいたシンが、ルーカスから貰った推薦状を受付の者に手渡す。すると受付の者は、書類の内容に目を通し、ルーカスのサインやニクラス教会の印璽を確認すると、推薦状を回収すると共にシンに式典への出席を許された者の証明書となるカードを渡した。
「式典と後の宴会の間、こちらを無くさずにお持ち下さい。証明書の代わりとなります。代わりは効きませんのでご了承ください」
「ありがとうございます」
中へ通されたシンは、少し先に進んだところで他の仲間達が受付を通過して来るのを待っていた。シンを見つけて次々に集まる一行の手には、同じく証明書の代わりとなるカードがあった。
「へぇ~、洒落てんなぁ。式典ってのはこんなもん配ってんのか?」
「大事な物なんですから、無くさないようにして下さいよ?」
「お前だってこういうの初めてなんだろ!?人の事言えんのかぁ?」
いつもの調子で言い合いを始めるツバキとアカリ。それをいつもとはシチュエーションが違うからと宥めるツクヨ。今回は兎に角目立たないように行動するのが絶対条件であり、ただでさえ子供を連れているというのは珍しい。
要人の子供であったり、音楽に精通する一家の子供ばかりで一般客として子供を連れているというのはあまり見かけなかった。
「分かってるって、それくらい。俺も音楽なんて海賊どものきったねぇ歌声ばっかりだったからなぁ。まぁあれも味がって悪くはなかったが・・・」
「私には音楽の記憶はありません・・・。でもこれだけ音楽で有名な街で、有名な音楽に触れれば失われた記憶を手繰り寄せるきっかけになるかもしれません。謂わば私にとっても式典での合唱や演奏は重要なものです」
こちらの世界で有名な音楽とあらば、記憶を失っているアカリの過去を呼び起こすきっかけになるかもしれない。彼女にとっては教団の情報やルーカスに頼まれたジークベルトの調査などよりも、音楽を聞くということが何よりも重要な目的になっていた。
点々と光を灯したそれは、さながら夜空に煌めく星のようにアルバの街を、温かな歴史と叡智の光が照らし出す。
幾つかの露店は閉まってしまったものの、食事処や宿屋を中心にまだ多くの店が街の人々や観光客を迎え入れている。時間にして午後七時程、ルーカス司祭の計らいによって用意された衣装を見に纏い、シン達は同じく正装に身を包んだ人々が多く集まる式典の場、グーゲル教会の前にやって来ていた。
「すげぇ~人だなぁ・・・グラン・ヴァーグとそんな変わらねぇのに、こりゃ大会の時と同じくらいの量だぜ」
「あぁ、思ってたよりも教団関係者やそれに興味のある人間は多かったようだな。まぁ偶然やって来たアタシらみたいな奴もいるだろうがな」
入り口では幾つか仮設の受付が設けられており、そこで証明書や招待状、そして各要人によって出された推薦状の提示を求めているようだ。中にはそれを知らずに訪れた者達もいて、折り返してくる人達もちらほら見える。
「何も無しに入れるものじゃなかったのは本当みたいだな」
「だね、ルーカスさんに会えてよかったよ。私はこういうの久しぶりでね。あぁ、勿論現実の方のね」
「ツクヨはこういう音楽に興味が?」
「ははは、まさか。仕事でチケットをもらった事があってね。捨てるのも勿体無いから家族でどうだいって。折角だし言われた通り家族で行ってみたら、案外心に響いたっていうか。合唱やオーケストラってネットとかで見たり聞いたりする程度で、実際に聞く機会ってなかったからさ」
シンも音楽に興味がない訳ではない。実際ツクヨが言うように、ダウンロードした音楽を通勤通学中によく聞いていた。行きたくない気持ちや様々な不安を忘れる為に、音楽で自分を奮い立たせ少しでも気持ちを前向きにしようとしていたのだ。
それでもオーケストラというものを、好んで自身のプレイリストに入れるということはなかった。故にあまり触れたことのなかったジャンルに、シンも実際にそれを目の当たりにする機会を得て、内心ドキドキしていた。
「それにさ・・・教会で見た子供達。きっと彼らが歌うんだろ?・・・子供の歌声ってさ、なんかこう・・・大人みたいにあまり思惑がこもっていないっていうか。純粋な歌声で響いてくるっていうのかな。妙に感傷に浸っちゃうんだよね・・・」
ツクヨは現実の世界で愛娘を失っている。詳しい話は聞かされていないが、シンも彼が現実の世界で辛い思いをしていることは知っている。それも子供関連のこととなれば、彼が少年合唱団の歌声に感傷するのも無理もないだろう。
「目的はこの後にあるパーティーの方だ。今はゆっくり、招待客として式典を楽しもう」
「・・・そうだね」
明るい表情を浮かべたツクヨは、シンの言葉に顔を上げる。入場の列に並んでいた一行は、暫く待った後に漸く受付にまで到達する。徐々に近づく中で、前の者達が何かを提出しているのが目に入る。
受付の者に紙のようなものを提示する者や、カードを提示してスムーズに入って行く者。そして中には何も見せずとも顔と名前だけで入っていく者達もいた。
入り口で必要となるのは、ルーカスから受け取っていた推薦状。順番が近づく中で一行はそれぞれ渡された推薦状を手に持ちその時を待った。
「招待状や紹介状はお持ちですか?」
「ルーカス司祭の推薦状があります」
「お見せ頂けますか?」
列の先頭に並んでいたシンが、ルーカスから貰った推薦状を受付の者に手渡す。すると受付の者は、書類の内容に目を通し、ルーカスのサインやニクラス教会の印璽を確認すると、推薦状を回収すると共にシンに式典への出席を許された者の証明書となるカードを渡した。
「式典と後の宴会の間、こちらを無くさずにお持ち下さい。証明書の代わりとなります。代わりは効きませんのでご了承ください」
「ありがとうございます」
中へ通されたシンは、少し先に進んだところで他の仲間達が受付を通過して来るのを待っていた。シンを見つけて次々に集まる一行の手には、同じく証明書の代わりとなるカードがあった。
「へぇ~、洒落てんなぁ。式典ってのはこんなもん配ってんのか?」
「大事な物なんですから、無くさないようにして下さいよ?」
「お前だってこういうの初めてなんだろ!?人の事言えんのかぁ?」
いつもの調子で言い合いを始めるツバキとアカリ。それをいつもとはシチュエーションが違うからと宥めるツクヨ。今回は兎に角目立たないように行動するのが絶対条件であり、ただでさえ子供を連れているというのは珍しい。
要人の子供であったり、音楽に精通する一家の子供ばかりで一般客として子供を連れているというのはあまり見かけなかった。
「分かってるって、それくらい。俺も音楽なんて海賊どものきったねぇ歌声ばっかりだったからなぁ。まぁあれも味がって悪くはなかったが・・・」
「私には音楽の記憶はありません・・・。でもこれだけ音楽で有名な街で、有名な音楽に触れれば失われた記憶を手繰り寄せるきっかけになるかもしれません。謂わば私にとっても式典での合唱や演奏は重要なものです」
こちらの世界で有名な音楽とあらば、記憶を失っているアカリの過去を呼び起こすきっかけになるかもしれない。彼女にとっては教団の情報やルーカスに頼まれたジークベルトの調査などよりも、音楽を聞くということが何よりも重要な目的になっていた。
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