World of Fantasia

神代 コウ

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意識から外れていたもの

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 しかしブルースの動きは彼らのコンビネーションを諸共しないほど鮮やかで、迫り来る攻撃を見事に躱し二人をバルトロメオに任せて、演奏するベルンハルトの元へと更に近づく。

「躱した!これでブルース氏が彼の元に辿り着ける!」

「まさかここまで戦えるとは・・・」

 ただの音楽家であるはずのブルースが自ら戦闘に赴いているのを見て、多少戦いへの心得があるのかと思いきや、その身のこなしを見る限り、下手な隊員よりも動けるのではないかと目を奪われるオイゲン。

 迫るブルースの快進撃を止めることができず、主人への接近を許してしまう二人の謎の人物。追撃を許さぬよう、彼らにはそれぞれオイゲンの放った剣と、バルトロメオの放つ火球が迫る。

 しかし謎の人物達の攻撃はそこで終わらなかったのだ。何とその二人の間には、司令室で彼らを窮地に追いやった“糸“が繋がれていた。二人は互いを見合うように合図を送ると、身を翻し各々の身体に繋がれた糸を掴み取り、左右から糸を張るように一気に引っ張った。

「ッ・・・!?」

 何かが身体に触れるかのような感覚を覚えたブルースが自身の腹部に視線を落とす。するとそこには先程まで姿を消していたあの“糸“が身体に張り付いていたのだ。

 しかし気がついた時には既に遅く、彼が後ろを振り返る頃には糸に繋がれた謎の人物二人が、まるで笑っているかのようにブルースの方を向いて、しっかりと糸を掴んでいた。

 そしてその背後にはオイゲンの放った剣とバルトロメオの火球がすぐ後ろに迫っている。ブルースにはこの後何が起きるのかがすぐに想像がついた。司令室の中から糸が消えたのは、一行にその脅威を印象付け、苦難を乗り越えたという安心感を与える為だったのか。

 彼らがそこまで算段していたかは定かではないが、まんまと嵌められたとブルースは苦虫を噛んだかのような表情と大粒の汗を額に滲ませながら、その時を迎える心構えをとる。

 オイゲンの剣とバルトロメオの火球はほぼ同時に二人の謎の人物に命中する。一行はブルースが何故後ろを振り返ったのか、不思議な表情でその姿を見ている。

 剣は謎の人物の身体を通り抜ける事なく突き刺さり、纏った属性がその霊体に駆け巡り大ダメージを与える。そしてもう片側では、バルトロメオの火球が謎の人物の身体に命中し、全身を青白い炎で包み込んだ。

 彼らを消滅させる勢いでそれぞれの衝撃が光を放つ。同時のその衝撃は、糸で繋がれたブルースの身体へと伝わる。しかもその衝撃は一人分のものではない。左右から同時に、二つの衝撃が一気にブルースの身体へと流れ込み、彼の背後で起こる謎の人物の二人の身に起きる現象が一辺にブルースへと降り掛かる。

「なッ!?どうして彼に炎が!?」

「あの衝撃は・・・俺の攻撃のものも含まれている!何故だ!?攻撃は確かにあの霊体に命中した!何故ブルースにまでその効果がッ・・・!?」

「たっ大将ッ!?何でだ!?ありえねぇ!俺ぁ外しちゃぁいねぇッ!!」

 ブルースの身体はバルトロメオの火球に焼かれた謎の人物と同じように、青白い炎で包み込まれ、そしてオイゲンの放った剣で貫かれた謎の人物と同じように身体から光を放つ。

 彼のその後の展開を示唆するかのように、二人の謎の人物は先に消えた謎の人物達と同様に黒い塵となってその姿を消していった。二つの衝撃を受けたブルースは、ベルンハルトの方へ腕を伸ばしたままその場で倒れてしまう。

 主人の身に起きた出来事に、約束を破って倒れる彼の元に駆けつけるバルトロメオ。しかしその身体はベルンハルトの演奏により強化され、無意識に走り出した彼の脚力を増幅させる。

 目指していたはずのブルースの身体に躓き、バルトロメオは派手に床に倒れる。彼は這ったまま向きを変えてブルースの元へと向かう。彼の身体からは既に光も炎も治っていた。だが彼の身体はまだ、謎の人物達のように塵へと変わってはいなかった。

 これもまた彼の特殊な身体がもたらしている出来事の一つなのだろうか。バルトロメオはそんなことを考える余裕もなく、ただブルースに声を掛けながら彼から預かっていた回復薬を飲ませて復活を願っていた。

「糸だ・・・」

「え?」

「さっきのブルースの身に起きた事。俺もあの護衛も、攻撃の精度は完璧だった。絶対に外してなどいない。それなのにまるで俺達の攻撃が当たったかのような現象が、ブルースの身にも起きた」

「!?」

 オイゲンの言葉を聞いてケヴィンにもその真相が見えてきた。糸による脅威を退けた事により、一行の意識からも視界からも、糸の存在が薄まり警戒心も解かれていった。

 その中で起きたブルース攻勢。糸に対する意識が薄れていても無理もない。ブルースが返り討ちにされるところを見ていたシン達もまたその事に気がついて、またいつどこから糸の脅威が迫って来るか分からないと、ツバキとアカリに注意を促し、紅葉にはいつでも火の粉を撒けるように身構えさせた。

 だがそんな中でも、マティアス達の一行だけは違った目線で戦場を見ていた。というよりも、レオンとクリスは今は亡きバッハの血族による最高峰の演奏に聴き入っていたのだ。

「凄い・・・。まるで身体に染み渡るように、作者の感情が流れ込んでくるみたいだ!」

「あっあぁ・・・こいつは驚いた。博物館で再現されるものとは比べ物にならない・・・」

 音楽学校の生徒だからか、それともまだ幼いが故の意識の違いなのか、自分たちの身も危ないという状況の中で、二人の意識はすっかりベルンハルトの演奏に向いていた。

「きっ君達ねぇ・・・。今はそれどころじゃないだろ?」

「何を言っているんですか!?マティアスさん!“本物の“バッハ一族の演奏なんて、今はもう聴くことなんて出来ないんですよ!?」

「いや、マティアス司祭の言う通りだ。確かに貴重な経験だが、それは命あってこそだ。迂回してオイゲンさん達のところへ合流しましょう。マティアス司祭のそのお力があれば、何か手伝えることもあるかもしれません」

「レオンまで・・・」

「あぁ、そうだぞクリス。レオンの言う通り、素晴らしい演奏を聴けるのも命あってこそだ。今は自分の身を案じなさい。さぁ、目立たぬように移動しよう」

 唯一戦力を持たない彼らは、教団最強の盾として知られるオイゲンの元なら信頼できると、助けを求めて移動を開始する。幸いベルンハルトの敵意は演奏を邪魔する者以外には向けられていない。

 無差別な攻撃が行われる前に合流しようと、周りに注意しながら司令室の端を回りながら彼らの元へ向かう。それに気がついたケヴィンとオイゲンも、別の場所に居られるよりも一箇所に集まってくれた方が守りやすいと、彼らの動きに注意しながらベルンハルトの動きにも注目する。

 司令室に不気味に響き渡るベルンハルトの演奏。一行はその不可思議な能力といつ再び現れるかも分からない糸に気を取られ、身動きが取れずにいた。

 しかしベルンハルトの演奏は、動かなければ無害という訳でもなかったのだ。その演奏はまるで身体を蝕む毒のように、彼らの気付かぬ間に身体の自由をゆっくりと奪っていたのだ。
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