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第14話 「俺はずっと頑張って来ました」
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「ただいま」
「おかえり、兄ちゃん」
千歳が軽く声をかけながら家に入ると、奥から妹の万希の元気な声が聞こえてきた。
リビングへ足を進めると、台所では母の一華が夕食を作っている。湯気と共に漂う、香ばしい匂いが家の中を包んでいた。
「お帰りなさい、千歳。今日は少し早かったのね。夕飯、もうすぐ出来るから先にお風呂に入っちゃって。後、あなたが最後だからお湯抜いておいてね?」
うなじに噛み痕のある母は、エプロン姿で振り向き、にこやかに微笑んだ。
「分かってます。換気扇も回しておけばいいんですよね?」
千歳はそのまま風呂場へ向かった。シャワーの温かいお湯が身体に当たり、少しずつ疲れがほぐれていく。少し落ち着くと、橋の上で夏樹に言った言葉が思い返された。その結末がどうなるかはわからない。しかし、どうなろうとも、後悔はなかった。
千歳が風呂から上がり、リビングに戻ると、食卓にはすでに料理が並べられていた。今日のメニューはハンバーグステーキらしい。多分、妹のリクエストだろう。千歳はテーブルに座り、家族と共に夕食を楽しむ。ちなみに、もう一人の家族である兄は、今日はいない。友人達と旅行に行っており、明日までは帰らないのだ。
「ねえ、兄ちゃん。最近、あの『番』さんとどうなってるの?」
妹の万希が箸を止め、ニコニコと笑いながら聞いてきた。
「『番』ではなく、”友達”です」
千歳は少し眉を寄せながらも、冷静に答える。しかし、妹はそれを聞いて更に目を輝かせる。
「またまたー!そろそろキスくらいしてるんじゃないの?」
「そんなことはしていません。変な想像しないでください」
やはり女子高生と言うべきか、妹は恋バナが好きらしい。アルファと言うこともあり、『番』と言う物に夢を抱いているのだろう。彼女にとって、『番』は理想の愛の形なのかもしれない。
「じゃあ、今、どんな感じなのか教えてよ!」
妹は引き下がらずに近況を聞き出そうとする。それに根負けした千歳は、今日あったことを話し始めた。
”アルファに従属する関係”は嫌だと言ったこと……。
『番』になりたいなら”誠意”を見せろと言ったこと……。
オメガに命を懸けさせる以上は、アルファもオメガに命を懸けろと言ったこと……。
千歳の話を聞いた妹は、目を丸くした。
「うえー、そんなこと言ったの?相変わらず苛烈ー。それでフラれたらとか、考えなかったの?」
「その時はその時です。”友達”としてはよくても、『番』としては俺と彼は縁がなかったんでしょう。寧ろ、『番』になる前に知れてよかったと思うことにします」
「マジかー。オメガってこんなにあっさりしてるわけ?何かイメージがバグる」
千歳と会ったアルファは、大体皆そう言う。千歳自身、自覚はあるが、オメガとして異端らしい。
「ダメですか?あっさりしてたら?」
千歳は、妹を揶揄う様に言った。
「ううん。そこまであっさりしてると逆にカッコいい」
妹は少し照れくさそうに言った。その言葉に千歳も微笑む。妹は”変わり者の兄”が嫌いではないらしい。尤も、こんな性格のオメガに慣れた結果、普通のオメガとの恋愛が出来るかどうか少々心配ではあるが……。
「でも、何でそこまで言ったの?ちょっと重くない?」
「寧ろ軽いくらいだと思います。俺にとっては、どうしても譲れないことですしね」
「譲れないこと?」
妹が首を傾げた。
「千歳が譲れないことって何?母さんも聞きたいわ」
黙って話を聞いていた母も口を開いた。
「……」
千歳は少し考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「俺はずっと頑張って来ました」
母と妹は、静かに千歳の言葉を聞いている。
「アルファ達と同じトレーニングをして、同じ条件で戦って……そして、勝って来ました」
競技の世界で、千歳はいつだって”強者”だった。オメガだからと、”弱者”に甘んじたことはない。
「競技だけじゃありません。人前で話すのだって、得意ではなかったですが、練習して見せられる程度のトークは出来る様にしましたし、セクハラや偏見混じりの取材にだって笑顔で対応して来ました」。
どんなに腹が立っても、それを隠して対応して来た。おかげで作り笑いばかりが上手くなった気がする。
「学校の勉強だって、疎かにしたことはありません。アルファやベータと席を並べて学んで来ました。大会や部活で出席出来ないことはあったけれど、部活を理由に勉学を疎かにしたことはありません」
自慢ではないが、千歳の学内テストの点は大体いつも30人中10位前後だったし、高校時代の模試の偏差値は60代後半だった。競技で休んだ分は、課せられた補講や課題を熟し、単位はきっちり取得している。
”頭は弱い”なんて言われたくなかったから、努力した。肉体も頭脳も”アルファに劣らない”と認められたかった。
「『ヒート』だって、ちゃんと基礎体温をつけながら管理して来ましたから、フェロモンで他人に迷惑を掛けたことはありません」。
あの事件以来、自己管理を徹底した。薬は複数個所に分けて他者に触らせない様に常に保持しているし、周期に関してもオメガ用の『ヒート管理アプリ』を使って、いつも神経質過ぎる程にやっている。その甲斐あって、自他共にフェロモンに煩わされたことはない。
「『ヒート』を理由に、練習や勉学を休んだことはない。『オメガ』を理由に他者に甘えたこともない。そんな俺が、『番』になりたいと求めるアルファに”対等”を求めることはそんなにおかしなことでしょうか?」
「確かにおかしくはないけど、うわー、兄ちゃん、改めて聞くとガチガチだな……」
妹は口を濁した。その隙のない言葉の羅列に、どこか圧倒されているようだった。
「それとも、何をどれだけ努力しようと、所詮”オメガはオメガ”って言いたいんですか?アルファの『番』になって、家庭に入って、優秀な遺伝子を持つ子供を産み育てていればそれでいいとでも?オメガの役割なんて、それだけに過ぎないとでも?」
夏樹やファンの子供の手前、ああ言ったが、千歳の中には『バース性』に対するコンプレックスが激しく渦巻いている。”オメガでなければ……”。そう思ったことは一度や二度ではない。
「そんなことないって!うちのクラスでも”オメガが~”って言う馬鹿アルファに対しては、”じゃあ、お前、矢崎の兄ちゃんより速く泳いでみろ!”って感じだからさ!」
「……」
妹がネガティブに傾き出した兄を慰める傍ら、母は無言で考え込んでいる。
そして、妹の慰めで気を取り直した千歳は、これが最後とばかりに言った。
「どうしても、”ここ”だけは譲れません。相手がそれを受け入れられないなら、俺達は『番』にならない方がいい……いや、なっちゃいけないんです。どちらかが我慢しなければ成立しない関係なんて、どうせ長続きしません。何より、誰も幸福にしません」
「……そっかー、そうだよねー」
妹は苦笑交じりに言った。妹は千歳の努力も、内に秘める激情も知っている。自慢の兄だからこそ、幸せになって欲しいと思っているのだ。兄がそこまで言うのなら、外野の自分が口を出すのは違う気がしたのだ。
「ごちそうさま。私、テスト勉強するから部屋に戻るね」
そして、食べ終わった妹は流し台へ食器を持って行き、自分の部屋へと戻って行った。
残された千歳と母は、片づけを始める。
「おかえり、兄ちゃん」
千歳が軽く声をかけながら家に入ると、奥から妹の万希の元気な声が聞こえてきた。
リビングへ足を進めると、台所では母の一華が夕食を作っている。湯気と共に漂う、香ばしい匂いが家の中を包んでいた。
「お帰りなさい、千歳。今日は少し早かったのね。夕飯、もうすぐ出来るから先にお風呂に入っちゃって。後、あなたが最後だからお湯抜いておいてね?」
うなじに噛み痕のある母は、エプロン姿で振り向き、にこやかに微笑んだ。
「分かってます。換気扇も回しておけばいいんですよね?」
千歳はそのまま風呂場へ向かった。シャワーの温かいお湯が身体に当たり、少しずつ疲れがほぐれていく。少し落ち着くと、橋の上で夏樹に言った言葉が思い返された。その結末がどうなるかはわからない。しかし、どうなろうとも、後悔はなかった。
千歳が風呂から上がり、リビングに戻ると、食卓にはすでに料理が並べられていた。今日のメニューはハンバーグステーキらしい。多分、妹のリクエストだろう。千歳はテーブルに座り、家族と共に夕食を楽しむ。ちなみに、もう一人の家族である兄は、今日はいない。友人達と旅行に行っており、明日までは帰らないのだ。
「ねえ、兄ちゃん。最近、あの『番』さんとどうなってるの?」
妹の万希が箸を止め、ニコニコと笑いながら聞いてきた。
「『番』ではなく、”友達”です」
千歳は少し眉を寄せながらも、冷静に答える。しかし、妹はそれを聞いて更に目を輝かせる。
「またまたー!そろそろキスくらいしてるんじゃないの?」
「そんなことはしていません。変な想像しないでください」
やはり女子高生と言うべきか、妹は恋バナが好きらしい。アルファと言うこともあり、『番』と言う物に夢を抱いているのだろう。彼女にとって、『番』は理想の愛の形なのかもしれない。
「じゃあ、今、どんな感じなのか教えてよ!」
妹は引き下がらずに近況を聞き出そうとする。それに根負けした千歳は、今日あったことを話し始めた。
”アルファに従属する関係”は嫌だと言ったこと……。
『番』になりたいなら”誠意”を見せろと言ったこと……。
オメガに命を懸けさせる以上は、アルファもオメガに命を懸けろと言ったこと……。
千歳の話を聞いた妹は、目を丸くした。
「うえー、そんなこと言ったの?相変わらず苛烈ー。それでフラれたらとか、考えなかったの?」
「その時はその時です。”友達”としてはよくても、『番』としては俺と彼は縁がなかったんでしょう。寧ろ、『番』になる前に知れてよかったと思うことにします」
「マジかー。オメガってこんなにあっさりしてるわけ?何かイメージがバグる」
千歳と会ったアルファは、大体皆そう言う。千歳自身、自覚はあるが、オメガとして異端らしい。
「ダメですか?あっさりしてたら?」
千歳は、妹を揶揄う様に言った。
「ううん。そこまであっさりしてると逆にカッコいい」
妹は少し照れくさそうに言った。その言葉に千歳も微笑む。妹は”変わり者の兄”が嫌いではないらしい。尤も、こんな性格のオメガに慣れた結果、普通のオメガとの恋愛が出来るかどうか少々心配ではあるが……。
「でも、何でそこまで言ったの?ちょっと重くない?」
「寧ろ軽いくらいだと思います。俺にとっては、どうしても譲れないことですしね」
「譲れないこと?」
妹が首を傾げた。
「千歳が譲れないことって何?母さんも聞きたいわ」
黙って話を聞いていた母も口を開いた。
「……」
千歳は少し考え込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「俺はずっと頑張って来ました」
母と妹は、静かに千歳の言葉を聞いている。
「アルファ達と同じトレーニングをして、同じ条件で戦って……そして、勝って来ました」
競技の世界で、千歳はいつだって”強者”だった。オメガだからと、”弱者”に甘んじたことはない。
「競技だけじゃありません。人前で話すのだって、得意ではなかったですが、練習して見せられる程度のトークは出来る様にしましたし、セクハラや偏見混じりの取材にだって笑顔で対応して来ました」。
どんなに腹が立っても、それを隠して対応して来た。おかげで作り笑いばかりが上手くなった気がする。
「学校の勉強だって、疎かにしたことはありません。アルファやベータと席を並べて学んで来ました。大会や部活で出席出来ないことはあったけれど、部活を理由に勉学を疎かにしたことはありません」
自慢ではないが、千歳の学内テストの点は大体いつも30人中10位前後だったし、高校時代の模試の偏差値は60代後半だった。競技で休んだ分は、課せられた補講や課題を熟し、単位はきっちり取得している。
”頭は弱い”なんて言われたくなかったから、努力した。肉体も頭脳も”アルファに劣らない”と認められたかった。
「『ヒート』だって、ちゃんと基礎体温をつけながら管理して来ましたから、フェロモンで他人に迷惑を掛けたことはありません」。
あの事件以来、自己管理を徹底した。薬は複数個所に分けて他者に触らせない様に常に保持しているし、周期に関してもオメガ用の『ヒート管理アプリ』を使って、いつも神経質過ぎる程にやっている。その甲斐あって、自他共にフェロモンに煩わされたことはない。
「『ヒート』を理由に、練習や勉学を休んだことはない。『オメガ』を理由に他者に甘えたこともない。そんな俺が、『番』になりたいと求めるアルファに”対等”を求めることはそんなにおかしなことでしょうか?」
「確かにおかしくはないけど、うわー、兄ちゃん、改めて聞くとガチガチだな……」
妹は口を濁した。その隙のない言葉の羅列に、どこか圧倒されているようだった。
「それとも、何をどれだけ努力しようと、所詮”オメガはオメガ”って言いたいんですか?アルファの『番』になって、家庭に入って、優秀な遺伝子を持つ子供を産み育てていればそれでいいとでも?オメガの役割なんて、それだけに過ぎないとでも?」
夏樹やファンの子供の手前、ああ言ったが、千歳の中には『バース性』に対するコンプレックスが激しく渦巻いている。”オメガでなければ……”。そう思ったことは一度や二度ではない。
「そんなことないって!うちのクラスでも”オメガが~”って言う馬鹿アルファに対しては、”じゃあ、お前、矢崎の兄ちゃんより速く泳いでみろ!”って感じだからさ!」
「……」
妹がネガティブに傾き出した兄を慰める傍ら、母は無言で考え込んでいる。
そして、妹の慰めで気を取り直した千歳は、これが最後とばかりに言った。
「どうしても、”ここ”だけは譲れません。相手がそれを受け入れられないなら、俺達は『番』にならない方がいい……いや、なっちゃいけないんです。どちらかが我慢しなければ成立しない関係なんて、どうせ長続きしません。何より、誰も幸福にしません」
「……そっかー、そうだよねー」
妹は苦笑交じりに言った。妹は千歳の努力も、内に秘める激情も知っている。自慢の兄だからこそ、幸せになって欲しいと思っているのだ。兄がそこまで言うのなら、外野の自分が口を出すのは違う気がしたのだ。
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