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第13話 「すごいことを言うオメガもいたもんだなあ……」
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「父さんはさ……母さんと『番契約』する時、どうした?どうやって、”誠意”を見せた?”命懸けた”?」
「”誠意”?”命”?話が良く見えないんだが……」
夏樹から出て来た単語に、父は驚きながら、聞き返した。
「あっ、ごめん。実はさ……」
夏樹は、千歳の名前はぼかしながら、今日までのことを話し始めた。
大学で『運命の番』と思しきオメガにあったこと……。
初対面で『番契約』を持ちかけて、あっさりフラれたこと……。
母のアドバイスを受けて、まずは”友達”から始めることにしたこと……。
毎日の様に彼の元を訪ね、下校の時は最寄りの駅まで一緒に歩いていること……。
この間、水族館に遊びに行ったこと……。
父は、普段のおちゃらけた態度を見せず、夏樹の話を静かに聞いていた。
「本当にすごい人なんだよ。『オメガ』って立場で……自分だけじゃない。他の誰かを、それこそ社会を動かせるぐらい、すごいことを成し遂げた人なんだよ。でも、同じくらい傷付いてる人なんだ……”もう簡単にはアルファを信じられない”って……」
「なるほど……苦労しているんだね、その人は」
父は頷きながら、夏樹に先を促した。
「うん……それで、その人は『番』になるアルファとは、”対等でありたい”って言ってるんだ。でも、『番契約』はアルファに優位に出来てるから、対等じゃない……でも、オメガは『番契約』をすることで、アルファに”全て”を託すわけだから、アルファも同じ様にオメガに”全て”を懸けろって……”自分が欲しければ、命を懸けて、かかってこい”って」
夏樹の頭には、あの時の千歳の射貫く様な視線が浮かんでいた。まるでこちらの真意を見透かされている様な……恐ろしくも美しい視線だった。
「すごいことを言うオメガもいたもんだなあ……」
夏樹の話を聞き終えた父は、絞り出す様に言った。元々、オメガがアルファに強気な発言をすることは珍しい。良くも悪くも優しい性質の人が多いため、夏樹の父の感覚は偏見ではなく、一般的な物だ。
「父さんは、どうやって母さんに”誠意”を見せたんだ?」
だが、これに答えを返さなければ、夏樹が千歳と『番契約』する未来はない。夏樹は、何とかヒントを得ようと質問を繰り返す。
「うーん、父さんの時とはかなり違うなあ……」
父は、少し考える様に眉をひそめ、少し困った様な顔を見せた。
「違うって何が違うんだ?もしかして、むりやり……」
「誓って違うぞ!?父さんが母さんを傷付けるようなことをするはずがないだろ!?父さんが”違う”って言ったのは時代だ、時代!」
夏樹の疑いの眼差しに、父は慌てて訂正を入れる。
「まず、誤解のない様に言っておくが、父さんは母さんが好きだったし、『番』にするなら彼しかいないとも思っていた。でも、”あの頃”は正直、アルファが”誠意”を見せる必要はなかったんだよ」
「どう言うことだよ?」
首を傾げる夏樹に、父は昔を懐かしむ様に遠くを見ながら、話しを続ける。
「父さんと母さんが出会った頃は、今程、法も整備されていなかったし、抑制剤の質も良くなかった。だから、オメガには結婚以外の道がなかったんだよ。アルファと『番』になって、社会からは距離を置き、家庭に入る。それがオメガにとって、一番楽で効率のいい生き方だったんだ」
「ああ、そう言うことか……」
千歳が言っていた諸々の問題が解決したのは、時代としてはまだここ最近、まだ20年程のことだ。両親の育った時代を考えれば、それで順当なのだ。『オメガ』にとって、リスクを冒してでも『番契約』する必要性があった時代のことだから、オメガもアルファに”誠意”等求める必要はなかったのだろう。
社会におけるオメガの立場が良くなっていることは喜ばしいことだが、父の経験が役に立たないことを理解した夏樹はちょっとがっかりした。
「それに、お前も知っていると思うが、父さんと母さんは『運命の番』だ。アルファは『運命の番』として出会ったオメガを裏切ることはない……いや、仮に『運命』でなかったとしても、アルファは自分の『番』になってくれたオメガを裏切るなんてことは早々ないんだよ。ニュースとかでセンセーショナルに報道されるから、誤解してる人も多いけどね?」
「そうなんだ……」
夏樹の中に”意外と心配しなくてもいいのではないか?”と言う考えが浮かぶ。”裏切らないアルファ”の方が多数派なら、夏樹がそっちになればいいだけだ。尤も、”それ”をどうやって証明したら良いかわからないから、現在の状況になってわけだが…。
「ただな?話を聞いてて思ったんだが、その人は難しい言い回しをしてるけど、根っこの部分では”ナツ君が信用に値するか?”を確認している様に感じるんだ」
「確認?」
夏樹は首を傾げた。
「そう、”確認”だよ。”言葉”や”知識”では理解していても、”心”が納得しないってことは、ナツ君も経験あるだろう?その人はアルファとの間に苦い経験もある様だし……ナツ君が”本当に安心出来るアルファ”なのか、見極めたいんじゃないかい?」
「それをどうしたらいいかわからないから困ってるんだよ……!」
父の言葉に、夏樹は頭を抱えた。”どうしたら千歳が納得してくれるか?”、夏樹には皆目見当つかないのだ。
「ナツ君、そんなに難しく考えなくていいんだよ。確かに、僕らの時代と今では変わったことも多いし、求められる物も違うだろう……でも、同じくらい変わらない物もある」
父の言う”変わらない物”とは、何なのだろうか?夏樹は顔を上げた。
「僕達の時代にだって、ベータやオメガを見下して、酷いことをするアルファはいた。ナツ君の相手の様にアルファに傷付けられて、アルファ不信になるオメガもいたよ。でも、その人達が全員、アルファを嫌いなまま、諦めと共に番って行ったわけじゃない。そんな彼等と向き合って、その心の傷に寄り添おうとした優しいアルファも同じくらいいたんだよ」
父の話が正しければ、確かにそこは変わらないのだろう。いつの時代もバース性とは関係なしに、酷い人がいれば、優しい人もいると言うだけの話なのだ。
「ナツ君がすべきことは、そんなアルファ達と何も変わらないんだよ。きっと、その人は”ナツ君が本当に自分を大切にしてくれるか?”、”裏切らないかどうか?”、そして”自分の尊厳を守ってくれるのか?”が不安なんだと思う。”アルファに支配される”……そんな一方的な関係が怖いから、対等な立場を望んでいるんだよ」
「元々そんなつもりないぜ」
恥ずかしいので口には出さないが、夏樹の思う『番』は、両親の”それ”だ。”お互いがお互いを大切に思い合い、助け合う”。そんな関係を作りたいのだ。千歳本人にも言ったが、『番』になったからと言って、行動を制限するつもりはないし、競泳を続けてくれたって構わないのだ(ただし、浮気だけは別)。
「わかってるよ。ナツ君がそんなことする子じゃないのは、父さんがよく知ってる。きっと、相手の人にも伝わってるはずだ。だって、そうじゃなかったら、そんなことを言って来るはずがないしね」
「え?そうか?」
「そうだと思うよ。だって、ナツ君が『オメガ』だったとして、気のない人に『番』になるための条件なんて突き付けないだろ?」
「あっ、確かに……!」
交流期間は決して長いものではないが、夏樹から見た千歳は、”NOと言えるオメガ”だ。興味のないアルファや、『番』にするつもりのないアルファは、すぐにフるイメージがあるし、嫌なことは”嫌だ”と拒否するはずだ。
そんな千歳が、わざわざ条件を突き付けて来た……裏返せば、それは夏樹を意識していると言うことだ。現状、夏樹が『番』の筆頭候補であることの何よりの証拠でもある。
父がくれた”気づき”に、夏樹の心が少し軽くなる。
「ナツ君、何度も言うけど、難しく考えなくていいんだよ。ナツ君は、これだけその人のことを真剣に考えられているんだ。一番大切なのは、そこだからね」
父は、すかさず夏樹と視線を合わせて話を続ける。
「その人の言う”誠意”って言うのは、言うなれば”未来の保証”なんだよ」
「”未来の保証”……か」
父の言葉を噛み締める様に、夏樹が復唱した。
「その人が求める”誠意”の形は、父さんにもわからない。でも、その上で言えることがあるとしたら、”決して焦るな”ってことだね」
父は笑顔で言った。
「父さんなんか、最初は”不審者”だぞ?母さんと出会ってから『番』になるまで3年もかかった」
夏樹が母から聞いた話と概ね同じだ。確かに、道端で抱き着いて来た不審者に絆されるなら、それ相応の時間が必要なはずだろう。
「当時、父さんは大学を卒業したばかりの新入社員で、母さんはまだ高校に入ったばかりの新入生だった。はっちゃけ過ぎて大騒ぎになったおかげで、あわや入り立ての会社をクビになるとこだったんだが……いやー、制服姿が可愛くってねー、今でも写真あるぞ?見る?」
「……いや、いい」
夏樹はやんわりと断った。いや、夏樹には、母の昔の写真以上に気になることがあった。
「(もしかして、その”3年”って、母さんが高校を卒業するまでの時間じゃないよな!?)」
なんて酷い話だろうか。それは通報もされるだろう。如何に昔かつ、アルファとオメガの関係とは言え、”高校生”をストーカーする”社会人”とか怖過ぎる。言われてみれば、両親はそこそこ年齢差があるが……出会った際は、流石に両方成人していたと思っていただけに衝撃だ。
「(母さん……父さんに気ぃ使って、大分事実をぼかしてたんだな……)」
夏樹も気を使って、詳細は聞かないことにした。
「”アルファの衝動”は恐ろしいものだ。でも、その感情は決して間違いじゃないとも思っているよ。だって、その感情がなかったら、アルファはオメガと出会えないし、命を繋ぐことも出来ない。当然、今の僕達もなかったんだ。父さんも、母さんやナツ君とは会えなかった。ナツ君だって、その人と出会えなかったんだよ?」
「そう……だよな」
その通りだ。その衝動がなければ、夏樹は千歳に会えなかった。と言うより、気が付かなかっただろう。仮に気付いたとしても、畏れ多くて最初の一歩すら踏み出せなかったはずだ。“アルファの衝動”が導いてくれなかったら、夏樹の中の千歳は“画面越しの競泳選手”で終わっていたのだ。
「大切なのは、それを”暴力”にするか、”絆”にするか、なんだ。
父さんも、母さんとの出会いは色々と問題があったが、それでも、時に言葉で、時に行動で、少しずつ信頼を積み重ねて、そこまで持って行ったんだ」
その後の話は、意外とまともだった。『不審者』から『番』まで持って行った手腕は、賞賛に値する。因みに、少々怖いので過程は考えない物とする。
「言葉と行動……やっぱ、ここは行動かな?」
千歳に必要なのは、恐らく”行動”の方だろう。”口だけのアルファ”を散々見て来た千歳に、言葉で”誠意”を見せるのは不可能と言っていい。恋愛経験値の低い夏樹は、口が回る方でもないし……。
「ナツ君、僕はナツ君の相手を知らないから、断言は出来ないけど、どっちも必要だと思うよ。言って伝わるとは限らないけど、言わないともっと伝わらないんだ。ただ、忘れてはいけないのは”何がその人にとって幸せか?”ってことなんだよ」
「その人の幸せ……か。(……出来るかな?)」
千歳の幸せとは、何なのだろうか?夏樹の幸せは”千歳と番になって、両親の様な家庭を築くこと”だが、千歳の幸せの詳細はわからない。そもそも、夏樹が”あの千歳”を幸せに出来るのだろうか?
「焦らず、じっくり考えてごらん?どんなに迷ったって、”そこ”を忘れさえしなければ、大丈夫!父さんは、ナツ君を信じてるぞ!いつか、ナツ君が、その人を父さん達に紹介してくれる日を楽しみに待ってるからな!」
父はそう言って、夏樹の頭をグシャグシャに掻き回した。
「”誠意”?”命”?話が良く見えないんだが……」
夏樹から出て来た単語に、父は驚きながら、聞き返した。
「あっ、ごめん。実はさ……」
夏樹は、千歳の名前はぼかしながら、今日までのことを話し始めた。
大学で『運命の番』と思しきオメガにあったこと……。
初対面で『番契約』を持ちかけて、あっさりフラれたこと……。
母のアドバイスを受けて、まずは”友達”から始めることにしたこと……。
毎日の様に彼の元を訪ね、下校の時は最寄りの駅まで一緒に歩いていること……。
この間、水族館に遊びに行ったこと……。
父は、普段のおちゃらけた態度を見せず、夏樹の話を静かに聞いていた。
「本当にすごい人なんだよ。『オメガ』って立場で……自分だけじゃない。他の誰かを、それこそ社会を動かせるぐらい、すごいことを成し遂げた人なんだよ。でも、同じくらい傷付いてる人なんだ……”もう簡単にはアルファを信じられない”って……」
「なるほど……苦労しているんだね、その人は」
父は頷きながら、夏樹に先を促した。
「うん……それで、その人は『番』になるアルファとは、”対等でありたい”って言ってるんだ。でも、『番契約』はアルファに優位に出来てるから、対等じゃない……でも、オメガは『番契約』をすることで、アルファに”全て”を託すわけだから、アルファも同じ様にオメガに”全て”を懸けろって……”自分が欲しければ、命を懸けて、かかってこい”って」
夏樹の頭には、あの時の千歳の射貫く様な視線が浮かんでいた。まるでこちらの真意を見透かされている様な……恐ろしくも美しい視線だった。
「すごいことを言うオメガもいたもんだなあ……」
夏樹の話を聞き終えた父は、絞り出す様に言った。元々、オメガがアルファに強気な発言をすることは珍しい。良くも悪くも優しい性質の人が多いため、夏樹の父の感覚は偏見ではなく、一般的な物だ。
「父さんは、どうやって母さんに”誠意”を見せたんだ?」
だが、これに答えを返さなければ、夏樹が千歳と『番契約』する未来はない。夏樹は、何とかヒントを得ようと質問を繰り返す。
「うーん、父さんの時とはかなり違うなあ……」
父は、少し考える様に眉をひそめ、少し困った様な顔を見せた。
「違うって何が違うんだ?もしかして、むりやり……」
「誓って違うぞ!?父さんが母さんを傷付けるようなことをするはずがないだろ!?父さんが”違う”って言ったのは時代だ、時代!」
夏樹の疑いの眼差しに、父は慌てて訂正を入れる。
「まず、誤解のない様に言っておくが、父さんは母さんが好きだったし、『番』にするなら彼しかいないとも思っていた。でも、”あの頃”は正直、アルファが”誠意”を見せる必要はなかったんだよ」
「どう言うことだよ?」
首を傾げる夏樹に、父は昔を懐かしむ様に遠くを見ながら、話しを続ける。
「父さんと母さんが出会った頃は、今程、法も整備されていなかったし、抑制剤の質も良くなかった。だから、オメガには結婚以外の道がなかったんだよ。アルファと『番』になって、社会からは距離を置き、家庭に入る。それがオメガにとって、一番楽で効率のいい生き方だったんだ」
「ああ、そう言うことか……」
千歳が言っていた諸々の問題が解決したのは、時代としてはまだここ最近、まだ20年程のことだ。両親の育った時代を考えれば、それで順当なのだ。『オメガ』にとって、リスクを冒してでも『番契約』する必要性があった時代のことだから、オメガもアルファに”誠意”等求める必要はなかったのだろう。
社会におけるオメガの立場が良くなっていることは喜ばしいことだが、父の経験が役に立たないことを理解した夏樹はちょっとがっかりした。
「それに、お前も知っていると思うが、父さんと母さんは『運命の番』だ。アルファは『運命の番』として出会ったオメガを裏切ることはない……いや、仮に『運命』でなかったとしても、アルファは自分の『番』になってくれたオメガを裏切るなんてことは早々ないんだよ。ニュースとかでセンセーショナルに報道されるから、誤解してる人も多いけどね?」
「そうなんだ……」
夏樹の中に”意外と心配しなくてもいいのではないか?”と言う考えが浮かぶ。”裏切らないアルファ”の方が多数派なら、夏樹がそっちになればいいだけだ。尤も、”それ”をどうやって証明したら良いかわからないから、現在の状況になってわけだが…。
「ただな?話を聞いてて思ったんだが、その人は難しい言い回しをしてるけど、根っこの部分では”ナツ君が信用に値するか?”を確認している様に感じるんだ」
「確認?」
夏樹は首を傾げた。
「そう、”確認”だよ。”言葉”や”知識”では理解していても、”心”が納得しないってことは、ナツ君も経験あるだろう?その人はアルファとの間に苦い経験もある様だし……ナツ君が”本当に安心出来るアルファ”なのか、見極めたいんじゃないかい?」
「それをどうしたらいいかわからないから困ってるんだよ……!」
父の言葉に、夏樹は頭を抱えた。”どうしたら千歳が納得してくれるか?”、夏樹には皆目見当つかないのだ。
「ナツ君、そんなに難しく考えなくていいんだよ。確かに、僕らの時代と今では変わったことも多いし、求められる物も違うだろう……でも、同じくらい変わらない物もある」
父の言う”変わらない物”とは、何なのだろうか?夏樹は顔を上げた。
「僕達の時代にだって、ベータやオメガを見下して、酷いことをするアルファはいた。ナツ君の相手の様にアルファに傷付けられて、アルファ不信になるオメガもいたよ。でも、その人達が全員、アルファを嫌いなまま、諦めと共に番って行ったわけじゃない。そんな彼等と向き合って、その心の傷に寄り添おうとした優しいアルファも同じくらいいたんだよ」
父の話が正しければ、確かにそこは変わらないのだろう。いつの時代もバース性とは関係なしに、酷い人がいれば、優しい人もいると言うだけの話なのだ。
「ナツ君がすべきことは、そんなアルファ達と何も変わらないんだよ。きっと、その人は”ナツ君が本当に自分を大切にしてくれるか?”、”裏切らないかどうか?”、そして”自分の尊厳を守ってくれるのか?”が不安なんだと思う。”アルファに支配される”……そんな一方的な関係が怖いから、対等な立場を望んでいるんだよ」
「元々そんなつもりないぜ」
恥ずかしいので口には出さないが、夏樹の思う『番』は、両親の”それ”だ。”お互いがお互いを大切に思い合い、助け合う”。そんな関係を作りたいのだ。千歳本人にも言ったが、『番』になったからと言って、行動を制限するつもりはないし、競泳を続けてくれたって構わないのだ(ただし、浮気だけは別)。
「わかってるよ。ナツ君がそんなことする子じゃないのは、父さんがよく知ってる。きっと、相手の人にも伝わってるはずだ。だって、そうじゃなかったら、そんなことを言って来るはずがないしね」
「え?そうか?」
「そうだと思うよ。だって、ナツ君が『オメガ』だったとして、気のない人に『番』になるための条件なんて突き付けないだろ?」
「あっ、確かに……!」
交流期間は決して長いものではないが、夏樹から見た千歳は、”NOと言えるオメガ”だ。興味のないアルファや、『番』にするつもりのないアルファは、すぐにフるイメージがあるし、嫌なことは”嫌だ”と拒否するはずだ。
そんな千歳が、わざわざ条件を突き付けて来た……裏返せば、それは夏樹を意識していると言うことだ。現状、夏樹が『番』の筆頭候補であることの何よりの証拠でもある。
父がくれた”気づき”に、夏樹の心が少し軽くなる。
「ナツ君、何度も言うけど、難しく考えなくていいんだよ。ナツ君は、これだけその人のことを真剣に考えられているんだ。一番大切なのは、そこだからね」
父は、すかさず夏樹と視線を合わせて話を続ける。
「その人の言う”誠意”って言うのは、言うなれば”未来の保証”なんだよ」
「”未来の保証”……か」
父の言葉を噛み締める様に、夏樹が復唱した。
「その人が求める”誠意”の形は、父さんにもわからない。でも、その上で言えることがあるとしたら、”決して焦るな”ってことだね」
父は笑顔で言った。
「父さんなんか、最初は”不審者”だぞ?母さんと出会ってから『番』になるまで3年もかかった」
夏樹が母から聞いた話と概ね同じだ。確かに、道端で抱き着いて来た不審者に絆されるなら、それ相応の時間が必要なはずだろう。
「当時、父さんは大学を卒業したばかりの新入社員で、母さんはまだ高校に入ったばかりの新入生だった。はっちゃけ過ぎて大騒ぎになったおかげで、あわや入り立ての会社をクビになるとこだったんだが……いやー、制服姿が可愛くってねー、今でも写真あるぞ?見る?」
「……いや、いい」
夏樹はやんわりと断った。いや、夏樹には、母の昔の写真以上に気になることがあった。
「(もしかして、その”3年”って、母さんが高校を卒業するまでの時間じゃないよな!?)」
なんて酷い話だろうか。それは通報もされるだろう。如何に昔かつ、アルファとオメガの関係とは言え、”高校生”をストーカーする”社会人”とか怖過ぎる。言われてみれば、両親はそこそこ年齢差があるが……出会った際は、流石に両方成人していたと思っていただけに衝撃だ。
「(母さん……父さんに気ぃ使って、大分事実をぼかしてたんだな……)」
夏樹も気を使って、詳細は聞かないことにした。
「”アルファの衝動”は恐ろしいものだ。でも、その感情は決して間違いじゃないとも思っているよ。だって、その感情がなかったら、アルファはオメガと出会えないし、命を繋ぐことも出来ない。当然、今の僕達もなかったんだ。父さんも、母さんやナツ君とは会えなかった。ナツ君だって、その人と出会えなかったんだよ?」
「そう……だよな」
その通りだ。その衝動がなければ、夏樹は千歳に会えなかった。と言うより、気が付かなかっただろう。仮に気付いたとしても、畏れ多くて最初の一歩すら踏み出せなかったはずだ。“アルファの衝動”が導いてくれなかったら、夏樹の中の千歳は“画面越しの競泳選手”で終わっていたのだ。
「大切なのは、それを”暴力”にするか、”絆”にするか、なんだ。
父さんも、母さんとの出会いは色々と問題があったが、それでも、時に言葉で、時に行動で、少しずつ信頼を積み重ねて、そこまで持って行ったんだ」
その後の話は、意外とまともだった。『不審者』から『番』まで持って行った手腕は、賞賛に値する。因みに、少々怖いので過程は考えない物とする。
「言葉と行動……やっぱ、ここは行動かな?」
千歳に必要なのは、恐らく”行動”の方だろう。”口だけのアルファ”を散々見て来た千歳に、言葉で”誠意”を見せるのは不可能と言っていい。恋愛経験値の低い夏樹は、口が回る方でもないし……。
「ナツ君、僕はナツ君の相手を知らないから、断言は出来ないけど、どっちも必要だと思うよ。言って伝わるとは限らないけど、言わないともっと伝わらないんだ。ただ、忘れてはいけないのは”何がその人にとって幸せか?”ってことなんだよ」
「その人の幸せ……か。(……出来るかな?)」
千歳の幸せとは、何なのだろうか?夏樹の幸せは”千歳と番になって、両親の様な家庭を築くこと”だが、千歳の幸せの詳細はわからない。そもそも、夏樹が”あの千歳”を幸せに出来るのだろうか?
「焦らず、じっくり考えてごらん?どんなに迷ったって、”そこ”を忘れさえしなければ、大丈夫!父さんは、ナツ君を信じてるぞ!いつか、ナツ君が、その人を父さん達に紹介してくれる日を楽しみに待ってるからな!」
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