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第2章
お守り
しおりを挟むスクールバッグの中で出番を待ち構えていた小さな袋を取り出した。
「夏原涼乃さん」
賞状を渡す時みたいに大仰に、僕はその包みを差し出した。
涼乃は、赤いリボンでラッピングされたそれを、どうすればいいのか分からないって顔で見つめている。
「夏原涼乃さん、誕生日おめでとう……!」
「えっ?」
「六月が誕生日なんでしょ? だからお祝いしなきゃと思ってプレゼント用意してたんだ。大したものじゃないんだけど……」
僕は戸惑う涼乃に包みを渡した。
「十四歳の誕生日おめでとう」
君が生まれて、ここまで生きて、僕と出会ってくれたこと。それが何より嬉しいんだ。
「山丘くん……っ」
また涼乃の頬を涙が伝っていった。
「なんで君ってそんなに優しいの……?」
誕生日があるから六月が嫌いだったの、と涼乃の声が掠れる。――両親にも、誰にも祝ってもらえない誕生日。生まれてきた意味なんてあるのかって、塞ぎ込んでしまう誕生日。
「プレゼントなんてもらったの初めてだな。これ、開けてもいい?」
もちろんと答えると、涼乃はやけに慎重に包みを解き始めた。困ったな、本当に大したものじゃないのに。
小さなビニールの袋から、涼乃の手のひらに転がり出したもの。それを見た涼乃は一瞬ぽかんとして――次の瞬間、笑い出した。
「なにこれ! あはは、こんなのどこで買ったのよ?」
「涼乃の好きなものってそれくらいしか思い浮かばなくてさ」
「やだなぁ、たしかに好きだけどさぁ、ははは」
笑いが止まらない涼乃が握りしめているのは、ほんの小さなキーホルダーだ――かなりリアルな作りのメロンパンの。
「ふふ、やわらかい。触り心地もいいね、最高」
「よかった、喜んでもらえて」
喜んでるというよりウケてるって感じなのがちょっと予想と違ったけど。まぁいいか、さっきまで泣いてた涼乃が楽しそうに笑ってるし。
うん、やっぱり涼乃には笑っていてほしいな。
こんな風にささやかにお祝いをして、僕たちは家路についた。暗くなる前に涼乃を家に送り届けなきゃ。夜はどんな危険が潜んでるかも分からないから。
彼女を自宅まで送って、別れ際、彼女は最後に僕を呼び止めた。
「山丘くん、今日はありがとうね。これ、一生大事にする」
涼乃は小さなメロンパンをかかげて笑う。
「うん。お守りだと思ってよ」
「そうか……そうだね。お守りだ」
彼女はキーホルダーに頬を寄せた。
とろけてしまいそうな自然な笑顔だった。にごりも、けがれもない、本当に透き通った笑顔。
「あのさ、山丘くん」
彼女は小さなキーホルダーを両手で包んでこう続けた。
「私、自分は両親に愛されてないから“ダメな子”なんだって思い込んでたの」
“ダメな子”っていうフレーズに胸が痛んだ。
実の母親に殺された僕は、自分をそう思ってたから。
「でも違うよね? 親が大事にしてくれなくても、ほかに誕生日をお祝いしてくれる人がいれば、それでいいんだよね?」
「うん……そうだよ。親だけが世界の全てじゃないんだもん」
僕はなんだか胸がいっぱいになった。
涼乃は自分に言い聞かせるつもりで言っているけど、僕もその言葉に救われている。
――別にいいんだ。実の親が僕を殺そうとしても、生きる価値がないと川に引きずり込んだとしても、それでも僕は、生きていていいんだ。
涼乃はまた笑った。
僕もそれに応えて笑顔を作ったつもりだったけど、もしかしたら泣き笑いになってしまったかもしれない。
その笑顔に別れを告げて、彼女がマンションに入るのを見送る。じゃあねって手を振り合って。
――そういえば、今日の夕焼けは見事だった。“美しい夕陽の翌日は晴れ”っていうから。
そろそろ、長い梅雨が明けるのかもしれない。
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