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第2章
そんなみっともない欲望
しおりを挟む文化祭当日。
僕は体育館の最前列に陣取って、涼乃のクラスの劇の開演を待った。
隣には本山がいる。こいつはさっき吹奏楽部の発表で、クラリネットを奏でていた。
ステージ上で一心に楽器に向かう姿は、いつものチャラチャラとした様子とかけ離れていて、僕は少し驚いていた。
「優磨はホントに一途だよな。中一の頃から夏原さんのことだけを追いかけて」
「まぁストーカーみたいなもんだからね」
「冗談に聞こえなくて怖ぇ」
そんな軽口を叩いているうちに、演目の開始を告げるアナウンスが流れ、舞台の幕が上がった。スポットライトが舞台中央を照らす。
そこに立っていたのは長身で美しい魔女――涼乃だった。
わぁ、っと歓声が上がる。
「めっちゃキレーじゃん!」
おおげさにのけぞる本山の横で、僕は息をのんでいた。
凛と立つ長身が舞台に映える。はっきりとした顔立ちが照明にてらされ、彼女の存在感が全ての観客を圧倒していた。
瞬きも出来なかった。
見慣れているはずの涼乃が、知らない女の人みたいで。あまりに綺麗で。
困った。どうして彼女はこんなに特別なんだろう。
誰よりも輝いて、僕の心を惹きつけて離さなくって、どきどきさせて。
しかも身にまとった衣装までもがすばらしかった。
涼乃のすらりとした長身を細身の青のドレスが包んでいる。
大きな白いバラが、彼女の編みこんだ長い髪からドレスにかけて蔦を這うようにあしらわれている。
大きく裾を広げるマントは、スポットライトにキラキラと輝いて、氷の結晶を思わせた。
あの衣装どこから調達したんだろう? 他の役者の衣装もやけに本格的だ。涼乃が「びっくりするよ」って言ってたのはこのことだったのか。たしかに中学生の出し物とは思えない。
ナレーションが、美しき“冬の魔女”の横暴を語る。彼女を倒そうと挑む兵士たちが、涼乃の腕のひと振りでバタバタと倒れていく。
「すげぇはまり役だな、夏原さん」
本山の言う通りだ。涼乃がこの役に抜擢された理由がよく分かる。
彼女がステージに現れるたびに、観客がほぅっとため息を漏らした。品のない男子たちがこそこそと騒ぐ声も聞こえてくる。
僕の視線は涼乃に縛りつけられていていたけれど、周囲のざわめきがどうしても耳に飛び込んできて、そのたびにソワソワしたりなぜか腹が立ったり、感情の移り変わりが忙しい。
手を伸ばしたいな、って思った。
こんな風にみんなの視線を集めている涼乃を見るのが苦しくて。
手を伸ばして、その腕をつかんで、さらって逃げてしまいたい――。
――かたんかたん。
ぞくりと背すじが凍った。
寒気をこらえて唇を噛みしめる。
見てる。
死神が見てる。僕のことを、見張ってる。
――かたんかたん。
七歳の時にしたあの約束を、死神が僕に思い出させようとしている。
僕はまぶたを閉じた。
調子にのるな、山丘優磨。
さらって逃げたいなんて、そんな大それたことをなぜ望んだんだ?
僕は死ぬんだ。涼乃のために。
手を伸ばすなら、それは彼女を救うためだけだろ。
彼女が綺麗だから。誰にも渡したくないから。泣きたくなるくらい――大好きだから。
そんなみっともない欲望で、彼女を穢しちゃいけないんだ。
不意に拍手の音があふれた。僕は驚いて目を開ける。
ちょうど幕が落ちるところだった。まぶしい光が幕の向こうに封じこめられていく。
いいなぁ。その時がきたら、僕もこんな風に穏やかに死ぬことができるんだろうか――。
コツン。
本山に小突かれて、僕の思考は遮られた。
「優磨、夏原さんに会いに行ってこいよ。役者のことは出待ちしてやるのが礼儀なんだぞ」
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