いつか世界が眠るまで

紫煙

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一章

#8 ある不器用な騎士の物語3

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◆◇◆◇◆◇◆




 大きな門を潜り抜け、無事に王都カレンスへとやってきた二人は思う事は違えど似通う表情をお互いに晒していた。


「ふあぁぁぁ......、凄い、凄いですよリードさん! こんなに沢山の家に人の波! 何ですかこれ!」

「え? ああ......。ごめん、正直僕もかなり驚いてるんだ。こんなに栄えてたなんて思っても見なかったよ......。本当に此処はあの王都なのか?」


 ぽかん。と、空いた口を閉じるのも忘れ、二人は綺麗に整備された道を馬車に揺られ流れる様にゆっくりと進んで行く。

 マリーにとっては初めてその目で見る町並みだ。生活必需品に始まりそこいら中に置いてある樽すら珍しがる始末。
 一方、この王都を延いては国自体を建てた張本人であり勇者の名を冠する英雄《リード·カレンス》を以てしても、見るもの全てが自身の知っているそれではなかった。

 当然だろう。《勇者リード·カレンス》が《魔王》を討ち果たしたのは、今より三百余年もの昔だ。同じな訳がない。


「リードさん、リードさん! 凄くいい香りがします! 何ですかこの香りは!? あっ! 向こうには見たこともない物が売ってますよ!」

「あ、うんそうだね。......って、僕が呆けてどうするんだ! いけない、マリーちゃんの護衛として僕がしっかりしなきゃ!」

「リードさん! ほら、リードさん! あれ見て下さい、何ですかあれ!」

「ぐぇっ!? わか、分かったから。少し落ち着いてマリーちゃん? 後でゆっくり回ってみよう? だから、く、首を」


 マリーに首を絞められつつも、自身が現世に降り立った理由を思い起こす。
 未だ喧しく騒ぐマリーを優しく宥めながら周囲に目を配り宿屋を探すのであった。




◆◇◆◇◆◇◆




「ふふ、ふふふふ。確かに僕はオジサンだろう、オジサンだろうともさ。妻も沢山いたしその分子供も沢山作らされたさ。けど、けどだ! 今の見た目はまだまだ若いだろう!」

「リードさんはまだいいじゃないですか! 私なんて、私なんて......!」


 宿屋を無事に見付けることが出来た二人は思い思いにそれぞれベッドで悶えていた......。

 リードはベッドに腰掛け頭を抱え、マリーは枕に顔を埋めて足をばたつかせている。

 先程、部屋を取る際に親子だと思われたのが原因だった。リードは子連れのハンターと間違われ、店主から生暖かい目を向けられる。マリーは頭を撫でられ小さな焼き菓子を握らされる始末。

 リードの外見は二十代前半程度に見える。生前の実年齢は伝承によれば八十八歳まで生きたとされている。
 それは、リードがマリーに呼ばれた時点で既にその外見だったのだ。

 主神曰く、《名も無き英霊達の書》より呼ばれた英霊はその生涯の中で一番強く力を発揮出来た年齢の姿で呼ばれるそうだ。

 よって、リードはこの外見で子供がいると勘違いをされた事にかなりの衝撃を受けて落ち込んでいるのだった。


「ああ、ダメだ。暫く立ち直れそうにない。これから、一体どんな顔であのカウンターの前を通れと言うんだ......。そもそもが居ないだろうそんなハンターは!? こんな歳でマリーちゃん程の子連れのハンターなんてさぁ! 子供に何て過酷な生活をさせているんだソイツは!」

「私は子供じゃありません! いえ、まあ確かに子供ですけども......。でも! でもですっ! リードさんは兎も角、私は子供じゃありません!」

「ちょ、マリーちゃん? い、今何て......?」


 最早傷口の抉えぐり合いである。

 そこで、思い出したかの如くマリーは枕に埋めていた顔をリードに向ける。


「そういえば、この宿に来る途中に噴水がある広場がありましたよね? ひょっとして、あの場所が王都の中央広場という場所だったのですか?」

「ああ、よく見てたね。そうだよ、あの場所が中央広場。昔と変わらず今も残っててくれて助かったよ。何せ様変わりし過ぎていて僕も迷子になる所だったし」

「御自身で建てた都で迷子になる......。自分の邸で迷子になるのと同じ様な感覚なのですかね?」

「うーん、そうだね。自分の邸に帰るのが数年振りで、尚且つ勝手に増改築されていた。と思ってくれたら分かりやすいかもね」



 それはとても分かりやすい例えだ。と、うんうんと頷きその様をリードで想像するマリー。すると、その場で狼狽えるリードの様子を安易に想像出来てしまう。


「あれ、今何か失礼な事考えてない? ......まあ、それはいいとして。何で急にそんな事を?」

「あ、はい。あの場所に噴水以外にもあったじゃないですか。とても目立つ大きくて格好いい銅像が。あれはどちら様なのかな、と思いまして」


 あーあの銅像か。と、何処と無く言い淀むリードに対し、その瞳をきらきらと輝かせるマリー。

 一体、誰の銅像だったのだろうか。と、生前読み漁っていた英雄譚の主人公達を思い浮かべる。


「うーん。非常に言い辛いのだけど......あれは僕らしい」

「嘘ですね。全然違うじゃありませんか。顔立ちも何もかもが違います。断言できます、別人です」

「うん、もう少しだけ僕を敬ってくれてもいいと思うんだ。けど、あの銅像は紛れもなく僕を模した物だよ。残念ながらね」


 まるで別人ではないか。と、否定をしようとしたマリーはふと思い出す。


 ーー今まで読んだ《勇者》に関する英雄譚では、確かに《勇者》とはあの銅像の様な人だったのではないか? まさかーー。




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