いつか世界が眠るまで

紫煙

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一章

#9 ある不器用な騎士の物語4

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「リードさん......。私は貴方を軽蔑します。まさか、世界に対して大々的に嘘をつき欺いていただなんて。《勇者》として恥ずかしくはないのですか?」

「違う! 断じて違う! 僕じゃない! 僕がそんな事をする訳ないじゃないか! 信じてよ!」

「元に、世界規模で証拠が残っていますけど。それでもまだ白しらを切るおつもりですか?」


 とても冷ややかな視線を受けてリードは狼狽える。どうにかマリーに信じて貰おうと必死である。


「本当に違うんだってば! あれは周りの人達が勝手に増長して勝手に美化した幻想そのものなんだ! 僕の顔が余りにも普通過ぎて《勇者》向きじゃないだの、《勇者》としての威厳や風格とか色々な要素が足りてないとか本当に勝手な事ばかり言ってさぁ!」

「成る程。他の人達のせいにする訳ですね? その《勇者》に対するコンプレックスを隠す為に。ああ、何て嘆かわしい。私が憧れた本物の《勇者》様がまさかそんな人だなんて......。しかし、これで納得がいきました。何故《勇者》と瓜二つ、延いては本人です。そのリードさんが周囲からこんなにも普通に対応されて何の騒動にもなっていないのかを」


 最早涙目である。ベッドにしなだれ、さめざめと悲しむ《フリ》をするマリーを見やり、ふとリードは短くため息を漏らす。


「......ひょっとして、分かってやっているね? 別にあの銅像に関しては自覚してるからいいけどさ。全く、初めて会った頃の君はもっとお嬢様然としていた筈だけど? いつの間にそんなお転婆な子になったんだい?」

「ふふふっ、ごめんなさい。少しだけ楽しくなってしまって。けど、はい。その通りです。私はつい最近まで《行儀が良く物分かりの良いか弱いお嬢様》を演じてきました。けれど、この旅をするに当たってそれを止めてしまおうかと思いまして。それに、今の私はマリーです。《マリーベルン·クラインハート》は既に亡くなりました」


 ぺろりと舌を出し、悪びれた様子のマリーを見やり首を小さく振りながらため息を落とす。


「やれやれ、じゃあそれが本当の君なのかな? なかなかいい性格してるよ全く。でも、僕はそっちの方が似合ってると思うけどね。いいじゃないか、年相応に見えるよ。やんちゃ盛りの少女みたいでさ」

「あっ、今馬鹿にしましたね? しましたよね? そんな事をする《偽勇者》様には此処に泊まる間だけ私のお父様......いえ、パパになって貰います」

「な、何て事を......! そんな事をすれば僕がどんな目で見られるか分かったものじゃない! 止めるんだ、今ならまだ間に合う。思い直してくれマリーちゃん」

「あら、マリーと呼んで下さいな。パ・パ」

「よせ、本当に止めてくれ! 社会的に僕を殺す気か君は! 幾らでも謝るから考え直してくれ!」


 涙目になりながら懇願するリードを横目に見て、マリーは思うのである。


 ーーリードさんは、生前きっと奥様方に良い様にされていたに違いない。
 だって、こんなに優しくて良い人が寧ろそうされていない筈がないーー


 と、未だに懇願する威厳も風格もない《勇者》様をとても楽しそうに眺めるのであった......。 




◆◇◆◇◆◇◆




「で、この王都の中にいる筈の《英霊》となりえる資質を持つ魂は何処にいるんだい?」

「それが、この王都に居る事は確実なのですが......。いまいち魂の反応が弱いというか鈍いと言うか。それに、この王都には人が多すぎて正確な位置までは」

「成る程ね。という事は、暫くこの王都に止まる事になりそうかな。うん、丁度良いじゃないか。深窓の佳人であるマリーちゃんの為に社会勉強を含め色々と見て回ろうか」


 漸く腰を落ち着けて何処か疲労困憊なリードは今後の話を詰めていく。
 確かに二人は既に故人で、時間という枠組みから外れた過去の存在だ。しかし、この地に居るであろう《英霊》となりえる資質を持つ者は今も有限の時間を謳歌しているのだ。
 余りにのんびりとしていると目的を果たせなくなってしまう。そんな事は本末転倒である。


「深窓の佳人という部分に多少棘を感じますが、まぁいいでしょう。ある程度近くにいたなら分かる筈なのですが、ここまで人が多いと流石に。リードさんは何か感じたりはしないのですか? 例えば、この王都が輝いて見えたり......ああ、いえ、物理的な意味でですよ? それに、その人を見ているだけで身体が温かくなってくる様な。そんな感覚です」

「うーん......。残念ながらそういった感覚は僕にはないかな。それにほら、僕は《選ばれる側》の人だった訳でさ。《選ぶ側》の主神様やマリーちゃんとは根本的に違うんだと思うよ。やっぱり見付けて《導いて》あげる役目はマリーちゃんなんだよ」


 何処と無く納得のいっていない。そんなじと目でマリーに見られるリードはばつが悪そうに乾いた笑い声を漏らす。


「そんな顔をしないでよ。あくまで僕はマリーちゃんの護衛に過ぎないんだよ。マリーちゃんが対処出来ない様な物理的な危険や悪意からね。大丈夫、僕が絶対に守り抜いてみせるよ。だからマリーちゃんは安心して事に当たってくれ」


 強く意思の籠る瞳を真っ直ぐに向け、清々しく笑いかけるリード。

 そんな絶対的な安心感と温かく包み込むような包容力を孕む眼差しを受け、マリーはほんのりと熱くなった顔を隠す為に慌ててリードから視線を反らすのだった。


 ーーああ、やはりこの人は天性の《ひとたらし》だ。だから沢山の人達から愛され、奥さんが沢山いたんだろうーー。


 そんな事を思いながら、照れ隠しの為に再び枕に埋まるのであった。

 再び始まった二度目の生と、主神よりの享受を実感しつつ《英霊》となりえる資質を持つ魂をその身に宿すであろう人物像をとても楽しげに思い浮かべるのであった......。




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