いつか世界が眠るまで

紫煙

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一章

#34 ある不器用な騎士の物語29

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「こいつは......。あぁ、行こう。このくそったれな一日を終わらせようか」


 ラヴェルは目の前に突き刺さる大槍を掴み、引き抜く。不思議と掴んだ手に馴染む様な、とても温かな温もりすら感じていた。

 大槍を構え静かに目を閉じる。

 この《魔物集団暴走スタンピード》に命を賭けて立ち向かった騎士団の仲間達。傷つき倒れ伏せる仲間達の想いを全てその大槍に込める。


「俺達全員で終わらせるんだ。俺が全部連れて行ってやる。行こうぜ、全て終わらせてやろう」


 自身の手に持つ母親の大槍に想いを込める。傷つき倒れた仲間達の全ての想いを大槍に込める。一撃。その一撃に全てを注ぎ込み、悪夢の様な一夜に終止符を打つ為に言葉を紡ぐ。


「風よ、俺の声を聞いてくれ。戦場に溢れる全ての声を聞いてくれ。悲しみを運び、苦しみを吹き飛ばす風となれ。俺に皆の想いを遂げる力を貸してくれ。全ての想いを運ぶ一陣の風となれ。全てを終わらせる一陣の風よ、渦巻き吹き荒れ巨悪を滅ぼす風となれ!!」


 大槍の穂先に風が渦巻く。全ての想いを乗せた風が集束し風の刃が生成されてゆく。それらは全てを貫き断ち斬る刃となりラヴェルの身体をも巻き込み巨大な刃を作り出す。

 それは正しく風の槍。全てを滅ぼす破邪の槍。


「行こうぜ皆。......全ての想いを吹き飛ばし、闇を払う一陣の風と成れ。我が身を破邪の疾風と成せ!」


 瞬間。戦場を一陣の風が吹き荒れる。

 その風は、王都を覆い尽くしていた全ての闇を払いのけ人々の想いを乗せて吹き荒れる。

 ......そして。


「ゥヴオオオォォォ!!!!」

「人の想いを知れ。人の痛みを知れ。人の命を知れ。俺達の力を思い知れ!! 終わりだ、我等に仇成す全てを吹き飛ばせ!!」


 《大熊の王キングヘビーベアード》の巨大な胸元へと大槍と共に疾風の如く突き刺さったラヴェルは、その風の刃を内部で開放する。

 体内で開放された風が暴れ狂いその全てを斬り裂き突き破り、《大熊の王キングヘビーベアード》は苦しみの咆哮を上げ爆散した......。

 周囲に居並ぶ騎士達はその光景をただただ見詰めていた。その光景を忘れぬ為に、深く心に刻み付ける様に、ただただ見詰めていた。

 そして、宙を舞った《大熊の王キングヘビーベアード》の上半身が音を響かせ大地に転がり、動く気配がないそれを見詰め涙が頬を伝う。

 終わった。この地獄の様な戦いが漸く終わった。

 共に戦い散っていった全ての友を思い、傷つき倒れた友を思い、王都にいる家族達、全ての民達を守れた事を誇りに思い、涙が止めどなく溢れてくる。

 この戦いに終止符を打ったラヴェルは、自身の浴びた血を拭い天を仰ぐ。


「終わったぞ。全部終わったんだ。だから......誇れ。俺達王国騎士団がこの王都を守り抜いたんだ。俺達全員が皆を守り抜いたんだ。ありがとう、ありがとな」


 大粒の涙を流し、散っていった仲間達を想い天を仰ぐ。その時、ラヴェルは漸く長い夜が明ける事に気が付いた。
 王都を覆っていた闇夜は白みを帯びて、光がゆっくりと血に染まった大地を照してゆく。

 顔を巡らせ居並ぶ仲間達を見渡す。数が大分少なくなった仲間達を見渡し、涙をそのままに手にした大槍を天へと突き上げ吼えた。


「我等王国騎士団の勝利を称えよ! 散っていった同胞達にも届く程に、我等の勝利を称えよ!! 勝鬨を挙げろ!!」


『我等王国騎士団に栄光あれ!! 我等王国騎士団の勝利を称えよ!!!!』




『うおおおおおおああああ!!!!』




 自身の手に持つ得物を突き上げ、騎士達は声を張り上げ叫ぶ。流れる涙を拭いもせず、ただひたすらに泣き叫ぶ。
 漸く終わりを告げた事を散っていった同胞達にも聞こえる様に。王都に残した全ての民達にも聞こえる様に。仲間を誇り自身を誇り、ただただひたすらに叫び続ける。

 漸く長い夜が明ける。辛く苦しい夜が明ける。血に染まった大地で命を叫ぶ。

 そして、朝日を背に立つ《英雄》を称える。闇夜を払い退けた騎士の《誇り》を称える。何処までも響き渡る様に祈りを込めて......。




◆◇◆◇◆◇◆




「ありがとうございました。貴女様のお陰で私の想いは遂げられました。感謝致します、マリー様」

「様なんて......。頭を上げて下さい、フォルクスさん。私は何もしていません」

「いいえ、全ては私の声を聞き届けて下さり再びこの地に現界する機会をお与え頂いた貴女様の御力に御座います、マリー様」


 頭を深く下げるフォルクスを前にわたわたと世話しなく動くマリー。

 フォルクスの魂の声を聞き届け、再び呼び寄せたマリーはその瞬間を全て見届けていた《大賢者リエメル·ヴァンドライド》と共に城壁の上にて戦場の行く末を見守っていた。

 そして、未だ深々と頭を下げ続けるフォルクス·ハルケインに改めてマリーは問いかける。


「もう......宜しいのですか? 奥様とラヴェルさんにお会いにならなくても宜しいのですか?」

「......はい。伝えるべき事は全て伝えて参りました。これ以上語る想いは御座いません。それに、再び妻の前に現れると手痛い仕置きを受けそうなので」


 優しく微笑むフォルクスの顔はとても晴れ晴れとしていて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「分かりました。ご苦労様でしたフォルクスさん。では、再びゆっくりとお休み下さい。私が御送り致します」

「はい。戦場で散っていった同胞達と共に天の国にてこの世の行く末を見守り、家族を待とうと思います。では、最後まで御手数をお掛け致しますがお願い致します」


 賜りました。と、小さく返しマリーはその両手を広げ唄う様に言葉を紡ぐ。


「天に居られる我等が神よ。命を賭けて戦い抜いた英えある勇士達を称え、導き、受け入れ賜え。勇士達よ、其の身を離れ天へと昇れ。唱い、輝き、咲き誇れ。光を辿りて天へと到れ」


 フォルクスの身体を光が包み、優しく微笑を浮かべてゆっくりと光の粒子となって空へと昇ってゆく。それに続く様に、戦場に散っていった騎士達の魂もその身体を離れ、光となって昇ってゆく。

 歓声を上げていた騎士達はその光景を見て更に激しく声を張り上げる。苦楽を共にした仲間達を送る為に全ての光が昇り終え消え去っても尚、声を張り上げ命を称えるのであった......。




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