いつか世界が眠るまで

紫煙

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一章

#36 ある不器用な騎士の物語31

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◆◇◆◇◆◇◆




「さ、この話はもう止めにしようか。お互いのほんの少しの考え方の違いだったんだ。それよりも、今後の事を少し考えてみようよ」

「......はい、そうですね。本当にすいませんでした。如何に私が幼く幸せな考え方をしていたのかを痛感しました。ただの綺麗事ではないのですよね、何かを救うという事は」

「......そうだね。綺麗なままで救う事が出来ればそれがきっと一番なんだろうけどさ。そうじゃないんだよね。僕もそれを嫌と言う程に味わってきた筈なのに、いつの間にかそれが当たり前になっていたんだと気付かされたよ。ごめんね、マリーちゃん。僕はこんな愚かな助け方しか思い浮かばないんだ」

「それは違います! 私が......私の綺麗事なんです! ただの理想なんです......。そんなものでは何も救えはしないと分かっていても、それでも私は......私は!」


 涙をポロポロと流し俯いてしまったマリーの頭を優しく撫でてリードは言う。


「いいんだ。マリーちゃんはそれでいいんだよ。僕らは世界の理不尽や不条理に晒され続け、いつしかそれを受け入れてしまったんだ。それが当たり前だと思ってしまっていたんだね。ごめんね、マリーちゃん。僕らの考えはきっと変わらないと思う。けどね、マリーちゃんはその考えを持ち続けて欲しいんだ。いつしか諦めて受け入れた僕らの変わりに、マリーちゃんはその不条理や理不尽に負けないで欲しい」

「無理ですよ......。だって、リードさんでも勝てないものに私が勝てる訳がないじゃないですか」

「大丈夫、君の背中には沢山の英雄達がいる。その人達もきっと、多くの理不尽と不条理に立ち向かった人達だろう。だから大丈夫。僕らがマリーちゃんを支えるよ」

「やれやれですね。無自覚に人をたらし込む癖は死んでも治りませんか......。マリーさん、私の膝で泣くと良いですよ」


 多きな荷物鞄を持ち、リエメルはゆっくりとその場に腰掛けると自身の膝を軽く叩く。すると、マリーは勢いよくリエメルの胸の中に突撃してゆくのだった。


「酷い言われ様だね。それよりも、本当に着いて来る気みたいだね。良いのかい、《聖地》に戻らなくても?」

「懐かしの母性......。ん、全く問題ありませんよ。もし問題が起こっても彼等の方で対処するでしょうし。手に負えない事態が起こっても私は即座に戻る手段を持ち合わせているのでご心配なく」

「だろうね。君なら僕の考えもしない様な魔法を幾つも使えるんだろうね。元に、僕がこの世に現界した事に気付く程だ。他に何を隠していても不思議じゃない。で、これからの事を少し話しておこうよ」


 マリーの頭を愛おしげに撫でているリエメルはその視線だけをリードに向けて言葉を返す。


「これからの事、ですか。確かマリーさんが所持している《名も無き英霊の書》に関係するのですよね? この王都でやり残した事は無いのですか?」

「僕はもう無いかな。昨日の内に皆の墓参りも済ませたし、何故か君が持っていた《これ》も手に戻った事だしね。資金も少しばかり拝借してきたしいつでも旅に出られるよ」


 リードが《これ》と呼んだ掌に納まる石を少しだけ強く握り締め、背中に置いてある自身の荷物鞄を軽く叩く。


「ここ、王都で成すべき事は終わった様です。ラヴェルさんはもう《英霊》となる資格を十分に示されました。それに、お母様のヴァレリアさんも。なので、私達が手助けをする事はもうありません。そして、次に向かうべき場所は昨日の夢の中で主神様から告げられています。次に向かうべき場所は東に位置する《魔法都市グラメル》です。そこに向かう様にと仰せでした」

「《魔法都市グラメル》か......。少し遠いけど今の僕らには余り関係無いよね。行く先も決まってる訳だし、特に用事が無ければ早速向かう事にしようか」

「あの、その前に......あの森にあるとされている《魔力溜まり》の泉に行きたいのですが」

「あの泉に? うーん、確かに放っては置けない物ではあるけれど......」

「お願いします。悲劇の元凶をこの目で見ておきたいんです。もし私に対処出来るものならば放っては置けません」

「あの《魔力溜まり》の泉をどうにかしようと? とても興味深いですね。早速向かいましょう。リードちゃん、馬車を」


 目を輝かせリエメルは早くしろと言わんばかりにリードに催促を促す。こうして、賑やかになった旅路をリードは懐かしみ笑みを浮かべ腰を上げるのであった......。




◆◇◆◇◆◇◆




「ここが悲劇を招く元凶。《魔力溜まり》の泉......。とても歪んだ力を感じます」

「うん。生前何度も対処しようと試みたんだけど、結局全て効果は無くてね。結界を張って魔力が溢れ出るのを防ぐ事しか出来なかったんだ。それが、今でもこうして残っている原因だよ。僕らにはどうすることも出来ないんだ」

「これ程の魔力が......。出来るかは分かりませんが、試してみても宜しいでしょうか?」

「無理はしないでね? 君がどうにかなってしまったらそれこそ本末転倒というものだよ。約束して、絶対に無理はしないと」


 マリーは強く頷きゆっくりと泉へと歩み寄る。そして、その結界か張られている場所へと両手を翳かざし目を閉じる。



 ーーとても強い怒りを感じる。それに悲しみ、苦しみ......。色んな強い感情が込められた力の塊、それが周囲を侵食している。......これが神々の戦いのほんの少しの痕跡なのですね。......お願いします主神様、どうかこの悲しみを生む元凶を浄化する方法を授けて下さい。私に出来る事ならば喜んでこの身を捧げます。どうか、私に道を示して下さいーー。


 その願いに応える様にマリーの翳した両手からは神力が溢れ出す。マリーの内包する神力を以て浄化を試みる様にゆっくりと《魔力溜まり》へと浸透してゆく。


「これは......凄い、こんな事は確かに神の御使いでもなければ到底出来ない事です。少なくとも、私には真似出来ません」

「これが......魔力の元である神力の力。神々が行使する全ての現象を具現化する正しく神の力の成せる業なのか。僕ら人間には到底及びもつかない神の奇跡......その一端を、今正に目の当たりにしているんだね」


 マリーの後ろに控え、事の全てを見守る二人は目の前で起こっている奇跡とも呼べる現象を目の当たりにし神とは如何に偉大で強大な者なのかを知る。
 そして、その力を行使するマリーの神々しい背中を見詰めそれぞれの思いを巡らせる。


 ーー温かい。様々な感情が渦巻く塊が徐徐に優しさで満たされてゆくのを感じる。これが主神様の想い......。ありがとうございます主神様。私に出来る事がまた一つ増えました。これより先、世界中にある《魔力溜まり》も浄化しようと思います。この様々な感情が込められた塊をそのままにしておく事は私には出来ません。どうか見守っていて下さい。私が何を成せるのか。どうか私に示して下さいーー。


 ゆっくりと、確実に浄化されつつある《魔力溜まり》の泉を見詰め、マリーは神に祈りを捧げ願いを捧げる。どうか世界の悲しみが少しでも減る様に、と......。




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