これまでもこれからも

ばたかっぷ

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一話

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「よし、出来た」

 スクランブルエッグにカリカリベーコンを添えて、ミネストローネスープとサラダ、こんがり焼けたトーストにはバターをたっぷり。

「よし、暁人を起こしてこようっと」

 エプロンを外して暁人の部屋に向かう。

「暁人おきてる?ご飯出来たよ」

「あ~、すぐ行く…」

 ベッドの上で伸びをしながら返事を返す暁人。低血圧気味な暁人は朝が苦手でせっかくのイケメンが台無しだ。僕、相澤太一あいざわたいち多岐川暁人たきがわあきとは幼馴染み。今年から全寮制の男子高に通っている。

 希望通りに暁人と同室になれて全寮制という慣れない環境でも楽しい高校生活が送れている。平凡な見た目で成績もあんまり良い方じゃないし運動も苦手な僕と、顔は格好良い系のイケメンだし成績は首席入学の実力で運動は何だって出来る暁人。

 本当に正反対の僕達だけど生まれたときからずっと一緒に育ってきて、ちょっとトロくさい僕の面倒をしっかり者の暁人がみてくれて。そんな感じで今迄仲良くやってきた。

 今年から共同経営している僕と暁人の両親がアメリカに新しい会社を出すことになって、僕らは寮のあるこの学校への進学を決めた。暁人の鬼レベルの受験指導のおかげで僕もなんとか合格出来たけど、あの日々を思い出すと今でも涙目になっちゃう…うぅ。

 でも寮生活では僕の唯一の取り柄である料理の腕で日頃お世話になってる分のお返しが暁人に出来るし、そんな感じで僕達の学園生活は上手くいっていた。

 あの出来事が起きるまではーーー


 
 寮から10分程の通学路には生徒達が溢れている。その人達の視線の多くが隣を歩く暁人の端正な顔に注がれているのがわかる。この学園は全寮制の男子校で異性との出会いが殆どないせいか容姿の優れた生徒へ恋愛感情のようなものを抱く人が少なくないらしい。

 そんな中首席入学で注目を集めた暁人はその容姿も相まってかなりの人気者となっている。そして隣を歩く僕へ羨望と嫉妬交じりの視線が向けられるようになってきている。それに少しの不安を感じるけれど暁人には気付かれないようにしていた。

 クラスの違う暁人とは昇降口で別れ、自分の教室に入ると友達の純君が挨拶してくれる。

「おはよー、たいっちゃん」

「純くんおはよう」

 西原純にしはらじゅん君はこの学園に入ってから出来た友達でクラスになかなか馴染めずにいた僕に最初に話し掛けてくれた人。僕と同じで平凡な容姿だけど人懐こくて明るい性格でいつも何かと助けて貰ってる。

「ん~、たいっちゃんなんか甘い匂いがする~」

 そう言いながら抱き付いてくる。

「やだ、くすぐったいよ純くん。はい、これの匂いでしょ?」

「やったー!たいっちゃんのお手製クッキー!」

「こないだプリント集めるの手伝って貰ったお礼です。純くん用にちゃんと甘めだよ」

「たいっちゃん大好き-!」

 またじゃれついてくる純くんを苦笑しながら躱していると廊下の方から視線を感じて振り返る。廊下に立っていた生徒と一瞬目が合ったけれど彼はそのまま立ち去ってしまった。




  一日の授業が終わり純くんは部活へ、僕は暁人が迎えに来てくれるのを教室で待つ。寮まではいつも暁人と帰っている。寮に併設されている自炊者向けのスーパーのようなコンビニで買い物をして帰るのが僕らの日課だ。

「太一。俺今日は和食がいいな」

「え~、今日はハンバーグにするつもりだったんだけどなぁ。じゃあ和風ハンバーグにして暁人の好きな肉じゃがを作ろうか。お味噌汁の具は何がいい?」

「ほうれん草と厚揚げ!やった、太一の肉じゃが大好き。…ふふっ」

「なんで笑ってるの?」

「いや、初めて太一が作った肉じゃがを思い出してさ」

「もー!あれは忘れてって何度も言ってるのにっ」

 もともとトロい僕が料理を覚えたのは共働きの両親の手助けをしたかったのと、同じ境遇の暁人にもちゃんとした料理を食べさせたかったからだった。
 けどトロくて手際も悪い僕が人並みに料理を作れるようになるまでは凄く大変だった。生煮えのカレーとか味のない味噌汁なんかを暁人と二人で食べた事は今では笑い話だけど。でも暁人は文句を言いながらもどんな料理でも結局全部食べてくれたっけ…。

「太一、怒ったのか?」

 昔の事を思い出してた僕は暁人の言葉で我に返る。

「ううん。昔の暁人は優しかったのになぁって思ってたの」

「なんだよっ。今でも優しいだろうが」

「はいはい。スッゴく優しい暁人にはこれを持ってもらおうっと」

 重い方の買い物袋を渡すと僕の持つ分も暁人は持ってくれた。やっぱり昔も今も暁人は優しい。




「じゃあ純くん、渡したらすぐ戻って来るから先に食べててね」

「は~い、いってらっしゃい。いいなぁ愛妻弁当」

「もうっからかわないでよ」

 笑いながら手を振る純くんに僕も手を振り返して教室を出る。今日は委員会の打ち合わせがあるらしくて、暁人は先に学校へ行ってしまったのでお弁当が間に合わなかったんだ。クラス委員であり一学年の委員長でもある暁人は一年生ながら信任が厚く色々頼りにされてるみたいだ。

 暁人本人に確かめてはいないけど、もしかしたら来期の生徒会入りもあるかも知れないと云う噂も聞いてたりする。中学でも暁人は生徒会長を務めていたからそれは不思議ではないけれど、この学園の生徒会は恋愛の意味合いを含めた憧れの対象だと純くんから聞いたことがあった。

 子供の頃から凄くモテてたけど誰とも付き合ったりしなかった暁人。前にどうしてか聞いたときはまだ恋愛とか面倒だって言ってたけど、僕らももう高校生なんだし暁人だってそろそろそう言う気持ちが芽生えたりしないんだろうか。

 とりとめの無い事を考えていたら暁人のクラスまで来ていた。そっと内を覗いて暁人を探すけど姿が見えない。近くの席の人に預けて渡して貰おうとしてとき後ろから声を掛けられた。

「このクラスに何か用?」

 振り返るとそこにはサラサラとした真っ黒な髪と切れ長の綺麗な瞳が印象的な和風の、男の人だけど綺麗って表現がぴったりな人が立っていた。
 どこかで見た覚えのあるその人はいつだったか廊下から僕を見ていた人だ。僕を見る目がなんだか怖いのは気のせい…?

「あの…、あき…多岐川くんはいますか?」

「暁人君?先生に呼ばれて席を外してるけど」

 暁人を下の名前で呼ぶこの人は誰なんだろう。その事は気になったけど取り敢えずお弁当を渡して貰えるようにこの人に頼もうとしたときに暁人の声がした。

「太一?」

「あ、暁人」

「弁当持って来てくれたんだ。わざわざありかとな」

「ううん」

「太一はもう食べたのか?」

「まだだけど」

「じゃあ、太一の教室まで行って一緒に食べようぜ」

 そう言って歩き出そうとそた暁人をさっきの人が呼び止めた。

「暁人君。委員会の書類で確認しておきたい事があるんだけど」

「あ、そうか。悪い太一」

「ううん。純くんが待ってるから僕帰るね」

「おう、西原によろしく」

「うん」

 教室へ入って行く二人に僕も戻ろうとしたけど、後ろから鋭い視線を向けられているのを感じた。思わず振り返った先には親しげに言葉を交わす暁人とその人がいて、僕はなんだか漠然とした不安に襲われたーー。



「それ副委員長の上良由宇かみりょうゆうだよ」

 お弁当を食べながら純くんにさっき会った人の事を聞いてみた。

「上良くん…」

「多岐川君と同じくらい人気のある有名人」

「綺麗な人だもんね」

 お弁当を食べ終えた純くんは僕があげたクッキーを美味しそうに頬張ってくれている。その様子にさっきの不安な気持ちが晴れていく。僕が作った物を喜んで貰えるのはやっぱり嬉しいな。

「それと二人が恋人同士って噂とかあるんだよね~」

「ええっ!ゴホッ」

 いきなりの爆弾発言に食べていた玉子焼きを喉に詰まらせる。

「うわっ、たいっちゃん大丈夫!?」

「ゴホッ…ゴホッ、こ…恋人同士?」

「ただの噂だよ。ホラこの学園ってそう言うのに偏見ないから。でもたいっちゃんが知らないんだから周りが勝手に言ってるだけでしょ」

  そうなのかな…。何となく上良くんは暁人をただの友達とは思ってないような感じがしたんだけど…。

「まぁ、あの二人って一緒にいると絵になるからそう言う噂になり易いんだろうね~」

 純くんの言う通り上良くんなら暁人の隣にいても僕のように敵意向けられたりしないだろう。それどころか恋人同士と噂されるくらいお似合いの二人…。

「心配しないでも正妻の座はたいっちゃんのものだよ~」

「なっ、またからかう!」

「だってこんな美味しい愛妻弁当を毎日欠かさず作ってる良妻がいるのに浮気なんて出来ないでしょ」

「やっぱりからかってるっ。純くんの馬鹿!」




 いつものように二人で買い物をしてから部屋へ帰り夕飯の支度をする。僕が夕飯を作る間に暁人は洗濯とお風呂の準備。寮で暮らすようになってからの役割分担だ。

 夕飯の後お風呂を済ませてから今日出た課題を持ってリビングへ向かう。わからないところを暁人に教えて貰うのが日課になっているのが情けないけど、一人でやってると全然終わらないんだ…くすん。

 リビングにはコーヒーの良い薫りが漂っていて、暁人がマグカップを二つ持ってキッチンから出て来た。

「はい、太一」

「ありがとう、暁人」

 僕はたっぷりのミルクと砂糖入りのカフェオレ。熱々のカフェオレに息を吹きかけて冷ましてると暁人が僕を呼んだ。

「あのさ、太一」

「うん。なあに?」

「明日から暫く一緒に帰れなくなったんだ」

「えっ、どうしたの?」

「生徒会の手伝いを頼まれた」

 ため息を吐きながら暁人が言う。

「生徒会の補佐をしていた先輩が急性盲腸炎で入院したらしくて、タイミングの悪い事に仕事が忙しい時期に重なってたもんだから担任に泣き付かれた」

 暁人のクラス担任の先生は生徒会の顧問らしい。

「俺が中学のとき生徒会長やってたの知ってて泣き落とされちまってさ」

 あーもう面倒くさいってブツブツ言ってる暁人が可笑しい。

「こーら太一何笑ってんだ」

「だって暁人らしいから」

 文句を言う割に結局断らない優しい暁人。困ってる人を放っておくなんて出来ないのは僕が良く知っているよ。

「まぁ、今回は俺だけじゃないしな。ホラこないだ会っただろ?上良ってうちのクラスの副委員長なんだけどさ、あいつらも中学のとき生徒会にいたらしくて一緒に引き摺り込まれたんだ」

「え?」

 あの人も…?

「まあほんの暫くの間だしせいぜい担任に恩を売っておくとするか」

 暁人と上良くん、一緒に生徒会の手伝いをするんだ…。なんだろう。また変な気持ちが湧き上がってくる。

「少しの間だからさ、寂しがるなよ太一」

「…さっ寂しくなんかないもん」

「ちぇ~、冷たいなあ。俺は寂しいぞー」

「も、もういいから課題やろう」

「おう、今日は数学か。分からないとこはすぐ聞けよ」

「うん、ありがとう」

 テーブルに教科書を広げて課題に向かう。

「暁人…」

「ん、どこが分からない?」

「あの…生徒会の手伝い、頑張ってね」

「…ああ、ありがとう」

 優しい笑顔を向けてくれる暁人。さっきはああ言ったけど本当は僕も寂しい。高校な入ってからずっと暁人といるのがり当たり前だったから。
 
 でもいつも暁人にひっついている訳にはいかないんだし。暁人には暁人の、僕には僕の学校生活があるんだから。
 
 だから寂しいなんて甘えちゃいけない、よね…。


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