隊長さんとボク

ばたかっぷ

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六話

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「エナっ!」

いつも気付かない振りをしていた事実をハイカに言い当てられて、しょんぼりしていたボクだったけど隊長さんの声が聞こえた途端にぴんっ!ってシッポの先まで元気になっちゃった。

「きゅきゅ~っ!(隊長さあ~ん!お仕事お疲れさま~)」

すりすりすりすり……

はう~ん。隊長さんは汗の匂いまでカッコいいよう~。

「こらこらエナ、くっつきずぎだ。シャワー浴びてないから匂うだろ?」

「きゅっ!(隊長さんの匂いだから全然平気っ!)」

「エナもお日様の匂いがするな、尻尾がいつもよりフカフカだ。よいしょっと」

隊長さんの腕の中に抱き抱えられたボクは、さっきのことなんかすっかり忘れてとってもご機嫌!

「エナも大分重くなってきたなあ。初めて会った時は片手に乗りそうなくらい小さかったのに」

「きゅう~(そこまで小さくないよう)」

「でもこの手触りの良さはまったく変わらないな」

そう言って隊長さんはいつものように、ボクの背中を優しく撫でてくれた。

「エナも再来月には目覚めの日を迎えるんだから、重くなって当然か」

隊長さんの口から目覚めの日の話が出て、さっきのことを思い出す。

隊長さん…。ハイカと神官さまが言ってたことはホントなの?そう尋ねたかったけど、シーグさんがいないから通訳してもらえないし…。

でもボクが喋れたとしても尋ねる勇気はなかったからこれで良かったのかも…。

「目覚めの儀式か。周りも随分煩く言うようになってきたし、私もそろそろ決めねばならんな」


……え


「特に教会が煩くてかなわん。私は私の考えがあると言っても示しがつかんのなんのと言って次々と勧めてくるし…、パートナーが優れた神獣であるのに越した事はないだろうが、大切なのはお互いの相性ではないか。なあエナもそう思わないか?」

優れた神獣…、アルティアのことだ。隊長さんとアルティアとの話やっぱり本当なんだ。

じゃあアルティアの目覚めの儀式が終わったら、本当にアルティアが隊長さんのパートナーになっちゃうかも知れないの…?


そんなっ…!そんなのやだよう。隊長さん…っ。




*****



今日は聖母神殿でアルティアの目覚めの儀式が執り行われる。儀式では、シーグさんも神官のお仕事があるからボクも神殿に来ていた。守護神獣はだいたい一年に10匹前後生まれるから、目覚めの儀式は月一回くらい行われてる。

だけど今回は、あのアルティアの目覚めの儀式とあって、普段は儀式を執り仕切る神官長様と神官様達たちだけで行われるのに、今日は大神官長様と王様までお見えとあってスゴい騒ぎだ。

はあ~、この注目のされ方…。やっぱりアルティアは特別なんだなあ。

ボクとは凄い違い…。

衆目の見守るなか、儀式が始まりアルティアが現れた。

目覚めを迎えたアルティアは、一段と輝きの増した美しい毛並みから淡い光を煌めかせて神官長様の前まで進む。

神官長様が祝詞を捧げアルティアの額に手を翳すと、アルティアの体が眩しい光りに包まれ見えなくなった。光りの眩しさに瞑っていた目を開けると、そこには神話に出てくるような美しい少年の姿をしたアルティアが立っていた。

神官長様の側に控えていたシーグさんが綺麗な衣をアルティアに掛けると、アルティアは澄んだ鈴の音のような声でお礼を言った。

ああ、なんて綺麗なんだろう。

あんなに美しい神獣さえもが、なりたがる隊長さんのパートナー。

それを望むことがどれ程大それたことなのかを、まざまざと見せつけられた気がした。




*****



「きゅ~(ごちそうさま…)」

「エナもう食べないの?まだ半分も食べていないじゃない」

「きゅ…(ごめんなさい…)」

アルティアの目覚めの儀式を見てから、どうしても元気が出ない。

隊長さんはアルティアを選ぶとは言わなかった。だけどシーグさんが言ってた通り、誰か決めた神獣がいるみたいだった。

アルティアでも駄目だなんて、隊長さんが選ぶのは一体どんな子なんだろう。

もうボクにチャンスはないのかな。目覚めの日まであとふた月だけどその間に決まってしまったらどうしよう…。

そもそもボクに目覚めの日は来るのかな。
ハイカに言われた言葉が、頭の中で繰り返される。

そんなことないって何度も頭を振るけど、毛並みは全然変わる気配もないし、言葉も喋れないままで。

隊長さん。ボクの目覚めの日が来るまでは、どうか誰も選ばないで。隊長さんのパートナーが決まってしまうのなら、せめてボクにもチャンスが欲しいよ。

かみさまかみさま。
どうかボクにもチャンスをください。

大好きな隊長さんとずっと一緒にいられる為なら、ボクはなんでもします。

どうかお願いきいてください。


そんなボクの願いもむなしく、隊長さんの選びの儀が決まったと言う噂がボクの耳に届いたのはそれからふた月後の、ボクが目覚めの日を迎える七日前のことだった――。

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