35 / 53
34:しつこい奴ら
しおりを挟む舫柱から縄をほどき、「乗れ」とサンチャゴが顎で船を指した。
船は、改めて近くで見ると、四人も乗れば沈んでしまうのではないかと思えてくるほどに頼りないオンボロ船だった。
躊躇していると、アリスが臆することもなく飛び移り、トキオとマクブライトがそれに続いた。
「本当に大丈夫なの? 信じられないくらいオンボロだけど」
「失礼な奴だな、年季が入っていると言えんのか?」
言って、エンジンをかけるサンチャゴ。
慌てて飛び乗り、ハナコはため息を吐いた。
「どれくらいで着くの?」
「四時間といったところだな」
意外とかかるものだな、と思いながら舳先に目をやると、そこには何かをかくすようにして、ブルーシートが山なりに被せられていた。
「出すぞ」
言葉とともに揺れ、船が動き出す。
◆◆◆
十分ほど経って川の中央あたりまで来ると、漁り火のライトを灯した数隻の船がイカ漁をしているのが見えてきた。
「あの人たちに通報されることはないんだろうね?」
「奴らも同じ穴のムジナだからな。むしろ厄介なのは、ほかの区域の奴らだ。まあ、目指す《リーバーサイドQ》の奴らは、金さえ払えばなんでもやるタイプの奴らだから、口封じも楽だ。だからまあ、そこまでなにごとも無ければ御の字ってやつよ」
言って、景気づけなのか、酒をあおるサンチャゴ。
オンボロ船に酔いどれ船長という事実に、いやでも不安が募る。
「これから上流に向かう。長距離だが、まあ、すぐに着くさ」
「本当に、何ごともなければいいんだけどね」
船縁に腰をおろし、胸に湧き上がる不安をかき消すように川面を眺めると、満天の星空が揺れて見えた。文字どおり幻想的とも言える光景だったが、哀しいかな、乗っている船の心もとなさが、それに浸るのを許してくれない。
それから三十分が経つと、漁をしている船すら見当たらなくなり、今にも止まってしまいそうなモーター音と、単調な航路と、間断なくつづく揺れとに、すこし船酔いを感じながら操舵室に目をやると、蛇輪を握るサンチャゴは、呑気に口笛を吹いて眼前の闇夜を見据えていた。
「なんか、静かね」
「草木も眠る丑三つ時だからな」
マクブライトが応える。
「それより、少し顔色が悪いぞ。初めてだから船酔いか?」
「……ひとつ分かったよ。あたしは船が嫌いだ」
憮然としながら吐き気を我慢していると、太鼓を叩くような、大きな音が鳴った。
そして空を裂く甲高い音が聞こえ、つぎの瞬間、後方に水柱が上がり、けたたましい爆発音とともに船尾が浮き上がった。
すぐさまアリスを庇いながら甲板に身を伏せたハナコは、揺れが落ちつくのを見計らって船尾に向かい、後方に小さく見える船影に目を凝らした。
「誰だ?」
「ここからじゃ暗すぎて分かりませんね」
双眼鏡を覗き込んだままトキオが言う。
「まさか、《446部隊》が追ってきてるんじゃ?」
「だとしたら最悪ね」
「少し速度を上げるぞ」
サンチャゴが船の速度を上げ、モーターが、さらに悲鳴にも似た音を上げはじめた。
「爺さん、大丈夫なの?」
「なあに、ダメなら魚の餌になるだけだ」
愉快そうに言い、酒をあおったサンチャゴは、空になった酒瓶を甲板に投げ捨てた。
追走する船影からふたたび音が聞こえ、後方に水柱が上がる。
「最悪、これの出番かもな」
マクブライトがバックパックからスナイパーライフルを取り出し、不安定な船尾で狙撃体勢に入る。
「……なるほどな、そういうことか」
言って、スコープから目を離したマクブライトが、ハナコに目顔で「覗け」と促してきた。
覗き込むと、そこには頑丈そうな大きな船があり、その操舵室の屋根には派手な意匠の大漁旗が見えた。
「くそ、あのバンダナ野郎か」
舌打ちをすると、
「小娘、どうやらお前は、人からよっぽど恨みを買うタイプらしいな」
サンチャゴが笑い、さらに船の速度を上げた。
「撃つか?」
マクブライトが言う。
「いや、無駄な殺しはしたくない。逃げられるなら逃げよう」
言っている間にもバンダナの船が距離を詰めていて、その舳先に立つふたつの黒い人影が見えるほどになっていた。
「仲間までいやがるのか? いや、あいつら――」
マクブライトの言葉を遮るように、黒い人影の一方がその右手につかんだ大きなモノをこともなげに放り投げ、それがハナコたちの頭上をかすめて、操舵室の後方の扉へ、轟音とともにぶち当たった。
見るとそれは、白目をむき、顎が外れるほど無様に口を開いて失神するバンダナだった。
――大の大人をここまで放り投げるほどの怪力の持ち主?
――まさか、《ピクシー》か?
ワケも分からないままホルダーから警棒を抜き取ると、船の速度が落ちはじめ、後方の船がどんどんと近づいてきた。
「おれたちに黙って九番を出るなんて、ツレねえじゃねえか、ハナコ」
一際おおきな影が言う。
「……名前で呼ばないでって、なんど言えば分かるわけ?」
ため息を吐き、振り下ろして警棒を伸ばすハナコ。
「言っておくけど、あんたらみたいなザコを相手にしてる暇はないんだよ」
「ザコ呼ばわりとは、ご挨拶じゃねえか」
ほくそ笑む人影はコブシ一家の家長、トラマツ・コブシだった。
「まさか、こんなところまで追ってくるなんてね」
「お前の匂いは忘れたくても忘れられねえんだ」
トラマツの横に立つゴエモンが言って、ボウガンをかまえた。
「つまりおれの愛からは逃れられないってことよ、マイハニー」
「寝言は寝て言えよ、バカ息子」
罵倒されすぐ涙目になるバカ息子をどかして、リンがその肩にかついだロケットランチャーをかまえた。
「へえ、いい武器を手に入れたね」
「至近距離でも、わたしはかまわず撃つよ」
「アンタだけは楽だ、殺す気で来てくれるから」
「ふん。とりあえず、その憎たらしい棒を下げな」
ハナコは笑みながら首を振り、警棒の先端をリンへと向けた。
「調子にのるなよ、クソガキが!」
リンが怒りを露わにして言う。
「あー、待て待て」
凶暴な長女を止め、トラマツはハナコの背に隠れるようにして立つアリスに視線を向けた。
「見たところ、それが今回のブツらしいな」
「だとしたら、どうする気?」
「奪うだけよ。もちろんお前も一緒にな」
「アブサロムは、お前らがやったのか?」
操舵室から出てきたサンチャゴが言う。
「可哀想に、顎がはずれてるじゃねえか」
マクブライトに目配せをして操縦をかわり、コブシ一家と向かい合ったサンチャゴは、船尾の箱から新たな酒瓶を取りだしてそれに口をつけ、トラマツに放り投げた。
「おうよ、大人しく運んでくれりゃ、外のルールに従って料金をはずんでやったところだが、何をトチ狂ったか、よりにもよって、おれたちの身ぐるみをはがそうとしやがったからな。悪いが、商売敵なら叩き潰すだけよ」
言って、受け取った酒をあおるトラマツ。
「すまねえな、爺さんの友だちだったか?」
笑い、トラマツはサンチャゴに酒瓶を放って返した。
「いや、商売敵だ」
言って、酒をあおるサンチャゴ。
「まあ、泣く子も黙るコブシ一家に、手を出したのが運の尽きよ」
両手を広げるトラマツ。
「まあ、見てのとおり、ボウガンとロケットランチャーに狙われちゃ、手も足も出せないわな。大人しくこっちがわへ来い」
「ちょっと待て」
サンチャゴがやれやれと首を振る。
「おれの仕事は、コイツらを無事に対岸へ送り届けることだ。悪いが、そっちへ乗り移らせるわけにはいかねえ」
「おいおい、耄碌してこの状況が分からないのか、爺さん?」
トラマツが呆れながら言う。
「分かっていないのは、お前らのほうだよ」
「あ?」
「水の上は、おれたちの領域だ」
ほくそ笑んで、ふたたびトラマツに酒瓶を放り渡したサンチャゴが、とつぜん指笛を吹く。
それを合図にしてマクブライトが船を急発進させ、大きな揺れに耐えるため船板に手を突いたハナコは、不可解にも船がトラマツたちの乗った船の後方に回り込もうとしているのに気がついた。
「どうする気?」
訊くと、
「止める」
と、みじかく応え、サンチャゴはまるで揺れなど無いかのように船首へ向かい、そこに掛けられていたブルーシートを引き剥がした。
そこには、古めかしいガトリングガン。
サンチャゴは上方の装着部に弾倉を差し込むと、クランクを回して撃ちはじめ、一分も経たずうちに後方を蜂の巣にされた頑丈な船が傾きだした。
回り込まれた際に、横っ腹へ波濤をうけて大きく揺れる船にへばりついていたコブシ一家の、怒気をはらんだ悲鳴が上がる。
「クソジジイ、沈める気か!」
「沈めやしねえ、ただの足止めだ」
サンチャゴが応えながら片手を上げ、それを前方に振り下ろした。それを合図に船がトラマツたちを尻目に川を遡りはじめた。
後方に流れてゆく船を見ると、フラフラと立ち上がったリンがイタチの最後っ屁とばかりに砲撃をしてきた。
だが、砲弾はオンボロ船とはほど遠い水面に着弾し、虚しく水柱を上げただけだった。
「おれたちから逃げられると思うなよ、ハナコ!」
ゴエモンの悲痛な捨て台詞が闇夜に響く。
ハナコはもう見えなくなりかけた船に向かって中指を立て、
「地獄で留守番してな!」
と、吐き捨てた。
「帰りにまだいたら、安くで拾ってやるよ」
サンチャゴが笑い、マクブライトと操縦をかわる。
ハナコは警棒を収めて甲板に腰を下ろし、夜空を見上げた。
気のせいかもしれないが、コブシ一家を相手にしたおかげで、いつのまにか船酔いも軽くなったような気がする。
やはり、適度な運動は体にいいのだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる