忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛

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第二章「江戸城の象」

第一話「瓦版」

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 黒雲の半兵衛一味が、見習い同心服部文蔵達の活躍で捕縛された次の日の事である。

 北町奉行所の定町廻りの同心詰め所で、黒雲の半兵衛に関する取り調べの情報が共有された。毎日各同心が見回りに出る前に、毎日情報交換がされているのだが、この日の話題は黒雲の半兵衛が中心であったのだ。

 当然である。黒雲の半兵衛一味は関東一円を荒らしまわった大悪党だ。江戸市中だけでなく各地に被害を出しているため、町奉行所だけでなく関東郡代や道中奉行も血眼になって探し求めていたのだ。それが捕縛されたのであるから大騒ぎである。

 もちろん捕り物の立役者である文蔵は大いに先輩同心達から褒められたのだが、筆頭格である粟口は機嫌が悪そうだ。

「服部よ、黒雲の半兵衛を捕まえたのいいけど、世間じゃなんて噂してるか知ってるか?」

「はて、何でございましょう?」

「瓦版読んでみろ。『忍者同心、神田で大立ち回り。黒雲の半兵衛捕らえらる』だ。なんだこの浮ついた話はよう。舐めてんのか」

 昨日の事が、早くも今朝には瓦版となって江戸中に出回っていた。それを出仕中の粟口が見つけて一枚確保してきたのである。

 元禄の世に比べると、今のご時世は倹約倹約とかますびしい。軽佻浮薄な世相から質実剛健に変わったと言えるのかもしれないが、庶民は面白いものを求めている。それに服部文蔵なる変わり種の同心が合致したのだろう。

 まあ文蔵は読み書きに疎いので、瓦版をろくすっぽ読めないのだが。

 粟口は堅物である。町民が多少浮かれた事に目を向けるのは許すのだが、それに町奉行所の役人が関わっているのが面白くないのだ。

「一応言っておきますが、私は自分の事を忍者だとかは一切言っておりませんよ」

 これはその通りである。文蔵は自分の事を忍者だと思った事は一度も無い。だが、戦いで文蔵達は吹き矢や手裏剣を使用したので、野次馬達が忍者だと囃し立てたのである。

 更にはその場に本物の忍者も存在していた。火付盗賊改の同心である百地が協力し、文蔵に合力して煙玉を投げていた。これも瓦版では文蔵一行の仕業と言う事になっており、忍者である証拠として書かれていたのであった。

 百地は文蔵に対して一方的な敵意を抱いているので、仲間ではないのであるが。

「忍者云々は全く関わりの無い事です。気にしないでおいて下さい。ところで……」

 ここまで言った所で文蔵の表情が急に険しいものに変わった。いつもは先輩に叱られようが、命を狙う敵を目の前にしようが一切動じる様子が無いのが嘘の様である。

「黒雲の半兵衛、こいつは火事場泥棒の凶賊だと聞いておりますが、他にも前科があるのでは? 例えば拐かしとか」

 黒雲の半兵衛の右腕には、かつて幼かった文蔵を攫った一味と同じ刺青が施されている。文蔵は半兵衛が人攫いの一味ではないかと疑っているのだ。

「良く分かったな。恐らくお前の言う通りだ。奴は十数年前に大勢の幼子を攫った囃子の又左の仲間に違いない。一味の証である刺青があったからな。火付けの吟味が終わったら、そちらの取り調べをする事になっている。……ところで、何で分かった?」

「さて、どうしてでしょうね」

 文蔵の左腕に施された刺青の事は、町奉行所の誰も知らぬ事である。知っているのは、幼い頃から旅芸人として共に過ごした仲間と家族位のものだ。

 粟口は疑問に思ったが、文蔵の得体が知れないのはいつもの事である。深く追求はしなかった。

 黒雲の半兵衛の一件が解決した以上、定町廻りの同心達がやるべき事は特にない。半兵衛一味に対する吟味の内容によっては新たに捜査する事もあるだろうが、今は吟味方が捜査の中心だ。となると現在何か事件を抱えている訳ではないので、同心達は各々市中見廻りに行く事になってこの日の会合は終了した。
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