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第四章「集結する忍者」
第八話「甲州山中」
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江戸を離れた甲斐の国の山中に、大勢の武装した男達が集っていた。
大半の者が刺股や袖搦などの捕具を手にしており、捕り物に来た役人達である事は察せられた。また、一団を率いるのは陣笠を被った騎乗の武士であり、かなり高位の武士である事が見て取れ、これから大捕物が始まる事が予想された。
「稲生様、準備は整いました。後は号令を下して頂ければ囃子の又左一味をひっ捕らえてみせます」
高位の侍の元に、捕り方を率いる長たちが集まり準備万端である事を報告した。
少し武鑑に詳しい者ならば、稲生という名や、捕り方を率いている事からこの男の素性が予測できる。
この男、北町奉行稲生下野守正武その人である。勘定奉行や大目付を歴任した切れ者として名高く、南町奉行である大岡越前守と並び江戸の市政を取り仕切る男だ。
だが北町奉行が何故この様な場に居るのか、町奉行の職務に詳しい者なら疑問を抱くであろう。
彼らがいるのは甲斐の国である。江戸ではない。町奉行所の管轄は江戸市中である。甲斐において彼らが捕り物をするのは本来許されない事なのだ。
「準備万端と言ったな。確かにこれだけ多勢を集めれば負けはしないだろう。だが、相手は十数年の長きに渡り尻尾を掴ませなかった大盗賊だ。単純に強行突入しただけでは逃げられるのではないか? それに、拐かされた者達に危険が及んだりしないのか? 何とか上様に言上し、甲州で捕り物をする事を特例で認められたのだ。失敗したでは済まないぞ」
「ははっ。短慮でした」
内与力の諏訪が代表して稲生に頭を下げた。
十五年前の捕り物の時にも、囃子の又左には隠し通路を使われて逃げられていた。あの時は江戸の近郊という隠し通路を作るには不向きな環境であったにも関わらず逃げられたのだ。この様な山奥ではどれだけ周到な逃げ道を用意しているか分かったものではない。
「ところで、ここまで来て言うのもなんだが、本当にこの先にある集落が囃子の又左の隠れ家なのだな?」
「はい、先行した服部が、たえと共に確認して参りました。間違いございませぬ」
「しかし、たえと申す女、美鈴という奥女中と入れ替わり、上様のお命を狙った不届き者ではないか。信用できるのか? それに当の服部めは何処にいるのだ」
稲生の問いに粟口が同心を代表して答え、それに対して諏訪は少し苛立った様子である。
内与力である諏訪は、他の町奉行所に勤務する与力達と違い奉行である稲生の直属の家臣である。もしもこの捕り物が失敗に終わったのなら、主人が失脚し兼ねないのだ。不安になるのも当然であろう。
「諏訪様、文蔵は隠れ家を監視中であり、加えて隠密裏に潜入できる場所が無いか調査中です。それに、たえは妙な薬で意のままに操られていたのです。罪はありません」
「その通りだ。たえと申す女が上様のお命を狙った事は、不問に付すと上様からも言われている。この捕り物に協力させる事もだ」
「ははあ、差し出がましい事を申しました」
「それに、服部が隠れ家を調査してくれているのであれば都合が良い。逃げ道が無いのか、我らが奴らの意表を突いて突入できる手段が無いのか、明らかにしてもらおうではないか」
稲生は鷹揚に言うと、吉報を待つという言外の意思表示か目を閉じて黙った。
「まあ、忍者同心の面目躍如を期待したいものだ」
諏訪はまだ不安を隠せない様子で粟口に言った。
大半の者が刺股や袖搦などの捕具を手にしており、捕り物に来た役人達である事は察せられた。また、一団を率いるのは陣笠を被った騎乗の武士であり、かなり高位の武士である事が見て取れ、これから大捕物が始まる事が予想された。
「稲生様、準備は整いました。後は号令を下して頂ければ囃子の又左一味をひっ捕らえてみせます」
高位の侍の元に、捕り方を率いる長たちが集まり準備万端である事を報告した。
少し武鑑に詳しい者ならば、稲生という名や、捕り方を率いている事からこの男の素性が予測できる。
この男、北町奉行稲生下野守正武その人である。勘定奉行や大目付を歴任した切れ者として名高く、南町奉行である大岡越前守と並び江戸の市政を取り仕切る男だ。
だが北町奉行が何故この様な場に居るのか、町奉行の職務に詳しい者なら疑問を抱くであろう。
彼らがいるのは甲斐の国である。江戸ではない。町奉行所の管轄は江戸市中である。甲斐において彼らが捕り物をするのは本来許されない事なのだ。
「準備万端と言ったな。確かにこれだけ多勢を集めれば負けはしないだろう。だが、相手は十数年の長きに渡り尻尾を掴ませなかった大盗賊だ。単純に強行突入しただけでは逃げられるのではないか? それに、拐かされた者達に危険が及んだりしないのか? 何とか上様に言上し、甲州で捕り物をする事を特例で認められたのだ。失敗したでは済まないぞ」
「ははっ。短慮でした」
内与力の諏訪が代表して稲生に頭を下げた。
十五年前の捕り物の時にも、囃子の又左には隠し通路を使われて逃げられていた。あの時は江戸の近郊という隠し通路を作るには不向きな環境であったにも関わらず逃げられたのだ。この様な山奥ではどれだけ周到な逃げ道を用意しているか分かったものではない。
「ところで、ここまで来て言うのもなんだが、本当にこの先にある集落が囃子の又左の隠れ家なのだな?」
「はい、先行した服部が、たえと共に確認して参りました。間違いございませぬ」
「しかし、たえと申す女、美鈴という奥女中と入れ替わり、上様のお命を狙った不届き者ではないか。信用できるのか? それに当の服部めは何処にいるのだ」
稲生の問いに粟口が同心を代表して答え、それに対して諏訪は少し苛立った様子である。
内与力である諏訪は、他の町奉行所に勤務する与力達と違い奉行である稲生の直属の家臣である。もしもこの捕り物が失敗に終わったのなら、主人が失脚し兼ねないのだ。不安になるのも当然であろう。
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稲生は鷹揚に言うと、吉報を待つという言外の意思表示か目を閉じて黙った。
「まあ、忍者同心の面目躍如を期待したいものだ」
諏訪はまだ不安を隠せない様子で粟口に言った。
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