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第2章「閻羅王の情け」
第21話「幽霊子育乳」
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墓荒らしをしていた呉開山を土に埋め、墓の前に立つのは白装束の女性だった。
白装束と言っても土に汚れているのであるが、元々は純白の布であった事は分かる。白い布は夜の闇でも視認し易いのだ。ただし、腰の辺りの汚れはかなり激しいように見える。また、手には何か布にくるまれた物体を持っている。
そして、彼女の顔は恐ろしいまでに青白い。平凡な顔立ちなのだが、今の彼女の顔を見たなら常人なら気絶してもおかしくはないし、正視する事すら難しいだろう。
ただし、劉陽華と袁閃月にはそんな事は関係ない。彼らは既に死んで鬼となっているため、この程度の事で恐怖を感じはしない。それに、同じような雰囲気の者達は冥府で見慣れている。そのため墓穴から出現した女性の顔を、じっくりと監察する事が出来た。
「この顔、孫鈴さんで間違いないわね。冥府で見せられた似顔絵と瓜二つよ」
「生き返った……様には見えないがなぁ」
まだ細部の状況が不明だが、冥府から消え去ってしまうと言う孫鈴の行動の手掛かりである事は間違いが無い。冥府から消えた彼女は、こうして現世に舞い戻っていたのだ。
「冥府の何処を探しても、見つからない訳よね」
「流石に現世にいるとは思わなかったんだろうな」
「もしもし、あなた孫鈴さんですよね?」
「…………」
陽華は孫鈴と思しき女性に声をかけてみたが、反応は無かった。もっともこれは孫鈴の顔に全く表情が無かったため、予想の範囲内である。
「やっぱり、意識が無い様だな。本人の意思じゃなく、本能とかそういうもので行動しているんだろう。少し手荒になるが、力づくで連れ帰るか……おや?」
孫鈴が何処かに向けて歩き出した。それを止めるため、閃月は孫鈴の肩に手をやろうとしたのだが、意外な事にすり抜けてしまった。
これは意外な事であった。
陽華や閃月は鬼であるため、現世の人間に触れる事は出来ない。だが、冥界から現世に出現した鬼が相手なら話は別である。以前の事件でも、冥界から復讐のために現世に舞い戻った水落鬼の事は触れる事が出来た。
何故、今回はそうはならないのか。
困惑する二人を他所に、孫鈴は歩みを進めていく。彼女を止める術のない陽華達は、見守りながらついていくしかなかった。孫鈴の行動を見極めさえすれば、事件解決の突破口となるかもしれない。
「拙くないか? もう通りに出てしまったぞ」
「でも、ほら。誰も孫鈴さんを不思議に思わないわ」
孫鈴は墓地の外まで出てしまった。もう、日が暮れてからかなりの時間が経過したが、世界に冠たる蓬王朝の都は人が絶える事は無い。まばらではあるが、通りまで出ればまだそれなりに人がいる。夜遅くまで仕事をしていた者や、巡回の兵士達が孫鈴とすれ違ったが、誰も彼女の事を不審に思わなかった。
孫鈴の白装束は、すなわち死装束である。しかも、その顔色はただ事ではない。それにも関わらず、松明を持っている兵士ですら何も感じていないのだ。
「何なの? あの兵士達。ボンクラ揃いなの?」
「そんな事は無いと思うが。我が禁軍の兵士はかなりの精鋭揃いで、宮城の警護はおろか街の巡回に出ている兵ですら優秀なはずだ」
「じゃあ、あれは何なの?」
「何か不思議な力が働いているとしか」
冥界の住人の中には、神通力などを身につけて特殊な術を使える者もいる。例え修業をしていなくても、強大な怨念を持つことで強力な妖気を蓄え、同様の行為をする事も出来る。孫鈴もその類の力を無意識に行使して、不審に思われる事を防いでいるのかもしれない。
「あ、見て。孫鈴が止まって戸を叩いているわ」
「あれは、雑貨屋さんかな。もう店は閉めている様だが」
陽華達が見ている間に、雑貨屋の戸が開いた。中から店の主人と思しき老人が出て来て、孫鈴と何かを話している。そして、一旦店に戻ると何かを手にして再度出て来て、それを孫鈴に手渡した。
そして孫鈴は、それまで抱えていた何かの布をめくり、店の主人から受け取った物を近づけた。
「あれって……」
「赤ん坊か……」
そう、孫鈴が抱えていた布の塊の中には、赤子が入っていた。それも、声を上げて泣いており、肌には血の気が滲んでいる。
生きているのだ。
その赤子は、孫鈴から差し出された物に吸い付き、中に入っている物を飲み始めた。よく見ると、それは陶製の哺乳瓶で、中には牛か山羊の乳でも入っているのだろう。
そしてその赤子の腹から、孫鈴の腰に向けてひも状の物が伸びているのを二人は見過ごさなかった。まだこの母子は、臍の緒で結ばれているのだ。
「乳が出ないのは大変だねえ。うちは夜遅くでも開けるから、いつでもおいで」
店の主人は、呑気な口調でそんな事をいっている。目の前の母子が異常である事に気付いていない。これは耄碌しているのではなく、やはり何かの妖力か何かの影響だろう。
しばらくして赤子が哺乳瓶の中身を飲み干すと、孫鈴は懐から銭を取り出して店の主人に渡した。おそらく孫鈴が埋葬された時に一緒に埋められた冥銭である。
そして元来た方向へ歩き出して行くのだった。
白装束と言っても土に汚れているのであるが、元々は純白の布であった事は分かる。白い布は夜の闇でも視認し易いのだ。ただし、腰の辺りの汚れはかなり激しいように見える。また、手には何か布にくるまれた物体を持っている。
そして、彼女の顔は恐ろしいまでに青白い。平凡な顔立ちなのだが、今の彼女の顔を見たなら常人なら気絶してもおかしくはないし、正視する事すら難しいだろう。
ただし、劉陽華と袁閃月にはそんな事は関係ない。彼らは既に死んで鬼となっているため、この程度の事で恐怖を感じはしない。それに、同じような雰囲気の者達は冥府で見慣れている。そのため墓穴から出現した女性の顔を、じっくりと監察する事が出来た。
「この顔、孫鈴さんで間違いないわね。冥府で見せられた似顔絵と瓜二つよ」
「生き返った……様には見えないがなぁ」
まだ細部の状況が不明だが、冥府から消え去ってしまうと言う孫鈴の行動の手掛かりである事は間違いが無い。冥府から消えた彼女は、こうして現世に舞い戻っていたのだ。
「冥府の何処を探しても、見つからない訳よね」
「流石に現世にいるとは思わなかったんだろうな」
「もしもし、あなた孫鈴さんですよね?」
「…………」
陽華は孫鈴と思しき女性に声をかけてみたが、反応は無かった。もっともこれは孫鈴の顔に全く表情が無かったため、予想の範囲内である。
「やっぱり、意識が無い様だな。本人の意思じゃなく、本能とかそういうもので行動しているんだろう。少し手荒になるが、力づくで連れ帰るか……おや?」
孫鈴が何処かに向けて歩き出した。それを止めるため、閃月は孫鈴の肩に手をやろうとしたのだが、意外な事にすり抜けてしまった。
これは意外な事であった。
陽華や閃月は鬼であるため、現世の人間に触れる事は出来ない。だが、冥界から現世に出現した鬼が相手なら話は別である。以前の事件でも、冥界から復讐のために現世に舞い戻った水落鬼の事は触れる事が出来た。
何故、今回はそうはならないのか。
困惑する二人を他所に、孫鈴は歩みを進めていく。彼女を止める術のない陽華達は、見守りながらついていくしかなかった。孫鈴の行動を見極めさえすれば、事件解決の突破口となるかもしれない。
「拙くないか? もう通りに出てしまったぞ」
「でも、ほら。誰も孫鈴さんを不思議に思わないわ」
孫鈴は墓地の外まで出てしまった。もう、日が暮れてからかなりの時間が経過したが、世界に冠たる蓬王朝の都は人が絶える事は無い。まばらではあるが、通りまで出ればまだそれなりに人がいる。夜遅くまで仕事をしていた者や、巡回の兵士達が孫鈴とすれ違ったが、誰も彼女の事を不審に思わなかった。
孫鈴の白装束は、すなわち死装束である。しかも、その顔色はただ事ではない。それにも関わらず、松明を持っている兵士ですら何も感じていないのだ。
「何なの? あの兵士達。ボンクラ揃いなの?」
「そんな事は無いと思うが。我が禁軍の兵士はかなりの精鋭揃いで、宮城の警護はおろか街の巡回に出ている兵ですら優秀なはずだ」
「じゃあ、あれは何なの?」
「何か不思議な力が働いているとしか」
冥界の住人の中には、神通力などを身につけて特殊な術を使える者もいる。例え修業をしていなくても、強大な怨念を持つことで強力な妖気を蓄え、同様の行為をする事も出来る。孫鈴もその類の力を無意識に行使して、不審に思われる事を防いでいるのかもしれない。
「あ、見て。孫鈴が止まって戸を叩いているわ」
「あれは、雑貨屋さんかな。もう店は閉めている様だが」
陽華達が見ている間に、雑貨屋の戸が開いた。中から店の主人と思しき老人が出て来て、孫鈴と何かを話している。そして、一旦店に戻ると何かを手にして再度出て来て、それを孫鈴に手渡した。
そして孫鈴は、それまで抱えていた何かの布をめくり、店の主人から受け取った物を近づけた。
「あれって……」
「赤ん坊か……」
そう、孫鈴が抱えていた布の塊の中には、赤子が入っていた。それも、声を上げて泣いており、肌には血の気が滲んでいる。
生きているのだ。
その赤子は、孫鈴から差し出された物に吸い付き、中に入っている物を飲み始めた。よく見ると、それは陶製の哺乳瓶で、中には牛か山羊の乳でも入っているのだろう。
そしてその赤子の腹から、孫鈴の腰に向けてひも状の物が伸びているのを二人は見過ごさなかった。まだこの母子は、臍の緒で結ばれているのだ。
「乳が出ないのは大変だねえ。うちは夜遅くでも開けるから、いつでもおいで」
店の主人は、呑気な口調でそんな事をいっている。目の前の母子が異常である事に気付いていない。これは耄碌しているのではなく、やはり何かの妖力か何かの影響だろう。
しばらくして赤子が哺乳瓶の中身を飲み干すと、孫鈴は懐から銭を取り出して店の主人に渡した。おそらく孫鈴が埋葬された時に一緒に埋められた冥銭である。
そして元来た方向へ歩き出して行くのだった。
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