天保戯作者備忘録 ~大江戸ラノベ作家夢野枕辺~

大澤伝兵衛

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第二章「当世妖怪捕物帳」

第七話「暗殺教団」

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「暗殺教団? それは物騒だな」

 杯を一気にあおった夢野は、遠金の口にした言葉に眉をひそめた。せっかく遠金の奢りで飲んでいるというのに、酔いが醒めてしまいそうな話題であった。

「だろ? どう思うよ、おめえ」

「どうって……そんなのお上に恐れながらと申し出て、摘発してもらえばいいんじゃないか?」

「摘発しようにも、証拠がないんだな、これが」

「それじゃあしょうがねえな。そもそもそんなの単なる噂話かもしれないだろう。なら、妙な風聞が出回っては、その修験者……教光院了善だっけか? 了善さんも迷惑だろうよ」

「お堅いねえ。戯作者なら、こういう面白そうな話には飛びつくもんじゃないのか? 例えば、唐土や南蛮から来た邪教の集団とか、妖怪を駆使して人を祟るとかそんな感じでさ」

「俺はそういうのは好きくない。怪力乱神を語るのはお話の中だけで十分だ」

「はいはい、お前さんは君子ですね~。俺はそういう所が大好きですよっと……。南町の奉行も、そんなところを気に入ったんで話し込んだんじゃないのか?」

 冗談めかした口調だった遠金が、急に真面目な口調になった。夢野は酔いの回った目を凝らして見返すのだが、遠金の目も笑っていない様に見える。

「あまり真に受けないでくれよ。それに、鳥居に気に入られている様だとか、そんな事を言いふらさないでくれよ。これでも人気商売なんだ」

「分かってるさ。それで話は戻るんだが、明確な証拠は無くても怪しいところがあるんだとさ」

 遠金が語るところによると、了善は大名や旗本、豪商、更には大奥の有力者などから崇敬されているのだが、不思議な事に彼らの敵対する者が不自然な死を遂げているのだという。

 例えばある商家には、夜中に盗賊が押し入って奉公人に至るまで一家全員を殺害してしまったのだという。不思議な事に、母屋の小銭は無くなっていたが大金が唸っている蔵には全く手がついていなかった。

「ん? もしかしてそれは、日本橋の両替商の浜野屋さんのところの話か?」

「ああ、そうだよ」

「盗賊が入ったとは聞いていたが、そういう内情だとは初耳だ」

 盗賊は大罪であり、町方もその威信にかけて四方八方に手を尽くして探索する。そのため、これまではかなりの確率で盗賊の一味は捕まっている。これには町方の捜査能力もあるのだが、大金を盗むとなるとどうしても足がつきやすいというのも大きな理由の一つである。

 先ず、基本的に大金は蔵などの厳重な場所に保管されているのだが、その場合鍵を開けたり戸を破ったりするのには労力を要する。時間をかけてしまったり大きな音をたててしまったりと、証拠は残しやすくなるのだ。場合によっては手間取っている間に奉行所の捕り方が駆けつけてしまう。

 また、大金を盗み出したとして、それを使った場合どうしても目立ってしまう。どうみても金に縁が無さそうなむくつけき男がお大尽の如く散財したら、怪しくて仕方がない。そして、目立たない様に大人しくするという発想は、基本的に盗賊たちには無い。その様な事が出来るなら真面目に働くであろう。また、せっかく盗んだ大金を、小出しにしか使わなかったり、ほとぼりが冷めるまで寝かせておくだけの自制が効くとしたら、それは大盗賊といっても差し支えないだろう。

 逆に言えば、金には目もくれず殺しだけを目的とする盗賊――というよりも暗殺者がいたのなら、それは一般的な盗賊よりもずっと捕まりにくいと言えるかもしれない。

「盗まなくても、依頼人から金を貰っているなら、蔵には目もくれないと言う事はありえるか」

 その他にも、色里帰りの大身旗本が何者かに斬られたりして、体面を気にした家族が幕府にば病死と届けたりする事も頻発しているのだという。

「やられっぱなしで、侍としての面目が保てるのか? そっちの方で問題になるようにも思えるが」

「今のご時世だ。夜遊びした帰りに反撃も出来ずに殺された何てことになったら、お家取り潰しもあるぜ」

「ああそうか。倹約倹約だからな。今のご老中は」

 夢野の様に町人として生きていると、老中水野忠邦の改革で庶民だけが痛めつけられている様に思えてくるが、そうとばかりは言い切れない。改革の手は武士にも及んでいる、というよりもこちらの方が主な標的である。

 武士を頂点とする支配者層としては、愚かな百姓町人どもは改革の意義を理解出来ず反発したり守らなかったりという事は、ある程度許容できる理屈がある。だからこそ強制力を強めて正しく教化してやろうなどという余計な事を為政者達は考えてしまうのであるが。

 それに比べて武士は、上は大名や大身旗本から下は足軽に至るまで、人々の鑑となるべき者であるのが建前だ。もちろん建前であるので、陰で放縦な生活を送る者も多いのだが、それでも表向きは節度を守っている事になっている。これには言い訳など一切通用しない。どんなに微禄で困窮した貧乏御家人であっても、それどころか主をもたない浪人ですらその様な思考を持っている。人や役柄により差はあれどだ。

「なるほど、上手くやれば訴えや証拠を無くすことが出来る上、お偉方の庇護も受けてるからそうそう調査されないと言う事か」

「そういう事だ。大名とかが絡んでこなければ、証拠が無くても無理やり下っ端をひっくくって吐かせられるんだろうけどな」

「まあそう言うのはあまり良くないと思うぞ。例えどれだけ怪しかったとしてもな」

 最近小伝馬町の牢屋に入れられていた夢野である。その中で、関わる事のないと思っていた罪人たちと、親しく話す機会を得た。中には生来の悪人もいるのだが、生活の苦しさや世のしがらみでやむを得ず罪を犯した者もいる。もちろん罪は罪であり罰は必要だと夢野は思っているが、過度な罰や拷問による供述はよろしくないとも思う。また、中には罪を犯したとは言えない者もいた。冤罪を訴える者や、単に蘭学を学んでいた者などだ。

 単に怪しいとかの理由で無理に証拠を吐かせようとしたならば、犯してもいない罪を供述してしまうかもしれない。その様な事は許されぬ事だと夢野は思っていた。

「調べてみるか……」

 肴の漬物を齧りながら、夢野は独り言ちた。
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