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帝と渦洛の逢瀬
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帝にとって大臣渦洛との間柄を周りにどう言われようと関係なかった。皇族の皆は胤我楼渦洛を「好色坊主」だと罵り嫌悪した。理由は簡単だ。権威の為に近付く渦洛を帝が寵愛しているからに他ならない。
皇族の皆は渦洛が帝に言葉巧みに取り入っているのだと思っているが、実はそうではない。否、帝は己が権威の為に近付いてきたのを知っていながらあえて受け入れたのだ。
渦洛は己の為なら手段を選ばぬ男だ。この国の象徴たる帝さえ利用せんとする。帝が利用されていると知ってなお傍に置いていることを渦洛は気付いているのだろうか。聡い彼は薄々気付いているかもしれないが、帝にとってそんなことはどうでもよかった。
帝はただ純粋に渦洛を愛していた。彼女は渦洛に知ってほしかったのだ、この世には無償の愛があるということを。ただ傍にいてほしい、それだけの想いがあるということを。
「眠れないのですか?」
先に眠っていた渦洛が、縁側に座っていた寝間着の帝に衣を掛けにきた。その優しさは偽りか計算か。理解していても帝はどこかで期待していた、彼の心のどこかに温もりがあるということを。
「少々考え事をな」
「宜しければ私めに打ち明けてはくれませんか?」
渦洛の言葉に帝は思わず鼻で笑った。嘲笑ったわけではない。ただ可笑しかったのだ、考え事の種に相談するとは。渦洛は首を傾げて帝を見つめた。
「大したことではない、いつものことよ。妹にお前とのことを言われただけじゃ」
渦洛はそれを聞くとばつが悪そうに黙り込んだ。それを見て帝は笑った。
「よいのだ。渦洛はただ我の傍らにいてくれれば良い」
帝がそう言うと、渦洛は眉を下げながらも優しく微笑み、帝の細い肩を抱き寄せた。帝にとって渦洛の温もりを感じられるだけで十分なはずだった。それにも関わらず、帝の頬を涙が伝った。渦洛はそっと涙を袖で拭った。
帝は気付いていた。いつか必ず、渦洛が自分の傍から離れてしまうことを。この温もりが刹那のものだと思うと時折こうして涙が溢れてしまうのだ。それを知ってか知らずか、渦洛は帝が泣いている間はいつも寄り添うだけで決して何も言わない。
だが今日は違った。
「どうか信じて下さい、この私を…」
唐突な渦洛の言葉に思わず帝の涙が引いた。見上げた渦洛の瞳はいつになく憂いに揺らいでいた。
「主上…今からのご無礼をお許し下さい。ただこれだけはどうしても申し上げたいのです。貴女は私を見ていない。貴女は私ではない私を見ているのです。私はここにおります」
渦洛は帝の手を、小刻みに震えながら強く握り締めた。
「機会がもう来ぬやもしれないので申し上げますが…これから何があっても、どうか、今から伝えるこれだけが一つ真実でございます。私は確かに貴女を愛しています…それはきっと遥か昔から。私が信用に足らぬ男であるのは理解しております。それでもこの想いだけは偽りなき真です。それを貴女にだけは信じてほしいのです。貴女との子を授かれば私は確実に権威を維持することができるでしょう。しかし私は、貴女との間に子を授かれずとも良いと思っておるのです。この儚き現世で、ただ貴女の傍にいたいだけなのです…」
渦洛がこれほどまでに想いの丈を紡いだのも、弱い姿を見せたのも、この時が最初で最後だった。この時だけは、どんな言葉も虚無的ないつもの彼とは違った。帝は未だ震える渦洛の手を握り返した。
「何が真か、やはり我にはまだわからぬ。それでも今のお前を、我は愛したい」
二人はお互い足りない何かを埋めるように、縛られていた古き縁を解くように、抱きしめ合った。彼女は今この温もりを、今そこにいる彼を今だけ信じることにした。
例え明日に変わる想いでも、契りを交わすその刹那の時だけを。
皇族の皆は渦洛が帝に言葉巧みに取り入っているのだと思っているが、実はそうではない。否、帝は己が権威の為に近付いてきたのを知っていながらあえて受け入れたのだ。
渦洛は己の為なら手段を選ばぬ男だ。この国の象徴たる帝さえ利用せんとする。帝が利用されていると知ってなお傍に置いていることを渦洛は気付いているのだろうか。聡い彼は薄々気付いているかもしれないが、帝にとってそんなことはどうでもよかった。
帝はただ純粋に渦洛を愛していた。彼女は渦洛に知ってほしかったのだ、この世には無償の愛があるということを。ただ傍にいてほしい、それだけの想いがあるということを。
「眠れないのですか?」
先に眠っていた渦洛が、縁側に座っていた寝間着の帝に衣を掛けにきた。その優しさは偽りか計算か。理解していても帝はどこかで期待していた、彼の心のどこかに温もりがあるということを。
「少々考え事をな」
「宜しければ私めに打ち明けてはくれませんか?」
渦洛の言葉に帝は思わず鼻で笑った。嘲笑ったわけではない。ただ可笑しかったのだ、考え事の種に相談するとは。渦洛は首を傾げて帝を見つめた。
「大したことではない、いつものことよ。妹にお前とのことを言われただけじゃ」
渦洛はそれを聞くとばつが悪そうに黙り込んだ。それを見て帝は笑った。
「よいのだ。渦洛はただ我の傍らにいてくれれば良い」
帝がそう言うと、渦洛は眉を下げながらも優しく微笑み、帝の細い肩を抱き寄せた。帝にとって渦洛の温もりを感じられるだけで十分なはずだった。それにも関わらず、帝の頬を涙が伝った。渦洛はそっと涙を袖で拭った。
帝は気付いていた。いつか必ず、渦洛が自分の傍から離れてしまうことを。この温もりが刹那のものだと思うと時折こうして涙が溢れてしまうのだ。それを知ってか知らずか、渦洛は帝が泣いている間はいつも寄り添うだけで決して何も言わない。
だが今日は違った。
「どうか信じて下さい、この私を…」
唐突な渦洛の言葉に思わず帝の涙が引いた。見上げた渦洛の瞳はいつになく憂いに揺らいでいた。
「主上…今からのご無礼をお許し下さい。ただこれだけはどうしても申し上げたいのです。貴女は私を見ていない。貴女は私ではない私を見ているのです。私はここにおります」
渦洛は帝の手を、小刻みに震えながら強く握り締めた。
「機会がもう来ぬやもしれないので申し上げますが…これから何があっても、どうか、今から伝えるこれだけが一つ真実でございます。私は確かに貴女を愛しています…それはきっと遥か昔から。私が信用に足らぬ男であるのは理解しております。それでもこの想いだけは偽りなき真です。それを貴女にだけは信じてほしいのです。貴女との子を授かれば私は確実に権威を維持することができるでしょう。しかし私は、貴女との間に子を授かれずとも良いと思っておるのです。この儚き現世で、ただ貴女の傍にいたいだけなのです…」
渦洛がこれほどまでに想いの丈を紡いだのも、弱い姿を見せたのも、この時が最初で最後だった。この時だけは、どんな言葉も虚無的ないつもの彼とは違った。帝は未だ震える渦洛の手を握り返した。
「何が真か、やはり我にはまだわからぬ。それでも今のお前を、我は愛したい」
二人はお互い足りない何かを埋めるように、縛られていた古き縁を解くように、抱きしめ合った。彼女は今この温もりを、今そこにいる彼を今だけ信じることにした。
例え明日に変わる想いでも、契りを交わすその刹那の時だけを。
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