氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

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「これは、リベラ辺境伯殿。人嫌いのあなたがこんな場にいるとは珍しいですな」

 少佐から放たれていた、殺伐とした空気がなりを潜めていく。無表情から急に精力的な笑みを貼りつけた彼に、ユージーンは端的に答えた。

「僕はあなたほど政治に興味がないものだから。今日はこの子にユスラで一番華やかな街を見せてやりたくて、一緒に連れてきたんです」
「そうか……そこの彼は辺境伯殿の庇護下にあったのだな。確かにそうだ、ダチュラとの国境沿いは貴殿の管轄なのだから」

 少佐はさっきまでの緊張感を払しょくして、世間話でも始めそうな雰囲気だったけれど、ユージーンは乗らなかった。

「――それで?」

 僕を少し後ろに下がらせて、少佐を真顔で見つめる。

「この子になにか話があるのかな。それなら、僕が代わりに聞こう」
「たいしたことじゃない。うちの軍の者が、そこの兎くんと古い仲だというから昔話で盛り上がっていたんだ」

 ユージーンの横顔が一瞬固まって、僕のほうをちらりと見た。頷いて返すと、それで事情が伝わったのか少佐に視線を戻す。

「それは結構。もう昔話は終わりましたか?」

 後半は北斗のほうを見ながら訊いていた。
 少佐が薄笑いを浮かべて視線を向けると、北斗は微かに眉間に皺を寄せて頷いた。

「ええ。充分です。長くお引き留めして申し訳ない」
「いや、ちょうどよかったよ。君とは一度、ぜひ会ってみたいと思っていたから」

 ユージーンが答えると、北斗は驚いた顔をした。けれどそれもすぐに引っ込んで、元の仏頂面で踵を返す。

「侯爵はまだ何か?」

 ユージーンが声をかけると、少佐は微苦笑して頭を振った。

「いいや、私も失礼しよう。まだ挨拶回りが済んでいないのでね。ただ、そこの彼に悪いことをしたと思ってな」

 そう言って、こっちを見る。

「僕ですか?」
「私とプラウのことでいらぬ心配をさせてしまったな、と。奴は今、私の指揮下においてユスラ国に従軍しているのだよ」
「北斗が?」

 たしかに、さっき『うちの軍の者が失礼した』って言ってたけど。
 驚く僕に少佐は頷いてみせる。その顔に、さっきまでの威圧感は影も形もなかった。

「ゆえに、上官である私は軍の慣習にもとづいて、プラウに少し荒っぽい言動をとることがある。それがあの男の友人である君を驚かせてしまったようだな」

 北斗がユスラ国の軍人になった。
 言われてみれば、ぴったりな気がする。
 頭の良さと決断力があって、どんな相手にも臆さない。もちろんダチュラ国ではオメガの兵士なんて認められなかったけど、ここでなら……。
 軍隊なら、折檻なんて物騒な言葉が出てくることもあるのか……?
 話を聞いていたユージーンが平坦な声で言った。

「兵隊だからといって、度が過ぎるしごきは許されていないが」

 少佐は顎をさすりながら、興味深そうにユージーンを見た。

「あれは気性が荒い。私が拾ったときなど手負いの獣のようだったから、軍向きかと思ってうちの師団に入れてみた。だが、これがまるで言うことを聞かないんだよ」
「北斗は誰の言いなりにもなりませんから……」

 おずおずと口を挟むと、少佐はふふんと軽く笑う。

「この社会で生きていきたいなら、歯向かう相手を間違わないことだ。いつまでも一匹狼を気取っていては、いずれ群れから爪はじきにされるだけ。その前に世の中の仕組みというものに組み込んでやろうというのが私なりの慈悲なんだ。
 ただし、奴はそれを体に教え込んでやらねば分からないだろう」
「だから、北斗をいたぶることもあるってことですか?」
「そうだ。しかし……これからはもっと節度を保つことにしようかな。よほどあいつが手に負えないときにしか、強硬手段はとらない」

 そう言うと、少佐は大きな身体をわざとらしく抱き締めてみせた。

「そうでないと、君に噛みつかれそうだからな。後が怖い怖い」

 ――へ、変な人かもしれない……。
 この人の下で働いてるっていう北斗にちょっと同情した。

「屈折した愛情表現ですね」

 寒々しい顔でユージーンがぼそっと呟く。少佐はそれを耳ざとく聞きつけて、低く笑った。

「地位ばかり高くなるが、中身は少年時代とさほど変わっていないんだよ。そんないじらしい私からすれば、貴殿の寵愛ぶりはすがすがしいほどに露骨だな」

 ユージーンに肩を抱かれている僕を見て、からかうように言う。寵愛、って僕のこと? そんな外から見て分かるくらいなの? 恥ずかしくない?
 赤くなる僕の横でユージーンは堂々としていた。

「隠す理由がないから。僕はカナンだけを見ているし、愛している。それだけでいい」
「熱烈だ」

 少佐はとうとう声を立てて笑いながら、小さく言った。

「それがリベラ家の血か」
「……さあ」
「あれほど番制度などとというものを憎んでいた貴殿がそこまで変わるとは、やはり本能とは抗いがたいものなのだな」

 少佐の言葉には、思わせぶりな響きがあった。
 この人は――なにか僕の知らないことを知ってる。
 直感的にそう思った。
 ただこの場でこれ以上踏み込んだ質問はできる雰囲気じゃなく、少佐は北斗が歩いていった方を向いて片手をあげた。

「それではお互い、ゆっくりとパーティーを楽しもうじゃないか。また会うこともあるだろう」

 最後に僕を見て、「愛情で溺れ死にさせられないようにな」と笑って立ち去った。


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