悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

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7【お兄ちゃん、数百人の命を救う】

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『ゆう兄ちゃん』


 弟の笑顔が思い浮かんだ。

 そのとたん、痛いほど脈打っていた心臓が落ち着き、めまいが収まる。
 張り詰めていた息をゆるゆると吐き出し、体の力を抜いた。

「あいつ……泣いてねぇかな」

 ぼそりと呟き、白いシャツの上から胸をそっと掴んだ。
 ――俺は、あいつを一人元の世界に置いてきてしまったのか。

「あー、えっと」

 静かに首を振って、俺はわざとらしく高い声を上げた。

「なんか~……記憶は戻ってきたけどー、まだ頭が痛い気がするなー? うん」
「! あなたたち、ご自分の仕事に戻りなさい」

 俺がしらじらしい演技をすると、エドワードはすぐ意図を察して、ベッドの周りで固まっていた使用人たちを振り返った。
 ユマ様含む使用人たちは俺のほうを心配そうにちらちらと見ながら部屋を出ていく。

「ユーリ様。
 容態が落ち着かれたとはいえ、しばらくは医者の言いつけ通りに休まれてください」
「うん、そうするよ」
「それでは、私はもう一度お湯を用意して参ります」

 エドワードもそう言って部屋を出ていき、後はレジーナだけが残った。

 本当は一人になって『どういうことぉぉおおおお!!???』と部屋中を駆け回りたいところだが、妹を無理に追い出すのは不自然だ。
 仕方ない、ユーリのふりを続けよう。幸いお兄ちゃんをやるのには慣れてるしな。

「お兄さま、わたくし知らせを聞いたときは心臓が止まるかと思いましたのよ?」

 レジーナはそう言って、ベッドの傍に椅子を持ってきた。そこへ腰かけて俺を見つめてくる。

「心配かけて悪かったな、レジーナ」

 涙目で手を取ってきた彼女に苦笑すると、潤んで海のように輝いていた瞳が丸くなった。

「お兄さまが『悪かった』なんて。本当に頭を打たれたのね」
「俺ってどんな奴だと思われてんの……?」

 レジーナはくすんと鼻を啜って、控えめに笑う。

「ともかく、お兄さまが無事でよかった。
 お父さまを亡くして、お母さまも別荘でお休みになられている今……お兄さままで喪ってしまったらどうしようって、わたくし不安でしたのよ」

 この家には両親がいない?

 そういえば、悪役兄妹の家庭事情はちょっと複雑だったような気がする。
 が、所詮ニワカファンの俺にはうすらぼんやりとしか記憶が残っていなかった。

 奏ならキャラの家族関係から身長体重まで網羅してそうなのに――とそこまで考えて、また落ち込みそうになったとき。
 レジーナが小さく笑った。

「もうわたくしを一人になんてしないでくださいましね。お兄さまがいないお屋敷なんて御免よ」
「……っあ、ああ。気を付ける」

 ……なんか、意外と素直じゃないか? この子。

 アニメで見たときはいつも目がつり上がってて、カイを無理やり我が物にしようとしたり、ユマを踏んづけて高笑いしたりしてたはずなのに。
 兄目線だとこんな風に見えるのか。
 不思議な感動をしていると、レジーナが目元をハンカチで抑えながら立ち上がった。

「お顔を洗ってきますわ。涙で汚れてしまいましたもの」

 部屋を去ろうとする背中に、俺はふと思い出して声をかけた。

「レジーナ」
「はい?」

 とはいえ、さっきのあれはよろしくない。

「俺たちの生活を支えてくれている人たちには、思いやりをもって接するんだぞ」

 直接ユマの名前を出すと角が立ちそうなので、遠回しに言うと、レジーナは狐につままれたような顔をした。

「……分かりましたわ。変なお兄さま」

 パタリ、とドアが閉じてほっとしたのも束の間、今度はたらいを持ったエドワードがやって来た。

「お待たせいたしました」

 いやー、あと半日くらい待たせてくれてもよかったんだけどなぁ。
 なんていう本音を隠しつつ盥を受け取ると、

「それで、ユーリ様。
 例の件につきましては、今後どうされますか……?」

 エドワードはどこか陰のある顔で訊いてきた。

「例の件?」

 首を傾げて、合点がいく。
 エドワードは内密な話があって部屋に残ったんだな。ただの世話焼きお兄さんなわけじゃなくて。
 だけどユーリじゃない俺には、なんの事だかさっぱり分からない。

「あ、ああ。その件については、お前の方で適当に進めておいてくれ。任せる」
「――適当に?」

 なんとなく話を合わせて誤魔化そうとすると、思いのほか強めに『適当』の部分を拾われた。

「適当、とは?」
「え、えっと……」

 見れば、あの優しげな顔が厳しく引き締められている。
 俺を見る深い緑色の目には、間違いなく非難の色が滲んでいた。

 ただ事じゃない雰囲気を感じ取って、俺は慌てて尋ねる。

「いや、いや待って。例の件ってなんの話? 俺勘違いしてるかも」

 あはは、と笑って場を和ませようとしたが、エドワードの顔は緩まなかった。


「子爵家管轄の東セントレア村を焼き、住民たちを全員斬首刑に処する件です」


「ふぐぅあああああああナニソレぇええっ!? 違うっ!! 違いますっ!!
 それはナシで! その話はナシ!!!」


 っっっっっぶねーーーーーー!!!!

 えっ危っぶね!? 俺てきとーな返事で大量虐殺するところだったの!?


「よろしいのですか!?」


 心臓バックバクでこくこくと頷くと、彼の眉間の皺がふっと取れた。

 そりゃそんな『例の件』の話をしてたら険しい顔にもなるわな!


「当たり前だよ! ていうか誰!?
 何か事情があるのか知らねぇけど『村焼いちゃおうぜ』とか誰が言ったの!?
 そういうのだめだよ!」

「誰というか、発案者はユーリ様なのですが……」

「俺だめじゃん!!!!」


 ぽかんとしているエドワードを差し置いて、俺はこの体の元の持ち主たるユーリ・ホワイトハートの胸ぐらを脳内で掴み上げていた。

 なに考えてんの!? 村って、百人単位で死者が出るぞ!

 そんなことするから国追放される羽目になるんだよ!

 と脳内ユーリをがっくがくに揺さぶってから、俺は現実に還ってきた。


「とにかく、その件についてはキャンセルです! 全面キャンセル!」

「しかし、本当によいのですか。
 東セントレアは今期の税収が乏しい上、当家に向かってクーデターを起こす計画を裏で立てていると、密告があったと。
 そのために村を焼くのだと、ユーリ様は仰っておられましたが……」


 クーデター!?

 密告……あ、だから税金を理由にして村を潰そうってわけか? やばい、難しい。意味分からん。こちとら公民の定期テストの結果六十点だぞ。


「それでも、虐殺なんてもってのほかだ!
 もっと人道的な方法でどうにかするしかないだろ」

「……坊ちゃん」


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