悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

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8【弟、お兄ちゃんに夜這いする】

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 ……ふう。やっと静かになったぜ。

 扉に耳をくっつけて外の様子を窺っていた俺は、左手で小さくガッツポーズを作って顔を離した。

 俺との添い寝権をめぐる弟VS妹の争い(※なお当事者であるはずの俺はいっさい口出しさせてもらえない)は、俺が自室に鍵をかけて立て篭もったことでようやく終息したらしい。

 しばらくは外から『兄ちゃんは俺と寝るの!!』『わたくしと寝ますの!!』などと不毛な言い争いが漏れ聞こえてきていたが、意地でも鍵を開けずにいるとやがて声がやんだ。

「……ったく」

 突き放すような口調とは裏腹に、口元は緩む。
 十六歳の奏と、おそらく十五歳くらいのレジーナと川の字で寝るのはどうかと思うけど、賑やかなのは嫌いじゃない。

 しんと静まり返った室内を見渡して、俺はふと笑みを引っ込めた。

 一部屋で日本のアパート一階分の広さはありそうな寝室。
 白茶色のカーペットの上に、重厚そうな造りをした机や椅子、チェストが置かれている。
 壁際には俺が転生初日に寝かされていたキングサイズのベッドがあり、手前が暖炉、奥が壁ごと全部窓になっていた。

 この国は中世イギリスをモデルにしたような世界観だが、現実と少し違う部分もある。

 その一つが部屋の照明だ。

 パチン、と指を弾くと、それだけでシャンデリアの明かりが一段階暗くなる。もう一度弾けば、完全に光が消えた。魔力が電気の代わりになるらしい。
 これくらいなら大した魔力を使わないからか、数日練習すれば俺でも調節できるようになった。

「……便利だよなぁ」

 ひとりごちて、窓辺に向かう。
 ここからは庭が見下ろせた。
 今は誰もいない草っぱらがあって、屋敷をぐるりと背の高い木々が囲っている。
 空高くには満月が輝き、部屋全体を青白い光で照らしていた。

 ――暗い部屋でひとりになった途端、底知れない寂しさが襲う。


「……俺、これからどうなるんだろ」

「大丈夫。同性婚は必ず法律で許可されるように、議会買収するから」


 すぐ真後ろから声が聞こえてきて、俺は一秒思考停止。

 それから――――

 ――――音もなく飛び上がった。


「ぎゃああああああああああああ!!!!」

「タイムラグあったなぁ~」


 小指で耳を塞ぎ、ヘラヘラと笑うのは奏だった。


「お、おま、どこから!?」

「この世界には魔法というものがありまして」


 奴がドヤ顔で指をぱちん、と弾くと、部屋のドアがカチンと音を立てた。


「ちなみに、今ので鍵を閉めました!」
「魔法使えるのかよお前!」
「うん、こっちに来て一時間くらいで覚えたよ」
「一時間ッ!?」
「カイのスペックを引き継いだみたいだから、慣れるの早かったのかも」

 俺は顔も体もユーリになったのに部屋の照明しかいじれないが!!? こいつチートかよ!

「いや、それはお前の適応能力が高いだけだと思うよ……。
 剣の腕といい、お前マジでカイになるべくしてなったって感じだよな」
「えっ、褒められてる? ありがとー」

 えへへと照れ笑いする奏である。
 やめろやめろ、可愛くない! 特に、兄の部屋に夜這い仕掛けてくるあたりが!

「やっと、二人でゆっくりする時間ができたね」
「っおい」

身をひく間もなく、ぽすりと奏の腕の中に閉じ込められた。

「お前な――――」
「……ほんとは、あのときすぐにでもこうしたかった」

 ふざけるな、と奏の体を押し返していた手から、力が抜けていく。

「……おい。いい年した男が二人で――って、もう」

 抱き締められているせいで、奏がどんな顔をしているのかは分からないけれど、真面目な声で訊かれた。

「どうして……あんなことしたの?」
「あんなこと?」

 奏は俺の頭をしっかり抱えて、自分の肩に押しつける。
 まるで、そうしないと俺が腕の中から居なくなる、みたいに。

 あんな、っていうのはフレデリックを撃ち殺さなかったことか? そのせいで危うく死にかけただろ、って?

「でもあそこで撃ってたら俺、お前とユマ様に国外追放されてたんだぞ?」
「は?」

 俺の腰に回されていた手がぴくりと震える。

「――覚えてねぇの?」
「は?」

 今度は俺が首をひねる番だ。
 なんの話をしてるんだと考えて、まさか奏は転生前の話をしているんじゃないかと思い至る。
 置き場所がなくて手持ちぶさたになっていた腕を、なんとなく奏の背中に回しながら答えた。

「俺、ここに来る直前のことは覚えてないんだ」
「それって、どれくらい? あの日なにをしてたかは思い出せる?」
「最後に記憶に残ってるのは――今から一週間前に、いつも通り学校に行って家に帰ったことは覚えてる。
 その後は……分からないけど、思い出そうとすると頭痛がして」

 話している途中にもピリッと痛みが走り、小さく呻く。
 軽く息を呑む音がして、いたわるように頭を撫でられた。

「……そっか」

 奏はもう一度そっか、と呟くと、また俺を抱く力を強めて囁いた。


「いいよ。
 無理に思い出そうとしなくて……忘れたままで」

「……奏」


 奏は知ってるのか。
 この世界に来る前に、俺に何があったのか。
 
 どうやって――死んだのか。

 もしかして。

 その場にいたのか?


「っ」

「思い出さなくていい」


 チリ、と瞼の裏にまた閃光が散る。
 それを振り払うように奏が俺を抱き込んで、骨が軋むほど力をめられた。

「いてぇよ、ばか」

 息ができなくなって背中をばしばし叩くと少し力が緩む。
 それから、今度は俺の肩に奏の顔が押しつけられた。

「兄ちゃんだ。ゆう兄ちゃんのにおいがする」

 小さく笑う、その声が俺の首筋を擽った。
 そのこそばゆさにこっちまで笑いがこみ上げてくる。

「においって……体が違うのに?」

 興味本位で訊くと、奏は僅かな間言葉に詰まった。

「んー、確かにちょっと変わったかもね。兄ちゃんじゃないにおいも混ざってるけど……俺には分かるよ。
 兄ちゃんだから」
「なんだそりゃ」

 変なことを言う弟に吹き出したとき。


 ちゅ、と耳のあたりに何かが触れて、とっさに奏の肩を押した。


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