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9【ファーストキスでした。】
しおりを挟む「お前、いま……っなに!?」
『何か』が触れた部分をすかさず手で覆って、俺は奏の顔をまじまじと見つめた。
奏は薄い笑みを唇にたたえて、俺の手を取る。
「こう」
そしてまた、ちゅっと軽快な音が、今度は俺の手の甲から鳴った。
俺に見せつけるみたいに、目の前で奏の唇が俺の手を食む。
――これって、キ……!?
「なにすんだよ!」
俺が声を荒らげても奏は涼しい顔をしている。
「愛情表現だよ。抱きついたり、腕組んだりするのと一緒」
「あいじょ……って、今までこんなことやってなかっただろ?」
リビングで奏の好きなアニメを並んで見ている時、必要以上にくっついたりじゃれついたりすることはあったけど、キスなんてされたのは初めてだ。
でも奏は悪びれもなく答える。
「そりゃあ、今は婚約者同士だし?」
「お前、それ……っ本当に……本気で言ってたのか」
それを聞いた俺は衝撃だった。
ここで再会してからずっと様子がおかしいとは思っていたけど、みんなの前で婚約宣言なんてしたのは何か考えがあってのことだと思っていた。
……だって、そうじゃないとこいつのことが分からなくなりそうだったから。
フレデリックから俺を一時的にかばうためとか、この屋敷に居候して『けど恋』ヒロインのユマ様を間近で見ていたいからとか。
なんでもいいからそれらしい理由がほしかった。
一番ありえないのは、奏が本当に俺と結婚するためにこんなことを始めたというパターンだ。それなのに。
「俺が兄ちゃんに嘘つくはずないよね?
するって言ったからには兄ちゃんと婚約するし、結婚するからにはそれらしいこともしたい」
奏の言葉は、冗談とは思えなかった。
「奏、お前自分が何言ってるか分かって――うひゃっ!」
奏の手に頬を撫でられ、そこからぞくりとくすぐったさが沸き起こる。
髪の間に指を差し込むようにして顔を掴まれて、上を向かされた。
――――や、やややマズいって、ヤバいだろこれは!!
どうしよう?
俺、お前を兄ちゃんにモーションかけるような弟に育てた覚えはありませんが!?
「緊張しないで」
「ひっ」
また。
また“ちゅっ”て!!
今度は目元に唇が落とされて、ぐっと体を引き寄せられる。
おかしい。おかしいって。
なにがおかしいって、俺、全然いやじゃない。
「――だめだ!」
顔は熱いし、心臓は破裂しそうだし、訳が分からなくなる。
得体の知れない感情が溢れ出しそうになったのを、理性がとっさに抑え込んで奏の体を突き返した。
「俺は、お前とこんなことできない」
「それは俺が弟だから?」
――弟だから?
……分からない。
俺が眉間に皺を寄せると、畳みかけるように尋ねてきた。
「それとも、男同士だからできない?
じゃあ、そういうの全部取っ払って考えて。
『俺』とするのは嫌なの?」
「嫌とか言ってねーじゃん」
だめだとは言ったけど、奏に触れられるのが嫌だとは思わなかった。この動揺が嫌悪感からくるものなのかと訊かれれば、それは違う気がする。
「でも、この先は俺なんかとやっちゃいけないだろ。
こういうのは彼女と……いや、もう会えないかもしれないけど、だからって」
「彼女なんかいない」
俺をまっすぐに見つめる奏の目は、いつもより濃い茶色に輝いて見えた。
「兄ちゃんが好きだから。俺は、彼女なんて作らない」
「そういう好きじゃなくて」
「そういう好きだよ」
体を押し返そうとすると、いじけたような顔に見つめられる。
「兄ちゃん。俺の気持ち、迷惑? 俺たち、転生してやっと会えたのに嬉しくない?」
「そういう問題じゃ」
しょんぼりと肩を落とす奏を見て、口をつぐんだ。
奏とはあの階段で再会してから、ゆっくり話す時間もなかった。けど、本当の自分を知る人に会えてほっとしなかったはずがない。
それに、他の誰でもない奏に会えたんだから。
俺は、一度大きく息を吐いて、やや高い位置にある弟の頭をがしがし撫でた。
「わっ」
「そんなわけないだろ。再会したのが奏でよかったよ」
「兄ちゃん」
奏の顔がふわりと綻ぶ。
引き締まった輪郭で、男らしい顔つきをしているくせに、俺を見つめる垂れがちな目にはとろりとした甘さがあふれている。
その瞳の輝きには昔と変わらず、俺に寄せる全幅の信頼がにじみ出ていた。
――なんて顔で笑うんだ。
「まだユーリに生まれ変わって一週間だけど……ひとりでいた間、ずっと不安だった」
「……うん。俺も、兄ちゃんを見つけるまでめちゃくちゃ寂しかったよ」
微笑む奏の顔を見上げながら、綺麗だ、と思った。
「でも、俺は兄ちゃんをひとりになんてしない」
明かりのない部屋には、月の光だけが射し込んでいる。
そのほのかに蒼い光を浴びて佇む姿は、つい相手が義弟だというのを忘れて見惚れてしまうほど美しかった。
……奏に『人は見た目より中身だ』みたいなことを言っておきながら、何を思ってるんだろう。
「子供の頃、二人で約束したこと覚えてる?」
囁くような声で訊かれて、俺は首を傾げた。
「約束?」
少し考えて、思い出す。
奏と家族になって間もない頃に、暗い子供部屋の中で交わした言葉を。
「ああ」
おれたちは、絶対に、お互いを置いてどこかにいかない。
――ひとりにしない。
「そんなこと言ってたっけ。お前、よく覚えてた――」
笑おうとして、ふと奏との距離が狭まっていることに気付いた。
骨ばった両手が俺の手を柔らかく包みこんでいる。
目の前には、真剣な表情をした奏がいた。
「だからね。
俺が兄ちゃん以外を好きになるなんてありえないんだよ。
俺は兄ちゃんのことだけが好きで……ずっとそばにいるよ。
――ゆう」
今まで聞いたことがないくらい強い感情のこもった声が響いて、心臓がどきりと鳴った。
境界線があやふやになる。
兄弟の絆と、そうじゃない……別の何かが。
「だから、その“好き”は、こういうのじゃなくて……」
月光に照らされた奏の顔が近付いてくる。
抵抗するつもりで発した声は、思った以上に心許ないものになった。
「……嫌なら殴って。
ゆうも俺を好きなら、そのままじっとしてて」
俺と奏は兄弟で、男同士だ。
だからこんなの絶対ダメ…………なの、か?
分からなくなる。
血の繋がりはないんだ。
同性同士の恋愛だって、俺たちが住んでた日本じゃ禁止されるようなことじゃなかった。
奏の言う通り余計な常識や固定観念を取っ払って考えてみたら。
俺と奏、ふたりの人間同士の話だって考えたら――。
「……奏」
待ってくれ、という言葉は声にならなかった。
奏の顔が近付き、長い睫毛が閉じられるのを凝視しているうちに、唇に柔らかいものが触れた。
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