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18【おきよめ】
しおりを挟む心臓が止まりそうなくらい激しい騒音が鳴り響き、薄暗かった部屋が一気に明るくなる。
「……っ」
急に光が入ってきたせいで反射的に目を閉じるが、少しずつ慣れて薄く瞼を開く。
やはり俺が閉じ込められていたのは倉庫だったようで、周りには本棚や古びた机が置かれていた。
両手足には魔法陣で構成された紫の帯状の枷がつけられている。
「お前は」
後ろで俺にへばりついていたデイビッドが低い声で囁く。
俺は媚薬の熱に喘ぎながら、光が射す方へ視線を写した。
まばゆい白い背景の中に、黒い影がひとつ立っている。
「かな、で……?」
その姿はおぼろげながら義弟に似ていた。
名前を口にすると思ったより掠れて、詰まってしまう。
「ゆう」
あいつが俺の名前を呼ぶのが聞こえた。
逆光で表情はよく見えないけど――……。
「……っゆう」
こっちの肌がひりつくほどの怒気が滲み出ていた。
「勝手にうちの敷地に入ったのかな?」
デイビッドは俺の髪を撫でながら笑う。乗り込まれた側にもかかわらず、余裕の態度だ。
「触るな」
「触るな? 僕のものだ」
唸るように言う奏にデイビッドが嗤うと、パチ、と静電気が弾けるような音が聞こえる。
奏の髪が揺れて、周りに赤い火花が散った。
「ウィングフィールド公、これが貧民流の礼儀作法なのかい。
さすが野蛮でおみそれしたが、僕らはあいにく取り込み中なもので、即刻退去して頂けると助かる――」
ドン、と大型のエンジンを吹かしたような音がして、奏の姿が消えた。
探そうとするより先に、後ろで金属が擦れ合う鋭い衝撃が起こった。
「ユーリ様!」
それと同時に光の向こうからもう一つ人影が出てきて、俺の元に向かってくる。
「――エドワード!」
「大変申し訳ございません。私が失態を起こしたばかりにあなたをこんな目に……いえ、後にしましょう」
縛られていた手足にエドワードが指を向けて、一言二言呪文を唱える。俺を縛り付けていた魔法陣はそれだけで空中分解され、晴れて自由の身となった。
「ありがとう、エディ」
つい、記憶で聞いた愛称を使ってしまう。
「……いえ。当然のことをしたまででございます」
俺を支えていた腕がぴくりと揺れたが、エドワードはすぐに微笑を浮かべて俺を倉庫の外へと連れ出した。
外は明るく、青空の下はなにもない野原だった。強いて言えば、少し離れたところに湖がある。
その向こう側に、大きな屋敷が見えた。
後ろを振り返ると俺が監禁されていた小屋があった。小屋と言っても、それだけで一戸建てくらいの面積はある立派な建物だ。
「ここは……」
「モーリス伯爵邸の離れでございます。こちらは伯爵の私有地のため、侵入するのに手間取りまして……。
ユーリ様の位置はウィングフィールド様があらかじめ位置特定魔法をかけておられましたので、すぐ特定できたのですが」
到着が遅れてしまいました、とエドワードが再び頭を下げる。
たしかにギリギリだったけど、助けに来てくれただけで御の字だ。あと一歩で俺はあのド変態野郎のモノにされるところだったんだから。
倉庫の中ではたびたび火花が散って、斬り合いをする奏と変態伯爵の姿が見えた。
「馬の骨が! 貴様ごときに僕とユーリの愛を邪魔させない!」
デイビッドは右手に剣を握り、左手で紫色の火の玉を作る。奏が剣撃をかわしている隙に顔めがけてその炎を投げつけた。
「奏っ!!」
奏はデイビッドの剣を弾きながら器用に体を反らして、炎までをも避ける。すごい。俺だったらスッパリ切り分けられてこんがり焼かれてたところだ。
「ユーリ、戻っておいで! 僕のそばに!」
舌打ちしたデイビッドが俺に叫んでくる。
……愛だの僕のモノだの、ずっと冗談で言ってるのかと思ってたけど……まさか、あの野郎の中じゃユーリは自分と両想い確定なのか?
いよいよあいつの非常識さに怒りがカンストした俺は、弱った体を奮い立たせて叫んだ。
「誰が戻るかぁ! この鬼畜貴族ぅ!」
「照れ隠しも度が過ぎると可愛くないよ!」
認知の歪みって怖い。
奏は左手で魔法陣を描きながら、どことなく嬉しそうに言う。
「――聞いたか? ゆうはお前のもとになんか戻らない。
『奏の方がいい』って叫んでくれたのが、小屋の外まで聞こえてたぞ」
デイビッドは、都合の悪いことはフルシカトだった。
「ウィングフィールド公! 本来なら不法侵入罪など、罰金程度で済ませるところだが――これでは強盗だよ。
よって、正当防衛として君を殺す。いいな?
僕も命の危険を感じるのでね」
取り巻くオーラをより色濃くしながら、デイビッドが斬りかかっていく。
奏はいつもは優しい瞳を凍てつかせ、唇を酷薄に歪めた。
「俺を殺す?
原作にも出てねーてめぇレベルの雑魚、このカイ・ウィングフィールドの敵になるわけがないだろ」
奏が描いていた魔法陣が完成する。
それを見たデイビッドは、初めて焦りのようなものを見せて口を開いた。
「っそれはまさか」
「俺がなんの策もなく乗り込んできたと思うか?」
奏が描いた魔法陣を握り潰した瞬間、あちこちで爆発音が鳴り始めた。
「ユーリ様!」
それを見たエドワードが、俺の腰を抱えて指を鳴らす。
すると、木陰に隠れていた白馬が二頭出てきた。普通の馬と一緒だが、背中に翼が生えている。
「ユーリ様、この天馬に」
エドワードに抱えられて白馬に跨ると、馬はゆっくりと浮上し始めた。
「エドワード、奏が!」
「心配ありません。すぐ来られます」
その言葉通り、煙幕に包まれた倉庫の中から奏だけが出てきて、脇から走ってきたもう一頭の白馬に飛び乗る。
「帰ろう、ゆう!」
「奏……!」
はじめてちゃんと奏の顔を見た気がする。
まっすぐに目を見つめて呼ばれ、胸が熱くなった。
「ごめんね。俺が目を離したせいだ。また同じことを繰り返した」
奏は眉を寄せて言って、自分の馬を横につけてきた。
「おい、兄ちゃんはこっちだから」
「……承知しました」
ずっと俺の脇腹を抱えて支えていたエドワードが頷く。
地上はすでに遥か下で、草原や川、豆粒ほどの民家が電車に乗っているときと同じくらいの速さで流れていく。そんな高さで馬を乗り換えるのはスリルがあったが、奏にしっかり抱き留められて怖くはなかった。
「兄ちゃん」
「助かった……」
奏の腕に抱き締められて、はじめて安心した。
「っう……」
「兄ちゃん!?」
そっと背中を擦られただけで体が疼く。
驚いて俺の体をあらため始めた奏は、頬を両手で掴んできて目を覗き込むようにした。
「あいつに何された? どっか痛む?」
「あの……し、尻に……。
媚薬魔法? とやらを仕込まれて」
言った瞬間後悔した。
奏の目元に濃い陰が落ちる。
「………………ハァ?」
「たっ、たぶんそんなに害はないんだ! けど触られると……反応しちゃって……」
すーっと深く鼻から息を吸い込んだ奏は、今にも血管が切れそうになりながら俺を強く抱き締めた。
「そっか。それじゃあ体がつらいよね。家まであと少しだから辛抱して……」
「あ、ああ。大丈夫だよ。」
「……で、帰ったら処理してあげるから」
「え!?」
色々想像して赤面した俺に、奏はにこり……と笑った。
「あいつに触られたところぜーんぶ、俺が上書きしてあげる」
◇◆◇
「……っ奏」
屋敷ではレジーナやユマ様をはじめとする皆がユーリを心配して待ってくれていたが、奏は「急ぎで解呪しなきゃいけないから」と全員を振り払って、俺を自分の部屋まで連れてきた。
一階の一番奥にある、奏が無理やり引っ越してきた部屋だ。
自分で歩けるって言ったのによりによってお姫様抱っこするし、ベッドに下ろされるなり唇を塞がれた。
「んっ、奏、ってば……んうっ」
熱い舌に絡め取られて、言葉を奪われる。
くぐもった音を立てながら奏の熱を分け与えられていると、逸っていた気持ちが安らいだ。
奏の舌だ。他の誰でもない、奏のキス。
「ふぁ……」
媚薬で中途半端に高められた身体が、じんと疼いた。
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