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『勿忘駅』
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雪催いの雲った空。ガラス戸の隙間から吹き込んでくる風が、今年の冬も厳しくなることを伝えているようだった。
サンドイッチを片手にお釣り用の小銭を揃える。ラジオから最近よく耳にする、中島美嘉の『雪の華』が流れてきた。
「よし」
と手に残っているサンドイッチを口に放り込み、駅員室の窓口のガラス戸を開ける。
「あー寒い」
外はまだ真っ暗であった。朝の五時――私はこの窓から見える街の景色が好きだった。太陽の光が増すことに生きる者の光が目覚めていく、そして陽が沈むと静けさが辺りを覆い眠らせる。
夫が死んでもう三年も経つ。車掌であった夫は、この駅舎で住むと言い出した。結婚二年目のことである。家と駅が繋がっているため毎日勤務であった。最初の方は嫌だった。だが、人間とは慣れる生き物で、気づけば日課の一つになっていた。
夫は死の間際に、
「すまんな、俺のわがままにずっと付き合わせて」
「何言っているの。承知の上であなたを選んだのだから」
そのまま眠るように夫は逝った。鉄道会社の方は気を利かして新築を用意するといってくれたが、主人との思い出を取った。まったくつくづく私はバカな女だ。
子どもはいない。流産して体を壊し、もうできなくなった。だからといってさみしくはない。私はこの町が好きだ。町のみんなはもう親戚みたいなものだ、老若男女問わずに。
少子高齢化で町の光はどんどん小さくなっていった。それだけが悲しかった。
「おはようございます」
ぼんやりしすぎた。駅の利用者が来ていたなんて、
「すいません。あれ?」
お客はこの町では、一切見ない顔であった。金髪で背の高いマスクをした青年。こんな人、町にいたら気づかないはずないのに。
「この前、引っ越してきたんです。駅を利用するのは初めてで」
そういうことか……納得して切符を切る。どうもと言って彼はホームまで歩いて行った。
私は嬉しかった。こんな若い青年がこの町に移住してくれることに。こうやって若い人がどんどん増えていけば、この鉄道はなくならずに済む。利用者減少による廃線の流れは年々色濃くなっていく。私が死んだらこの駅は、この町は、私の生きたこの時間が……無になるのが怖かった。
トントン――ガラス戸の叩く音。さっきの金髪の青年だ。
「これ落ちてました」
「あら、それは……」
少し色が剥げている何かのキャラクターのキーホルダーであった。覚えがあった。たしかこんな寒い時期――
*
「すみません」
終電の一本を見送り、締め作業をしている所に、小学五年生の女の子が立っていた。
「あら、緑川さんのとこの……さち子ちゃん。どうしたの? こんな夜に」
さち子は俯きながら、
「どこかに落としてしまったんです。大切なキーホルダー」
震えていた。それはきっと寒さだけのせいではないと女の直観が働いた。
「いいわ。探しましょう」
夫に締めの作業を任せ、一時間ほど探し回った。ベンチの下から、ホームの端々、線路まで、それでもなかった。
「こんな時間までありがとうございました。もう大丈夫です。おばさん……私明日にはこの町とさよならしているの。パパの仕事で東京にいくんだ……」
言葉が続かず、さち子は泣き崩れた。私はさち子の背中をさすり、
「大丈夫、おばさんはこの駅にいるから。必ずあなたの忘れ物をみつけておくからね。約束……」
指切りをし、さち子と別れた。
*
あれから彼女を見ていない。当然キーホルダーも見つけていなかった。それどころか次の日に夫が倒れ、大変な毎日を迎えたのだった。
「ありがとうございます」
私はキーホルダーを受け取った。
「どういたしまして」
金髪の青年はそう言った。
「あの……」
何を思ったのか、私は青年に話しかけていた。
「寒くありませんか? よかったら、コーヒーでもどうでしょう、朝飲むやつなんですけど少し多く作ってしまって」
金髪の青年は頭を軽く下げ、
「いただきます」
と言った。窓越しで彼と話をした。彼はよくこの町に遊びにきていたみたいで、いい町だといってくれた。その言葉は地元住民として誇らしかった。
「ありがとう……でもね……。どんどん忘れていくの……この町を。みんな……みんなね。その内の一人が私でもあるんだ……」
目が歪んだ。手の甲に一粒の滴が落ちた。
「ごめんなさいね……でもよかった。あなたがこの忘れ物を届けてくれて」
その時、私の何かが浮かんだ気がした。
金髪の青年が私を手招きする。私は誘われるまま、窓口から出てホームに立った。始発の電車が走ってくる。一車両編成、ドアが開かれる。客は誰もいない。私は乗り込んだ。振り返り、青年に向かってこう尋ねた。
「あなたって死神?」
二コリと笑顔で、
「あなたがそう思うのであればそうです」
発進音が響き渡り、ゆっくりと列車は動き出した。
〇
「二十年の月日を経て、ただいま運行を再開しました」
テレビのリポーターらしき女性がホームに立ち、カメラの前でリポートをしていた。駅に向かってくる電車が止まり、多くの利用者が降りてくる。
「SNSで町が大バズり。大型感染症の影響下でも、観光客の足が途絶えることがありませんでした。これを機に二十年前の台風で廃線となっていたこの鉄道が見事復活! 地元住民その他、鉄道ファンから喜びの声が後を絶ちません」
リポーターの実況はまだ続いている。一組の利用者が駅の窓口に来た。
「あ、これ」
「どうしたのお母さん?」
「これ昔、お母さんがこの駅で無くしたキーホルダーそっくりだ」
窓口に置かれているキーホルダーを見て母親が六歳の娘に言った。
「そうなの!」
「うん、しかもなんとパパからの初めてのプレゼントだったのよ」
「失くしちゃダメじゃん!」
母娘は笑った。
「見つけてくれてたんだね」
「誰が?」
「ここに住んでいたおばちゃん」
娘は意味がわからなかった。その後ろから男性がお待たせといって三人は新居に向かった。駅の花壇の勿忘草が風で揺らいだ。
サンドイッチを片手にお釣り用の小銭を揃える。ラジオから最近よく耳にする、中島美嘉の『雪の華』が流れてきた。
「よし」
と手に残っているサンドイッチを口に放り込み、駅員室の窓口のガラス戸を開ける。
「あー寒い」
外はまだ真っ暗であった。朝の五時――私はこの窓から見える街の景色が好きだった。太陽の光が増すことに生きる者の光が目覚めていく、そして陽が沈むと静けさが辺りを覆い眠らせる。
夫が死んでもう三年も経つ。車掌であった夫は、この駅舎で住むと言い出した。結婚二年目のことである。家と駅が繋がっているため毎日勤務であった。最初の方は嫌だった。だが、人間とは慣れる生き物で、気づけば日課の一つになっていた。
夫は死の間際に、
「すまんな、俺のわがままにずっと付き合わせて」
「何言っているの。承知の上であなたを選んだのだから」
そのまま眠るように夫は逝った。鉄道会社の方は気を利かして新築を用意するといってくれたが、主人との思い出を取った。まったくつくづく私はバカな女だ。
子どもはいない。流産して体を壊し、もうできなくなった。だからといってさみしくはない。私はこの町が好きだ。町のみんなはもう親戚みたいなものだ、老若男女問わずに。
少子高齢化で町の光はどんどん小さくなっていった。それだけが悲しかった。
「おはようございます」
ぼんやりしすぎた。駅の利用者が来ていたなんて、
「すいません。あれ?」
お客はこの町では、一切見ない顔であった。金髪で背の高いマスクをした青年。こんな人、町にいたら気づかないはずないのに。
「この前、引っ越してきたんです。駅を利用するのは初めてで」
そういうことか……納得して切符を切る。どうもと言って彼はホームまで歩いて行った。
私は嬉しかった。こんな若い青年がこの町に移住してくれることに。こうやって若い人がどんどん増えていけば、この鉄道はなくならずに済む。利用者減少による廃線の流れは年々色濃くなっていく。私が死んだらこの駅は、この町は、私の生きたこの時間が……無になるのが怖かった。
トントン――ガラス戸の叩く音。さっきの金髪の青年だ。
「これ落ちてました」
「あら、それは……」
少し色が剥げている何かのキャラクターのキーホルダーであった。覚えがあった。たしかこんな寒い時期――
*
「すみません」
終電の一本を見送り、締め作業をしている所に、小学五年生の女の子が立っていた。
「あら、緑川さんのとこの……さち子ちゃん。どうしたの? こんな夜に」
さち子は俯きながら、
「どこかに落としてしまったんです。大切なキーホルダー」
震えていた。それはきっと寒さだけのせいではないと女の直観が働いた。
「いいわ。探しましょう」
夫に締めの作業を任せ、一時間ほど探し回った。ベンチの下から、ホームの端々、線路まで、それでもなかった。
「こんな時間までありがとうございました。もう大丈夫です。おばさん……私明日にはこの町とさよならしているの。パパの仕事で東京にいくんだ……」
言葉が続かず、さち子は泣き崩れた。私はさち子の背中をさすり、
「大丈夫、おばさんはこの駅にいるから。必ずあなたの忘れ物をみつけておくからね。約束……」
指切りをし、さち子と別れた。
*
あれから彼女を見ていない。当然キーホルダーも見つけていなかった。それどころか次の日に夫が倒れ、大変な毎日を迎えたのだった。
「ありがとうございます」
私はキーホルダーを受け取った。
「どういたしまして」
金髪の青年はそう言った。
「あの……」
何を思ったのか、私は青年に話しかけていた。
「寒くありませんか? よかったら、コーヒーでもどうでしょう、朝飲むやつなんですけど少し多く作ってしまって」
金髪の青年は頭を軽く下げ、
「いただきます」
と言った。窓越しで彼と話をした。彼はよくこの町に遊びにきていたみたいで、いい町だといってくれた。その言葉は地元住民として誇らしかった。
「ありがとう……でもね……。どんどん忘れていくの……この町を。みんな……みんなね。その内の一人が私でもあるんだ……」
目が歪んだ。手の甲に一粒の滴が落ちた。
「ごめんなさいね……でもよかった。あなたがこの忘れ物を届けてくれて」
その時、私の何かが浮かんだ気がした。
金髪の青年が私を手招きする。私は誘われるまま、窓口から出てホームに立った。始発の電車が走ってくる。一車両編成、ドアが開かれる。客は誰もいない。私は乗り込んだ。振り返り、青年に向かってこう尋ねた。
「あなたって死神?」
二コリと笑顔で、
「あなたがそう思うのであればそうです」
発進音が響き渡り、ゆっくりと列車は動き出した。
〇
「二十年の月日を経て、ただいま運行を再開しました」
テレビのリポーターらしき女性がホームに立ち、カメラの前でリポートをしていた。駅に向かってくる電車が止まり、多くの利用者が降りてくる。
「SNSで町が大バズり。大型感染症の影響下でも、観光客の足が途絶えることがありませんでした。これを機に二十年前の台風で廃線となっていたこの鉄道が見事復活! 地元住民その他、鉄道ファンから喜びの声が後を絶ちません」
リポーターの実況はまだ続いている。一組の利用者が駅の窓口に来た。
「あ、これ」
「どうしたのお母さん?」
「これ昔、お母さんがこの駅で無くしたキーホルダーそっくりだ」
窓口に置かれているキーホルダーを見て母親が六歳の娘に言った。
「そうなの!」
「うん、しかもなんとパパからの初めてのプレゼントだったのよ」
「失くしちゃダメじゃん!」
母娘は笑った。
「見つけてくれてたんだね」
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