18 / 22
『勿忘駅』
しおりを挟む
雪催いの雲った空。ガラス戸の隙間から吹き込んでくる風が、今年の冬も厳しくなることを伝えているようだった。
サンドイッチを片手にお釣り用の小銭を揃える。ラジオから最近よく耳にする、中島美嘉の『雪の華』が流れてきた。
「よし」
と手に残っているサンドイッチを口に放り込み、駅員室の窓口のガラス戸を開ける。
「あー寒い」
外はまだ真っ暗であった。朝の五時――私はこの窓から見える街の景色が好きだった。太陽の光が増すことに生きる者の光が目覚めていく、そして陽が沈むと静けさが辺りを覆い眠らせる。
夫が死んでもう三年も経つ。車掌であった夫は、この駅舎で住むと言い出した。結婚二年目のことである。家と駅が繋がっているため毎日勤務であった。最初の方は嫌だった。だが、人間とは慣れる生き物で、気づけば日課の一つになっていた。
夫は死の間際に、
「すまんな、俺のわがままにずっと付き合わせて」
「何言っているの。承知の上であなたを選んだのだから」
そのまま眠るように夫は逝った。鉄道会社の方は気を利かして新築を用意するといってくれたが、主人との思い出を取った。まったくつくづく私はバカな女だ。
子どもはいない。流産して体を壊し、もうできなくなった。だからといってさみしくはない。私はこの町が好きだ。町のみんなはもう親戚みたいなものだ、老若男女問わずに。
少子高齢化で町の光はどんどん小さくなっていった。それだけが悲しかった。
「おはようございます」
ぼんやりしすぎた。駅の利用者が来ていたなんて、
「すいません。あれ?」
お客はこの町では、一切見ない顔であった。金髪で背の高いマスクをした青年。こんな人、町にいたら気づかないはずないのに。
「この前、引っ越してきたんです。駅を利用するのは初めてで」
そういうことか……納得して切符を切る。どうもと言って彼はホームまで歩いて行った。
私は嬉しかった。こんな若い青年がこの町に移住してくれることに。こうやって若い人がどんどん増えていけば、この鉄道はなくならずに済む。利用者減少による廃線の流れは年々色濃くなっていく。私が死んだらこの駅は、この町は、私の生きたこの時間が……無になるのが怖かった。
トントン――ガラス戸の叩く音。さっきの金髪の青年だ。
「これ落ちてました」
「あら、それは……」
少し色が剥げている何かのキャラクターのキーホルダーであった。覚えがあった。たしかこんな寒い時期――
*
「すみません」
終電の一本を見送り、締め作業をしている所に、小学五年生の女の子が立っていた。
「あら、緑川さんのとこの……さち子ちゃん。どうしたの? こんな夜に」
さち子は俯きながら、
「どこかに落としてしまったんです。大切なキーホルダー」
震えていた。それはきっと寒さだけのせいではないと女の直観が働いた。
「いいわ。探しましょう」
夫に締めの作業を任せ、一時間ほど探し回った。ベンチの下から、ホームの端々、線路まで、それでもなかった。
「こんな時間までありがとうございました。もう大丈夫です。おばさん……私明日にはこの町とさよならしているの。パパの仕事で東京にいくんだ……」
言葉が続かず、さち子は泣き崩れた。私はさち子の背中をさすり、
「大丈夫、おばさんはこの駅にいるから。必ずあなたの忘れ物をみつけておくからね。約束……」
指切りをし、さち子と別れた。
*
あれから彼女を見ていない。当然キーホルダーも見つけていなかった。それどころか次の日に夫が倒れ、大変な毎日を迎えたのだった。
「ありがとうございます」
私はキーホルダーを受け取った。
「どういたしまして」
金髪の青年はそう言った。
「あの……」
何を思ったのか、私は青年に話しかけていた。
「寒くありませんか? よかったら、コーヒーでもどうでしょう、朝飲むやつなんですけど少し多く作ってしまって」
金髪の青年は頭を軽く下げ、
「いただきます」
と言った。窓越しで彼と話をした。彼はよくこの町に遊びにきていたみたいで、いい町だといってくれた。その言葉は地元住民として誇らしかった。
「ありがとう……でもね……。どんどん忘れていくの……この町を。みんな……みんなね。その内の一人が私でもあるんだ……」
目が歪んだ。手の甲に一粒の滴が落ちた。
「ごめんなさいね……でもよかった。あなたがこの忘れ物を届けてくれて」
その時、私の何かが浮かんだ気がした。
金髪の青年が私を手招きする。私は誘われるまま、窓口から出てホームに立った。始発の電車が走ってくる。一車両編成、ドアが開かれる。客は誰もいない。私は乗り込んだ。振り返り、青年に向かってこう尋ねた。
「あなたって死神?」
二コリと笑顔で、
「あなたがそう思うのであればそうです」
発進音が響き渡り、ゆっくりと列車は動き出した。
〇
「二十年の月日を経て、ただいま運行を再開しました」
テレビのリポーターらしき女性がホームに立ち、カメラの前でリポートをしていた。駅に向かってくる電車が止まり、多くの利用者が降りてくる。
「SNSで町が大バズり。大型感染症の影響下でも、観光客の足が途絶えることがありませんでした。これを機に二十年前の台風で廃線となっていたこの鉄道が見事復活! 地元住民その他、鉄道ファンから喜びの声が後を絶ちません」
リポーターの実況はまだ続いている。一組の利用者が駅の窓口に来た。
「あ、これ」
「どうしたのお母さん?」
「これ昔、お母さんがこの駅で無くしたキーホルダーそっくりだ」
窓口に置かれているキーホルダーを見て母親が六歳の娘に言った。
「そうなの!」
「うん、しかもなんとパパからの初めてのプレゼントだったのよ」
「失くしちゃダメじゃん!」
母娘は笑った。
「見つけてくれてたんだね」
「誰が?」
「ここに住んでいたおばちゃん」
娘は意味がわからなかった。その後ろから男性がお待たせといって三人は新居に向かった。駅の花壇の勿忘草が風で揺らいだ。
サンドイッチを片手にお釣り用の小銭を揃える。ラジオから最近よく耳にする、中島美嘉の『雪の華』が流れてきた。
「よし」
と手に残っているサンドイッチを口に放り込み、駅員室の窓口のガラス戸を開ける。
「あー寒い」
外はまだ真っ暗であった。朝の五時――私はこの窓から見える街の景色が好きだった。太陽の光が増すことに生きる者の光が目覚めていく、そして陽が沈むと静けさが辺りを覆い眠らせる。
夫が死んでもう三年も経つ。車掌であった夫は、この駅舎で住むと言い出した。結婚二年目のことである。家と駅が繋がっているため毎日勤務であった。最初の方は嫌だった。だが、人間とは慣れる生き物で、気づけば日課の一つになっていた。
夫は死の間際に、
「すまんな、俺のわがままにずっと付き合わせて」
「何言っているの。承知の上であなたを選んだのだから」
そのまま眠るように夫は逝った。鉄道会社の方は気を利かして新築を用意するといってくれたが、主人との思い出を取った。まったくつくづく私はバカな女だ。
子どもはいない。流産して体を壊し、もうできなくなった。だからといってさみしくはない。私はこの町が好きだ。町のみんなはもう親戚みたいなものだ、老若男女問わずに。
少子高齢化で町の光はどんどん小さくなっていった。それだけが悲しかった。
「おはようございます」
ぼんやりしすぎた。駅の利用者が来ていたなんて、
「すいません。あれ?」
お客はこの町では、一切見ない顔であった。金髪で背の高いマスクをした青年。こんな人、町にいたら気づかないはずないのに。
「この前、引っ越してきたんです。駅を利用するのは初めてで」
そういうことか……納得して切符を切る。どうもと言って彼はホームまで歩いて行った。
私は嬉しかった。こんな若い青年がこの町に移住してくれることに。こうやって若い人がどんどん増えていけば、この鉄道はなくならずに済む。利用者減少による廃線の流れは年々色濃くなっていく。私が死んだらこの駅は、この町は、私の生きたこの時間が……無になるのが怖かった。
トントン――ガラス戸の叩く音。さっきの金髪の青年だ。
「これ落ちてました」
「あら、それは……」
少し色が剥げている何かのキャラクターのキーホルダーであった。覚えがあった。たしかこんな寒い時期――
*
「すみません」
終電の一本を見送り、締め作業をしている所に、小学五年生の女の子が立っていた。
「あら、緑川さんのとこの……さち子ちゃん。どうしたの? こんな夜に」
さち子は俯きながら、
「どこかに落としてしまったんです。大切なキーホルダー」
震えていた。それはきっと寒さだけのせいではないと女の直観が働いた。
「いいわ。探しましょう」
夫に締めの作業を任せ、一時間ほど探し回った。ベンチの下から、ホームの端々、線路まで、それでもなかった。
「こんな時間までありがとうございました。もう大丈夫です。おばさん……私明日にはこの町とさよならしているの。パパの仕事で東京にいくんだ……」
言葉が続かず、さち子は泣き崩れた。私はさち子の背中をさすり、
「大丈夫、おばさんはこの駅にいるから。必ずあなたの忘れ物をみつけておくからね。約束……」
指切りをし、さち子と別れた。
*
あれから彼女を見ていない。当然キーホルダーも見つけていなかった。それどころか次の日に夫が倒れ、大変な毎日を迎えたのだった。
「ありがとうございます」
私はキーホルダーを受け取った。
「どういたしまして」
金髪の青年はそう言った。
「あの……」
何を思ったのか、私は青年に話しかけていた。
「寒くありませんか? よかったら、コーヒーでもどうでしょう、朝飲むやつなんですけど少し多く作ってしまって」
金髪の青年は頭を軽く下げ、
「いただきます」
と言った。窓越しで彼と話をした。彼はよくこの町に遊びにきていたみたいで、いい町だといってくれた。その言葉は地元住民として誇らしかった。
「ありがとう……でもね……。どんどん忘れていくの……この町を。みんな……みんなね。その内の一人が私でもあるんだ……」
目が歪んだ。手の甲に一粒の滴が落ちた。
「ごめんなさいね……でもよかった。あなたがこの忘れ物を届けてくれて」
その時、私の何かが浮かんだ気がした。
金髪の青年が私を手招きする。私は誘われるまま、窓口から出てホームに立った。始発の電車が走ってくる。一車両編成、ドアが開かれる。客は誰もいない。私は乗り込んだ。振り返り、青年に向かってこう尋ねた。
「あなたって死神?」
二コリと笑顔で、
「あなたがそう思うのであればそうです」
発進音が響き渡り、ゆっくりと列車は動き出した。
〇
「二十年の月日を経て、ただいま運行を再開しました」
テレビのリポーターらしき女性がホームに立ち、カメラの前でリポートをしていた。駅に向かってくる電車が止まり、多くの利用者が降りてくる。
「SNSで町が大バズり。大型感染症の影響下でも、観光客の足が途絶えることがありませんでした。これを機に二十年前の台風で廃線となっていたこの鉄道が見事復活! 地元住民その他、鉄道ファンから喜びの声が後を絶ちません」
リポーターの実況はまだ続いている。一組の利用者が駅の窓口に来た。
「あ、これ」
「どうしたのお母さん?」
「これ昔、お母さんがこの駅で無くしたキーホルダーそっくりだ」
窓口に置かれているキーホルダーを見て母親が六歳の娘に言った。
「そうなの!」
「うん、しかもなんとパパからの初めてのプレゼントだったのよ」
「失くしちゃダメじゃん!」
母娘は笑った。
「見つけてくれてたんだね」
「誰が?」
「ここに住んでいたおばちゃん」
娘は意味がわからなかった。その後ろから男性がお待たせといって三人は新居に向かった。駅の花壇の勿忘草が風で揺らいだ。
12
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる