宰相家長男が地味系女子と恋に落ちていく5日間(➕アルファ)

相鵜 絵緒

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プロローグ

始まりの始まり

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 イナギには、忘れられない体験がある。

 6歳のころ、街で迷子になってしまった時のことだ。
 その時に出会ったのは、口をきくことができない、自分と同じ歳くらいの小さな女の子だった。服装は地味だが、清潔で、ほつれもない。黒い髪を三つ編みにして両肩に垂らしている。
 そして、ニコニコと笑いかけてくれるが、一言も喋らず、イナギの話しかける言葉にも反応してくれない。

「…喋れないのか?」

 イナギの質問に、やっぱり何も答えずにただニコニコとしているだけだ。

 これは可哀想な人間だ。と、幼いながらに心配になる。耳も聞こえず、話すこともできないとは。

 続けて何か問うてみようと思った矢先、バタバタと足音が後ろから聞こえて来る。

「……っ!坊ちゃん!こちらにいらっしゃったのですねっ!」

 いつもイナギの面倒をみてくれる、お付きの者が、息を切らせてイナギの肩を掴んで言った。
 いつもなら、そんな簡単に身体に触ったりしないのに、また逃げられては困るというように、しっかり肩を掴まれてしまった。

 イナギは、お付きの者を一瞥すると、また少女に目を戻す。

 女の子は、まだニコニコしている。

「さぁ、一刻も早く、旦那様のところに帰りましょう。」

 お付きの者は、イナギ以外のものには目もくれず、すぐに父親のところへ連れて行こうとする。
 それに反抗するつもりもなく、イナギはされるがままに、女の子に背を向けた。

 そのまま少し歩いてから、ふと振り返って少女を見てみた。

 少女もまだこちらを見ていたようだ。

「またな。」

 なんとなしに言ってみた。
 言った後に、耳が聞こえないことを思い出した。
 聞こえない者にとっては、声とはなんと無意味なものだろう。
 もともと、また会えるわけでもない。
 そう思い、前を向いて歩き出した。

 その時

「…またね…。」

 風に乗って、小さな可愛らしい声がイナギの耳に届いた。

 ビックリして振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。

 その後、いくらお付きの者に、女の子がいたことを確認してみても、お付きの者もイナギ意外に興味がなかったため、全く覚えていなかった。

 以上が、エイギ国宰相家の長男、イナギ・サイファルの、人生初めての『恐怖体験』である。
 
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