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第1章 イナギ
第1日目
しおりを挟むとある世界に、3つの国がありました。
『
北にそびえる3000m級の高山から、ほとばしる一本の河川により、東西に分かれた国が2つ。その河川が海に出る少し手前に二手に大きく分かれ、その河川に東西を、海に南を挟まれたなだらかな地形の国が1つ。
合計3つの国がある。
西にある国がエイギ王国、東にある国がウカ国、川と海に挟まれた南の国がパン二共和国という。
この3国は、互いの存在は知ってはいても、河川の周りを深くて暗い不気味な森があることで、危険を冒してまでの積極性をもって、交流する様子は無い。
エイギ王国とウカ国の間は、高山の中を通る細い道が、パン二共和国からエイギ王国とウカ国にはそれぞれ一本ずつの橋がかかってはいる。
ところが、河川の水の増減により、水の下に橋が隠れてしまうような、危なっかしいものであるため、やはり、率先して橋を渡りたがる者はいない。
こうして、長い間、3国はそれぞれの国において文化を編み出し、深め、より良い生活を求めながら、命を繋いできたのである。
』
【出典『ミツカによる3国の歴史図鑑』より】
※※※※
イナギ・サイファルは、代々エイギ王国宰相を多く輩出している家に生まれた長男で、幼少の頃より、次代の宰相に相応しくあるよう、厳しい教育を受けて育ってきた。
この国では、5歳から8年間の義務教育があり、それを卒業すると、13歳から高等教育、つまり高校が始まる。高校に進学する者は、それなりの地位か学力が必要となる。
王侯貴族は簡単に高校に入学できるが、庶民にとっては、厳しい入学試験を突破しないと入ることができない。
というのも、この高校は、王国の中心部に1つあるだけで、中心部に家がある貴族は通学可能だが、それ以外は寄宿舎に住むことになっている。
その寄宿舎で問題を起こさないだけの知力(そこには空気を読む力も多分に含まれる)のある者が進学可能なのである。
イナギはもちろん貴族であるため、試験など受けずに入学することは可能だった。しかし、特別扱いを好まないサイファル家の方針により、試験を突破しての入学となった。
もちろん、庶民感覚を養うため、寄宿舎に住まうことにもなっている。
イナギは、入学試験の主席による生徒代表挨拶に、当然のように選ばれていた。
そしてまた、18歳の冬に行われる卒業式の成績優秀者による生徒代表挨拶にも、きっと選ばれるだろうと期待されている。
優等生のイナギは、周りの期待に対して、従順に、そして順調に生きているのだ。
※ ※ ※※
今日は、高校の3学年の生徒をまとめる学年会長として、担任のヴィンス先生の家に相談に来ている。
「…イナギ君、また背が伸びたんじゃないですか?」
ヴィンス先生が、家の扉前に立つイナギに、驚いた声を出した。
「…そうですかねぇ…。」
たしかに、最近、見える景色が変わった気がする。なるほど。視界の高さが変わったのか。
「15歳…伸び盛りですもんねぇ。」
ヴィンス先生は、眩しいものを見るかのような目で、イナギを見る。ヒョロヒョロしてはいるが、180センチと長身なヴィンス先生に、あと少しで追いつきそうな勢いだ。
「まぁ…。」
生返事のイナギに構わず、ヴィンス先生は再び続ける。
「この国の人たちは、金髪青い眼が多いけれど、それにしたって、こんなに綺麗なサファイヤブルーの瞳や、サラッサラの輝くような金髪は少ないし…。イナギ君、君はとても美しい少年ですねぇ…。」
イナギは、自分の容姿にこだわりは無いが、この国一美しいと言われている母親のおかげか、美しい容姿をしていると言われることが多い。
普通はもっと、灰色っぽい青い目や、茶色っぽい金髪なんだけど、ここまで綺麗なのほ珍しいなぁ…と、まだぼやいているヴィンス先生を、正気に戻すためにイナギは話しかける。
「先生、それはそうと、来月頭にある商品祭について話し合いたいのですが…。提出期限が今週末なんです。」
暗に、部屋に入れてくれ、という意味を込めて話しかけると、ヴィンス先生は、明らかに動揺した様子でワタワタする。
「あっ!そうでした、そうでした。ちょっと汚れてて悪いんですが…。」
ヴィンス先生は、立ちはだかっていた部屋の扉を内側に開く前に、少しだけ後ろを振り向いて部屋を確認してから、イナギに向かって大きく扉を開く。
「どうぞ。入って下さい。」
どれだけ汚れているのかと思いきや、意外にもきちんと整えられたリビングに通される。
高校の、社会科(地理歴史)教師として赴任しているヴィンス先生は、校舎から少し離れた教員住宅に住んでいる。
教員住宅と言っても、昔は貴族の屋敷だった建物を、簡単にリフォームして、いくつかの部屋を教員に安く貸し出しているものだ。ヴィンス先生の事前の説明によると、先生の部屋は、リビング1室、寝室1室、バストイレで1室の3室あるらしい。
やっと入れてもらえたリビングには、所狭しと、たくさんの本棚があり、本は本棚にきちんと収納されている。本棚の邪魔にならないように、といった感じで、テーブルと椅子が1セットおいてあった。
「わざわざ来てもらって申し訳ないですね。商品祭の資料がうちにたくさんあるので、毎年それを見ながら話してるんですよ。でも、みんな提出期限のギリギリで来るのに、イナギ君は1週間も前に来てくれるなんて、さすがですね。」
ヴィンス先生に室内に招かれながら、イナギはぺこりと一礼すると靴のまま入室する。
「…今日はちょっと時間がなくて、お茶が用意できていません。申し訳ない。」
「…いえ。お構いなく。こちらこそ、突然の来訪、申し訳ないです。」
イナギの礼儀正しい答えに、ヴィンス先生は少し頬を緩ませる。
「では、さっそく、昨年のものから見ていきましょうか。」
ヴィンス先生のその言葉を合図に、2人は資料が詰まっている本棚の一角へと向かうと、それから30分あまり、資料に集中した。
※※※
30分後、なんとなくおおまかな流れを掴んだイナギは、ふぅっと息を吐いて集中を解いた。
ふとヴィンス先生の方を見ると、彼は左手で、イナギのすぐそばの本棚に資料を戻そうとしているところだった。
そして、その薬指には、金色に光る指輪がはまっているのが目に入る。
(あっ……)
この国ではあまり見かけないが、他のある国では、既婚の印に左手薬指に指輪を嵌める、という風習があることを、イナギは知っていた。
しかし、実際に指輪を嵌めている人を見たのは初めてだ。さすがに社会科教師だけあって、外国の風習に通じているのだな、と素直に感心する。
驚いたために、まじまじと見てしまったからだろう。
ヴィンス先生は、イナギの視線に気付いて、恥ずかしそうな、嬉しそうな顔をして、話し出した。
「この指輪の意味をご存じそうですね。…ふふふ。そうなんです。僕には、とても可愛い奥さんがいるんですよ。」
ヴィンス先生の口ぶりからすると、既婚であることを隠すつもりはないようで、むしろその奥さんについて、惚気たくて仕方ない様子だ。
「…美人…というよりは、可愛らしいっていう感じの人でね。…あ!写真があるんですよ。見てみたいですか?」
見せる気満々の人に『いいえ、興味ないです。』と、イナギは言えない性格だ。
「…ぜひ拝見させて下さい!」
ニッコリ笑顔を付け足しながら、答えると、ヴィンス先生は、『そこまで言うなら見せてあげないわけにいかないですよね…』とか何とか言いながら、それはそれは嬉しそうに、懐から手帳を取り出した。
そして、この国ではめったにみかけない、美しい黒髪の小さな女性が、満面の笑みのヴィンス先生の隣で笑っている写真を見せてくれたのだ。
「…とても幸せそうですね。」
(特にヴィンス先生が…)
イナギがそう感想を述べると、ヴィンス先生は途端にぱぁぁぁっと顔を明るくすると、
「そうなんですよ、そうなんですよ!僕はこの日、世界一の幸せ者になりましてね!」
と言い切った。かと思うと、今度は明らかにシュンとした顔で、
「とは言え、今は、まぁ、諸事情により、一緒には暮らせてはなくて…単身赴任…のような形になってしまっているのがどうにも…。」
「…………。」
『その話、長くなりそうですか?』と正直に問いたい気持ちを押し殺して、イナギは話を区切れるタイミングを見計らっていた。
そして、ヴィンス先生が息継ぎしようとしたその隙に
「すみませんっ!お手洗いお借りしてもよろしいでしょうかっ?」
と、普通の人にはなかなか拒否できないお願いを差し込んだ。
ヴィンス先生には、聞いてもらいたい内容がまだまだあったようただが、そう言われては
「…どうぞ。こちらです。」
としか言いようがない。
「ありがとうございます。失礼します。」
イナギは、微笑みを浮かべながらそそっとトイレとシャワー室が一緒になっているバスルームの方へ移動する。
そして、用を足すわけでもなく、洗面所で手だけ洗わせてもらうことにする。
ふぅぅぅ~っ
肩の力を抜きながら、水道の蛇口をひねる。
(……んっ?)
その時、何となく、今までに嗅いだことのない甘くてかつ爽やかな匂いを感じた。
(なんだろう、この香り…。なんというか…とても惹きつけられる…)
この香りが、イナギの人生を変えることになろうとは。
この時のイナギには全く知らないことであった。
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