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第3章 第5日目
レカの秘密
しおりを挟むレカから聞いた話が衝撃的すぎて、イナギはすぐには飲み込めなかった。
「ちょっ…ちょっと…ちょっと待って…。」
イナギは右手で自分の口元を覆い隠すと、どこでもない一点を見つめ、頭の中を整理し始めた。
(たしかに、僕は他の2国を見たことがない。)
自分の目で見ていないのに、なぜこの世は3国が全てだと思っていたのか。
そこに疑問を持ってこなかったことが最大の疑問だった。
たしかに、親から聞いていたし、学校でもそう習う。そこを疑うなんて、考えたこともなかったし、これからも疑うつもりはなかった。
「盲目的ってやつか…。」
自分は公平で、偏らず、正しいと思って生きてきた。しかし、それがどうやら間違っていたらしい。
イナギは足元がガラガラと崩れ落ちていくような心もとなさを感じた。こんなことは初めてだった。
混乱するイナギに、レカは困ったような顔をして、少し付け足した。
「…誰もが気付かないように、…誰にも疑問に思われないように…そうやって、うまく情報統制されているの。」
イナギはチラリとレカを見る。
先ほどまで、自信満々に語っていたレカが、今は身体を縮めて、自分の手元を見ながら、所在なさそうに座っている。
イナギが自分の話を信じてくれるのかどうか、ビクビクしながら座っているようだった。
そんな小さくなって怯えているレカを見ていると、イナギは少しだけ冷静になってきた。
(レカが、僕に嘘をつくメリットも特に無い。)
レカはまず、『絶対に嘘はつかない』と約束してくれていた。それだけで、信じるに値している。
そして、例えレカの話が作り話だったとしても、今まで何も疑わずに生きてきた自分の目を覚ましてくれたことは、ありがたいことだと思う。
(自分の目で、他の国を見に行かなくては。)
イナギは、なぜ自分が今までそう思わなかったのかが不思議なくらい、他国に興味が出てきた。
(この世界に、4つ目の国がある。)
そう考えると、今までの常識を覆されたことによる、違和感や恐怖も多少は感じるが、もともと好奇心旺盛なタイプである。そんなマイナスな感情よりも、もっと大きな興味の方が膨らんでくる。
「…レカの出身国は、何ていう名前なの?」
イナギがレカの横顔に尋ねる。
レカはパッとイナギの方を見上げると、
「…ミツカ…。」
と、ポツリと呟いた。
「…ミツカ、かぁ。エイギ王国、パンニ共和国、ウカ国に、ミツカ。4つの国ね。」
イナギはレカに確かめるように確認すると、質問を続けた。
「レカは、他の国にも行ったことがあるんだよね?どの国が1番好き?」
その質問には答えずに、レカはイナギをまじまじと見つめる。
「信じて…くれるの…?」
レカは、食い入るようにイナギを見つめている。
イナギは肩をすくめて見せてから、
「正直、すぐには受け入れられなくて、混乱はしているけど。レカが嘘を言っているようには見えないし。」
と告げる。
レカは、そのままイナギを見つめ続ける。
「それに、レカは、今まで一度も僕に嘘をついたことがないからね。」
イナギの言い切る力強さに、レカはふと泣きたくなった。
「信じてくれて、ありがとう。」
レカは泣き笑いのような顔で、イナギにお礼を言うと、覚悟を決めたようにソファから立ち上がった。
イナギはレカを言葉だけで信じてくれた。だから、これからもう一歩進むことにする。
ミツカが存在する『証拠』を見せるのだ。
レカは、ベッドの枕元にある本を取ってからイナギの隣に戻ってくる。それは、急にイナギが訪れた日に、イナギが帰るまでの間に読んでいたあの本である。
レカはソファに座ってから、その本をイナギに手渡す。しっかりとした重さのある、辞典のような本だ。かなり読み込まれているのだろう。本の角や背表紙が少し擦り切れている。
手渡されたイナギは、表紙には題名が書かれていないことを確認してから、パラパラとめくってみた。何の変哲もないただの本のようだ。
不思議に思っているイナギの横で、レカはイナギから本を優しく取り上げて、彼の膝の上に本を置き直した。そして、厚手の表紙を捲り、題名の部分をイナギに見せた。
「…あっっっ!」
イナギは思わず声を上げた。
それもそのはず、題名には『ミツカによる3国の歴史図鑑』と書いてある。
「…ミツカ…」
今、レカから聞いたばかりの国の名前だ。
こうして本になっているということは、少なくとも、レカの作り話ではないということがわかる。
レカは、言葉だけで信じてくれたからこそ、この本をイナギに見せる気持ちになった。これで一層信憑性が増すだろう。
レカは、そのまま何ページか捲り続けると、図が書いてあるページで止まった。何だろう、とイナギはよく見てみると、そこには、この世界の4国の位置関係を示す地図が載っていた。
イナギは食い入るようにその図を見ると、今まで見てきた地図には載っていない、川の中の三角州を見つけた。
「これが…ミツカ…。」
イナギは地図の中のミツカの場所を指でなぞった。よくよく見ると、『密華』という文字が書かれている。
「これは、パンニ共和国で使われている文字で、『ミツカ』を表す字なの。」
レカは、イナギの指先にある文字を読んであげた。
「この本は、ほとんどエイギ語で書いてあるんだけど、特に図などは、ところどころにパンニ語やウカ語もまじってる。ミツカ以外の人が読んでも、わからないようにっていう工夫なんだと思う。」
レカは、本から目を上げて、驚いているイナギの様子を窺う。
「…大丈夫?」
「…………。」
レカも、何をもって大丈夫とするのかは、わからないのだが、ほかに何と訊いていいのかわからなかった。
そして、イナギとしても、すぐに大丈夫だと言うことはできなかった。正直に言って、未だに混乱している。
実際に書物を見たことで、より一層レカの話を信じる気持ちにはなったのだが、信じられない気持ちもわずかに残っている。
それでも、一度深呼吸をしてから、目を閉じてみる。
すると、思っていたより自分は柔軟な頭の持ち主で、そういうものなのかと思うと、受け入れられそうな気がした。
いつか自分の目で他の国も見てみないとダメだな。とは思う。
『自分の目で見るまで信じない』というのは、大事なことだからだ。
しかし、そうやって自分を戒めているにも関わらず、すでに、レカのことは盲目的に信じてしまっている。
レカがイナギを騙すはずがない、と心から思ってしまっているのだ。
根拠は全くないのに。
何がそうまでして、彼女を信じさせているのか、自分でもわからない。
なのに、彼女への信頼は揺るぎない。
(不思議なものだな…)
この5日間、話しただけの女の子。
その子に話してもらった、信じられないような突拍子もない話。
それを、混乱しつつも、イナギは心から信じてしまっている。
(これが…ハニートラップってやつか…!?)
そんな風に思って、1人で少し笑ってしまった。
ハニートラップというには、あまりに甘くなさすぎる。
この不器用そうな女の子が、僕を騙そうとしているのなら、それはそれで騙されてみよう。だって、どうしてもレカのことを信じてしまうのだから。
(こんなに信じてしまうのは…)
そこを突き詰めると、なんだか恥ずかしいことになりそうだったので、深く考えることは辞める。
そうして、少しずつ情報やイナギの気持ちを整理していると、大きな疑問が浮かんできた。
「…どうして、ミツカは隠されているんだ。ミツカの目的は一体なんなんだ?」
イナギの質問に、レカは嬉しそうに笑った。
「そうなの!そこからが今日の本題なの。」
さすがはイナギだ。
混乱しているだけではなく、物事の本質を見極めようと、気持ちを切り替えている。
レカは人差し指を立てて、まるで教師のような振る舞いで説明を始めた。
「ミツカの存在は、誰かが好奇心を持って川の近くに行こうとすることすら思いつかないくらいに、巧妙に隠されているの。でもじゃあ、なんでそんなに隠さなくちゃいけないかっていうと…。実は私も本当のところはわかってないんだけど…。
だからここからは、私の予想になるのだけど…。」
目で同意を求められたイナギは、しっかりと頷く。
『レカの意見を聞かせて』の意味だ。
レカもそのイナギの同意を汲み取ってから続ける。
「ミツカの国民は昔から、3国全ての国の言葉を理解して、特に優秀な人材を3国に派遣しているの。そして、その人材が、そこで得た食糧や生活必需品をミツカに送り込んでくれることで、国民の生活は成り立っている。そういう生活が、もう数百年うまくいっているそうなの。」
一度言葉を切ってから、イナギの様子をみた。真剣な顔のイナギを見てから、レカは少し表情を引き締める。
「たぶん、最初からそんなに隠そうと徹底していたわけではないと思う。でも、ある程度うまくいくようになってからは、おおっぴらにするチャンスをうまく掴めなかったようで…。そしてこんなに長くうまくいってると、ミツカの中にも保守的な考えが広がっていくよね。
『今更存在を明らかにしたところで、周りの3国から攻め込まれたらどうするんだ』って。
今のミツカは、他の3国のどこよりも豊かで栄えている。だから、もう、周りにその豊かさがバレないように、奪われないように、って…。
私には、そのために隠しているとしか思えないんだ。」
レカは、そんなミツカが好きになれない。他の3国全てを周って、いろんな人たちを見てきたから。
特に貧しい人たちの生活を見たときには、本来ならこの人たちに渡るべきものを、ミツカが横取りしているのではないか、と思い、罪悪感でいっぱいになった。
そんなミツカがレカにはズルく見えるのだ。
だからこそ、弱いものを大事にしようとするイナギの思想に惹かれた。
それが、本来、力があるものがするべきこと、つまりミツカがしていくべきことだと思うからだ。
「私は…そんなミツカが好きになれなくて…。」
レカはそう、小さな声で呟くと、ミツカについての説明を止めた。
イナギが難しい顔をして、黙り込んでいる。
雨はまだ降り止まず、窓ガラスに打ち付ける音が、部屋に響いた。
しばらく黙っていたイナギが、ふと目を挙げて、レカを見た。
「…レカは…レカが望めば、この国にずっと居られるの?
さっき、僕と一緒に国作りがしたいって言ってくれたけど。」
イナギの質問に、レカはニッコリと笑い、少し戯けた口調で言ってみる。
「こう見えて、私、けっこう優秀な人材なの。」
イナギは即座にコクリと頷く。
「レカは優秀な人材だよ。意外でもなんでもない。」
共に商品祭の資料を見ていたイナギにはわかる。彼女は博識だ。
しかし、予想外にイナギから褒め言葉を聞かされたレカは、目を見開いて赤くなる。
「ちょっ…そういうのいいから。」
レカは急に前髪をいじってソワソワしだした。
そして、ハッとすると
「…っっ!だっ…だからっ!
それなりに…優秀…だから、自分の行き先は選べる…かもしれないの。」
となんとか喋り切る。
レカは冷静になろうとしながら、必死だった。
一度、コホンと咳払いする。
「でも…今の私では、足りないもの、というか弱点があって…。その弱点を克服して、なんとかミツカのお偉いさん達が、この国に私が必要だって判断してほしいんだ。」
レカは、やっと今日イナギに伝えたいところまで話がきたことに、少し安堵する。
「だから、長男!私がこの国にいられるように、協力してほしいの!」
言い切ったレカは、目が爛々と輝いている。
一方のイナギは、『レカがこの国に居たい』ということと、『自分を頼ってくれている』ことが、無性に嬉しくなり、自然と顔が緩んでいた。
「もちろんだよ!僕もレカにはこの国に居てもらいたい。そのための協力なら、いくらでもするよ!」
気付けば、すぐに了解してしまっていた。
これがハニートラップだったら、イナギは本当にちょろいといえる。
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