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第3章 第5日目
レカと約束
しおりを挟む少ししてから、ドアの鍵がガチャガチャいう音に、レカはヒヤッとする。
レカはそばにあった椅子を手元に引き寄せてから、名前を呼んでみる。
「…イナギ…?」
小さな声は、鍵を操る者の耳にしっかり届いたらしい。
「…うん。ただいま…。」
返事と共に開いたドアに、レカはあからさまにホッとした表情を見せた。
「おかえりなさい。」
レカのその言葉に、イナギは、少しの間ポーっとしてしまう。
なにせ、『イナギ』と名前呼びからの『おかえりなさい』だ。嬉しくて舞い上がってしまっても仕方ないと思う。
いやいやいや
せっかくいろんなことを振り払ってから帰ってきたのに、こんな調子じゃ、またすぐにトイレ行きだ。
にやけた顔で、ふとレカを見ると、椅子の背を握っていた手から、力が抜けたようだった。
「…椅子…どうかした?」
イナギが訝しげにレカに問うと、レカは笑って首を振る。
「…違うの。長男じゃなかったら、闘わなくちゃって思って。今すぐ武器になるものは持ってないから、とりあえず椅子を投げつけたら、その隙に逃げられるかなって。」
レカは笑っているが、これは笑い話ではない。
「…そういう経験、あるの?」
イナギが慎重に聞くと、レカは視線を逸らすと、なんでもないかのように答える。
「…ん。一度だけね。ウカからパンニに渡る直前、宿で…。たぶん、間違えただけだと思うけど。」
その時は幸いにも、ヴィーが一緒にいてくれた。
自部屋の鍵を、外側からガチャガチャいわせているのを聞いて、ヴィーはまずレカをベッドの下に隠した。それから、そこにあった暖炉用のステッキを掴むと、玄関に向かってそっと歩いていった。レカはそれをベッドの下から息を殺して見つめていた。
ところが、ヴィーがドアにたどり着く前に、その鍵の音は止んだのだった。
「その後少ししてから、隣の部屋のドアが開く音がしたから、間違えただけだと思うんだけど…。まぁ、生きた心地しなかったよね。」
しきりに前髪をいじって、ソワソワしているレカを見ると、イナギはたまらない気持ちになった。
(レカは、いったいどれだけの大変な思いを味わって生きてきたのだろう。)
今日の猫を庇ったことも、その時に『口無しちゃん』と罵られたことも、レカはなんでもないことのように話すんだろう。
イナギが想像もつかないような、世の中の理不尽に、レカはたくさん晒されて生きてきたはずだ。
『今、レカを理不尽な目に合わせるわけにはいかない』
イナギは両手を握りしめて思った。
それは、周りからの侵入者だけではなく、イナギ自身からも、彼女を守らなければならないということでもあるのだ。
(同じ部屋だからって浮かれていたら、彼女を傷つけることになる。)
さきほど、トイレでなんとか覚悟はしてきたけれど、今の方がずっと強い気持ちで思う。
レカの望まないことは、絶対にしてはいけない、と。
※※※
イナギも一通りのことは自分でできるとはいえ、レカに比べると明らかに、『お坊ちゃん気質』であり、知らないことが多かった。
なので、今日着ていた服の取り扱いや、明日の準備など、レカができることは手伝ってあげた。
「じゃあ、寝よっか。」
一通りの片付けが終わると、レカはすぐにベッドに入り、毛布を被って横になる。
「長男は、左側ね~。」
レカは無邪気に言いながら、自分の左隣をポンポンっと叩いた。
イナギは何も言わずに、まず枕元に座ると、一瞬躊躇してから、思い切って毛布の中に足を入れた。
イナギは枕元に座ったままで、レカを見下ろすようなかっこうだ。
「…お邪魔します…」
なんと言って良いかわからなかったイナギの、他人行儀な挨拶に、レカは笑う。
「お邪魔しますも何も、イナギのベッドでもあるんだから。」
クスクスと楽しそうに笑うレカは、イナギの方に体を向けると、左手で毛布を持ち上げる。
「疲れたでしょう。長男も横になって早く寝よう。」
レカの誘いに、イナギは戸惑うような顔をしたが、レカに言われたとおり、ズリズリと体を毛布に入れていく。
ズリズリし終わり、肩まで毛布に入ったイナギは、レカの方を向くわけにもいかず、あえて天井を見つめていた。
意識して息を吸ったわけでもないのに、レカの髪の匂いが香ってくる。
レカは何も言わずにじーっとイナギの横顔を見ていたかと思うと、嬉しそうに言った。
「こんなに近くで人と寝るなんて。ユウサと一緒に寝て以来だなぁ。懐かしい…。」
イナギの気も知らないで、レカは小さい時の自分達を懐かしんでいる。
そんなレカといると、そもそもイナギの気を知らなければ知らないで、それはその方がありがたいな、と思い始める。
「人と寝ると、あったかいね。」
ふふっとレカはイナギに笑いかける。
もう、この際、レカと一緒に子どもになった気分で、この状況を楽しむしかないな、とイナギは割り切る。
イナギはそう決めてから、レカの方を向くと、鼻と鼻がくっ付きそうなほどに近かった。
イナギと目が合うと、レカはまた嬉しそうにニッコリと笑う。
「今日は、本当に長い1日だったね。」
レカがもう一度そう言った。
「…長男と一緒に、この国で生きていきたいと思ったこと、私、絶対に忘れない。」
レカの言葉に、イナギも返す。
「うん。僕も、今日のカッコいいレカを見て、どこまでもついていきたい!って思ったよ。」
「…なんだかそれって、師匠と弟子みたいな…。」
「まぁ、そうだよね。今の僕には何にもできないし。僕も、レカみたいに他の国へ行きたいし、言葉も覚えたいよ。」
イナギの言葉に、レカはビックリする。
「長男は、何もできなくなんかないわ!周りの状況をよく見ているし、食事や睡眠を大事にできているし。さりげなく、周りに気を配ってくれているから、長男といる人は、いつも心地が良いはずよ。」
レカの評価に、イナギも驚く。
「そんな風に言われたのは初めてだよ。そうか、僕も僕なりに人の役に立っているのかな。…いつも見た目ばかり褒められている気がするけど…。」
イナギの言い方に、レカは仕方ないよ、と言って笑う。
「だって、長男は本当に美しいから。長男がそこにいるだけで、空気がキラキラ輝いている気がするもの。」
レカの言葉に、イナギは照れて赤くなる。
「…そんな風に言われたのも初めてだけど…。そうか、レカは僕の顔が好きなんだな。」
「す…好きとかそういうんじゃないけどね!」
レカが慌てて否定すると、イナギがニヤニヤしていることに気がついた。レカは、横目で軽く睨んだ後、毛布を両手でしっかり掴んで固定すると、ドカドカとイナギの足を蹴りつけ始める。
「痛い、痛い、痛い…ちょっ、落ちっ…落ちるからっ!ごめん、ごめんってばぁ~。冗談です~!」
イナギが、狭いベッドから落とされそうになって、急いでレカのご機嫌をとろうとする。
そんなイナギが面白くて、レカは笑いながら、ドカドカと蹴り続ける。
「ちょっ…もう~レカ~ぁ。」
情けない声を出すイナギに、レカは蹴るのを辞めると、明るい声で呼びかけた。
「ねっ、長男!一緒に他の国を回ろうねっ!」
イナギは、ベッドから落ちぬように、そしてレカに近づきすぎないように、そのあたりの微調整に苦心しながら、もぞもぞと動いていたのだが、レカのその言葉に、目を上げる。
「私が通訳してあげるから。一緒に、他の2国に…。それから、私の出身地のミツカにも!」
レカの真剣な、懇願するような表情に、イナギはハッとする。
今のイナギがミツカに行ける可能性はかなり低い。
ミツカの存在は国家機密だ。
エイギ王国の、どのくらいの人間が知っているのだろうか。
もしかしたら、王様だって知らないのかもしれない。
「…どうすれば…僕はミツカに行くことができるんだろう?」
イナギがポツリと呟く。
レカは、真剣な表情のまま、その問いに答える。
「…今の私にはわからない…。でも!きっと宰相になれば、国家機密も扱えるんじゃないかと思うの。」
王様にはなれないイナギが、なることができる最高位は『宰相』だ。
「イナギは、宰相になるための努力は怠らないって言ったよね?その努力を、続けることはできるかな?」
レカは続ける。
「私は、長男が作りたいと思う国を一緒に作りたいの。長男が宰相じゃない国で働くなんてつもりは全く無いから!」
レカの強い言葉に、イナギは沸き立つ思いを強くする。
「うん。僕も、レカと一緒に国を作っていきたい。そのためにならなければいけないなら、宰相になるよ。もう、家柄に甘えず、どんなに力のある人よりも、僕が、宰相になって良かったと思えるようになりたい。そのための努力を続けるよ。」
イナギの言葉に、レカはやっと微笑んだ。
「約束よ!2人で頑張ろうね。」
レカは毛布の中から、右手の小指を突き出した。
イナギは笑って、同じように小指を出す。
「ゆーびきーりげーんまーん…」
レカが小指を絡ませてから歌い始める。イナギは、それを穏やかな表情で見守った。
「ゆーびきーったっっ!」
勢いよく言ったレカは、それはそれは嬉しそうに笑った。
「あと、他の国にも一緒に行こう。それも約束だからね。」
レカはそういうと、安心したような顔をして、仰向けになる。
蹴った毛布を心地良い場所に引き寄せて、一息ついた。
「私はエイギ王国に必要とされる人になって、長男は、宰相になる。それから一緒に旅をして…」
レカの夢が広がる。
「あっ!ねぇ!レカのお婿さんになれば、僕も簡単にミツカに行けるんじゃないかな?」
名案を思いついたと思ったイナギが、上体を起こして、レカに提案した時には、レカはすでにスウスウとよく眠っていた。
黒いまつ毛に縁取られた、柔らかな寝顔のレカに、イナギは吸い寄せられるように、見入っていた。改めて感じる甘い香りに、忘れていた情欲が掻き立てられる。
(ダメだ、ダメだ、ダメだ!)
イナギはまたしても首を振る。
寝ている間に、少しくらい触っても、バレないんじゃないかな…
そんな思いもよぎる中、イナギはレカに背中を向けて、両手をぎゅっと握り締める。
(…とてもじゃないが、眠っていられない。)
だとしても、目を瞑ることだけは頑張ってみた。目を瞑れば、脳を休ませることができる。それだけでも、明日に残る疲労度は、だいぶ減少するはず。
そうして、眠ったのか眠っていないのか、本人にもよくわからないままに、いつの間にか2人は朝を迎えていたのだった。
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