死に際まで話していたい

相鵜 絵緒

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 俺は、自分の両方の手のひらを広げて見てみた。

 なんと、ヨボヨボのお爺さんの手ではなく、働き盛りの青年のような手だ。

 俺はベッドから飛び起きて、洗面台の鏡へと走った。

「…うそだろう…」

 そこには、推定25歳くらいの若かりし俺がいた。

 俺はペタペタと顔中を触りまくる。

 鏡に写る俺は、とても驚いた顔をして、顔中を触っている。

 試しに、ほっぺを思いっきりつねってみる。

「っってぇっっ!!」

 痛覚はあるようだ。

「…………。」

 どうなっているのかはわからないが、今のこの状況から察するに、俺は、今、

 それならば…

 以前の俺にはできなかったことを

 やりたくてもできずに後悔したことを。

 今から、だろうか?

 俺は洗面台の縁に両手をつくと、鏡の中の若い俺を睨んだ。

「この際、死に際の夢でも良い。もう一度、ハンナに会って、今度こそ、今度こそ、愛の言葉を伝えるんだ!」

 そう決意すると、リビングに戻り、当時の俺が使っていたテレビをつけた。

※  ※  ※

 昔懐かしい朝の情報番組から、現在の情報を集めて計算してみると、どうやら俺は24の9月の月曜日にいるらしい。

「よっしゃっっ!!」

 俺はガッツポーズをする。

 ハンナと出会ったのが24歳だったからだ。

 24歳のある日、俺はハンナから声を掛けられたのだ。

 正確な日付は覚えていない。

 でも、結婚記念日が11月だったから、それよりも前であったはずだ。

「待てよ…」

 ハンナと会うためには、会社帰りの時間に最寄りの駅に居なくてはならない。

 と、いうことは、会社に行かなくてはいけないのか?

 いやいやいや、いつ覚めるともわからない夢の中で、会社なんかに時間を使っているわけにはいかないだろう。

 俺は、即決で会社に行かずに最寄駅へ向かうことにする。

 でも、一応、念のため。

 もし、本当に24歳になっているのなら、会社を無断欠席するのは良くない。

 俺は久しぶりに使う電話機で、会社に電話し、有給願いを出した。
 今まで一度も使ったことが無かったからか、すんなりと通ったことに、安堵する。

「さてと。」

 今日、すぐにハンナに会えるかどうかはわからない。でも、夢なら夢として、都合よくハンナに会えるんじゃないだろうか。

 俺はまだ、夢と現実のどちらとも信じられないままに、最寄り駅へと行ってみることにした。


※  ※  ※

 結局、ここ約2週間、正確に言うと11日間、ハンナの姿を見ることはできなかった。

 初日こそ、朝から晩までずっと最寄駅近くをうろついていたのだが、さすがに夜の10時を回った頃になると、そんな時間にハンナが出てくるわけもないと、諦めることにした。

 それと共に、全く思い通りにならないこの展開に、やはり夢ではないのではないかと思うようになってきた。

 その思いはこの2週間、どんどんと強くなってきている。

 初日に欠勤の電話を入れておいて良かった。

 俺は、この世界で、ちゃんと働き、収入を得ているようだ。

 この2週間、これといった大きな出来事もなく、毎日会社とアパートの往復だけの生活をしている。

 そんなつまらない夢なんて、あるか?

 やっぱり、これは24歳の俺の人生というか、生活なのではないかと思ってきている。

 だんだんと、自分が老人だったことや、それまでに過ごしてきていた記憶も、薄れてきている。

 仕事にしたって、前の人生でも行っていたのだから、予想がつくだろうに、毎日毎日、新しいことの連続で、仕事内容に既視感を全く感じないのだ。

「はぁぁ~~っっ」

 俺は首の後ろあたりを揉みながら、会社から出た。

 金曜日だというのに、どこにも行く所がなく、家に帰るだけである。

 毎日会社とアパートのみを往復していて、の24歳の俺は、疑問をいだかなかったのだろうか。

 いや、そうか。

 ハンナに出逢っていなければ、それはそれとして、俺の人生はつつがなく進んでいったはずだ。

 物足りなく感じてしまうのは、俺がからに他ならない。

 分かってはいたが、ハンナの存在は、俺の人生を大きく変えたのだなぁ、とつくづく思った。

 もうほとんど鮮明には思い出せないのだが、ハンナのことを思うと、胸の奥があったかくなるような、逆に、締め付けられて苦しいような、そんな気持ちになる。

「ハンナ…」

 誰にも聞かれないような小さな小さな声で、俺は電車のドアに向かって呟いてみた。

 そして、少しだけ期待しつつ、ダメだった時には落ち込まないようにブレーキをかけつつ、俺は駅の改札を出る。

 すると、どうだろう。

 夢にまでみた、あの清らかな銀髪と、青い瞳の女性が、と変わらず立っているではないか。

「!?」

 俺は、声が出なかった。

 嬉しすぎて、嬉しすぎて、嬉しすぎて…。

 やっぱり、これは俺の夢なのかもしれない。

 俺が、驚いて、改札前で立ち止まったままだったからか、数人の人に押されて、前につんのめってしまった。

「うおっっ!」

 数歩前に出ると、彼女との距離が縮まった。

 彼女はそんな俺を見て、クスッと笑うと、コツコツと靴音を鳴らしながら、近づいて来た。

「ゴクッ…」

 生唾を飲み込む音が、頭に響く。

 彼女は、言葉をかけてきた。

「あなたの顔が好みです。」

 前回は、全く心に響かなかった言葉だが、今回は涙が出るほど、心が震える。

 俺は、にハンナの手を握ると、

「わかった。じゃあ結婚しよう。」

 と熱心な瞳で告げた。

※  ※  ※

 今思うと、ハンナの『顔が好み』というのも、結婚相手を選ぶ基準としてどうだろう?と思うのだが、それに対する俺のプロポーズも、初対面だったのに、あり得ないだろう。

 なのに、ハンナは、俺の『じゃあ結婚しよう。』という返しに、多少驚きはしたものの、『良いですよ。』と答えてくれた。

 出逢って5分以内でプロポーズして、成就した。

 俺たちって、『プロポーズ成就の最短記録』として、ギネスに登録できるんじゃないか?

 俺の突然のプロポーズの後に、俺たちは自己紹介をした。

藤井ふじい貴宗たかむね24歳です。」

「ハンナ・フィッシャー、21歳です。」

 俺は『知ってる。』と言う言葉を飲み込んだ。
 
 あぁ、やっぱりハンナだ。

 名前を聞いただけで心が躍る。

 俺たちは連絡先を交換し、その日は別れることにした。

 いくらで結婚していたといえど、はまだ初対面だ。

 突然お互いの家に行ったり、手を繋いだり、その先の…なんて、まったくもって早すぎるだろう。

 あっ、そうか。

 ハンナの初めてをもらえるのか…。

 そんなことを想像してた俺は、かなりニヤけた、残念な顔をしていたことだろう。
 
※  ※  ※

 お互いに『結婚する』意志は確認できていたのだが、前回の反省を活かして、婚姻届を出すまでには、絶対にがあった。

 と言うのも、前回はたしかハンナのビザを申請するために結婚することになったような気がする。
 でも、実際は、それはであって、本当の理由は『俺がハンナと結婚したいから』だったわけだ。

 俺は、そこをすっ飛ばしていたことを思い出し、さっそくそこからやり直すことにした。

 ハンナに出会えた日の翌日、俺は、ちょっと良いお店に予約を入れて、彼女を呼び出した。

 『ちょっと良いお店の予約』なんて、実はハンナと結婚してから得たテクニックだったから、こんな風に使えるなんて、ちょっとズルをした気持ちだ。

 それでも、ハンナはとても嬉しそうな顔をして、俺の誘いに応じてくれた。

 そして、食事の最後、デザートも食べ終わったところで、俺はをすることにしたのだ。

「えーっと、ハンナさん。」

「…はい?」

 突然畏まった俺の物言いに、ハンナは戸惑った声を出した。

 俺はもう一度背筋を伸ばすと、背広の襟をピンっと引っ張る。

「あ…あなたが好きです。」

 出だしをつっかえてしまったが、上出来なのではないだろうか。

 ハンナは目を大きく開き、両手で口を押さえている。

「出逢ってすぐで、驚いているかもしれませんが、俺には確信があります。」

 驚きすぎて、言葉も出ないハンナに代わって、俺は1人で話し続ける。

「これからも、ずっとずっと、死ぬまであなたのことを好きで居続けます。……ん?死んでも、かな。」

 自分で言っていて、よくわからなくなってくる。

 とにかく、次の言葉だけは言わなくてはならない。

 俺は一度大きく息を吸い込んでから、止めると、そのまま彼女に告げる。

「結婚してください。」

 ハンナから目を逸らさずに、俺は必死に伝えた。

 『好き』であることと、『結婚したい』こと。

 それをちゃんと伝えたかった。

 前回の結婚では、プロポーズをしっかりしていなかったことを、悔いていた。
 こんなに絶好の『愛を伝えるイベント』を、やり過ごしてしまったら、もったいない。

 俺が、ゴクリと生唾を飲み込む音が響く。
 身体中に力が入っていて、痛いくらいだ。

 そんなテンパっている俺を見ながら、ハンナは、コクリと頷いてくれた。

「…よろしく…お願いします。」

 ハンナはそう言って笑うと、目尻から一粒の涙が溢れた。

「ふぅぅぅ~~~っっ。」

 俺は、知らないうちに止めていた息を、思い切り吐いた。

 それから、『うっっしゃ!』と、テーブルの下でガッツポーズをする。

 そんな様子の俺を見て、ハンナはクスクスと笑った。

「緊張してたの?」

 揶揄うように言うハンナに、俺は情けない顔をして答えた。

「もちろん!出逢ってすぐの、得体の知れない男からのプロポーズを、受け入れてくれるかどうかは、わからなかったから。」

「…ノーって言われたら、どうしたの?」
 
 ハンナの質問は、はからずも、俺がハンナから告白をされた時に聞いた質問だった。

 だから、俺は同じように答えた。

「また明日出直してくる。」

 言いながら、本当に、自分ならそうするだろうなぁと思えた。

 ハンナは、俺の解答を聞いてから、幸せそうにニッコリと笑った。

 あぁ…

 やっと言えた。

 それに、ハンナの嬉しそうな顔を見ることができて、本当に幸せだ。

 これで、もし、今日眠って、明日の朝には老人に戻っていたとしても、後悔せずに成仏できそうな気がした。

 
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