「兄」との往復書簡

流空サキ

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1 フィオナ・パーカー

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 コールドウェル伯爵家の次期当主、アレクシス・コールドウェルの屋敷に、フィオナ・パーカーがメイドとしてやって来たのは、彼女の双子の姉、キャロル・パーカーが二十二歳の若さで不慮の死を遂げた一年後のことだった。

「フィオナ。次は浴室の清掃をお願いね」
「はい、メイド長」

 命じられていた回廊の大理石の磨き上げが終わるころ、メイド長のベラがやって来て次の指示を出す。フィオナは一旦作業の手をとめ、白い頭髪が混じったベラの顔を仰ぎ見た。
 黒のワンピースに白の前掛け。
 メイドの制服を、齢50になるベラは、他の若いメイド達と同じく着用している。メイド服と言うと若い女性のものという勝手なイメージを抱いていたフィオナだが、ベラはそんなフィオナの常識など覆すように、若いメイド達と同じメイド服を、背筋をピンと伸ばし誰よりも着こなしている。
 元々ベラは、コールドウェル伯爵家で働いていた。
 しかし長男アレクシスが15歳の成人を迎えるとともにこの屋敷へ移り住んだのを機に、家内の全てを監督するべくこちらへ移り、それ以来十数年に渡りメイド長を勤め上げている。
 メイド採用の人事、メイド達の部屋の割り振り、仕事の分担、生活態度、服装に至るまで、この屋敷で働くメイドは全て、ベラに管理されている。国の重要ポストについているコールドウェル伯爵家跡取りの私生活を守るためだ。私的な部分を垣間見ることも多いメイド達が、その生活を外で語ることには弊害がある。良いことも、悪いことも含めて。
 家内の情報漏洩には敏感で、少し違和感があるほどだ。
 メイド達は外出はおろか、手紙一つ出すのでさえベラの許可がいる。
 当然、手紙の中身は厳重にチェックされ、文面にアレクシス当主の私的なことが書かれていないか、屋敷内のことを漏らしていないか。すべてベラの目が入り、それは更に執事であるルーカスの手を通り、問題がないと判断されたものだけが宛所へ届く。ベラ、ルーカスの段階で、廃棄、あるいは黒字で塗りつぶされた手紙も数多い。

 あまりに管理されたやり方に耐え切れず、辞めていくメイドも多い。
 フィオナは働き始めて三月ほどだが、その間だけでもすでに両手の指がいっぱいになるくらい辞めていった。
 メイドの仕事自体は、どこの貴族の屋敷に勤めても同じようなものだろうが、管理体制の厳しさは異常なほどだ。
 
 辞めていったメイド達には、この家内で見たこと、聞いたことは決して外へ漏らさない、漏らせば100万ジーナの罰金を支払うという誓約書を書かされる。
 100万ジーナといえば、小さな領地が買えるくらいの値だ。
 誓約書にどれほどの拘束力があるのかはわからないが、少なくともフィオナは今まで、次期コールドウェル伯爵家当主、アレクシスについて悪い噂を聞いたことがない。

「あの、ベラメイド長」
「何かしら」

 仕事の指示だけ告げ、すぐにその場を去ろうとしたベラをフィオナは呼び止めた。懐に忍ばせていた封書を出すと、ベラはすっと手を差し出した。

「またお兄様にお手紙ですか?」
「はい、あの。よろしいでしょうか……」
「預かっておきましょう」

 皺の目立つその手に、フィオナは封書を載せた。
 宛所と「お兄様へ」と書かれた文字だけ確かめると、ベラは封書をポケットにしまう。はじめから封はしていない。どうせ開けられ、中身を読まれることはわかっている。

「この間の手紙は、兄のもとへ届いたのでしょうか…?」
「私は問題なしとして執事のルーカスへ渡しましたよ。ルーカスがどのように判断したのかはわかりませんが」
「……そうですか」
「ご家族は心配なさっているのではないの? 一年前、キャロルのことは残念なことでした」
「はい、いえ、あの……」

 突然姉のことを持ち出されるとは思っていなかった。戸惑ってベラを見返すと、ベラは「別にこの話は禁句ではないわよ。だってキャロルの死はかわいそうな事故だったのですから」と先を続ける。

「キャロルはよく働く気立てのいい子でしたよ。仕事はきちんとこなすし、無駄口をたたかないし、私も信頼していました。それなのにあんなことになって……。三か月前、あなたが働きたいとこの屋敷に来た時、キャロルが生き返ったのかと本当に驚きましたよ。キャロルはあなたの双子のお姉さんだったのでしょう? そっくり同じ顔、体型、声まで同じなんですから。もしかしたらキャロルを殺された復讐に来たのかと私は本気で疑いましたよ」
「……キャロルは不慮の事故だったのですよね…? だったら復讐なんて……」

 ベラはその言葉に口角だけを少し上げた。

「ええ、もちろんそうです。間違いないわ。誤って二階のテラスから転落するところを見ていた者がいるのですから。前にも話しましたよね。同じメイドの―――」
「―――ケイシー、ですよね」
「ええ、そう。ケイシーよ。二階テラスの手すりを乗り越えて落ちるところを見ていたのですから。あそこは少し低い手すりでね。あの事故があってから改修して今は高くしましたが、事故当時は腰の辺りより低い位置までしかなくてね。私もひやりとしたことが何度かありましたよ」

 以前この屋敷に住んでいた貴族が絵を描くことを趣味としており、二階テラスから庭を見下ろす際、手すりが視界に入らないよう、わざと低くしてあったという話もここに来てから聞いていた。
 キャロルが転落するところを見いてたケイシーによると、転落時周りに人影はなかったという。

「あなたのここ三月の働きぶりを見ていればね。姉が最後に働いていた屋敷で同じように仕事がしたいと言ったその言葉に、うそはなかったのでしょうね。あなたは誰よりもよく働いてくれているわ。お兄様へのお手紙にも、この屋敷内のことは一切漏らしていない。まぁ、キャロルについて聞いたことをたまに綴っているけれど、それくらいはね。私はいいと思うのよ。故人を懐かしむことはよくあることだわ。私はあなたの手紙を破棄したことは一度もないわよ。すべてルーカスにあげているわ」
「……ありがとうございます」

 フィオナはゆっくりと頭を下げた。



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