「兄」との往復書簡

流空サキ

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2 メイド長 ベラ

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 メイド長ベラは、与えられている屋敷内の一室へ戻るとフィオナから受け取った封書を取り出した。
 宛所は王都にある彼女の実家、雑貨店の住所で、宛先人はだた「お兄様へ」とだけ書かれている。ここへ来てから彼女が出しているいつもの封書だ。

 かさりと乾いた紙の音をさせてベラは手紙を開いた。





お兄様へ
 
 つつがなくお過ごしでしょうか。フィオナは元気です。
 先日、キャロルの転落したという二階テラスの掃除をしました。
 二階テラスからは屋敷の庭が一望でき、賑わしい王都の一画とは思えない静けさです。
 実際、この屋敷の周囲は高い壁に囲まれており、外界とは遮断された空間です。王都を行き交う人々が生み出す賑わしい音も、ここにいると全ては遠い出来事のように思えてきます。
 庭にはキャロルも好きだった赤い花がたくさん咲いていました。
 赤い花には、忠誠心という意味と共に、真っ赤な嘘という意味もあるのだとか。
 昔キャロルが言っていたことを思い出します。
 それに、ピンクの花は赤い花に忠実で、恐れも抱いているのだとか。
 わたしは作り話でしょう?とからかったけれど、キャロルは真剣でした。
 なんだかおかしいでしょう? 
 赤い花を見ていたら急に思い出しました。
 お兄様はキャロルからこの話を聞いたことはあって?

                        フィオナ・パーカー





「なんということのない文面ね……」

 ベラはぽそりと呟き、手紙を封筒に戻した。
 フィオナの兄宛ての手紙は、たいていキャロルの思い出話か以前の出来事かだ。

―――幼い時分、キャロルと遊んでいたら子猫が寄って来てとてもかわいかった。
―――真っ赤な口紅をひいた婦人が、値をまけろと言い張る割に、金の指輪をしていた。
―――昔、隣家にいた真っ白な毛並みの大型犬が、キャロルがこっそり与えた菓子を土の中に隠していた……。

 他にも似たような思い出話がいつも綴られている。

「あら…」

 机の上には、封を切られた別の手紙が置かれていた。
 宛先は「フィオナ・パーカーへ」とある。裏を返すと件の「兄」からの返信だった。屋敷に届く手紙は、すべて執事ルーカスのもとへ行く。そこから仕分けられ、ベラの元へ回ってきたものだ。

 中の手紙を取り出した。
 




フィオナへ

 手紙をありがとう。こちらもみんな元気だ。問題なく過ごしているから安心してくれ。
 隣家の大型犬が菓子を土の中に隠していたことは私も覚えているよ。
 あの犬、確かジャンっていったかな。ジャンの奴、私たちに気づかれていないと思っていただろう?
 土を掘り返した後はすぐにわかるし、少し菓子が見えていたのにな。
 でも、私たちは気づかないふりをしてやったろう? 
 それでジャンの奴、ますます気が大きくなって、うまいこといったって顔で、もっと菓子をくれってねだってくるんだ。
 でもさ、キャロルの奴、正直だろう? 
 お隣さんがジャンの虫歯を気にしているのを聞きつけて、菓子をあげてしまったって泣きながら白状したんだ。
 もちろん私も一緒に怒られたよ。こっぴどくね。
 だけど一番残念がってたのは、せっかく隠していた菓子を全部捨てられたジャンだったと思うぞ。

                        兄より



「やっぱり、なんということのない手紙ね…」

 仕事が一段落したら、フィオナに渡してやろう。ベラは元の封筒に戻すとメイド服のポケットにしまった。

 3か月前、フィオナがここで働きたいとやって来た時、ベラは一も二もなく断ろうと思っていた。
 面接をする気もなく、会うことなく追い返そう。そう考えていたが、キャロルの双子の妹だと言うフィオナの顔を見てみたくなった。ほんの出来心だった。
 現れたフィオナは、まさにキャロルに生き写しだった。
 当人が奈落の死の底から蘇って来たのかと本気で心臓をつかまれた。あのとき採用を見送ることもできたはずだ。
 でも、この美しい姉妹の片割れが、わざわざ姉の死んだ屋敷で働きたいとやって来る意図は何なのか。こちらが探るように見つめても、愛想笑い一つ浮かべないフィオナを、ベラはいぶかった。

 姉の復讐……。
 あるいは死の真相を探りに来た―――。

 キャロルの実家には、不幸な事故であったと報告し、低すぎる手すりを直さなかった屋敷の不備を謝り、十分な慰謝料も支払った。向こうも納得しているようだったのだが…。

 採用するつもりなど毛頭なかったのに、考え出すと疑念が止まらない。
 もし、このままフィオナを返してしまい、この一幕だけを取り上げあらぬ噂を立てられ、コールドウェルの名に泥を塗られたら?
 それよりはいっそ手元に置いて監視する方がいいのではないか。
 ベラはそう判断し、フィオナの採用を決めたのだ。

 ベラの予想に反し、フィオナは怪しい動きをすることもなく今のところ真面目に働いている。
 時折キャロルのことを他のメイドに聞いているようだが、死の真相を探る目的というより、ただの思い出話を聞いているだけのようだ。

 ベラは手元の懐中時計を見た。
 そろそろ旦那様が帰宅する時間だ。それまでに坊ちゃまのご機嫌をとっておかなくては。
 重い腰をあげた。





 遊戯室に近づくにつれ、コリンの楽しげな声が聞こえてきて、ベラは足を止めた。
 遊戯室をそっと覗くと、フィオナがコリンと遊んでいた。フィオナは掃除の途中で坊ちゃまにつかまったと思われる。メイド服は腕まくりをした状態で、脇には掃除道具が置かれている。

「フィオナ」

 今気づいたというようにベラは遊戯室に入り、フィオナを呼んだ。フィオナは、ベラの顔を見ると、「申し訳ございません」と頭を下げた。

「浴室の掃除が途中なのですが、コリン様に見つかってしまいまして……」
「いいのよ。掃除は別の者にやらせます。そのままあなたは坊ちゃまのお相手をお願いします」

 今年3歳になるコリンは、当主アレクシスの嫡男だ。いたずら好きなかわいい坊ちゃまだが、虫の居所が悪いとすぐ泣き喚く。
 アレクシスは、自分の息子とはいえ、そんな機嫌の悪いコリンが我慢ならないたちなのだ。だからアレクシスが帰宅するのを見計らい、コリンのご機嫌取りをするのだが、これがまた手を焼く作業だ。
 フィオナが代わりにやってくれればこれ幸いである。

 どうせそろそろ、ケイシーは手が空いている頃だ。

「フィオナ、フィオナ。これやってよ」

 積み木を両手に抱えたコリンが、フィオナの名を嬉しげに呼ぶのを横目に見て、ベラは遊戯室を後にした。

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